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第五章 紅蓮に染まる平安京~寛和の変、その兆し~
第五十五話 道満は怨霊を追い詰め、今一度人々の正義を信じる
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蘆屋道満と安倍晴明は、事態を引き起こしている元凶が藤原兼家の周囲に居ると考え、早速その周囲の探索を始めた。
兼家の親族・関係者に始まり、兼家を支持する者・支持しない者に至るまで捜査対象として証言を集め、認識眼で異常を調べていったのである。
そして、最後に二人は兼家本人の調査に進んでいく。彼を後回しにせざるおえなかったのは、普段、兼家公は重要な政務で忙しく、会う機会がなかったからからである。
その兼家公と対話をしている晴明を尻目に、道満はその卓越した認識眼を兼家に向ける。
(……今までの者たちには薄い穢が見えるだけだが。コイツの身からはただならぬ穢が見えておる)
人間は生きてゆく過程で多少の穢は身に浴びるものであり、それが理由で怪しいとなることはない。だが兼家の身にある穢は、あまりに深く濃いものである。
(人殺しならこの程度の穢は浴びるものだが……、兼家は直接手を下すような人間には思えぬ。ならば……)
道満はさらにその認識深度をあげてゆく。
それによって兼家の心の波すら見えるようになり……、そして、そこにある異常を道満は知覚したのである。
(……わずかに心の波がおかしい。これは精神への侵食――、異能の影響で心が普段とは違う動きをしている証……)
そこまで見た道満は深く思考を始める。
(でもこれは催眠と言うほどでもない。普段の考え方をさらに大胆に……、理性のタガを外すようなカタチか?)
道満はそこまで思考して……、今の兼家が何らかの異能の支配下にある事を理解した。
「道満……」
兼家と会話を終えた晴明が道満に声をかける。道満は静かに頷いて兼家の元を去る晴明の後に続いた。
兼家から離れた晴明は道満に向かって問う。
「どうでしたか?」
「うむ……拙僧の見立てでは、兼家は何らかの精神侵食を受けておる」
「精神侵食……ですか。それ以外には――」
その晴明の言葉に道満は頷いて答えた。
「兼家の周囲には怪しい影は見えぬ。てっきり何らかの妖魔か死霊辺りが取り憑いているのかとも思ったが」
「うむ……、確かに、私も同じ見立てです」
その時、ふと道満が眉を歪めて考え込む。それを見て晴明は何事かと問うた。
「どうしましたか? 兼家様に何か?」
「いや……そちらではなく――。まさかと思うが……、兼家を精神侵食しておる輩は、こちらの動きを見て姿を隠しておるのでは……と」
「ふむ? それはどうしてそう思ったのです?」
晴明の問に道満は答える。
「兼家の精神侵食は、呪詛のような遠距離で効果を発揮するモノではなく、近距離で発揮されるような一時的なもののように見えた。ならば、精神侵食を続けるならその輩は傍に居らねばならぬ。でも今は兼家の周りには怪しい者はおらぬ」
「遠距離からの呪詛ならば、確かにその呪詛の霊糸から仕掛けたモノを辿れるハズですし……確かにそのとおりですね」
遠距離から仕掛ける呪詛というのは便利なぶん、その仕掛けた相手をたどるのは容易である。
必ず呪詛を仕掛けた側と、仕掛ける側には霊的な繋がり”霊糸”が生まれるからである。無論、霊糸はそれを不可視に近くして発見し辛くすることも出来る……が、その程度で晴明や道満の眼をごまかせるほど甘くはないのである。
何より、晴明と道満はその道では上位から数えた方が良い者であり、それをごまかすことが出来るのは、かの賀茂光栄ぐらいであった。
「そうですか……、ならばこれからやるべきは一つですね」
「ああ……、師よ、兼家の周辺に徹底的な捜査の手をいれるぞ」
「ええ……、兼家様を精神侵食している輩は、必ず彼の前に戻って来るでしょうからね」
晴明の言葉に道満は深く頷く。そうして、二人が次に行うべき行動は決まったのである。
◆◇◆
「……ふう」
今日も藤原兼家はため息を付く。
夜も更けゆく平安京おいて、牛車に乗って屋敷へと向かう兼家。その表情は暗く少し青ざめてもいた。
「気分が落ち込むと……、何やらその身も重く感じるのう」
誰ともなく呟く兼家の耳に、小さな羽音が聞こえてくる。
「む? ……鳥、か――」
なんともなしに牛車の外を覗き、そしてそれがただの鳥だと見ると小さくため息をついた。
【……兼家様】
その時、不意に兼家の背筋に寒いものが走る。
最近、体調も悪く、気分が落ち込みつつある兼家は、さらに妙な視線すら感じるようになっていたのである。
「気のせい……きのせいじゃ。しかし、まさか……まさか、これまで追い落とした者たちの恨み……」
そう言葉を発してから兼家は首をふる。
「今更それを恐れて何となる……、まろは平安京の頂点に」
【そうはいきませんよ兼家様……、あなたは自分の罪を背負って絶望に堕ちるのです】
兼家の耳にはその声は聞こえない。しかし、背筋を走る悪寒、そして精神を蝕んでゆく呪詛として、彼を確かに追い込みつつあった。
そうして屋敷を目指す兼家がある地点へとたどり着いた時、不意にその心を蝕んでいた何かが消える。
「?」
何事かと周囲を見回すが、何もその眼に映ることはなかった。
◆◇◆
【……】
黙って兼家を見送る怨霊・乾重延は、静かに空を舞う鳥を見た。
【なぜだ……、この結界を張ったのは、貴様か……】
「そうだとしたらどうする?」
【なぜ邪魔をする? 貴様の心にも我と同じ想いが有るのは判るぞ?】
そう言って鳥を睨む怨霊の、その背後から蘆屋道満が現れる。怨霊は静かに振り返って道満に問うた。
【蘆屋道満……この我を追い詰めた憎き陰陽師。しかし、その兼家への考えは我と同じだと考えていたが……】
「拙僧を馬鹿にするなよ? 確かに兼家に思うところはあるが、それと貴様の所業は別の話だ」
道満は怨霊を睨みつけながら懐へと手を指し入れる。
「拙僧は、兼家こそ平安京を蝕む者だと思っているが、それを正すのは平安京の者たちの役目だとも思っておる。少なくとも貴様のように呪詛を用いて排除を図るなど……、今は考える事はない」
【今は……か、正直だな蘆屋道満】
「そうだな……、兼家より、何より大切な者たちが拙僧には居るのだ」
その言葉に――、怨霊は怪しげに笑った。
【もしそれが失われれば?】
「――……、そのようなことはさせぬ」
その瞬間、道満の纏う霊力が爆発する。
夕闇に明星が輝く時、蘆屋道満は怨霊・乾重延と対峙する。闇は次第に二人を包み込み、そしてその輝く瞳だけが夜に映えていたのである。
兼家の親族・関係者に始まり、兼家を支持する者・支持しない者に至るまで捜査対象として証言を集め、認識眼で異常を調べていったのである。
そして、最後に二人は兼家本人の調査に進んでいく。彼を後回しにせざるおえなかったのは、普段、兼家公は重要な政務で忙しく、会う機会がなかったからからである。
その兼家公と対話をしている晴明を尻目に、道満はその卓越した認識眼を兼家に向ける。
(……今までの者たちには薄い穢が見えるだけだが。コイツの身からはただならぬ穢が見えておる)
人間は生きてゆく過程で多少の穢は身に浴びるものであり、それが理由で怪しいとなることはない。だが兼家の身にある穢は、あまりに深く濃いものである。
(人殺しならこの程度の穢は浴びるものだが……、兼家は直接手を下すような人間には思えぬ。ならば……)
道満はさらにその認識深度をあげてゆく。
それによって兼家の心の波すら見えるようになり……、そして、そこにある異常を道満は知覚したのである。
(……わずかに心の波がおかしい。これは精神への侵食――、異能の影響で心が普段とは違う動きをしている証……)
そこまで見た道満は深く思考を始める。
(でもこれは催眠と言うほどでもない。普段の考え方をさらに大胆に……、理性のタガを外すようなカタチか?)
道満はそこまで思考して……、今の兼家が何らかの異能の支配下にある事を理解した。
「道満……」
兼家と会話を終えた晴明が道満に声をかける。道満は静かに頷いて兼家の元を去る晴明の後に続いた。
兼家から離れた晴明は道満に向かって問う。
「どうでしたか?」
「うむ……拙僧の見立てでは、兼家は何らかの精神侵食を受けておる」
「精神侵食……ですか。それ以外には――」
その晴明の言葉に道満は頷いて答えた。
「兼家の周囲には怪しい影は見えぬ。てっきり何らかの妖魔か死霊辺りが取り憑いているのかとも思ったが」
「うむ……、確かに、私も同じ見立てです」
その時、ふと道満が眉を歪めて考え込む。それを見て晴明は何事かと問うた。
「どうしましたか? 兼家様に何か?」
「いや……そちらではなく――。まさかと思うが……、兼家を精神侵食しておる輩は、こちらの動きを見て姿を隠しておるのでは……と」
「ふむ? それはどうしてそう思ったのです?」
晴明の問に道満は答える。
「兼家の精神侵食は、呪詛のような遠距離で効果を発揮するモノではなく、近距離で発揮されるような一時的なもののように見えた。ならば、精神侵食を続けるならその輩は傍に居らねばならぬ。でも今は兼家の周りには怪しい者はおらぬ」
「遠距離からの呪詛ならば、確かにその呪詛の霊糸から仕掛けたモノを辿れるハズですし……確かにそのとおりですね」
遠距離から仕掛ける呪詛というのは便利なぶん、その仕掛けた相手をたどるのは容易である。
必ず呪詛を仕掛けた側と、仕掛ける側には霊的な繋がり”霊糸”が生まれるからである。無論、霊糸はそれを不可視に近くして発見し辛くすることも出来る……が、その程度で晴明や道満の眼をごまかせるほど甘くはないのである。
何より、晴明と道満はその道では上位から数えた方が良い者であり、それをごまかすことが出来るのは、かの賀茂光栄ぐらいであった。
「そうですか……、ならばこれからやるべきは一つですね」
「ああ……、師よ、兼家の周辺に徹底的な捜査の手をいれるぞ」
「ええ……、兼家様を精神侵食している輩は、必ず彼の前に戻って来るでしょうからね」
晴明の言葉に道満は深く頷く。そうして、二人が次に行うべき行動は決まったのである。
◆◇◆
「……ふう」
今日も藤原兼家はため息を付く。
夜も更けゆく平安京おいて、牛車に乗って屋敷へと向かう兼家。その表情は暗く少し青ざめてもいた。
「気分が落ち込むと……、何やらその身も重く感じるのう」
誰ともなく呟く兼家の耳に、小さな羽音が聞こえてくる。
「む? ……鳥、か――」
なんともなしに牛車の外を覗き、そしてそれがただの鳥だと見ると小さくため息をついた。
【……兼家様】
その時、不意に兼家の背筋に寒いものが走る。
最近、体調も悪く、気分が落ち込みつつある兼家は、さらに妙な視線すら感じるようになっていたのである。
「気のせい……きのせいじゃ。しかし、まさか……まさか、これまで追い落とした者たちの恨み……」
そう言葉を発してから兼家は首をふる。
「今更それを恐れて何となる……、まろは平安京の頂点に」
【そうはいきませんよ兼家様……、あなたは自分の罪を背負って絶望に堕ちるのです】
兼家の耳にはその声は聞こえない。しかし、背筋を走る悪寒、そして精神を蝕んでゆく呪詛として、彼を確かに追い込みつつあった。
そうして屋敷を目指す兼家がある地点へとたどり着いた時、不意にその心を蝕んでいた何かが消える。
「?」
何事かと周囲を見回すが、何もその眼に映ることはなかった。
◆◇◆
【……】
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