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第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~

第二十五話 道満は果てなき夢を語り、そして妖魔はその想いに答える

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「それで――、あとはどの様に?」
「うむ――、今回の件……、妖魔王・大百足は頼光達の決死の戦いで討伐されたが――、姫は食われていた……という事で処理された」
「ほう――」

 とある屋敷の一室にて、安倍晴明と源満仲が酒を酌み交わしながらそう会話している。

「――頼光も……、今回の事で思うところがあったらしくてな――。このわしに討伐の失敗と……そしてその原因となった蘆屋道満の助命を願って来たのだ」
「で――、それを聞いて満仲様はそう処理をなさったと? まあ――、対妖魔最高戦力であるそちらが……、こともあろうに討伐失敗などと、不名誉かつ――、人々の気持ちの平安にもかかわることですし、仕方がないですね……」
「うむ――、頼光は多少不満げではあったが、それで納得してくれたようだ」

 そう言って笑う満仲に――、安倍晴明は頭を深く下げる。

「本当に申し訳ない――、まさかあの不肖の弟子がこのようなことをしでかすとは」
「ふ――、構わんさ……、どちらにしろ今回の件はいろいろ裏があったようだしな」
「小倉直光――様ですか?」
「ああ――、姫が妖魔に喰われたと聞いて……、悲しむ素振りすらせず、まるで当然の末路である――、とでも言いたいような態度であった」

 その言葉に安倍晴明はため息をついた。

「結局――、自身の手で始末するか……、相手が始末してくれるかの違いでしかなかったようで――。そうならば、道満の考えと行動は決して間違いでは――」
「ああ――、結局あの妖魔も……、その周りの噂もただの作り話にしかすぎず――、よく旅人を救っていたという話も耳にした」
「無知ゆえの誤解――、そして排斥――、悲しい事ですね……」

 晴明のその言葉に満仲は――、

「で? どこまで予想の範囲だったのだ?」
「はい? どういう意味で?」
「わしが気づかないと思うのか晴明――、今回の件、占術にてある程度知っておったろう?」

 その言葉に少し驚いた顔をした晴明は――、小さく笑って答えた。

「いえいえ――、この様な事態は想定してはいませんでしたとも。占術も詳細が分かるものでもなく――、ただ――」
「ただ?」

 そう聞き返す満仲に晴明は、笑顔を消して静かに答えた。

「――道満を差し向けるのが吉……、その結果は、はるか未来の平安の礎となる――。そのように卦が出たのを信じただけの話――」

 その答えを聞いて――満仲は納得した様子で小さく頷いたのである。


◆◇◆


 蘆屋道満が平安京を去り、妖魔王たちを尋ねる旅をつつけていた時代――、道満はとある土地へと至った。
 近江国は霊山の一つ――、御神山に隠れた大屋敷があり、そこに居を構えるはかつては三つ蛇岳に住まわっていた大百足・千脚大王静寂であった。

「それで――、その老いた龍神の力を継承する形でこの地に至ったと?」
「そうです――道満殿……」

 髪を半ば白髪に変えたその時の道満は、懐かしいものを見る目で目前の大武者を見つめる。

「そもそも、この地には悪しき大百足が住み着き悪さをしており――、その大百足が武者に退治されたのちも、その怨念が龍神を弱らせておったのです」
「その怨念を鎮め――、この地に平安をもたらす……、それを頼まれたと?」
「まあ――、同族の非道をいさめるのも我らのするべき事であろう――、そう考えております」

 その言葉に満足そうに道満は頷いた。

「あと――、そちらは本当に久しいな――姫……、いや今は”今城太夫こんせいたゆう”を名乗っておったか」
「はい、お久しぶりです――、道満様」
「お前と静寂の子は?」

 その言葉に笑顔で答える太夫。

「はい、無事生まれ――、すくすくと育って元服も間近……。名は――、昨年亡くなった”栄念法師”の名をいただいていて――”栄静えいせい”と」
「ほう――、寂しい話ではあるが……。時が流れるのは早いものだ」

 静かに笑う道満に――、少し笑顔を消して太夫は聞く。

「しかし――、その御髪……、それほどの年齢ではないと思っておりましたが?」
「はは――これか? 先の”あの戦い”で少々力を使い過ぎて――な」
「それは――」

 平安京において行われた”あの戦い”については太夫も聞き及んでいる。
 ――安倍晴明を倒して魔道へと至ったとされた蘆屋道満――、それに従う鬼神群……、そして大江山の大将とその配下。
 ”それ”は、平安京の闇で密かに行われた大決戦であり――、その戦いで多くの鬼神……酒呑童子も含めて――、かの源頼光とその四天王の手で討伐されたとされている。

「さすがに神仏の加護すら得たあの頼光には――、かつて以上の力を出す他なくてな……、逃げるだけで骨が折れたわい――」
「そう――ですか」

 静かに太夫は道満を見つめる。道満は――、決して魔道に堕ち、人に仇名すような者ではないことを太夫は良く知っているから――。

「――は、そう悲しい顔をするな……。どうせ大江山の討伐は近く行われる予定であった。それに拙僧おれが横やりを入れたが、あの頼光に返り討ちにあって逃げただけの事よ」

 はは――、と笑う道満を、太夫も――、静寂も静かに見つめた。

「――それで――だ、今回お前に会いに来たのは他でもない――」
「はい――」
「これより拙僧おれは妖魔の平穏に暮らせる土地を探し――、そこに都を造ろうと考えておる。――お前には拙僧おれにしたがい、その手助けをしてもらいたい」
「――」

 その言葉に静寂は少し驚いた顔をして――、そして恭しく頭を下げた。

「この静寂――、決して道満殿から受けた恩は忘れてはおりません。ゆえに喜んで――それに従いましょう」
「ありがたい――」

 ――かくして、妖魔王・千脚大王静寂は――、蘆屋道満・八大天魔王……、すなわちその護法鬼神として名を連ねることとなった。
 そして――、その力は平安を越えて――平成の未来に至っても……、世の平安を守る力の一つになるのである。
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