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第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~

第二十三話 妖魔は無限の大太刀を振るい、陰陽の魔眼はすべてを打ち砕く

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「――貴様がここに至ったという事は……、かの者の話はおぬしらには通じなかったか」

 その時、妖魔王・千脚大王静寂は、屋敷の門前にて一人の武者と相対していた。

「いや――、もしくは話すこともなく……、約束を違えたか?」
「ふむ――、なんの話かはわかりかねますが。とりあえず、かの小倉直光様の姫を返してもらいに来ました」
「ふん、事情も解せぬ人風情が言いおる……」

 静寂はその両手の大太刀を構えて威嚇の体勢をとる。それを見てその武者――源頼光は、いたって平然とした様子で腰の刀を抜いた。

「無駄だとは思いますが――、無駄な戦いをせず、私たちの軍門に下り――、姫を返していただく事は……」
「出来るわけがなかろう? どちらにしろわしを切るつもりであろう?」
「その通りですね……、都において多くの負傷者を出した以上――、貴方は討伐すべきものですから。言うだけ無駄な話ではありました」

 まさしく問答無用という様子で頼光は刀を構える。そこには一遍のためらいもなかった。

「フン――、その目は見たことがある」
「――」
「わしの事を何も見ず聞かず――、ただ恐れるか、敵意を抱く者の目だ」
「……どうでもいいですが。――人の領域を犯したという自覚はありませんか? ――ないのでしょうね」
「――はは……、なんと愚かな小僧だ」

 その妖魔の言葉に、眉一つ動かさずに間合いを詰める頼光。

「お前らの今の都すら――、元は妖魔の領域であったろうに!!」

 その咆哮は夜空に響き森の木々を揺らす。

(――妖魔と話すだけ無駄――、そうなのですが……。今日は少し気分が――)

 頼光は、妙な違和感を感じつつも刀を手に一気に千脚大王へと駆けた。
 お互いの間合いはゼロになり、その頼光の刃が閃光のごとく空に直線を描いた。

 ガキン!!

 金属と金属のぶつかる音が森に響く。頼光の刀と妖魔の大太刀がぶつかり合う音である。しかし――、

 ガシャン!!

 妖魔の手にした大太刀が、頼光の刀を受け止めている場所から砕けて折れる。それはほんの一息すらならぬわずかな時間の事であった。

「く――」

 その砕けた大太刀を取り落としつつ、妖魔は身をひるがえして後方へと飛ぶ。頼光の刀はそれを追うように一閃されるが――、妖魔にかわされてしまった。

「――これで一本」

 とくに喜ぶ様子もなく頼光はそう呟く。その光景を見た妖魔は――、

(奴の剣――、なんという鋭さ……、おそらくは相当格の高い霊刀か――)

 その見立ては確かにその通りであるようで――、頼光の手にする刀の刀身は、かすかに月夜で輝いている。

「ち――」

 この状況を見て――、目の前の若武者は、自分がさらに有利になったと喜んでいるのかもしれない。そう考えた妖魔は少し笑ってその刀を失った手の平を地面へと向けた。

「?」

 その不意の行動に疑問を持つ頼光だが――、その答えはすぐに目前に現れる。

「!!」

 それは大太刀――、自分たちが相対する森のその地面から、無数の大太刀が生えてきたのである。

「――これは!! ――妖術?!」
「その通りよ――愚かな小僧……。わしの手にする大太刀は、この通り無限に産むことが出来るのだ」

 その言葉を受けてさすがの頼光も顔を歪ませる。
 まさしく、大太刀が草のように無数に生える”剣の原”にて――、再び両者のにらみ合いが起こる。
 その静寂を破ったのは――、今回は妖魔の方であった。

「は!!」

 気合と共によりニつへと大太刀を振るう妖魔。それを自身の刀で制し簡単に砕いてしまう頼光。しかし――、

「――!!」

 妖魔は残りの大太刀でさらなる斬撃を頼光へと走らせつつ――、あいた方の手で側に生えている大太刀を掴んだ。
 ――そして――、

 月下の森に砕ける金属音が無数に響いていく――。次々に大太刀を持ち替える妖魔は、息も出来ぬほどの連続斬撃を頼光に向かって放つ。

「――く」

 その圧に――、さすがの頼光も後退り始める。無論、それだけではなく――、

「ぬ?!」

 不意に頼光はそれ以上後退できなくなる。その頼光の背後には――。

「――刃の壁?!」

 それは地面から無数に生える大太刀と同じく――、刃で出来た防壁であったのだ。もはや頼光はそれ以上後退できなくなって――、必死で妖魔の連続斬撃をいなす他なくなってしまった。

「――ははは!! 小僧!! このまましまいにしてやる!!」
「――」

 妖魔のその宣言を苦しげな表情で見る頼光だが――、

「――妖魔よ……」
「む?」

 その瞬間――、薄く頼光の目が朱に染まった。

「?!」

 それまで刀で防いでいた連撃を、その身の動きのみで避ける頼光。大太刀の刃が頼光の薄皮を断ち血が飛ぶが――、かまわずに身を低くしてその場を駆け抜けていく。

 ドン!!

 その時妖魔の脇から大量の血が噴き出る。それは――、妖魔の真横を駆け抜けた頼光が、その刀で妖魔の脇を断ち切ったからである。

「うがあああああ!!」

 その霊刀の斬撃は――妖魔に普通の刃による斬撃以上の激痛を与える。それはまさしく斬魔の刃であった。

「――な?! 馬鹿な――、それは人の動きか?!」
「無論、人ですとも――、魔を断つ武家における集大成とは言われておりますが」

 そう笑いもせず答える頼光。その目は今も薄く輝く。

「その目――、浄眼? 魔眼? あるいは――」
「まあ、貴方に語っても無意味とは思いますが――。これは、大陸の血から継承された”陰陽眼インヤンイェン”と呼ばれるもの――だそうです」

陰陽眼。
いわゆる日本古来の陰陽師とは無関係である魔眼。主に大陸の一部の民族が持つ。
その目は霊界と人間界を隔てる壁を見通すとされ、一般的な霊視覚にも似た効果を持つ。
そして、陰陽道とは関わりがないものの、天地自然の霊脈――龍脈をその目で見通し、そのあらゆる力の流れを把握することが可能となる魔眼でもあり――、
意識を集中するとあらゆるモノの動きが数倍の遅さに感じられ、それらに素早く対応が可能となる戦闘補助副次的効果も持っている。

「――私にとっては、貴方の動きは空を漂う木の葉にすら劣るように見えます」
「く――」

 妖魔は苦しげに呻きつつ――、その両手の大太刀を振るう。しかし――、その刃は一切頼光を断つことなく空を切るばかりであった。

「私がなぜ――、我が武士団において最高戦力と称されているのか。理解が出来ましたか?」
「くそ!! くそ!!」

 その頼光の言葉を横に聞きつつ妖魔は必至で大太刀を振るうが――、

「はあ――はあ――」
「どうやら――、妖力も気力も尽きたようで……」

 さすがの妖魔も――、苦し気に息を吐いて、大太刀を杖にして項垂れるほかなかった。

「――さて……、このまま封印してもいいのですが――、貴方のその能力は、今後都の脅威になりかねません。だから――」
「く――」

 悔し気に頼光を見つめる妖魔に――、まさしく死刑宣告をする裁判官の様子で、頼光は冷たく見下ろした。

(――く、ここまで――か)

 ――そうして、諦めが妖魔の心を犯し始めたその時、不意に森全体に男の声が響いた。

「――そこまでだ!! 源頼光!!」
「あ――」

 その声の主は――、

「待たせたな静寂――、あとは拙僧おれに任せろ」

 それは――、てっきり約束を違えたと思い込んでいたあの人間――、蘆屋道満だったのである。
 その姿を見て呻きに近い声を上げる妖魔――、いや”静寂”。

「なぜ――お前は……」
「二語はないといった――、お前たちの想いを――、拙僧おれが確かに守ってやる!!」
「にん――げん」

 その時になってやっと静寂は、自分もまた偏見を元に人を見ていたことを理解する。目の前のこの男は――、

「ああ――」

 その身に幾つもの傷を負い――、息を切らせながらも走ってきた。その様子をただ眩しいものを見るように見つめる静寂。

「――まさか――、四天王をすべて倒してきたのですか?」

 さすがに驚きが隠しきれない頼光は――、そう言ってその手の刀を道満に向けた。

「ああ――、当然だ……」
「そんなことをすれば貴方は――」
「はは――、いまさら心配してくれるのか? 頼光のぼっちゃん」

 その道満の言葉に眉を寄せて頼光は睨んだ。

「――さあ――、これで最後だ――。この場でお前を……、源頼光を――、この蘆屋道満様が止める!!」

 月光を背景にそう宣言する蘆屋道満――、その顔には、いかなる者にも負けじとする、不遜極まりない――そして大胆不敵な笑顔が宿っていた。
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