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第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~

第二十一話 道満は季猛と対面し、頼光の心の奥を知る

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 道満は森を奔る――。
 かの渡辺源次を倒した道満は、それを優しく横たえた後、姫たちが待つであろう三つ蛇岳の頂上の屋敷を目指した。
 月は高く上り――夜は、森の闇をさらに深くしていく。そのような中でも、道満は確かにかの屋敷への道を進んでおり、その速度は疾風のごとくに早かった。

(――追いつけるか? あの二人――、源頼光と坂上季猛に……)

 頼光四天王三人と戦い、時間を浪費しすぎていた道満はその顔に焦りが見られる。もうすでに二人が屋敷についている可能性も考えられるが――、それでも道満は諦めるという事はしなかった。

 ――拙僧おれは誓った――、あの二人の想いを救ってやると――。

 それはもはや理屈ではない――。道満には本来なら彼らを救う義理などない。
 でも一度救うと誓った――その誓いを違えるなど――、道満は死んでも嫌だった。

 その一心で走る道満の目に小さな明かりが見えた。それを見た道満は少し速度を落とし――、その光をめがけて駆けた。

「――む」
「待っていたぞ」

 その明かりの正体は――、頼光四天王最後の一人、坂上季猛の持つ松明の炎であった。

「ふふ――、お早い御着きですね蘆屋道満」
「――貴様、拙僧おれを待っておったのか?」
「ええ、その通りです」

 その言葉に道満は困惑の顔を向ける。

「あの頼光を一人で行かせたと?」
「ええ――、大丈夫でしょう?」

 ――季猛は、その顔に笑みを浮かべて言った。

「――あなたの見立てが正解ならば……、かの妖魔は頼光様だけでも始末はつけられます」
「貴様――」

 さすがに――季猛のその言葉に、怒りの表情をつくる道満。それを微笑みで軽くいなして季猛は言った。

「それで――どうでしたか?」
「ふん? どういう意味だ?」
「貴方が今まで倒してきた者達――、彼らの妖魔に対する考え方について……です」

 その季猛の言葉に少々困惑しつつ道満は答える。

「貴様が何を言いたいのかは知らんが――。少なくとも、”そもそも何も考えておらん”金太郎以外は――、俺にとっては納得のいく考えを持っていた」
「そうですか――」

 その道満の言葉を満足そうに聞く季猛。彼は少し考えた後、何度も頷きながら話し始めた。

「荒太郎――、彼は妖魔族の血を引く山岳集落の出身です。それゆえに、最も妖魔族に対して公平かつ慈悲深い考えを持っています」
「あの男が――」
「ええ――、彼はあれで結構人見知りでして……。我々仲間内でも自身の事を話したがらないので――。でも本心は最も妖魔族に近しい考えを持っている御仁ですね」

 道満は、あの荒太郎の言葉を思い出す。

”腹をくくれ――蘆屋道満!! お前が本当に操られておらぬのなら――、拙者など押しのけて姫やかの妖魔を救いにいけ!!”

(どおりで拙僧おれの話をあっさり信じてくれるわけだ――)

 納得した風で考え込む道満を、季猛は笑うながら見つめる。

「――そして金太郎――は飛ばして……」
「……」
「渡辺源次殿は――、妖魔に対して最も複雑な考えを持ちます」

 季猛は少し笑顔を消して――、

「彼は――昔は妖魔への憎悪に凝り固まっていました。でも戦いを経るにつれて――、彼の認識も変わったようでして……」
「――」
「憎悪するがゆえに――、強く感情を抱いているがゆえに見えるものもある。彼は――妖魔にも心があり、善悪があることを知ったのです」
「――それで、今まで憎悪によって虐殺してきた、その行為を後悔して――」
「そうですね――、彼は今でも悪しき妖魔なら慈悲なく殺せます。でも――、そうでない妖魔に対しては複雑な想いを抱いている」

 季猛は月を眺めつつ語る。

「――かつて母を殺した妖魔はすでにこの世におらず――、行き場を失った憎悪のままに無益な殺戮を繰り返した。その後悔は果てしなく――、同時に妖魔を信じ切れない心との板挟みになっている」
「――だから、さっき拙僧おれに止めてもらいたくて――」
「ええ――、本気で慈悲を消した源次が相手ならば――、貴方はこの場に立ってはいなかったでしょう」

 その時、道満は納得したという表情を浮かべる。

「そういえば――、アイツは茨木童子に……自分の身内が殺されたって嘘を言っていた」
「ああ――その話は……」
「今ならば理解できるぜ――、アイツは――、茨木童子に自分を見たんだろ?」
「――その通りです。母の仇をおびき出すべく無益な殺戮を繰り返した茨木童子――、それを自分と同じ”愚か者”だと考えて――」
「それで――、あんな嘘を言って、少しでもやり込めたかったのか」

 その道満の答えに満足そうに笑う季猛。それを一瞬不思議モノを見る目で見た道満は――、

「アンタは――、どうなんだ?」
「私ですか?」

 不意の質問に季猛は驚いた表情をして――、そして笑った。

「私は――、どちらかというと源次と境遇が似ています。でも――憎悪も後悔もすでに枯れ果て……、今私に残っているのは、我が主”源満仲みなもとのみつなか”様への忠誠のみです」
「源満仲? 頼光ではなく?」
「ええ――、私の正式な主は満仲様です。頼光様とはお目付け役としてお側におります」

 その季猛の言葉に眉を顰める道満。

「――ってことは、主の子供の御守りって奴か?」
「そうですね――、ですから私は満仲様の命令に従い――、”頼光の指示で動け”という命令を今もこなしています」
「その指示っていうのは――、拙僧おれをここで止めろって話か?」

 その道満の言葉に季猛は朗らかに笑って答えた。

「その通りですよ――。まあ、止める方法は特に限定されていませんし」
「――だからこその長話――と?」
「フフ――」

 ――ならば――。
 道満は季猛を睨んでその指で印を結ぶ。それを見て季猛は笑って言った。

「やはり――、戦いになりますか」
「当然だろ?」
「まあ――、そうですね。でも――、最後に一つだけお話が……」
「ふん? 時間稼ぎか? とっとと話せ――」

 不満げな道満を笑顔で制して季猛は語り始める。

「では――、”あの時”道満殿は頼光様の言葉に疑問を抱いていましたよね?」
「――む”あの時”――」

 季猛の言うあの時の言葉とは――。

”なぜ――? 妖魔の命を慮る必要があるのですか?”

「――」
「頼光様は――、幼いころから満仲様より数々の試練を与えられてきました」
「試練? それは――」
「――そう試練。でもその試練は、武人としての成長を促すものはほぼすべてでした。要するに――、悪人を始末する――あるいは人に仇名す妖魔を退治するなどです」

 季猛は笑みを消して話を続ける。

「さらに言うと――、頼光様は弱く優しい妖魔との関わりは全くありませんでした。彼が今まで目にしてきた妖魔は、すべからく退治すべきものだけなんです」
「――まさか」
「考えてみてください――。”害虫”を退治する役割の者が――”害虫”の心を慮りますか?」
「く――」

 その言葉にさすがに怒りが濃くなる道満。

「蟲にも親子はいるでしょう――、心ももしかしたらあるかもしれない。でも頼光様は妖魔を害虫と同列とみなしている。蟲に子があることを知って――、蟲がそれ以上増えることを考えてまとめて駆除することは考えても、その蟲に慈悲を向けることはない」
「――な、それでは――」
「頼光様は――、生真面目で――、正直で――、純粋です。でも――純粋だからと言っても”慈悲深い”とは限らない」
「――」

 道満は季猛の言葉に絶句する。それを見て頷きつつ季猛は言った。

「これが――、貴方が頼光様の言葉から得た疑問の答えです」
「――源……頼光」

 その時道満は妙に納得する。そういえば師である安倍晴明も――、”源頼光ほど融通の利かない御仁はいない”と確かに言っていた。

「それで――、貴様は何が言いたい?」
「ふふ――、もし道満殿が、万が一私に勝って先に進めば――、今までとはまた違った試練になるのでは? ――と予想しましてね?」
「は? 意味が分からん――」

 さすがに困惑する道満に笑いかけながら、季猛はその背に担いだ長弓を手にする。

「――では、お話はこれまでにして――。始めましょうか?」

 月夜の下、妖魔の屋敷を目前にして最後の頼光四天王と相対する蘆屋道満。
 ――果たしてその戦いの先にあるものは?
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