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第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~
第十八話 金太郎は怒りに吠え、道満はそれを迎え撃つ
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荒太郎を静かにその場に寝かせた道満は、一息ため息をついて頷く。
荒太郎のとの約束はここになった、これで姫たちを救うべく奔れる――と、
「たとえ――、おぬしの言う通りこのまま進んだところで、頼光殿たちを止められぬとしても――」
――そんなことは関係ない……。なぜなら――、彼らの想いに命を懸けると誓ったのだから。
道満は静かに荒太郎に頭を下げると、頼光達が進んだ後を追おうとした。――その時、
「あああああああああ!!」
裂帛の咆哮と共に、頭上から超重量が落ちてくる――、それは。
「ち――!」
それをすぐに察した道満は、素早く身をひるがえし、その超打撃を避けた。
凄まじい衝撃と破砕音――、地面が揺れて、もうもうと土煙が舞う。
「貴様――、金太郎?!」
「――そうだ!! おれだ!!」
土煙の向こう、一人の男が咆哮する。
「――お前も、拙僧の邪魔をすると?」
「当然だ!! ――俺は……兄貴の言った言葉は、頭が悪くてわからん!! だが――」
「――」
静かに見つめる道満の目を、怒りの目で見返して金太郎は咆哮した。
「俺は頼光様の四天王が一人!! その使命ゆえに――、貴様をこのまま進ませるわけにはいかんのだ!!」
「ふん――、四天王としての誇りか――」
その言葉に金太郎は――、
「無論それだけではない!! 貴様は兄貴を――、俺は兄貴の仇をとって見せる!!」
それを聞いて道満は――、心の中で”荒太郎殿は死んではおらん”と呟くが、まあ彼にとってはどうでもいいことかもしれんと思い直した。
――目の前の男は馬鹿だ……、無論”良い意味”で――、彼の理屈は純粋で淀みがない。ならば――、それに答えるのが今すべきことであろう。
(このまま進ませてくれぬのなら――、徹底的にやり合うまでよ――)
そう決意した道満は――、再びその身に呪を宿した。
――一瞬、二人の間の空気が止まる――、
「オオオオオオ!!」
森全体に響く咆哮と共に、重量弾が突っ込んでくる。それはまさに単純すぎる突貫である。
「――そのような事」
拙僧には通用せん――、とその動きを素早く読んで、道満は静かに脇に避けた。
ドン!!
まさに一直線に突っ込んだ金太郎が、その目前の木々をなぎ倒し吹き飛ばしていく。さすがの道満もそれを見て肝を冷やした。
(――単純で避けやすい突撃――、しかし、何かの間違いで受けてしまえば、それで俺は終わる――)
それは――、予想ではなく明確な事実。金太郎のその肉体から発揮される力はあまりにも規格外過ぎた。
呪術には当然のように物理攻撃をいなす呪も存在している。しかし、目の前の金太郎の力は、それでも防ぎきれるものではない。
(――そういえば聞いたことがある。この金太郎――、人を越えた筋力を、異能として生まれつき持っていると……)
そのような人間がいることは知ってはいたが――、これほどのものとは予想できなかった。
これはまるで――、
(かの金太郎――、妖魔の血を引いているわけではない――、が、生まれつき霊格が標準より高いのか――)
そうなると――、先ほどの戦いで荒太郎に使った酩酊の符が効かない可能性がある。
それはどいう意味かというと――、
仮にこの場に、玉と箱があることを想像していただきたい。
玉は――、生命の魂の格の高さ”霊格”をその大きさで表し――、
箱は――、その呪法がどれほどの魂に対し通用するかを、その器の大きさで表す――。
玉がその箱に収まるならば、その呪法は正しく効果を発揮し、玉がある程度以上大きく、箱に収まりきらないならばその呪法は効果を発揮せず”立ち消える”。
このような要素は、呪そのものの威力――効果量とは別に解釈されるものであり――、
”威力が高いが器が小さい”あるいは”威力が低いが器は大きい”等という事もある。
なお以上における威力に対応するのは”対呪術耐性”である。霊格による”立ち消え”と、耐性による”抵抗”は明確に違うものなのである。
(先ほどの酩酊符は――、あくまでも普通の人間……そしてその術者に対するもの――、妖魔クラスにまで霊格が高い金太郎相手には”立ち消え”る――)
かの妖魔王を相手にするべく、各種攻撃呪符はとりあえず用意してはあるが――、
(いくら何でも威力が高すぎる――)
おそらく金太郎を殺してしまいかねない。そんな事をすれば――、今度こそ自分は自分を許せなくなる。
(ならば――、対人の直接攻撃呪符を――)
先ほども説明した通り、呪法には効果を発揮する対象を制限する”器の大きさ”が決められている。
金太郎本人に対しては呪を使えなくとも――、天地自然に対し効果が発揮される呪なら当然機能する。
例えば――、炎を礫として飛ばす攻撃呪符――、そう言った類は、あくまで自然現象に対して効果を表して、それを敵対者に投射するものであるため、別に敵対者の霊格は関係ないのだ。
――道満の判断は早かった。
「急々如律令!!」
道満の周囲に呪符が数枚舞い――そして、それが炎の塊へと変じる。そして――、
「疾く――」
右手を横凪に振るううとそれに従うように、金太郎めがけて無数の炎が飛んだ。
「あ!!」
それを驚きの目で見る金太郎。炎の群れは金太郎に迫り――、
「あち!! あちい!!」
両腕で身を庇う金太郎を激しく打ち据えた。
「――む」
道満はそれを見て少し困惑する。
(効果は確かにある――、しかし、威力が足りておらん――)
腕を火傷まみれにしつつ金太郎はそれでも倒れない。それは――、
(信じられんほどの耐久力だな――、これが俗にいう”筋肉だるま”か――)
確かに金太郎には効いている――、効いてはいるが、その強靭な筋肉が鎧と化して金太郎を守っているのである。
「てめえ!! あちいじゃねえか!! 遠距離攻撃とは卑怯な!!」
「戦いに卑怯もへったくれもあるか――」
金太郎の言葉に道満は無表情で返す。それを聞いた金太郎は――、
「確かに違いねえ――」
それだけを言うと、金太郎は両腕を盾にして再び道満に向かって奔る。
「効かんと――」
道満は――、単純な一直線であるその軌道を正確に読んで回避した。――再び呪符が舞う。
ドン!! ドン!!
金太郎の身体が炎に包まれる。金太郎はたまらずその場に転がって火を消した。
「くそ――、正直これは不味いな……」
火を消し立ち上がった金太郎は、いたって真面目にそう口に出して言う。
「正直、俺はこの筋力だけが武器だ――、てめえに近づけないと……こっちはじり貧だ」
「――」
道満はさすがに――”こ奴、阿呆か――”と考えた。自身の弱点を敵の前で暴露してどうする。
「――は、ならば――」
金太郎はニヤリと笑うと――、道満に背を向けて逃げていった。
「――」
その光景に、さすがに唖然とする道満。
(――逃げた? 否――、そのようなはずはない)
道満は慎重に金太郎が逃げた先を追いかける。そして――、
「これは――」
その時、道満は純粋に驚き――、感嘆の言葉を漏らす。かの巨体の――金太郎の気配が完全に消えていたのである。
果たしてどこに行ったのか? そう考えて周囲を警戒する道満――、その右横の草がかすかに揺らぐ。
「む?」
一瞬で警戒心を向けた道満の目に――、小さな兎が映った。
「む――、兎か――」
「は!!」
その瞬間、道満の背筋が寒くなる。背後に巨体が立っていた。
「――しま」
道満は最後まで言葉を続けることが出来なかった。その巨体――金太郎のあまりにも太い腕が、道満を掴み――そして、遥か高く持ち上げられたのちに、その筋力全力を以て地面へ叩きつけられたのである。
「が!!」
地面にその身を打ち付けられた道満はしこたま反吐を吐く。金太郎は――、
「もういっちょ!!」
もう一度道満を天高く持ち上げた金太郎が、再び地面へと道満を落下させ――叩きつけようとする。
(――い……かん)
消えかける意識を保ちつつ、道満は瞬時に印を結ぶ。
「うお!!」
金太郎のその叫びと――、その腕から炎が吹き上がるのは同時であった。
「は――」
一瞬、金太郎意識がそれた瞬間、道満はその腕を打撃して拘束を解く。そのまま口から血を吐きつつ、金太郎との距離をとった。
「――は、やってくれる」
「はは――、何とか逃れたか」
油断なく金太郎を睨む道満と――、へらへらと緊張感なく笑う金太郎。金太郎はそ笑顔を残したまま――静かに森へとその身を躍らせる。――一瞬にしてその気配が消えた。
「――ち、こ奴――根っからの”獣”か――。森で気配を消して襲い掛かる事に慣れておる――」
その巨体が音もなく森に消えるのは、さすがの道満でも驚くに値する事であった。
(――これは、マズいな……、気配を完全に消されて――、隙を探られ――、先ほどのような攻撃を仕掛けられればこちらは――)
その道満の心配通り――、それからの道満は一方的な防戦を余儀なくされた。不意に周囲の草が動くことがあり――、それを警戒するとそれに反する位置より攻撃が来る。
それはまさしく森全体が敵に回ったような感覚であり。――さすがの道満も苦戦せざるおえない。
(森の動物達の動きが、まるで、かの金太郎に命令されておるように見える――、これは……)
その道満の見立ては正確であり。実のところ、森に姿を消している金太郎は――、周囲の動物を言葉で操って道満が隙を見せるよう仕向けていたのである。
道満は防戦に追い込まれた中ひたすらに考える。
(――このままでは拙僧は奴を捕らえられない――、探査呪で探ることも考えたが……、その隙を奴が見逃すとは思えぬ――)
こちらは金太郎の姿が見えず、逆に金太郎はこちらの姿が見えている、その状況はあまりに不利であり、このまま敗北を待つほかはないであろう。
「――」
道満はしばらく考えたのちに一つの結論を下す。
「奴の気配が探れぬのなら――、まあ、そのままでよいか」
それはいったいどのような意図なのか? 道満は懐から一服の薬包を取り出す。そして――、その粉薬を口に含むと素早く印を結んだ。
「?」
近くの木陰で道満を見守る金太郎は、その動きを不審に思いつつ黙って気配を殺す。何の意図があるにせよ――次に隙を見せれば、奴を捕まえて胴を締めてしまえばよい。
「――」
その次の瞬間、道満がその口から煙を吹き始める。それを見て金太郎は驚くが――、なんとか気配を消し続けることには成功した。
(何をして――?)
不意に金太郎の目がしょぼしょぼして――、痛みを感じ始めた。
(――まさか、目つぶし? いや?)
目をこすって何とかしのぐ金太郎は――、一瞬だけ道満から目を離した。
(なんだ? 目が痛くなって――、だがそれだけ?)
目の痛みが和らいでいく中、金太郎は再び道満の様子を探る。確かに、彼は先ほどの場所にとどまっていた。
(ふん――何をしたかは知らんが――、まあいい……次で)
金太郎はそう考えると、近くにいた兎に声をかけた。兎はその言葉通りに道満に向かって駆けていく。そして――、
「は!!」
金太郎は道満が、兎に気を取られて大きな隙を作った事を見逃さなかった。素早く静かに背後に回って――、その道を掴みに行く。
「――」
道満が驚きの表情を作るのと、金太郎が道満の胴をその太い腕で締めるのは同時であった。
「悪いがもう逃がさん――、蘆屋道満、このまま胴を締めて――落とさせてもらうぜ?」
それはまさしく勝利を確信した宣言であった。
「――!!」
金太郎が道満の胴を締めると、道満は苦しげな表情で足掻く。しかし――、その足掻きは何も影響を及ぼすことなく、金太郎はただその剛腕で締め付けていった。
「は――、これで終わりだ!!」
そう笑顔で叫ぶ金太郎の――、その目が不意にぐるりと白目になる。そして――、
「――は」
小さく息を吐いて金太郎はその場にその身を横たえた。
「ふむ――、さすがは頼光四天王か――」
不意に金太郎の背後から”もう一人の道満”が現れる――、そして――、
「疾く――」
そう道満が唱えた瞬間に――、先ほどまで金太郎が締め付けていた道満が、紙のヒトガタへと変じた。
「呪を込めた全力での脇への一撃――、さすがの”筋肉ダルマ”も堪えたようだな」
ヒトガタを回収した道満は、一人そう呟き小さく笑う。そう――すべては道満の策略だったのである。
広範囲――無差別に”視覚を一瞬失わせる”薬煙を振りまき――、その間に自分とヒトガタを交代し、みずから姿を消して相手が罠にかかるのを待つ。
その通りに金太郎が罠を締めにかかった瞬間、その背後に歩みよって、呪を乗せた全力の打撃を腹に撃ち込む。
「――悪いな金太郎――。拙僧 はこのまま進む」
その場に突っ伏して動かない金太郎を見つめながらそう呟く道満。すぐに踵を返してはるか霊山を見た。
――待っておれ……、姫、静寂――、拙僧が必ず――。
遥か臨む霊山に月がかかる――。時間はすでに夜更けになり、道満の目指す先を闇が覆っていた。
荒太郎のとの約束はここになった、これで姫たちを救うべく奔れる――と、
「たとえ――、おぬしの言う通りこのまま進んだところで、頼光殿たちを止められぬとしても――」
――そんなことは関係ない……。なぜなら――、彼らの想いに命を懸けると誓ったのだから。
道満は静かに荒太郎に頭を下げると、頼光達が進んだ後を追おうとした。――その時、
「あああああああああ!!」
裂帛の咆哮と共に、頭上から超重量が落ちてくる――、それは。
「ち――!」
それをすぐに察した道満は、素早く身をひるがえし、その超打撃を避けた。
凄まじい衝撃と破砕音――、地面が揺れて、もうもうと土煙が舞う。
「貴様――、金太郎?!」
「――そうだ!! おれだ!!」
土煙の向こう、一人の男が咆哮する。
「――お前も、拙僧の邪魔をすると?」
「当然だ!! ――俺は……兄貴の言った言葉は、頭が悪くてわからん!! だが――」
「――」
静かに見つめる道満の目を、怒りの目で見返して金太郎は咆哮した。
「俺は頼光様の四天王が一人!! その使命ゆえに――、貴様をこのまま進ませるわけにはいかんのだ!!」
「ふん――、四天王としての誇りか――」
その言葉に金太郎は――、
「無論それだけではない!! 貴様は兄貴を――、俺は兄貴の仇をとって見せる!!」
それを聞いて道満は――、心の中で”荒太郎殿は死んではおらん”と呟くが、まあ彼にとってはどうでもいいことかもしれんと思い直した。
――目の前の男は馬鹿だ……、無論”良い意味”で――、彼の理屈は純粋で淀みがない。ならば――、それに答えるのが今すべきことであろう。
(このまま進ませてくれぬのなら――、徹底的にやり合うまでよ――)
そう決意した道満は――、再びその身に呪を宿した。
――一瞬、二人の間の空気が止まる――、
「オオオオオオ!!」
森全体に響く咆哮と共に、重量弾が突っ込んでくる。それはまさに単純すぎる突貫である。
「――そのような事」
拙僧には通用せん――、とその動きを素早く読んで、道満は静かに脇に避けた。
ドン!!
まさに一直線に突っ込んだ金太郎が、その目前の木々をなぎ倒し吹き飛ばしていく。さすがの道満もそれを見て肝を冷やした。
(――単純で避けやすい突撃――、しかし、何かの間違いで受けてしまえば、それで俺は終わる――)
それは――、予想ではなく明確な事実。金太郎のその肉体から発揮される力はあまりにも規格外過ぎた。
呪術には当然のように物理攻撃をいなす呪も存在している。しかし、目の前の金太郎の力は、それでも防ぎきれるものではない。
(――そういえば聞いたことがある。この金太郎――、人を越えた筋力を、異能として生まれつき持っていると……)
そのような人間がいることは知ってはいたが――、これほどのものとは予想できなかった。
これはまるで――、
(かの金太郎――、妖魔の血を引いているわけではない――、が、生まれつき霊格が標準より高いのか――)
そうなると――、先ほどの戦いで荒太郎に使った酩酊の符が効かない可能性がある。
それはどいう意味かというと――、
仮にこの場に、玉と箱があることを想像していただきたい。
玉は――、生命の魂の格の高さ”霊格”をその大きさで表し――、
箱は――、その呪法がどれほどの魂に対し通用するかを、その器の大きさで表す――。
玉がその箱に収まるならば、その呪法は正しく効果を発揮し、玉がある程度以上大きく、箱に収まりきらないならばその呪法は効果を発揮せず”立ち消える”。
このような要素は、呪そのものの威力――効果量とは別に解釈されるものであり――、
”威力が高いが器が小さい”あるいは”威力が低いが器は大きい”等という事もある。
なお以上における威力に対応するのは”対呪術耐性”である。霊格による”立ち消え”と、耐性による”抵抗”は明確に違うものなのである。
(先ほどの酩酊符は――、あくまでも普通の人間……そしてその術者に対するもの――、妖魔クラスにまで霊格が高い金太郎相手には”立ち消え”る――)
かの妖魔王を相手にするべく、各種攻撃呪符はとりあえず用意してはあるが――、
(いくら何でも威力が高すぎる――)
おそらく金太郎を殺してしまいかねない。そんな事をすれば――、今度こそ自分は自分を許せなくなる。
(ならば――、対人の直接攻撃呪符を――)
先ほども説明した通り、呪法には効果を発揮する対象を制限する”器の大きさ”が決められている。
金太郎本人に対しては呪を使えなくとも――、天地自然に対し効果が発揮される呪なら当然機能する。
例えば――、炎を礫として飛ばす攻撃呪符――、そう言った類は、あくまで自然現象に対して効果を表して、それを敵対者に投射するものであるため、別に敵対者の霊格は関係ないのだ。
――道満の判断は早かった。
「急々如律令!!」
道満の周囲に呪符が数枚舞い――そして、それが炎の塊へと変じる。そして――、
「疾く――」
右手を横凪に振るううとそれに従うように、金太郎めがけて無数の炎が飛んだ。
「あ!!」
それを驚きの目で見る金太郎。炎の群れは金太郎に迫り――、
「あち!! あちい!!」
両腕で身を庇う金太郎を激しく打ち据えた。
「――む」
道満はそれを見て少し困惑する。
(効果は確かにある――、しかし、威力が足りておらん――)
腕を火傷まみれにしつつ金太郎はそれでも倒れない。それは――、
(信じられんほどの耐久力だな――、これが俗にいう”筋肉だるま”か――)
確かに金太郎には効いている――、効いてはいるが、その強靭な筋肉が鎧と化して金太郎を守っているのである。
「てめえ!! あちいじゃねえか!! 遠距離攻撃とは卑怯な!!」
「戦いに卑怯もへったくれもあるか――」
金太郎の言葉に道満は無表情で返す。それを聞いた金太郎は――、
「確かに違いねえ――」
それだけを言うと、金太郎は両腕を盾にして再び道満に向かって奔る。
「効かんと――」
道満は――、単純な一直線であるその軌道を正確に読んで回避した。――再び呪符が舞う。
ドン!! ドン!!
金太郎の身体が炎に包まれる。金太郎はたまらずその場に転がって火を消した。
「くそ――、正直これは不味いな……」
火を消し立ち上がった金太郎は、いたって真面目にそう口に出して言う。
「正直、俺はこの筋力だけが武器だ――、てめえに近づけないと……こっちはじり貧だ」
「――」
道満はさすがに――”こ奴、阿呆か――”と考えた。自身の弱点を敵の前で暴露してどうする。
「――は、ならば――」
金太郎はニヤリと笑うと――、道満に背を向けて逃げていった。
「――」
その光景に、さすがに唖然とする道満。
(――逃げた? 否――、そのようなはずはない)
道満は慎重に金太郎が逃げた先を追いかける。そして――、
「これは――」
その時、道満は純粋に驚き――、感嘆の言葉を漏らす。かの巨体の――金太郎の気配が完全に消えていたのである。
果たしてどこに行ったのか? そう考えて周囲を警戒する道満――、その右横の草がかすかに揺らぐ。
「む?」
一瞬で警戒心を向けた道満の目に――、小さな兎が映った。
「む――、兎か――」
「は!!」
その瞬間、道満の背筋が寒くなる。背後に巨体が立っていた。
「――しま」
道満は最後まで言葉を続けることが出来なかった。その巨体――金太郎のあまりにも太い腕が、道満を掴み――そして、遥か高く持ち上げられたのちに、その筋力全力を以て地面へ叩きつけられたのである。
「が!!」
地面にその身を打ち付けられた道満はしこたま反吐を吐く。金太郎は――、
「もういっちょ!!」
もう一度道満を天高く持ち上げた金太郎が、再び地面へと道満を落下させ――叩きつけようとする。
(――い……かん)
消えかける意識を保ちつつ、道満は瞬時に印を結ぶ。
「うお!!」
金太郎のその叫びと――、その腕から炎が吹き上がるのは同時であった。
「は――」
一瞬、金太郎意識がそれた瞬間、道満はその腕を打撃して拘束を解く。そのまま口から血を吐きつつ、金太郎との距離をとった。
「――は、やってくれる」
「はは――、何とか逃れたか」
油断なく金太郎を睨む道満と――、へらへらと緊張感なく笑う金太郎。金太郎はそ笑顔を残したまま――静かに森へとその身を躍らせる。――一瞬にしてその気配が消えた。
「――ち、こ奴――根っからの”獣”か――。森で気配を消して襲い掛かる事に慣れておる――」
その巨体が音もなく森に消えるのは、さすがの道満でも驚くに値する事であった。
(――これは、マズいな……、気配を完全に消されて――、隙を探られ――、先ほどのような攻撃を仕掛けられればこちらは――)
その道満の心配通り――、それからの道満は一方的な防戦を余儀なくされた。不意に周囲の草が動くことがあり――、それを警戒するとそれに反する位置より攻撃が来る。
それはまさしく森全体が敵に回ったような感覚であり。――さすがの道満も苦戦せざるおえない。
(森の動物達の動きが、まるで、かの金太郎に命令されておるように見える――、これは……)
その道満の見立ては正確であり。実のところ、森に姿を消している金太郎は――、周囲の動物を言葉で操って道満が隙を見せるよう仕向けていたのである。
道満は防戦に追い込まれた中ひたすらに考える。
(――このままでは拙僧は奴を捕らえられない――、探査呪で探ることも考えたが……、その隙を奴が見逃すとは思えぬ――)
こちらは金太郎の姿が見えず、逆に金太郎はこちらの姿が見えている、その状況はあまりに不利であり、このまま敗北を待つほかはないであろう。
「――」
道満はしばらく考えたのちに一つの結論を下す。
「奴の気配が探れぬのなら――、まあ、そのままでよいか」
それはいったいどのような意図なのか? 道満は懐から一服の薬包を取り出す。そして――、その粉薬を口に含むと素早く印を結んだ。
「?」
近くの木陰で道満を見守る金太郎は、その動きを不審に思いつつ黙って気配を殺す。何の意図があるにせよ――次に隙を見せれば、奴を捕まえて胴を締めてしまえばよい。
「――」
その次の瞬間、道満がその口から煙を吹き始める。それを見て金太郎は驚くが――、なんとか気配を消し続けることには成功した。
(何をして――?)
不意に金太郎の目がしょぼしょぼして――、痛みを感じ始めた。
(――まさか、目つぶし? いや?)
目をこすって何とかしのぐ金太郎は――、一瞬だけ道満から目を離した。
(なんだ? 目が痛くなって――、だがそれだけ?)
目の痛みが和らいでいく中、金太郎は再び道満の様子を探る。確かに、彼は先ほどの場所にとどまっていた。
(ふん――何をしたかは知らんが――、まあいい……次で)
金太郎はそう考えると、近くにいた兎に声をかけた。兎はその言葉通りに道満に向かって駆けていく。そして――、
「は!!」
金太郎は道満が、兎に気を取られて大きな隙を作った事を見逃さなかった。素早く静かに背後に回って――、その道を掴みに行く。
「――」
道満が驚きの表情を作るのと、金太郎が道満の胴をその太い腕で締めるのは同時であった。
「悪いがもう逃がさん――、蘆屋道満、このまま胴を締めて――落とさせてもらうぜ?」
それはまさしく勝利を確信した宣言であった。
「――!!」
金太郎が道満の胴を締めると、道満は苦しげな表情で足掻く。しかし――、その足掻きは何も影響を及ぼすことなく、金太郎はただその剛腕で締め付けていった。
「は――、これで終わりだ!!」
そう笑顔で叫ぶ金太郎の――、その目が不意にぐるりと白目になる。そして――、
「――は」
小さく息を吐いて金太郎はその場にその身を横たえた。
「ふむ――、さすがは頼光四天王か――」
不意に金太郎の背後から”もう一人の道満”が現れる――、そして――、
「疾く――」
そう道満が唱えた瞬間に――、先ほどまで金太郎が締め付けていた道満が、紙のヒトガタへと変じた。
「呪を込めた全力での脇への一撃――、さすがの”筋肉ダルマ”も堪えたようだな」
ヒトガタを回収した道満は、一人そう呟き小さく笑う。そう――すべては道満の策略だったのである。
広範囲――無差別に”視覚を一瞬失わせる”薬煙を振りまき――、その間に自分とヒトガタを交代し、みずから姿を消して相手が罠にかかるのを待つ。
その通りに金太郎が罠を締めにかかった瞬間、その背後に歩みよって、呪を乗せた全力の打撃を腹に撃ち込む。
「――悪いな金太郎――。拙僧 はこのまま進む」
その場に突っ伏して動かない金太郎を見つめながらそう呟く道満。すぐに踵を返してはるか霊山を見た。
――待っておれ……、姫、静寂――、拙僧が必ず――。
遥か臨む霊山に月がかかる――。時間はすでに夜更けになり、道満の目指す先を闇が覆っていた。
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あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
画仙紙に揺れる影ー幕末因幡に青梅の残香
冬樹 まさ
歴史・時代
米村誠三郎は鳥取藩お抱え絵師、小畑稲升の弟子である。
文久三年(一八六三年)八月に京で起きて鳥取の地に激震が走った本圀寺事件の後、御用絵師を目指す誠三郎は画技が伸び悩んだままで心を乱していた。大事件を起こした尊攘派の一人で、藩屈指の剣士である詫間樊六は竹馬の友であった。
幕末の鳥取藩政下、水戸出身の藩主の下で若手尊皇派が庇護される形となっていた。また鳥取では、家筋を限定せず実力のある優れた画工が御用絵師として藩に召しだされる伝統があった。
ーーその因幡の地で激動する時勢のうねりに翻弄されながら、歩むべき新たな道を模索して生きる侍たちの魂の交流を描いた幕末時代小説!
作中に出てくる因幡二十士事件周辺の出来事、鳥取藩御用絵師については史実に基づいています。
1人でも多くの読者に、幕末の鳥取藩有志たちの躍動を体感していただきたいです。
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if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜
かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。
徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。
堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる……
豊臣家に味方する者はいない。
西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。
しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。
全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。
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