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第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~
第十六話 道満はかの想いを信じ、そして頼光達と開戦する
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――困った、本当に困り果てた――。
千脚大王の隠れ屋敷――、そこにいた娘から話を聞いて、道満は本格的に頭を抱える。屋敷の中の一室にて、娘から全ての事情を聴いたのである。
「このような事――、事実であれば――、拙僧達は、馬に蹴られて死んでしまえ――、と言える話ではないか」
「馬に蹴られて? どういう意味なのですか?」
何とも素直な表情で娘は道満にそう質問する。自分の話を静かに聞いてくれた道満の事を、信頼の目で見ているようだ。
――その目に見つめられて、道満は何とも居心地が悪くなる。
(――はあ……、この様子――、妖魔に操られておるようには見えぬ……。おそらくはすべて事実であろう……)
すぐに自分を信頼してしまった、あまりに純真すぎる娘を見て、道満はそう結論付ける。
(……ならば、親元へと返すのは――少々まずい話ではないか? そのように振る舞い――娘を切り捨てようとた者が、素直に娘の帰還を喜ぶのか?)
それは――、最悪の予想が容易に思いついてしまう。
「――あの……、道満――さま?」
「む? なんだ?」
「どうか!! 静寂様をお救いください!!」
「むう――」
頭を下げて懇願する娘に――、困り果てた様子で考え込む道満。それも当然――、
(――娘の父親……果ては帝よりの勅で動いている以上――、この娘を連れ帰らねばならぬ……、しかし)
その行為は、この娘に取り返しのつかない事態を招くことになろう。
――別に道満自身は……上の者からどのように言われてもかまわないが――、
(そうなれば――何かと批判されるのは……師だ)
道満はしかし――、と思う。
(――このような話……捨ておくことは――できぬ)
そう言って考え込む道満に何度も頭を下げる娘。もはや――道満には否はなかった。
「わかった――、頼光殿に事情を説明して……、どのようにするか相談してみよう」
「ほ……!! 本当ですか?!」
「は――、拙僧に任せておけ――、きっと悪いようにはならぬ」
それは――、実際はかなり甘い考えであったが……、その時の道満は歳若いゆえに理解の出来ぬ話であった。
「ありがとうございます!! 道満様!!」
「ふ――、万事任せるがよい」
尊敬のまなざしで自分を見る娘に、道満は恭しく頷いて宣言する。――と、そこに何やら走り込んでくる大きな影があった。
「姫!!」
「静寂――様?」
「無事か!!」
そう言って屋敷内へと走り込んできたのは千脚大王こと――静寂本人であった。
静寂は、娘の前に座る道満を見て、その手の大太刀を構える――が、
「静寂様!! お待ちください!! 道満様は敵ではありません!!」
「――な、に?」
娘の言葉に困惑の表情を浮かべる静寂。道満は大きく頷いて言った。
「事情は、この娘から全て聞かせてもらった。――この件は、拙僧が何とかしてやる」
「む――」
静寂はそれでも信頼がおけぬというふうで道満を見つめる。道満はそれを肌身で感じて答えた。
「今あったばかりだ、――俺が信頼できぬのは理解できる。だが――、このような事情を聴いた以上、拙僧は見捨ててはおけぬのだ――」
「――お前」
「すぐに信頼せよとは言わぬ……。一時、俺に任せてくれるだけでよい」
その言葉を聞いて――、静寂はその手の大太刀を下ろす。
「姫以外の――いや、姫と法師以外の人間は信用できぬ――、貴様を信用は出来ぬ」
「ならば――」
「だが――、貴様の言葉が嘘である確証ももてぬ――」
――だから、
「信頼はせぬが――、お前を利用するという形なら――」
「はは――、そうだな!! そこまで言うならその栄念法師とやらに命じて、俺に呪をかけるなり何なりするがいい」
「――そうさせてもらう」
道満のその言葉に――、静寂はその背後に控えていた法師を見る。
「法師――」
「わかり申した――」
ぼろを着た法師は、道摩に近づくと印を結び呪をかけた。
「――言葉を違えた場合――、おぬしは死ぬほどの激痛が走ります。少なくとも――、剣士であれば身動きなわず、術師であれば呪は扱えなくなり申す」
「かまわん――、勝手にするがよい」
道満は堂々とした様子でそう言った。
――さて、呪をかけ終えた法師は、道満に向かって言う。
「本当に――姫と大王を救ってくださるのですね?」
「任せろといった――、二言なし!!」
「ふむ――」
その言葉を聞いた法師は嬉しそうに頭を下げた。
(――ふ、事情が事情だ――、頼光殿なら確かな判断を下してくれるだろう――)
道満は、知り合って久しい頼光の顔を思い出す。その真面目で素直な彼なら――きっと彼らの想いを汲んでくれると信じていた。
――そしてそれは――、道満にとってとても甘い予想に過ぎなかったのである。
◆◇◆
森の向こう――、霊山の入り口にて、頼光とその四天王が集まり話し合っていた。
「――はあ……、拙者が何とか呪を解いて……ここまで下りては来たが。振り出しに戻ってしまいましたな――」
「それに――道満様の御姿も見えず……困りました」
笑う荒太郎と困った顔の頼光がそのように語り合う。その様子に――季猛が答えた。
「まさかとは思いますが――、お一人でかの妖魔王の屋敷へと向かったのでは?」
その言葉に荒太郎が頷く。
「かの吾人はかなりの使い手故に――、可能性は高いな」
それを聞いて頼光は、遥霊山の頂上を眺めて言った。
「――それは、大丈夫でしょうか――」
その言葉に、その場の皆が黙り込む。かの妖魔王が噂通りであれば――、かの蘆屋道満でも、一人で相手するのには無理があると思えた。
「――とにかく、このまま何もなしで帰還するわけにもいきません。もう一度かの屋敷を目指しましょう」
その言葉に一同は深く頷いた。
――そして、しばらく霊山を登って進んだ時――。
「お~!」
不意に森の向こうから道満が現れたのである。
「道満殿!! 無事でしたか!! ――てっきり、一人で妖魔王の屋敷に向かったものと……」
「はは――、当然、屋敷にたどり着いたとも……、拙僧ならば当然の話だ」
そう言って笑う道満に――、なぜか一同は困惑の表情を浮かべた。
「――妖魔王の屋敷にたどり着いたと? それは――」
「本当だとも――、姫にもあった」
「――」
困惑する頼光を見て、すこし笑顔を消して道満は答えた。
――頼光は少し考えてから言った。
「それで? 妖魔王は退治なさったのですか? ――姫は何処ですか?」
「ああ――それなんだが……」
道満はその場の雰囲気に少し困惑しつつ答える。
「かの妖魔が――かの姫をさらった――、正確には供に逃げたのには理由があって――」
それから――、道満は娘から聞いた事情を、皆の前ですらすらと答える。
「――というわけでな……」
「――」
道満が話し終わると――、その場にいる一同に沈黙が広がる。
――不意に、その沈黙を壊したのは――、源次であった。
「道満――どの、貴様は――、その、娘の話を鵜呑みにしたと?」
「ぬ――、それはどういう意味だ?」
源次の冷たい目に、困惑を大きくして道満は答える。
「その娘が――嘘を言っていない保証は?」
「なんだと? それは――」
「そもそも――妖術で操られている可能性は考えなかったか?」
「――拙僧の、術看破が信じられぬと?」
さすがに怒り顔で源次に言葉を返す道満だが――、
「――姫が自分から妖魔のもとへと走った? それよりも――、妖魔に魅入られて操られている……、その方がありうる話であろう?」
「な――」
「そもそも――その静寂? ――とやらは、都で多くの兵に甚大な被害を与えておる――、その言葉は信じられぬ」
「――」
源次のその冷たい物言いに、さすがの道満も怒りで答える。
「拙僧の言葉が信じられんと!?」
「――信じられぬ――」
「な?!」
あまりにあまりな物言いに道満は唖然とする。その段に至っもて黙り込んでいる頼光を見た。
「頼光――殿」
「――」
頼光は心底困惑の表情で考え込む。それに向かって源次は言った。
「頼光――、この阿保に言ってやれ――」
「それは――」
頼光は困惑の表情を崩さずに道満を見た。
「もし――その話が事実なら――、私たちの出る幕はないのかもしれません」
「それなら――」
頼光の言葉に道満は顔を明るくする――が、
「でも――、私には判断がつき兼ねます。なぜなら――かの妖魔が都で多くの怪我人を出したのも事実です。――それだけが今我々が知っている事実なのです」
「む――」
「姫に言われたから――はいそうですか。と帰るわけにはいきません。我々は子供の使いではないのです」
その言葉に――道満はさすがに次の言葉が継げなくなる。――その段になって、自分の甘さを痛感した。
「しかし――」
「道満殿――、我々の使命は都の平安を護り――、人の世を続かせる事です。もし――あなたの言葉が事実でも、かの妖魔を退治したのち――、姫を父親に返してから、その父親が暴挙に出ぬように見張る事が正しいと思います」
「――それは――、ならば妖魔の命はどうでもいいと?」
その道満の言葉に――、頼光は困惑の表情を深くして言った。
「なぜ――? 妖魔の命を慮る必要があるのですか?」
「――」
その段になって――、やっと道満は理解する。自分と頼光――、その間にある大きな隔たりを。
「かの妖魔の想いを――、理解しようとする姿勢は尊敬いたしますが。妖魔とは――”人に仇なす存在”なのです」
「く――」
「――少なくとも、今までの経験上――、それ以外の事実はありませんでした」
それは――、対妖魔戦力であれば当然の話。――今まで、人に仇名す妖魔を切り伏せてきた彼らだからこその――。
(――これは、まさか――、拙僧の考えは甘すぎたのか?)
あまりの事態に――道満は黙り込む。そして――、
「それに――道満殿?」
「――なんだ?」
「なぜ――貴方は――、その身にかかっている呪は何ですか?」
「――!!」
その瞬間――、道満は事態が最悪の方に転がっている事実を知る。今自分の身にかかっている呪は、かの栄念法師にかけられた呪であり。
「――貴方は、その呪で操られているのでは?」
「違う――これは」
道満は事実を話そうとするが――、彼らにとっては、ただの言い訳にしか見えない。
「ふん――、妖魔王に妖術でもかけられて操られたか」
そう源次が言い放つ。もはや最悪な事態に至っていた。
「――道満様。我々はこれより妖魔王の屋敷へと向かいます。だから――」
頼光は顔で、その場にいる荒太郎と金太郎を促す。
「――二人とも……、道満殿を見張っていてください」
「――わかった」
荒太郎がそう言って笑った。
(――……、拙僧は甘かった――。このような事態になることを予想できぬとは……)
道満は自分の考えの甘さに項垂れた。
――そして、その二人を除いた頼光達は、霊山の頂上を目指して歩き始める。道満は黙ってそれを見送るほかなかった。
◆◇◆
「――拙僧は……」
道満は――ここに至って後悔をする。
自分は――師の下で修業して……、多くの経験を積んで成長したつもりだった。もはや師をも越えることが出来ると信じていた。
しかし――、それはあまりに浅はかな考えであったのだ。
(――愚かだ――、拙僧は――、”あの時”と何も変わってはいない――)
道満はかつてを想う――、自分が自分の力不足を痛感した”あの事件”の事を。彼はだからこそ平安京へと向かい――晴明の弟子となった。
「く――」
道満の悔しそうな目を見つめて。不意に荒太郎が言葉を発した。
「――で? おぬしはそのままかの姫たちを見捨てると?」
「――!!」
その不意の言葉に驚きを隠せない道満。
「拙者――、おぬしより多少は長く生きておるゆえに。おぬしが嘘を言っているかどうかはわかる」
「――」
「で? おぬしはこのまま何もせず――事態を見守ると?」
道満は荒太郎を見て言った。
「――そんな事は出来ぬ」
「ならばどうする?」
そういう荒太郎に、金太郎が言う。
「おい!! 兄貴!! コイツの――道満の戯言を信じるのか?」
「――お前は黙っておれ――」
荒太郎の顔にはいつもの笑顔がない。それを見て押し黙る金太郎。
「拙者は――、頼光様の配下ゆえ、その命は絶対である――。だからこの場に道満殿を止めることが今の使命――」
「荒太郎殿――」
「――だが――、もし拙者がおぬしに倒され――、突破されてしまったなら……。拙者にはおぬしを止める手立てはない……」
道満はその荒太郎の言葉に――、一つの決意をした。
「拙僧は――」
「勘違いするな? 拙者は手加減をするつもりはない――。そもそも、拙者が手加減しても――、先に進む頼光様達を止められるとは、拙者には思えぬのだ――」
――だが――、
「腹をくくれ――蘆屋道満!! お前が本当に操られておらぬのなら――、拙者など押しのけて姫やかの妖魔を救いにいけ!!」
「む――」
「拙者は――妖魔に操られる程度の弱虫に負ける者ではない――。なぜなら……」
――拙者は――頼光四天王が一人故――。
その言葉を聞いた時――、道満はもはや後悔をすることを辞めた。
――拙僧は――、約束を違えぬ――!!
拙僧は――姫と静寂の想いを信じた――!!
――ならばこれからすることはただ一つ――。
「荒太郎殿――感謝する……。拙僧は目が覚めた――、だからせめて痛みを感じぬように――」
――一瞬でかたをつける!!
かくして蘆屋道満は――、自身が信じた想いを救うべく――、
遥か姫達の待つ屋敷を目指し――奔ることとなったのである。
千脚大王の隠れ屋敷――、そこにいた娘から話を聞いて、道満は本格的に頭を抱える。屋敷の中の一室にて、娘から全ての事情を聴いたのである。
「このような事――、事実であれば――、拙僧達は、馬に蹴られて死んでしまえ――、と言える話ではないか」
「馬に蹴られて? どういう意味なのですか?」
何とも素直な表情で娘は道満にそう質問する。自分の話を静かに聞いてくれた道満の事を、信頼の目で見ているようだ。
――その目に見つめられて、道満は何とも居心地が悪くなる。
(――はあ……、この様子――、妖魔に操られておるようには見えぬ……。おそらくはすべて事実であろう……)
すぐに自分を信頼してしまった、あまりに純真すぎる娘を見て、道満はそう結論付ける。
(……ならば、親元へと返すのは――少々まずい話ではないか? そのように振る舞い――娘を切り捨てようとた者が、素直に娘の帰還を喜ぶのか?)
それは――、最悪の予想が容易に思いついてしまう。
「――あの……、道満――さま?」
「む? なんだ?」
「どうか!! 静寂様をお救いください!!」
「むう――」
頭を下げて懇願する娘に――、困り果てた様子で考え込む道満。それも当然――、
(――娘の父親……果ては帝よりの勅で動いている以上――、この娘を連れ帰らねばならぬ……、しかし)
その行為は、この娘に取り返しのつかない事態を招くことになろう。
――別に道満自身は……上の者からどのように言われてもかまわないが――、
(そうなれば――何かと批判されるのは……師だ)
道満はしかし――、と思う。
(――このような話……捨ておくことは――できぬ)
そう言って考え込む道満に何度も頭を下げる娘。もはや――道満には否はなかった。
「わかった――、頼光殿に事情を説明して……、どのようにするか相談してみよう」
「ほ……!! 本当ですか?!」
「は――、拙僧に任せておけ――、きっと悪いようにはならぬ」
それは――、実際はかなり甘い考えであったが……、その時の道満は歳若いゆえに理解の出来ぬ話であった。
「ありがとうございます!! 道満様!!」
「ふ――、万事任せるがよい」
尊敬のまなざしで自分を見る娘に、道満は恭しく頷いて宣言する。――と、そこに何やら走り込んでくる大きな影があった。
「姫!!」
「静寂――様?」
「無事か!!」
そう言って屋敷内へと走り込んできたのは千脚大王こと――静寂本人であった。
静寂は、娘の前に座る道満を見て、その手の大太刀を構える――が、
「静寂様!! お待ちください!! 道満様は敵ではありません!!」
「――な、に?」
娘の言葉に困惑の表情を浮かべる静寂。道満は大きく頷いて言った。
「事情は、この娘から全て聞かせてもらった。――この件は、拙僧が何とかしてやる」
「む――」
静寂はそれでも信頼がおけぬというふうで道満を見つめる。道満はそれを肌身で感じて答えた。
「今あったばかりだ、――俺が信頼できぬのは理解できる。だが――、このような事情を聴いた以上、拙僧は見捨ててはおけぬのだ――」
「――お前」
「すぐに信頼せよとは言わぬ……。一時、俺に任せてくれるだけでよい」
その言葉を聞いて――、静寂はその手の大太刀を下ろす。
「姫以外の――いや、姫と法師以外の人間は信用できぬ――、貴様を信用は出来ぬ」
「ならば――」
「だが――、貴様の言葉が嘘である確証ももてぬ――」
――だから、
「信頼はせぬが――、お前を利用するという形なら――」
「はは――、そうだな!! そこまで言うならその栄念法師とやらに命じて、俺に呪をかけるなり何なりするがいい」
「――そうさせてもらう」
道満のその言葉に――、静寂はその背後に控えていた法師を見る。
「法師――」
「わかり申した――」
ぼろを着た法師は、道摩に近づくと印を結び呪をかけた。
「――言葉を違えた場合――、おぬしは死ぬほどの激痛が走ります。少なくとも――、剣士であれば身動きなわず、術師であれば呪は扱えなくなり申す」
「かまわん――、勝手にするがよい」
道満は堂々とした様子でそう言った。
――さて、呪をかけ終えた法師は、道満に向かって言う。
「本当に――姫と大王を救ってくださるのですね?」
「任せろといった――、二言なし!!」
「ふむ――」
その言葉を聞いた法師は嬉しそうに頭を下げた。
(――ふ、事情が事情だ――、頼光殿なら確かな判断を下してくれるだろう――)
道満は、知り合って久しい頼光の顔を思い出す。その真面目で素直な彼なら――きっと彼らの想いを汲んでくれると信じていた。
――そしてそれは――、道満にとってとても甘い予想に過ぎなかったのである。
◆◇◆
森の向こう――、霊山の入り口にて、頼光とその四天王が集まり話し合っていた。
「――はあ……、拙者が何とか呪を解いて……ここまで下りては来たが。振り出しに戻ってしまいましたな――」
「それに――道満様の御姿も見えず……困りました」
笑う荒太郎と困った顔の頼光がそのように語り合う。その様子に――季猛が答えた。
「まさかとは思いますが――、お一人でかの妖魔王の屋敷へと向かったのでは?」
その言葉に荒太郎が頷く。
「かの吾人はかなりの使い手故に――、可能性は高いな」
それを聞いて頼光は、遥霊山の頂上を眺めて言った。
「――それは、大丈夫でしょうか――」
その言葉に、その場の皆が黙り込む。かの妖魔王が噂通りであれば――、かの蘆屋道満でも、一人で相手するのには無理があると思えた。
「――とにかく、このまま何もなしで帰還するわけにもいきません。もう一度かの屋敷を目指しましょう」
その言葉に一同は深く頷いた。
――そして、しばらく霊山を登って進んだ時――。
「お~!」
不意に森の向こうから道満が現れたのである。
「道満殿!! 無事でしたか!! ――てっきり、一人で妖魔王の屋敷に向かったものと……」
「はは――、当然、屋敷にたどり着いたとも……、拙僧ならば当然の話だ」
そう言って笑う道満に――、なぜか一同は困惑の表情を浮かべた。
「――妖魔王の屋敷にたどり着いたと? それは――」
「本当だとも――、姫にもあった」
「――」
困惑する頼光を見て、すこし笑顔を消して道満は答えた。
――頼光は少し考えてから言った。
「それで? 妖魔王は退治なさったのですか? ――姫は何処ですか?」
「ああ――それなんだが……」
道満はその場の雰囲気に少し困惑しつつ答える。
「かの妖魔が――かの姫をさらった――、正確には供に逃げたのには理由があって――」
それから――、道満は娘から聞いた事情を、皆の前ですらすらと答える。
「――というわけでな……」
「――」
道満が話し終わると――、その場にいる一同に沈黙が広がる。
――不意に、その沈黙を壊したのは――、源次であった。
「道満――どの、貴様は――、その、娘の話を鵜呑みにしたと?」
「ぬ――、それはどういう意味だ?」
源次の冷たい目に、困惑を大きくして道満は答える。
「その娘が――嘘を言っていない保証は?」
「なんだと? それは――」
「そもそも――妖術で操られている可能性は考えなかったか?」
「――拙僧の、術看破が信じられぬと?」
さすがに怒り顔で源次に言葉を返す道満だが――、
「――姫が自分から妖魔のもとへと走った? それよりも――、妖魔に魅入られて操られている……、その方がありうる話であろう?」
「な――」
「そもそも――その静寂? ――とやらは、都で多くの兵に甚大な被害を与えておる――、その言葉は信じられぬ」
「――」
源次のその冷たい物言いに、さすがの道満も怒りで答える。
「拙僧の言葉が信じられんと!?」
「――信じられぬ――」
「な?!」
あまりにあまりな物言いに道満は唖然とする。その段に至っもて黙り込んでいる頼光を見た。
「頼光――殿」
「――」
頼光は心底困惑の表情で考え込む。それに向かって源次は言った。
「頼光――、この阿保に言ってやれ――」
「それは――」
頼光は困惑の表情を崩さずに道満を見た。
「もし――その話が事実なら――、私たちの出る幕はないのかもしれません」
「それなら――」
頼光の言葉に道満は顔を明るくする――が、
「でも――、私には判断がつき兼ねます。なぜなら――かの妖魔が都で多くの怪我人を出したのも事実です。――それだけが今我々が知っている事実なのです」
「む――」
「姫に言われたから――はいそうですか。と帰るわけにはいきません。我々は子供の使いではないのです」
その言葉に――道満はさすがに次の言葉が継げなくなる。――その段になって、自分の甘さを痛感した。
「しかし――」
「道満殿――、我々の使命は都の平安を護り――、人の世を続かせる事です。もし――あなたの言葉が事実でも、かの妖魔を退治したのち――、姫を父親に返してから、その父親が暴挙に出ぬように見張る事が正しいと思います」
「――それは――、ならば妖魔の命はどうでもいいと?」
その道満の言葉に――、頼光は困惑の表情を深くして言った。
「なぜ――? 妖魔の命を慮る必要があるのですか?」
「――」
その段になって――、やっと道満は理解する。自分と頼光――、その間にある大きな隔たりを。
「かの妖魔の想いを――、理解しようとする姿勢は尊敬いたしますが。妖魔とは――”人に仇なす存在”なのです」
「く――」
「――少なくとも、今までの経験上――、それ以外の事実はありませんでした」
それは――、対妖魔戦力であれば当然の話。――今まで、人に仇名す妖魔を切り伏せてきた彼らだからこその――。
(――これは、まさか――、拙僧の考えは甘すぎたのか?)
あまりの事態に――道満は黙り込む。そして――、
「それに――道満殿?」
「――なんだ?」
「なぜ――貴方は――、その身にかかっている呪は何ですか?」
「――!!」
その瞬間――、道満は事態が最悪の方に転がっている事実を知る。今自分の身にかかっている呪は、かの栄念法師にかけられた呪であり。
「――貴方は、その呪で操られているのでは?」
「違う――これは」
道満は事実を話そうとするが――、彼らにとっては、ただの言い訳にしか見えない。
「ふん――、妖魔王に妖術でもかけられて操られたか」
そう源次が言い放つ。もはや最悪な事態に至っていた。
「――道満様。我々はこれより妖魔王の屋敷へと向かいます。だから――」
頼光は顔で、その場にいる荒太郎と金太郎を促す。
「――二人とも……、道満殿を見張っていてください」
「――わかった」
荒太郎がそう言って笑った。
(――……、拙僧は甘かった――。このような事態になることを予想できぬとは……)
道満は自分の考えの甘さに項垂れた。
――そして、その二人を除いた頼光達は、霊山の頂上を目指して歩き始める。道満は黙ってそれを見送るほかなかった。
◆◇◆
「――拙僧は……」
道満は――ここに至って後悔をする。
自分は――師の下で修業して……、多くの経験を積んで成長したつもりだった。もはや師をも越えることが出来ると信じていた。
しかし――、それはあまりに浅はかな考えであったのだ。
(――愚かだ――、拙僧は――、”あの時”と何も変わってはいない――)
道満はかつてを想う――、自分が自分の力不足を痛感した”あの事件”の事を。彼はだからこそ平安京へと向かい――晴明の弟子となった。
「く――」
道満の悔しそうな目を見つめて。不意に荒太郎が言葉を発した。
「――で? おぬしはそのままかの姫たちを見捨てると?」
「――!!」
その不意の言葉に驚きを隠せない道満。
「拙者――、おぬしより多少は長く生きておるゆえに。おぬしが嘘を言っているかどうかはわかる」
「――」
「で? おぬしはこのまま何もせず――事態を見守ると?」
道満は荒太郎を見て言った。
「――そんな事は出来ぬ」
「ならばどうする?」
そういう荒太郎に、金太郎が言う。
「おい!! 兄貴!! コイツの――道満の戯言を信じるのか?」
「――お前は黙っておれ――」
荒太郎の顔にはいつもの笑顔がない。それを見て押し黙る金太郎。
「拙者は――、頼光様の配下ゆえ、その命は絶対である――。だからこの場に道満殿を止めることが今の使命――」
「荒太郎殿――」
「――だが――、もし拙者がおぬしに倒され――、突破されてしまったなら……。拙者にはおぬしを止める手立てはない……」
道満はその荒太郎の言葉に――、一つの決意をした。
「拙僧は――」
「勘違いするな? 拙者は手加減をするつもりはない――。そもそも、拙者が手加減しても――、先に進む頼光様達を止められるとは、拙者には思えぬのだ――」
――だが――、
「腹をくくれ――蘆屋道満!! お前が本当に操られておらぬのなら――、拙者など押しのけて姫やかの妖魔を救いにいけ!!」
「む――」
「拙者は――妖魔に操られる程度の弱虫に負ける者ではない――。なぜなら……」
――拙者は――頼光四天王が一人故――。
その言葉を聞いた時――、道満はもはや後悔をすることを辞めた。
――拙僧は――、約束を違えぬ――!!
拙僧は――姫と静寂の想いを信じた――!!
――ならばこれからすることはただ一つ――。
「荒太郎殿――感謝する……。拙僧は目が覚めた――、だからせめて痛みを感じぬように――」
――一瞬でかたをつける!!
かくして蘆屋道満は――、自身が信じた想いを救うべく――、
遥か姫達の待つ屋敷を目指し――奔ることとなったのである。
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その一方では、人が謎の妖に喰われ骨にされて見つかるという怪異が起きる。そしてその側には、青い彼岸花が。
晴明は解決に乗り出すのだが……。
呪法奇伝Trash~森部高校のろい奇譚~
武無由乃
ファンタジー
かつて、己の正義感に暴走し――、それゆえに呪法世界の片鱗と関わってしまった少年。
かつて、己の血の汚さに絶望し――、悪しき心を止められなかった少年。
――そのさらなる物語を語ろう。
壊れしモノ(TRASH)たちの、その再生と戦いの物語を――。
※ 呪法奇伝本編のスピンオフであり、基本的にはこの作品のみでもお楽しみいただけます。
奇妙丸
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歴史・時代
信忠が本能寺の変から甲州征伐の前に戻り歴史を変えていく。登場人物の名前は通称、時には新しい名前、また年月日は現代のものに。if満載、本能寺の変は黒幕説、作者のご都合主義のお話。
江戸時代改装計画
城闕崇華研究所(呼称は「えねこ」でヨロ
歴史・時代
皇紀2603年7月4日、大和甲板にて。皮肉にもアメリカが独立したとされる日にアメリカ史上最も屈辱的である条約は結ばれることになった。
「では大統領、この降伏文書にサインして貰いたい。まさかペリーを派遣した君等が嫌とは言うまいね?」
頭髪を全て刈り取った男が日本代表として流暢なキングズ・イングリッシュで話していた。後に「白人から世界を解放した男」として讃えられる有名人、石原莞爾だ。
ここはトラック、言うまでも無く日本の内南洋であり、停泊しているのは軍艦大和。その後部甲板でルーズベルトは憤死せんがばかりに震えていた。
(何故だ、どうしてこうなった……!!)
自問自答するも答えは出ず、一年以内には火刑に処される彼はその人生最期の一年を巧妙に憤死しないように体調を管理されながら過ごすことになる。
トラック講和条約と称される講和条約の内容は以下の通り。
・アメリカ合衆国は満州国を承認
・アメリカ合衆国は、ウェーキ島、グアム島、アリューシャン島、ハワイ諸島、ライン諸島を大日本帝国へ割譲
・アメリカ合衆国はフィリピンの国際連盟委任独立準備政府設立の承認
・アメリカ合衆国は大日本帝国に戦費賠償金300億ドルの支払い
・アメリカ合衆国の軍備縮小
・アメリカ合衆国の関税自主権の撤廃
・アメリカ合衆国の移民法の撤廃
・アメリカ合衆国首脳部及び戦争煽動者は国際裁判の判決に従うこと
確かに、多少は苛酷な内容であったが、「最も屈辱」とは少々大げさであろう。何せ、彼らの我々の世界に於ける悪行三昧に比べたら、この程度で済んだことに感謝するべきなのだから……。
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