18 / 72
第二章 果てなき想い~道満、頼光四天王と相争う~
第十四話 一同は迷いの森に捕らわれ、道満は妖魔の屋敷にたどり着く
しおりを挟む
「――嫌な予感というのは、当たるものだな」
道満は、深い森の奥、ただ一人で佇み呟く。
現在、共に妖魔王・千脚大王の館を目指していた頼光他は傍におらず、長い間同じところをぐるぐると歩き回り――迷っている状態である。
道満はため息をついて呟いた。
「これは――、ほかの者も、拙僧と同じ状態であろう」
それは予想ではなく、明確な確信――。先ほどの戦いの最後に浴びた薬煙……。
(ふ――やってくれた。アレは我らにこの呪を仕掛けるための前提であったか)
要は――、我々の心に通じる隙間を造り、そして森に仕掛けられた何らかの呪もって暗示をかけるのがこの罠の仕組みであり――。
(おそらくこれでは――、仮に抵抗のための呪を使っていても……)
もはや、この呪は呪法というより、森全体に仕掛けられた”暗示”の罠。単純な耐性などでどうこうできるものではなく……。
(どうも妖しいと感じていたが――、おそらくはかの妖魔には”頭脳”がおるな――)
こういった呪術は派手で強力無比な呪法とは趣が異なる系統であり――、その道の専門家でない限りここまでのものを扱えることはない。
かの妖魔王がそれに長けているようには、――道満には思えなかった。
(――この罠の真髄は――、薬効を用い呪を介した精神暗示を相手に仕掛けるところにある)
――ならば、この森は別に巨大な迷路にでもなったというわけではなく、自分自身の感覚が狂っているから、迷ってしまっているだけで――。
(要は感覚に頼らねばよい――)
道満はニヤリと笑うと、懐からヒトガタを取り出す。そして――、
「ふ――、とりあえずこれで」
不意に道満の前に師である安倍晴明が現れる。
「ふふ――師よ……、どうか道案内をお願いいたすぞ?」
迷い森の中心で一人笑う道満は、その目をしっかりと瞑り、その師の手に引かれて森を進んでいったのである。
◆◇◆
「ふふ――、皆、森で迷うておるようですな」
「そうか――、ならばここが潮時であろう」
やっと戦場の準備は整った。迷い森に惑わされ――お互いに離れた位置にある頼光とその配下たち。これを各個撃破するなら今を置いて他にはない。
「――栄念法師よ……よくやったこれで……は」
「そうですな――、いくら一騎当千の強者揃いでも、一人ひとり相手をすれば――。これで――……様の”安全”は確保されまする」
その言葉に千脚大王は深く頷く。
「栄念法師よ――このような事態、すまぬな……」
「はは――何をおっしゃる大王。……この栄念――、大王と出会えて幸運でありましたぞ?」
「初めはそうではなかった――か?」
「――まあ、そうですな……。どれだけ怖い思いをしたか」
千脚大王の言葉に法師は朗らかに笑う。
「でも――その恐怖も何もかも……結局」
――と、不意に法師が真剣な表情に変わる。
「なんとした? 栄念法師よ――」
「まさか――そんな……。大王のお屋敷に一人迫る者が――」
「!!」
その法師の言葉に驚きを隠せない千脚大王。
「く――、今が攻め時だというのに……これでは」
「――く」
法師の言葉を聞いた千脚大王は、すぐに判断を下した。
「館に戻る――、姫を取り戻されるわけにはいかぬ」
それは――、巧妙な罠で作った千載一遇のチャンスを自ら壊す行いであった。
◆◇◆
「――ほう? ここが?」
森の奥に開けたところがあり、そこにかなり大きな屋敷がある。その周囲の壁は草が茂り半ば森と同化している。
「さて――、ここがかの妖魔王の屋敷――か?」
そうして、その屋敷の周囲を眺めていると。不意に自分を見つめる視線に気づいた。
「む?」
「あ!」
屋敷の門が少し開き――小さな瞳がのぞいている。それは確かに人の目であり――。
「おい――お前」
「――!!」
その瞬間門が閉まる。道満は一息ため息をつくと、その扉へと歩み寄った。
「ふむ?」
門には錠の類は見当たらない。そしておそらく閉め切られてもおらず――。
「ふ――」
門に手で触れて押すと――、門は容易に開いた。
「ああ!!」
その瞬間、女の悲鳴が土が擦れる音とともに響く――。道満は慎重に門の向こうを覗き見た。そこには――、
「ああ!! 見つかちゃった!! 父上の手のものか……」
そこに地面に転がって悲鳴を上げるのは――、その歳十代前半と思われる娘であった。
「――」
「く――、まさか静寂様の留守に来るとは――何と卑怯な」
「おぬしは――」
その場に座って喚き散らす娘に、道満は少々困惑した表情で言葉を返した。
「まさか――小倉直光殿の――、娘であるか?」
「は? だったらどうする?! 私は帰らぬぞ?!」
その時――、道満の心にとてつもない嫌な予感が広がった。だから――慎重に言葉を選んで娘に向かって言った。
「――まさか……おぬしは妖魔王に――攫われてきたのではないのか?」
「――は!! 当然じゃ!! 私は静寂様の妻になるのだからな!!」
――それを聞いて……、道満は頭を抱えるほかなかったのである。
道満は、深い森の奥、ただ一人で佇み呟く。
現在、共に妖魔王・千脚大王の館を目指していた頼光他は傍におらず、長い間同じところをぐるぐると歩き回り――迷っている状態である。
道満はため息をついて呟いた。
「これは――、ほかの者も、拙僧と同じ状態であろう」
それは予想ではなく、明確な確信――。先ほどの戦いの最後に浴びた薬煙……。
(ふ――やってくれた。アレは我らにこの呪を仕掛けるための前提であったか)
要は――、我々の心に通じる隙間を造り、そして森に仕掛けられた何らかの呪もって暗示をかけるのがこの罠の仕組みであり――。
(おそらくこれでは――、仮に抵抗のための呪を使っていても……)
もはや、この呪は呪法というより、森全体に仕掛けられた”暗示”の罠。単純な耐性などでどうこうできるものではなく……。
(どうも妖しいと感じていたが――、おそらくはかの妖魔には”頭脳”がおるな――)
こういった呪術は派手で強力無比な呪法とは趣が異なる系統であり――、その道の専門家でない限りここまでのものを扱えることはない。
かの妖魔王がそれに長けているようには、――道満には思えなかった。
(――この罠の真髄は――、薬効を用い呪を介した精神暗示を相手に仕掛けるところにある)
――ならば、この森は別に巨大な迷路にでもなったというわけではなく、自分自身の感覚が狂っているから、迷ってしまっているだけで――。
(要は感覚に頼らねばよい――)
道満はニヤリと笑うと、懐からヒトガタを取り出す。そして――、
「ふ――、とりあえずこれで」
不意に道満の前に師である安倍晴明が現れる。
「ふふ――師よ……、どうか道案内をお願いいたすぞ?」
迷い森の中心で一人笑う道満は、その目をしっかりと瞑り、その師の手に引かれて森を進んでいったのである。
◆◇◆
「ふふ――、皆、森で迷うておるようですな」
「そうか――、ならばここが潮時であろう」
やっと戦場の準備は整った。迷い森に惑わされ――お互いに離れた位置にある頼光とその配下たち。これを各個撃破するなら今を置いて他にはない。
「――栄念法師よ……よくやったこれで……は」
「そうですな――、いくら一騎当千の強者揃いでも、一人ひとり相手をすれば――。これで――……様の”安全”は確保されまする」
その言葉に千脚大王は深く頷く。
「栄念法師よ――このような事態、すまぬな……」
「はは――何をおっしゃる大王。……この栄念――、大王と出会えて幸運でありましたぞ?」
「初めはそうではなかった――か?」
「――まあ、そうですな……。どれだけ怖い思いをしたか」
千脚大王の言葉に法師は朗らかに笑う。
「でも――その恐怖も何もかも……結局」
――と、不意に法師が真剣な表情に変わる。
「なんとした? 栄念法師よ――」
「まさか――そんな……。大王のお屋敷に一人迫る者が――」
「!!」
その法師の言葉に驚きを隠せない千脚大王。
「く――、今が攻め時だというのに……これでは」
「――く」
法師の言葉を聞いた千脚大王は、すぐに判断を下した。
「館に戻る――、姫を取り戻されるわけにはいかぬ」
それは――、巧妙な罠で作った千載一遇のチャンスを自ら壊す行いであった。
◆◇◆
「――ほう? ここが?」
森の奥に開けたところがあり、そこにかなり大きな屋敷がある。その周囲の壁は草が茂り半ば森と同化している。
「さて――、ここがかの妖魔王の屋敷――か?」
そうして、その屋敷の周囲を眺めていると。不意に自分を見つめる視線に気づいた。
「む?」
「あ!」
屋敷の門が少し開き――小さな瞳がのぞいている。それは確かに人の目であり――。
「おい――お前」
「――!!」
その瞬間門が閉まる。道満は一息ため息をつくと、その扉へと歩み寄った。
「ふむ?」
門には錠の類は見当たらない。そしておそらく閉め切られてもおらず――。
「ふ――」
門に手で触れて押すと――、門は容易に開いた。
「ああ!!」
その瞬間、女の悲鳴が土が擦れる音とともに響く――。道満は慎重に門の向こうを覗き見た。そこには――、
「ああ!! 見つかちゃった!! 父上の手のものか……」
そこに地面に転がって悲鳴を上げるのは――、その歳十代前半と思われる娘であった。
「――」
「く――、まさか静寂様の留守に来るとは――何と卑怯な」
「おぬしは――」
その場に座って喚き散らす娘に、道満は少々困惑した表情で言葉を返した。
「まさか――小倉直光殿の――、娘であるか?」
「は? だったらどうする?! 私は帰らぬぞ?!」
その時――、道満の心にとてつもない嫌な予感が広がった。だから――慎重に言葉を選んで娘に向かって言った。
「――まさか……おぬしは妖魔王に――攫われてきたのではないのか?」
「――は!! 当然じゃ!! 私は静寂様の妻になるのだからな!!」
――それを聞いて……、道満は頭を抱えるほかなかったのである。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
真田幸村の女たち
沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。
なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。
呪法奇伝ZERO〜蘆屋道満異聞〜
武無由乃
歴史・時代
ヒトの目が届かぬ闇が、現代よりはるかに多く存在していた時代。
その闇に多くの神秘は蔓延り、それが人の世を脅かすことも少なくなかった時代。
その時代に一人の少年は生を受ける――。
その名を――、蘆屋兵衛道満(あしやのひょうえみちたる)。
後に蘆屋道満(あしやどうまん)――、道摩法師を名乗る者であった。
※ 参考:芦屋道満大内鑑
※ 続編である『呪法奇伝ZERO~平安京異聞録~』はノベルアップ+で連載中です。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
呪法奇伝Trash~森部高校のろい奇譚~
武無由乃
ファンタジー
かつて、己の正義感に暴走し――、それゆえに呪法世界の片鱗と関わってしまった少年。
かつて、己の血の汚さに絶望し――、悪しき心を止められなかった少年。
――そのさらなる物語を語ろう。
壊れしモノ(TRASH)たちの、その再生と戦いの物語を――。
※ 呪法奇伝本編のスピンオフであり、基本的にはこの作品のみでもお楽しみいただけます。
京都式神様のおでん屋さん
西門 檀
キャラ文芸
旧題:京都式神様のおでん屋さん ~巡るご縁の物語~
ここは京都——
空が留紺色に染まりきった頃、路地奥の店に暖簾がかけられて、ポッと提灯が灯る。
『おでん料理 結(むすび)』
イケメン2体(?)と看板猫がお出迎えします。
今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。
平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。
※2022年12月24日より連載スタート 毎日仕事と両立しながら更新中!
獅子の末裔
卯花月影
歴史・時代
未だ戦乱続く近江の国に生まれた蒲生氏郷。主家・六角氏を揺るがした六角家騒動がようやく落ち着いてきたころ、目の前に現れたのは天下を狙う織田信長だった。
和歌をこよなく愛する温厚で無力な少年は、信長にその非凡な才を見いだされ、戦国武将として成長し、開花していく。
前作「滝川家の人びと」の続編です。途中、エピソードの被りがありますが、蒲生氏郷視点で描かれます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる