上 下
5 / 72
第一章 平安の守護者達

第三話 光栄は嘲笑し、鬼神は闇に怒る

しおりを挟む
「――申し訳ありません晴明様……、それは確かに本当の話です」

 安倍晴明邸宅前にて、若い武者がそう言って申し訳なさそうに晴明に語る。

「むう――、それで……、いまだ犠牲者は増えていると?」
「はい……」

 晴明は眉根を寄せて考え込む。――なぜなら……。

(ふむ――道満は確かに、鬼神を退治したと言った……。しかし、いまだ犠牲者が増えていると?)

 そう――、貴族を狙った吸血による殺害……、その首謀者を退治したはずが、同じ手口の殺害がいまだ続いているのである。
 無論、それを調べるために派遣された兵――”検非違使”や……陰陽師が犠牲になってもいる。
 これはいったい何と――?

「失礼ではありますが――、その……貴方のお弟子さんとは話が出来ないでしょうか?」

 武者はそう言って晴明に真剣な目を向ける。晴明は困った表情で答えた。

「今、道満は寝ておる――、起こしてきてもよいが……」

 そんな事をすれば道満はへそを曲げて何も語らなくなるだろう。晴明は今までの経験で十分理解していた。

「起こして来てもらってよろしいか?」

 当然こうなるだろう――、晴明は小さくため息をついた。
 目の前の武者は――、はっきり言って融通が利かないことで有名である。
 その名を源頼光みなもとのよりみつ――、かの平安京最強武装集団”清和源氏武士団”の三代目となる若君なのだ。
 その父である源満仲みなもとのみつなかは酒飲み友達ではあるが――、だからこそその息子の気性はよく知っている。

「あとで――お宅に道満を向かわせるのでは――ダメですかね?」
「なるべく早くお話をしたいのですが?」

 ――うん、そうだよね。そう来るよね君なら。
 晴明がそう言って困った表情をしていると――、よく聞く声が耳に届いてくる。

「晴明よ――、弟子のへまを隠そうというのか?」
「あ――、これは……」

 さらに困ったことになったと、苦笑いを浮かべる晴明。
 今晴明に声をかけたのは……当然、

「なんともやってくれたな? 晴明――、出来の悪い弟子に仕事を丸投げした挙句に――このザマだとは……」
「これは――、光栄どの……」

 晴明に向かって嘲笑と侮蔑を浮かべた表情をするのは、まさしく自身の師である賀茂保憲かものやすのりの息子――、賀茂光栄かものみつよしであった。
 彼は晴明にとっては弟弟子に当たる人物だが――、何かと晴明を目の敵にして、いろいろ裏で晴明の悪い噂を広めている者でもある。
 ――なんとも嫌な場面に嫌な人物が――と、晴明は困った表情で頭を掻いた。

「もしや――その弟子とやらは……女鬼に魅入られて――、それを見逃したわけではあるまいな?」
「それは――」

 ――と、不意に晴明の屋敷の奥から足音がする。

「そんな事はありえんな――」
「む……」

 屋敷の奥から誰あろう道満本人が現れ――、そしてそれを源頼光が目を細めて見つめた。

「貴方が?」
「ああ――拙僧おれが蘆屋道満だ……」
「そうですか――」

 頼光はいたって冷静な表情で道満の頭から足を眺める。その目を道満はただ黙って見つめ返した。

「鬼神を退治したというのは?」
「確かだ――、死体もとりあえずは保管してある……、拙僧おれの術式の中ではあるが――」
「保管されていたので?」
「当然だ――、妙な因縁をつけられても困るからな――」

 頼光の質問にすらすらと答える道満は、その口角を上げて笑いながら光栄を睨みつけた。
 光栄は嘲笑を崩さず答える。

「ふん――、それが本当の首謀者なら……なぜ、いまだ犠牲者は増えておるのだ?!」
「知らんな――、拙僧おれは師に言われたとおりに鬼神を退治した……。それからあとは関係ない話だ……」
「関係ないだと?! 犠牲者をも愚弄するつもりか?!」

 光栄はそう言って道満に怒りの目を向ける。道満はそれをつまらないものを見る目で見ながら笑った。

「はは――愚弄ね……、そもそもなぜ前の犠牲者と――、そして今回の犠牲者が同じ、首謀者によるものだと断言するのだ?」
「む?」

 その道満の言葉ににこやかに笑って補足する晴明。

「確かに道満は鬼神を退治してはいます――。ならばその後の犠牲者は、別の鬼神によるものだと考えられるのでは?」
「ははは――何を苦しい言い訳を……見苦しい」
「見苦しいも何も――、なぜ我が弟子の言葉を、頭ごなしに否定なさるので?」
「それは――」

 晴明の言葉に口ごもる光栄。道満はそれに追い打ちをかける。

「貴様は……これまでの犠牲者を出した鬼神が”女鬼”だと知っていた。それは貴様の得意な占術だとかで調べた結果であろう? ならば、それ以降の犠牲者が何者によるものかもわかるハズではないか!」
「ち――」

 道満の言葉に光栄は顔を歪ませる。さらに道満は続ける。

「少なくとも――拙僧おれは……、貴様らが事件が解決していないと言うなら、何度でも出向いてやるさ――」
「もう一度鬼神退治をすると?」
「当然だ――、ここまで疑われて黙っていられるか」

 光栄は目を細めて何かを思案する――、そして……、

「ならば次は――、晴明、貴様が弟子の監督をするのだな……。そうでなけれは貴様の弟子への疑いは無くならぬと思え……」
「はいはい――当然、理解しておりますとも」

 晴明はにこやかに光栄に応じた。
 かくして――再び、連続吸血殺害事件の捜査は再開される。

 ――その先に道満にとっての一つの運命が待つ。


◆◇◆


「まずい――、なんてマズい血だ……。こんなものを喜んで飲む気が知れぬ……」

 闇夜のとある屋敷にて――、麗しい姫君の喉に食いつく男があった。
 その瞳は憎悪に輝き――、その全身からあまりに巨大な妖気を放出している。

「ああ――、早く来い……仇よ――、早く我に気づけ……」

 その男には血を飲む趣味はない。だが――それをせねば、奴らは気づかぬだろう。
 憎悪――、それこそが彼が犠牲者の血を飲む理由――。
 優しかったあの……――、その仇を討つのが自分の使命だと……そう信じて。

「はあ――、今宵も来ぬのか? ならば――、死体はさらに増えよう……」

 闇の中でらんらんと輝く目が笑う。

「すべては貴様のせいだ――、この我をここまでさせたのだからな……」

 その男は今宵の犠牲者の衣をはぎ……、それを身に纏う――。
 そして、闇に向かって小さく吠え声をあげた。

 ――ああ、ここまでの憎悪を抱いて――。
 父上――、私には彼を止める手立てはありません。
 彼の想いは――、茨木童子いばらきどうじの想いは――、

 ――おそらく、誰にも止める権利はない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

呪法奇伝ZERO~蘆屋道満と夢幻の化生~

武無由乃
歴史・時代
さあさあ―――、物語を語り聞かせよう―――。 それは、いまだ大半の民にとって”歴”などどうでもよい―――、知らない者の多かった時代―――。 それゆえに、もはや”かの者”がいつ生まれたのかもわからぬ時代―――。 ”その者”は下級の民の内に生まれながら、恐ろしいまでの才をなした少年―――。 少年”蘆屋道満”のある戦いの物語―――。 ※ 続編である『呪法奇伝ZERO~平安京異聞録~』はノベルアップ+で連載中です。

呪法奇伝Trash~森部高校のろい奇譚~

武無由乃
ファンタジー
かつて、己の正義感に暴走し――、それゆえに呪法世界の片鱗と関わってしまった少年。 かつて、己の血の汚さに絶望し――、悪しき心を止められなかった少年。 ――そのさらなる物語を語ろう。 壊れしモノ(TRASH)たちの、その再生と戦いの物語を――。 ※ 呪法奇伝本編のスピンオフであり、基本的にはこの作品のみでもお楽しみいただけます。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

呪法奇伝ZERO〜蘆屋道満異聞〜

武無由乃
歴史・時代
ヒトの目が届かぬ闇が、現代よりはるかに多く存在していた時代。 その闇に多くの神秘は蔓延り、それが人の世を脅かすことも少なくなかった時代。 その時代に一人の少年は生を受ける――。 その名を――、蘆屋兵衛道満(あしやのひょうえみちたる)。 後に蘆屋道満(あしやどうまん)――、道摩法師を名乗る者であった。 ※ 参考:芦屋道満大内鑑 ※ 続編である『呪法奇伝ZERO~平安京異聞録~』はノベルアップ+で連載中です。

小童、宮本武蔵

雨川 海(旧 つくね)
歴史・時代
兵法家の子供として生まれた弁助は、野山を活発に走る小童だった。ある日、庄屋の家へ客人として旅の武芸者、有馬喜兵衛が逗留している事を知り、見学に行く。庄屋の娘のお通と共に神社へ出向いた弁助は、境内で村人に稽古をつける喜兵衛に反感を覚える。実は、弁助の父の新免無二も武芸者なのだが、人気はさっぱりだった。つまり、弁助は喜兵衛に無意識の内に嫉妬していた。弁助が初仕合する顚末。 備考 井上雄彦氏の「バガボンド」や司馬遼太郎氏の「真説 宮本武蔵」では、武蔵の父を無二斎としていますが、無二の説もあるため、本作では無二としています。また、通説では、武蔵の父は幼少時に他界している事になっていますが、関ヶ原の合戦の時、黒田如水の元で九州での戦に親子で参戦した。との説もあります。また、佐々木小次郎との決闘の時にも記述があるそうです。 その他、諸説あり、作品をフィクションとして楽しんでいただけたら幸いです。物語を鵜呑みにしてはいけません。 宮本武蔵が弁助と呼ばれ、野山を駆け回る小僧だった頃、有馬喜兵衛と言う旅の武芸者を見物する。新当流の達人である喜兵衛は、派手な格好で神社の境内に現れ、門弟や村人に稽古をつけていた。弁助の父、新免無二も武芸者だった為、その盛況ぶりを比較し、弁助は嫉妬していた。とは言え、まだ子供の身、大人の武芸者に太刀打ちできる筈もなく、お通との掛け合いで憂さを晴らす。 だが、運命は弁助を有馬喜兵衛との対決へ導く。とある事情から仕合を受ける事になり、弁助は有馬喜兵衛を観察する。当然だが、心技体、全てに於いて喜兵衛が優っている。圧倒的に不利な中、弁助は幼馴染みのお通や又八に励まされながら仕合の準備を進めていた。果たして、弁助は勝利する事ができるのか? 宮本武蔵の初死闘を描く! 備考 宮本武蔵(幼名 弁助、弁之助) 父 新免無二(斎)、武蔵が幼い頃に他界説、親子で関ヶ原に参戦した説、巌流島の決闘まで存命説、など、諸説あり。 本作は歴史の検証を目的としたものではなく、脚色されたフィクションです。

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

科学的考察の及ばぬ秘密ノ誘惑

月見里清流
歴史・時代
 雨宿りで出会った女には秘密があった――。 まだ戦争が対岸の火事と思っている昭和前期の日本。 本屋で出会った美女に一目惚れした主人公は、仕事帰りに足繁く通う中、彼女の持つ秘密に触れてしまう。 ――未亡人、聞きたくもない噂、彼女の過去、消えた男、身体に浮かび上がる荒唐無稽な情報。 過去に苦しめられる彼女を救おうと、主人公は謎に挑もうとするが、その先には軍部の影がちらつく――。 ※この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません

邪気眼侍

橋本洋一
歴史・時代
時は太平、場所は大江戸。旗本の次男坊、桐野政明は『邪気眼侍』と呼ばれる、常人には理解できない設定を持つ奇人にして、自らの設定に忠実なキワモノである。 或る時は火の見櫓に上って意味深に呟いては降りられなくなり、また或る時は得体の知れない怪しげな品々を集めたり、そして時折発作を起こして周囲に迷惑をかける。 そんな彼は相棒の弥助と一緒に、江戸の街で起きる奇妙な事件を解決していく。女房が猫に取り憑かれたり、行方不明の少女を探したり、歌舞伎役者の悩みを解決したりして―― やがて桐野は、一連の事件の背景に存在する『白衣の僧侶』に気がつく。そいつは人を狂わす悪意の塊だった。言い知れぬ不安を抱えつつも、邪気眼侍は今日も大江戸八百八町を駆け巡る。――我が邪気眼はすべてを見通す!  中二病×時代劇!新感覚の時代小説がここに開幕!

処理中です...