呪法奇伝ZERO~蘆屋道満と夢幻の化生~

武無由乃

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第五話 夢幻の終焉

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 異形の鉤爪に腹を貫かれ、命を失ったと思われていた道摩少年――。
 しかし、死ぬこともなく一葉を睨み「すべてを語る」と話します。
 果たしてその真意と――、そしてこの事件の真相とは?!

 生きて立ち話す道摩を前に、一葉は狼狽えた様子で言葉を発する。

「道摩……? 何を言っているの? 真相だとか――」
「フン――……、まだ俺が何も分かっていない阿呆だと思ておるのか?」
「――……」

 苦しげな表情の一葉を見て彩花は道摩に言う。

「どういうことですか? 道摩様? 一葉がなにか?」
「――ならば彩花。改めて聞こうか? ――この一葉という娘……?」
「え? そんな事――」

 彩花は――と言いかけて止める。何やら忘れているような予感がある。
 道摩は一葉と共に動きを止めているあやかし――、そして、妙な状況に驚いて戦いをやめている村の衆を一瞥すると、その背後に集まっている女衆たちの下へと向かう。
 そして――、

「そして――だ、この死んでいる女は、誰であるか知っているものはおるか?」
「え?」

 村の衆たちや女衆たちが困惑の顔でお互いを見る。

「? みんな? どうしたの? その人は――、あれ?」

 そう――、先ほどの戦いの最中亡くなった女……その正体を思案していて、彩花もある事実に行き着いたのである。

「その人――」
「知っている人物ではあるな?」

 道摩の言葉に皆が頷く。しかし――、

「その人は、数年前に亡くなった俺の母ちゃんで――」
「そうだ……、それにお前――」

 村の若い衆が、やっと認識したという様子で一葉を指さす。

「お前――、なんで生きている?」
「!!」

 その言葉で驚いたのは一葉ではなく――、

「一葉? そう言えば――、あなた数年前の流行り病で……」

 彩花のその呟きを聞いて、道摩はすべての名字が解けたという様子で頷く。

「――そう、こ奴はすでに死んでおる。死人? ――いや、正しくはお前たちの心の中に残っている姿を得た幻よ」
「え?!」

 彩花が驚愕の表情で一葉を見る。一葉はそれまでとはうって変わった、憎々しげな表情で道摩を睨んでいる。

「――いつだ? いつ気づいた?」

 そういう一葉の言葉に道摩は答える。

「初めからに決まっておろう阿呆が――」
「な?!」
「そうだ――、初めから俺は理解していた……、この今われらがいる場所がただの夢幻であるという事実も含めてな?」

 その言葉に彩花や村の皆が驚きの表情をつくる。

「夢幻?! ――夢の世界?」
「その通りだ……。今われらは村や……その近くで眠りこけて、同じ夢を見せられているのだ」
「夢って――、でも……」
「痛みも……、起きている認識もあると? その通りだよ――、この事態を引き起こしたあやかしは、眠った犠牲者の心の中――、昔の記憶から世界を再構成してこの夢幻を生み出しておる、さらに皆の集合的記憶がこの世界の状況を補完しておるゆえに……、まるで本当にその世界で生きているかのような状況が生み出されておるのだ」
「まさか――、三月も?」
「いや――、お前たちが眠っておるのは……ほんの数日の過ぎぬ。夢の世界と現実の時間とは異なるゆえにな。だから――、いくら夢の中で三月を過ごしても、それで餓死することなどありえぬのだよ」
「夢幻の世界――、数日? それでは――」
「うむ、この世界では……傷を受ければそのまま眠っている身体にも傷が生まれる――、それほどに精巧な夢幻を生み出し、それに閉じ込めることによってこ奴は今も生気を吸っておるのだ」
 
 その道摩の言葉に彩花は疑問を感じる。

「ならば――なぜ道摩様は、そのような傷を受けても……平気でおられるのですか?」
「フン――、それこそ、俺がこの状況をはじめから理解しておった証だ。俺は眠る前に呪で自らの精神を保護しておったのだからな。――まあ、もっとも正確な確信と、確実な証拠を得るために、皆に起こっておる状況を静観しておったのは謝らねばならぬか?」

 道摩は懐から数枚の薬草を取り出す。

「その証拠こそこの薬草よ」
「え? どういうことですか?」
「この薬草は――、皆の記憶をもとに構成されておる為、本来なら現実の薬草と全く同じはずであろう?」
「そういうコトに……なりますね?」
「しかし――、これは……、全く現実とは異なる組成と効果――、外見に変わり果てておる。ようは、このような薬草は、少なくとも俺はここらでは見たことはない」
「それって――!」
「――これはな? 俺という異端が入り込んでおるからだ。俺の精神を保護する呪が集団的記憶に影響を及ぼし、本来記憶のままである薬草を異形のものへと変えてしまっておるのだよ」

 薬草をその場にほおると道摩は一葉を睨む。

「――そして、それを、すべてをなした黒幕が誰か? ついさっき確信を得たのだ――、なあ一葉……」
「く――」

 一葉は苦しげな表情で道摩を睨む。その一葉に道摩は得意げな表情で語る。

「すべては――貴様……、夢幻の化生……おそらく”ばく”による策略よな?」
「――」
「ほかの村人と共に眠っていた彩花を起こして……わが村へと転送したのは、俺という術者の噂を聞き付けたからだな? まとめて自分の餌とするために……」
「――……」
「彩花が精魂尽き果てておったのも当然といえば当然――、わが村へと転送するために使った力は彩花自身のもの――。まさか俺をおびき寄せるためとはいえ、自身の力を浪費しておっては効率が悪いからな……」
「ち――」

 一葉――”獏”は舌打ちして道摩を睨む。いつの間にか異形の奇蝶は姿を消していた。

「そうそう――、あのあやかしも貴様の生み出した夢だな? 俺を殺すために俺の到着前から準備しておいたのであろう?」
「うるさい!」

 一葉は叫ぶと同時に、両手を広げて周囲にいる村の衆たちに指示を出す。

「皆! こいつを始末しなさい! こいつこそ元凶なのよ!!」

 その言葉に、一瞬その場の皆の目から光が消え――、そして再び戻る。

「?!」
「無駄だ――、すでに村の衆たちは貴様に操られておらぬよ……。そのうちに現実で目覚めてここより消えるであろうな」
「なんですって?!」
「俺があやつらにかけた呪が本当は何か――、呪の分からぬ貴様にはわかるまい?」
「くっ!……まさか……、最初から全部仕組まれていたという事……?」
「そうだ――、この村にたどり着いた時点で、俺はたしかに貴様の仕掛けた罠にはまってはいた。だが、俺はあえてそれに乗ってやったのだ――。この夢幻の世界のどこかに、貴様がいるであろうと確信があったのでな――」
「まさか――なぜ……」
「いくら夢を支配する妖魔とはいえ――、村全体に結界を敷くのは容易ではない……。当然、自身が得意で有利な精神操作で集団催眠をかけ、疑似的な結界を構成するであろうことは明白であったからな。そうであれば――、貴様もまたその集団催眠の中心におらねばその疑似結界は維持できぬ。当然といえば当然――」
「くそ――、欲を出し過ぎたか……」
「その通りだ……、貴様がこのまま、こ奴ら土蜘蛛一族を食料とするだけで留めておれば――、俺を巻き込まねば、貴様もこのような事態にはならなかったのだよ――、阿呆め」
「うぐ――」

 一葉は悔しそうな顔をしながら道摩を見つめる。その視線に道摩は余裕の笑みを浮かべて答える。

「それにしても――、ここに至るまでの貴様の仕掛けた策の数々……、なかなか面白いものであったぞ? まあ、俺はそれの上を行き過ぎて最後のほうは少々遊んでしまったが……、貴様がいまいち気づいていなかったのは少々不満であった……」
「く――」
「策略家としては下であったな――、だから……ここで死ね」

 道摩が手をかざすと、一葉の周囲の地面から、黒い霧のようなものが吹き出す。

「な?! これは――」

 その黒い霧が一葉を包んだかと思うと、その身体から力が抜けて地面に崩れ落ちる。

「え? え? え?」

 突然の展開に彩花は動揺する。

「ふむ――、どうやら成功したようだな……」
「え? どういうことですか?」
「あやつの体内には、今強力な精神毒が回り始めておるのだ」
「え?!」
「眠りながら……、少しずつ蓄積させた俺ののろいよ――、俺に害意を以て精神を犯す者への対策として使っておる術だ」
「それでは――」
「そうだ……、初めから全てはこうなることが決まっておったのだ」

 道摩はうれしそうな顔を欠片もせずにそう答える。――そう、すべては道摩の手のひらの上。
 道摩がこの夢幻世界に来た時点で……すべてが決まっていたのだ。

「さて――」

 道摩は倒れている一葉に近づくと、その首根っこを掴み上げて、宙吊りにする。

「く――」

 一葉は抵抗しようとするが、その力は弱々しく、道摩は気にせず話を続ける。

「さあ――、お前の正体を見せてもらうぞ? 隠しているつもりかもしれんが、俺を欺けるなどと思ってもらっては困るからな……」

 道摩は一葉の顔に右手を当てる。すると……、

「あ――」

 そう呟く彩花と、無言の道摩の前に花の長い異形の獣が姿を現す。その目は今空に浮かんでいる月のように深紅であり――。

「ううう……、どうか命だけはお助けを」

 そう弱々しく唱える獣を見て……、道摩は一息だけため息をついたのであった。


◆◇◆


 それから数日――、夢幻の世界より帰還した道摩は、村の歓迎を受けて宴を楽しんだ後、自身の村への岐路に立った。
 彩花は少し涙をためて道摩を見送った。

「本当にありがとうございました。もし道摩様に頼んでいなかったらどうなっていたか……」
「いや……、こちらとしても、なかなか面白い経験をさせてもらったからな。構わんよ」
「――それは」
「ふふ……、俺は負ける経験などしたことが無いゆえに……、あやかしに負ける演技をするのはなかなかに面白かった」
「あの時は本当に……」
「気に病むなよ? まあ――さっきのは冗談だ……」

 涙を見せる彩花に、珍しく少し照れながら道摩は答える。そして、そのまま笑顔で華の村を後にしたのであった。

「道摩様!! いつか貴方に手助けが必要になったら――、私たちは必ずその元へと駆けつけて見せます!! どうか忘れないで!!」
「ふん――、俺は強いからな……、そんな事態は期待せず待っておれ!!」

 彩花の笑顔を背に道摩は故郷への道を急ぐ。
 かくして土蜘蛛一族の村を襲った事件は解決された。

 ――しかし、彼の””の物語は始まったばかりである。
 
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