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序の段 安倍保名は狂い、安倍童子は生を受ける
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おお我がいとし子、葛の葉姫――、
お前はいつか人の子と恋に落ちる、それも二人の異なる男と――、
それによってお前はそれぞれに子をもうけることになる、
その一人はお前の霊威を――、もう一人はお前の叡智を得て大成するだろう――。
だが、その未来をお前は見ることはかなわぬ――、
その子をもうけたのちにお前は死に至るのだ――。
――ああ、わがいとし子よ――、それでも嘆くことはない。
それは遥か未来に続く”道”の出発点なのだから――。
◆◇◆
時は延喜二十年、醍醐帝の治世において――、気候は乱れ陰陽は狂い、自然災害や情勢不安が京の都を満たしていた。
そのような折、月影が白虹に貫かれ光を失う怪現象が起こり、それを天変地異の前触れと考えた帝の勅によって、東宮御所において評議を行う事となったのである。
時の天文博士・賀茂忠行はこれを「白虹が月を貫くのは天災の予兆である」との見解を示し、皇太子・保明親王はその天災を鎮める祈祷を行うように忠行に命じた。
しかし、当の忠行は当時病を得ておりそれがかなわなかった。それゆえに、忠行は己の弟子にそれを任せることに決めた。
それは、いわば忠行の代理を務めるという事であり、後の忠行の後継者を選ぶのと同義であった。
賀茂忠行には二人の優秀な弟子が存在した。一人は安倍保名――、もう一人は乾平馬、である。
お互いにお互いを好敵手とみなす両者は、忠行の代理として祈祷を行う事を両者ともに望んだが、当然二人が別に祈祷を行うわけにもいかず、一人に決めるくじ引きを行うこととなった。
――だがそれを望まぬものがいた。当の乾平馬である。
「御くじは運次第、万が一保名が師の代理となれば、後継者は保名のものとなる。それだけは避けねばならぬ――」
そう考えて思案を巡らせたのである。そして――、
当時、安倍保名には想い人がいた――、その名を”榊の前”。
それは周囲には秘密であったが、それを耳ざとく聞きつけた乾平馬は、その娘をかどわかして保名を脅迫することを思いつく。
それはあまりにも強引な手段であったが――、それは確かに実行に移され、榊の前は乾平馬の配下のものの手に落ちることとなった。
しかし――、
「保名様の害になるなら――」
そう考えた榊の前は、その身を短刀で貫いて自害して果てる。
そして、それは保名自身が知ることとなり、彼女への想いが彼の心を壊して狂いはて、哀れな安倍保名はいずこかへと姿を消したのである。
それに続くように京の都を悲劇が襲う――。皇太子・保明親王が薨御なされたのである。
醍醐帝はその段になって、歴を延長に改元するのであった。
◆◇◆
延長二年――、安倍保名の捜索を続けていた賀茂忠行は、信田の森にてその消息を掴み、その場へと配下の者を連れてやってきていた。
――そして、安倍保名はすぐに見つかり、彼に自分の元へと帰還するよう言ったのである。しかし――、
彼は言う――。
「私は狂った果てにこの場にたどり着き、葛の葉という娘に心を救われました。もはや乾平馬への恨みも遥か昔、その想いを遂げようとも思いません。ただ、平穏に彼女と暮らしたいのです」
それに対し忠行は――、
「かの悪辣な乾平馬はすでに処刑されておる――、そこまで言うのならこのままお前を連れて行こうとは思わぬ」
そう言って、後ろ髪を引かれる思いでその場を去るのであった。
そして――、月日は流れて、延長六年――。
賀茂忠行は、ある日の夜に白狐の夢を見る。そして、その白狐は言う――。
「夫が逝き――、私は使命ゆえに我が子を置いてゆかねばならなくなりました。どうか、かの子を――、安倍童子をお救いください」
それを視た忠行は急ぎ信田の森へと向かった。そして、その森の奥にあった小屋で一人暮らす少年と出会ったのである。
忠行を見ると少年は深く頭を下げる。その礼儀正しい態度に、感銘を受けた忠行は、少年にいくつか問いを問うてみた。
「――童子よ、この日本の始まりはわかるかね?」
「天神七代・地神五代は神の御代、神武天皇より人皇の始まりと称されてはいますが、瓊瓊杵尊こそ始まりでございます」
「ならば、仏法の始まりは――」
「大聖世尊釈迦牟尼仏。あまねく日本に広まったのは聖徳太子の世からでございます」
「――むう、儒道の始まりは如何に?」
「大聖人孔子でございます」
その後もいくつもの問いに即座に答えた少年を見て、賀茂忠行は彼こそは大成する器であると感じ入り、少年に向かってこう言ったのである。
「まさに白狐の加護を得た類まれな子よ――、我がその名付け親となろう。今日より晴れ明らむるの字を以て”晴明”と名乗るがよい」
かくして、賀茂忠行によって白狐の子”安倍晴明”は見いだされ、陰陽師としての道を進むこととなるのである。
お前はいつか人の子と恋に落ちる、それも二人の異なる男と――、
それによってお前はそれぞれに子をもうけることになる、
その一人はお前の霊威を――、もう一人はお前の叡智を得て大成するだろう――。
だが、その未来をお前は見ることはかなわぬ――、
その子をもうけたのちにお前は死に至るのだ――。
――ああ、わがいとし子よ――、それでも嘆くことはない。
それは遥か未来に続く”道”の出発点なのだから――。
◆◇◆
時は延喜二十年、醍醐帝の治世において――、気候は乱れ陰陽は狂い、自然災害や情勢不安が京の都を満たしていた。
そのような折、月影が白虹に貫かれ光を失う怪現象が起こり、それを天変地異の前触れと考えた帝の勅によって、東宮御所において評議を行う事となったのである。
時の天文博士・賀茂忠行はこれを「白虹が月を貫くのは天災の予兆である」との見解を示し、皇太子・保明親王はその天災を鎮める祈祷を行うように忠行に命じた。
しかし、当の忠行は当時病を得ておりそれがかなわなかった。それゆえに、忠行は己の弟子にそれを任せることに決めた。
それは、いわば忠行の代理を務めるという事であり、後の忠行の後継者を選ぶのと同義であった。
賀茂忠行には二人の優秀な弟子が存在した。一人は安倍保名――、もう一人は乾平馬、である。
お互いにお互いを好敵手とみなす両者は、忠行の代理として祈祷を行う事を両者ともに望んだが、当然二人が別に祈祷を行うわけにもいかず、一人に決めるくじ引きを行うこととなった。
――だがそれを望まぬものがいた。当の乾平馬である。
「御くじは運次第、万が一保名が師の代理となれば、後継者は保名のものとなる。それだけは避けねばならぬ――」
そう考えて思案を巡らせたのである。そして――、
当時、安倍保名には想い人がいた――、その名を”榊の前”。
それは周囲には秘密であったが、それを耳ざとく聞きつけた乾平馬は、その娘をかどわかして保名を脅迫することを思いつく。
それはあまりにも強引な手段であったが――、それは確かに実行に移され、榊の前は乾平馬の配下のものの手に落ちることとなった。
しかし――、
「保名様の害になるなら――」
そう考えた榊の前は、その身を短刀で貫いて自害して果てる。
そして、それは保名自身が知ることとなり、彼女への想いが彼の心を壊して狂いはて、哀れな安倍保名はいずこかへと姿を消したのである。
それに続くように京の都を悲劇が襲う――。皇太子・保明親王が薨御なされたのである。
醍醐帝はその段になって、歴を延長に改元するのであった。
◆◇◆
延長二年――、安倍保名の捜索を続けていた賀茂忠行は、信田の森にてその消息を掴み、その場へと配下の者を連れてやってきていた。
――そして、安倍保名はすぐに見つかり、彼に自分の元へと帰還するよう言ったのである。しかし――、
彼は言う――。
「私は狂った果てにこの場にたどり着き、葛の葉という娘に心を救われました。もはや乾平馬への恨みも遥か昔、その想いを遂げようとも思いません。ただ、平穏に彼女と暮らしたいのです」
それに対し忠行は――、
「かの悪辣な乾平馬はすでに処刑されておる――、そこまで言うのならこのままお前を連れて行こうとは思わぬ」
そう言って、後ろ髪を引かれる思いでその場を去るのであった。
そして――、月日は流れて、延長六年――。
賀茂忠行は、ある日の夜に白狐の夢を見る。そして、その白狐は言う――。
「夫が逝き――、私は使命ゆえに我が子を置いてゆかねばならなくなりました。どうか、かの子を――、安倍童子をお救いください」
それを視た忠行は急ぎ信田の森へと向かった。そして、その森の奥にあった小屋で一人暮らす少年と出会ったのである。
忠行を見ると少年は深く頭を下げる。その礼儀正しい態度に、感銘を受けた忠行は、少年にいくつか問いを問うてみた。
「――童子よ、この日本の始まりはわかるかね?」
「天神七代・地神五代は神の御代、神武天皇より人皇の始まりと称されてはいますが、瓊瓊杵尊こそ始まりでございます」
「ならば、仏法の始まりは――」
「大聖世尊釈迦牟尼仏。あまねく日本に広まったのは聖徳太子の世からでございます」
「――むう、儒道の始まりは如何に?」
「大聖人孔子でございます」
その後もいくつもの問いに即座に答えた少年を見て、賀茂忠行は彼こそは大成する器であると感じ入り、少年に向かってこう言ったのである。
「まさに白狐の加護を得た類まれな子よ――、我がその名付け親となろう。今日より晴れ明らむるの字を以て”晴明”と名乗るがよい」
かくして、賀茂忠行によって白狐の子”安倍晴明”は見いだされ、陰陽師としての道を進むこととなるのである。
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