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Chapter 0

Section 10: 籠の中の鳥

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 惑星クラン――、その大気圏外の宙域に、ジオ達の乗る航宙艦【迅龍】は浮上してきていた。
 しかし、その時にはすでに、ヴェロニアの艦隊は【コンバット・ボックス】という編隊を組んで迅龍への追撃を始めていたのである。

 【コンバット・ボックス】、それは超長距離砲撃がメインであった、かつての宇宙戦ではあり得ない艦隊陣形である。
 この時代の宇宙艦隊戦では、距離があり命中までの時間があるという事は、それだけ攻撃の各特性を解析されやすいという事に繋がり、それは【防護領域】による破壊力の削減・消滅が容易になるということである。
 故に、宇宙戦闘はかつての近接戦闘・格闘戦による決着へと回帰を始め、そのために復活したのが【戦列砲艦】をかつての爆撃機と見立て、周囲を機動性の高い艦艇で護衛する【ボックスフォーメーション】なのである。

「敵、ヴェロニア艦隊――、コンバット・ボックスにて接近してるよ。――接触まで約4分」
「反転して、宙域脱出は可能か?」
「無理じゃないかな……、前衛の突撃艦が加速を始めてる。アレは多分、地球軍の120m級突撃艦――、鹵獲したアトランタ級の改修艦だな」
「アトランタ級……、加速能力特化型の突撃艦。こっちとは加速力が違う――、か」

 ロバートはジェレミアの言葉に頷く。その時、不意にティアナの艦内放送が響く。

【あの突撃艦は……、私が彼らから逃走した時には見られなかった艦艇です。増援として呼び寄せたのですね】
「まあ……、本来なら、自分とこの突撃艦を呼ぶだろうから。まさに急な増援なんだろうな」
【突撃艦でこちらの航行能力を破壊して――、そのまま拿捕する腹でしょうね】
「ならば――、後方の砲艦は、支援以上には動かない可能性が高いな」

 ロバートは心のなかで情報を整理して、そして強く頷いた。

「これなら、包囲を突破出来る可能性もゼロじゃない。――追い詰められて、トチ狂ったヴェロニアが乱暴な手段を取らない限り」
【――それが、おそらく一番の懸念点ですね】
「よし――、無理に敵陣に突っ込む必要はない。反転して最大加速――、敵突撃艦だけボックスフォーメーションから引き離せ」
「aye aye sir!!」

 ロバートの命令にエリオットが反応した。
 【迅龍】はその場で急速旋回してからその艦尾スラスターを吹かす。力学制御によって守られたブリッジ内は、特に慣性を感じることもなくモニターに映る光景と各計器類のみが大きく動き始めた。

「おそらく――、敵の突撃艦はこちらの最大船速でも追いついてくる。突撃艦で足止めを食らって、後続に追いつかれると厄介なことになる。後続から引き離して突撃艦を殲滅後……、そのまま離脱を図るのがセオリーだな」
「了解ですよ。とりあえず敵突撃艦は、こちらへの追撃を開始――、最大船速で迫ってきてます。このままなら約2分で接触です」

 ロバートの言葉にジェレミアが答える。その通り――、敵のアトランタ改級突撃艦は、その凄まじい速度で迅龍へと迫ってきた。

「敵艦艇――、二方向に分かれていきますよ。一隻はこちらの背後に、もう一隻は大きく迂回を始めています」
「それは――、”サッチの機織り”? 後方よりの追撃だけでなく、迂回した突撃艦からの側面攻撃にも備えろ!」
「aye aye sir!!」

 後方より追撃してくるアトランタ改級突撃艦の、その側面粒子砲群が火を吹いた。宇宙空間を無数の光の帯が奔ってゆく。

【粒子砲……16門中3門命中――、FRF防御帯削減率8%……、こちらへの損害なし】
「後続は?!」
【すでに装填済みと思われ――。来ます!】

 後方に迫る突撃艦の粒子砲門が幾度も光って、無数の粒子光が宇宙空間を幾度も奔った。

【次、2門命中――、FRF防御帯削減率5%……、さらに、4門命中――、削減率12%】
「エリオット! 回復運動!!」

 ロバートの命令にすぐさま反応したエリオットは、操縦桿を操作して迅龍の船体をバレルロールの要領で機動させた。

【FRF防御帯の回復確認――、しかし、もうすぐ重力波砲の射程内かと……】
「重力波砲はマズイ! こちらのFRF防御帯が引き剥がされる!! 急旋回しつつ側面粒子砲門の準備!!」

 迅龍は右舷へと旋回しつつ側面粒子砲門を開く。そして――、

「全砲門、追撃する一隻を集中攻撃――、次元レール展開……、放て!!」

 両舷から放たれた粒子光が艦艇の周囲で折れ曲がって、一斉に敵突撃艦の進行方向の前方に向かって奔った。

【――!! 確認、28門中、17門命中――! 敵艦の小破を確認!!】
「よし! さすがアランだ!」

 エリオットがそう言って喜びの声を上げる。ロバートは冷静に呟いた。

「おそらく――、敵のFRF防御帯は、今の攻撃でだいたい引き剥がしたはずだ。回復される前に追撃を行う」

 その言葉に頷いたアランは次の砲を準備した。その時――、

「艦長! もう一隻が船体下方から迫っている!! 粒子砲門の開放も確認!!」

 ジェレミアの言葉に一瞬で判断を下したロバートは叫んだ。

「粒子砲による追撃は牽制にとどめて継続! 船体を急速旋回……回避運動に入れ!!」
「aye aye sir!!」

 迅龍は、宇宙空間で急速に横滑りしながら機動を一気に変化させてゆく。その側面粒子砲門から無数の粒子光が奔る。

【こちら粒子砲――、28門中6門命中……、敵艦の中破を確認! 追撃速度が落ちてゆきます!!】
「敵の砲は?!」
【敵粒子砲――、全32門中12門命中……、FRF防御帯削減率64%! 危険領域に入りつつあります!!】
「エリオット! 回復運動開始!! その後、急速旋回して――、中破艦を重力波砲の射程内に入れろ!!」

 その命令を聞いたエリオットは、迅龍を急速旋回させつつ無数に迫りくる粒子光を回避していった。そのまま、迅龍の艦首を中破したアトランタ改級突撃艦へと向け一気に加速を開始する。

「すれ違いざまに重力波砲を叩き込め!!」

 迅龍の上部と下部、二つのハッチが開いて連装式重力波砲が現れる。その砲口が横へと向けられて、そして――、

 ドン! ドン!

 重力波砲の砲門付近の重力場が歪んで、輝く力場の弾丸が放たれる。それはすれ違うアトランタ改級突撃艦の側面装甲を完全に粉砕してしまった。

 ドン!!

 アトランタ改級突撃艦の側面装甲板が宇宙空間に舞い散り。そして、そのままその艦は中央から折れ曲がって崩壊していった。

【敵突撃艦――、一隻撃沈確認!!】
「よし!! あと一隻!!」

 ジオ達はガッツポーズで称え合う。このまま行けば包囲網突破も確実であろうと思われた。


◇◆◇


「突撃艦一隻撃沈を確認。相手は……彼女はおそらく、相当腕の良い補助要員を獲得したものと思われます」

 アガルタ艦長の言葉を静かに聞いていたヴェロニアは。小さくため息を付いたあと、底冷えのする声音で呟いた。

「……籠の鳥に逃げられるようでは、我々もその程度か――。もういい、本隊を前進させろ――」
「それは……まさか」
「突撃艦とのシステムを連動させ――、敵、迅龍を牽制させつつ、遠距離飽和砲撃でカタを付ける」

 その言葉に静かに艦長は頭を下げる。迅龍への砲撃有効射程距離――、その到達時間は約1分。
 ジオ達の身に、静かに危機が迫りつつあった。
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