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バルディ・ムーア
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O.E.1780年――、春が訪れつつあるとある日の夜、石畳で舗装された街道を【サイドカー付きの鉄騎馬】が走っていた。
その鉄騎馬に乗るのは、歳の頃は十代後半と思われる頭に猫耳を持った少女であり、横ハネの金髪を短く切りそろえて赤い瞳をもって整ったプロポーションをしている。
サイドカーには二十代前半と思われる、長い銀色の髪に少女と同じような赤い瞳をもった優男が酒瓶片手に居眠りをしていた。
不意に少女が男に語りかける。
「ご主人――、もうすぐエストニア共和国の首都カーデンっすよ? 起きてくださいっす」
「うん? うるさいな……、静かにしないと眠れんだろ?」
その男の言葉に、少女は苦笑いしつつ答えた。
「眠らないでくださいっす! エストニアの――、カーデンの滅亡の危機なんっすから!!」
「……ぐう」
男は酒瓶を抱えて目を瞑っている。それを見て少女は――、
「ご主人!!」
「む……」
流石に大きな声を出して男を起こした。
「……お前な――うるさい」
「無論、うるさいっすよ。そのように声を出したっすから」
「……」
男は一息ため息を付くと少女に言った。
「別に――、人間の生き死になど【原龍種】のお前には関係ないだろ?」
「むう……、ソレはそのとおりっすが――、私も今までの生活で心を入れ替えたっすよ。何より命をむやみに奪う者を見過ごせないっす」
「ふん――、変われば変わるもんだな【金邪竜ルナー】」
その言葉に少女は苦笑いして男に言葉を返した。
「今の私は、ご主人の使い魔である【ルナ】っす! 間違えないでくださいっす」
「ふむ――、でも……、別に俺はこの仕事がめんどくさいとか、そういうこととじゃないぞ?」
「そうなんっすか?」
今から半日前――、エストニア共和国の辺境にある【ゲルゲベシュ禁忌墳墓】内に賊が侵入、その最深部にあった最上級アンデット【魔導死霊王】の封印を解いてしまったのである。
かの死霊は、かのアルマニア帝国時代に生きたとある魔導学者の成れの果てであり、その叡智を欲するあまり限界のある人の肉体を捨ててアンデットと化した者である。
その後、自らの魔導を極めるためにアルマニア帝国内を荒らし回り、それに対抗するべく結成された5万人規模の軍勢を一瞬にして滅ぼしたとされている。
それでも、時の英雄によって辛くも封じられた彼は、そのまま【ゲルゲベシュ禁忌墳墓】の最深部で永遠の眠りについているはずであったが――、
「ひでえ話だ――、欲をかいて財宝を求めたバカが、気の迷いで大災厄の封印を解くとは」
「そうっすね……、まあその賊も、すでに死霊王に食われてるでしょうが」
男の言葉にルナがそう言ってため息を付いた。男は話を続ける。
「でも……だ、その程度の奴は、お前一人でどうとでもなろう?」
「……いや、ダメっすよ! 【原龍種】が生きてることがバレたら、ご主人もご主人の祖国も人類の敵と見なされる可能性があるっすよ?」
「めんどくさいな」
男はつまらなそうに口をとがらせた。それを見て少女は苦笑いしつつ男に答えた。
「今回は――ご主人が、人としてかの死霊王を倒さなければならないっす」
「ふん……、無論わかっているとも。人々は、人知を超えた化け物は際限なく恐れるが、人間である俺なら【ただの天才】――、かつての英雄のように叡智を結集して勝利を得たと信じてくれる」
「だから――、お酒はそのくらいで……」
その少女の言葉に、男はニヤリと笑って答えた。
「気にするなルナ……、酒を飲んでるこの状態でも、――相手が魔導を扱うものである限り――、俺は負けることはありえない」
「ご主人――、その自信はどこからくるっすか」
「ん? ただの事実だぞ? この俺――、バルディ・ムーアは、この小さな世界一つで収まるつもりはないからな」
そうして、その男――、バルディ・ムーアは一口酒をあおったのである。
◇◆◇
その時、エストニア共和国の首都カーデンは未曾有の大混乱の中にあった。
人口二万人を越える首都にあって、半日にも満たない時間で全員を避難させることは不可能であり、さらにはどこからか伝わった【魔導死霊王】復活の噂が人々を恐慌状態にしたのである。
もはや共和国軍が動いてすら、その大混乱を収めることが出来ず、その状況ではかの死霊王の迎撃態勢を作ることすら困難を極めた。
この時点になって、共和国は他の国家の協力を要請し、それに呼応するように各国の軍隊が首都へと向かっていたが――、
「……このままでは間に合いません。援軍が到着する前に、首都は【魔導死霊王】の襲撃を受けることになります」
共和国軍の参謀官が、共和国軍の将軍エルダーにそう答える。エルダーは苦虫を噛み潰したような表情で天を仰いだ。
「く……、これは運命だとでも言うのか?! こうして滅びるのが我が国の運命であると?」
かの死霊王が復活してから、共和国軍は幾度も軍を派遣してかのアンデットを討伐しようとした。しかし、それはことごとく失敗し――、そしてそれらの死がかの死霊王の養分となって、さらなる被害を共和国にもたらしたのである。
もはや現在ある軍勢では敗北は必至であり――、歴戦の勇士である彼だからこそ、その果てにある滅亡が手に取るように見えていた。
「――もはや、避難も間に合わぬ。今の軍勢では対抗できぬ――、このままあのアンデッドの養分と成り果てる……か」
エルダーはそう言って目を瞑る。しかし――、
「参謀官――、精鋭をここに集めよ。それは共和国の兵士だけでなく……、この国を想う者――、ダイバーズギルドや魔導法学院からも……だ」
「それは……」
「我らは――、共和国に生きるすべての民のために最後の抵抗を行う。それで……、一人でも多くの民を逃がすのだ!」
将軍の言葉に、参謀官は決意の表情で頷き――、そして走り去った。
エルダーはその背後を見送った後、遥か【魔導死霊王】がいるであろう東を睨んだのである。
◇◆◇
その力はまさに圧倒的であった――。
首都カーデンの東の森にゆっくり歩む一体のボロの法衣を着た骸骨がいた。
それはひと目見ただけで只者ではないと思わせる、膨大な量の瘴気を周囲に放ち、その一歩ごとに周囲のあらゆる生命の魂を刈り取っていた。
周囲のどこからか外套を着た一団が現れる。それを見て骸骨は――、明確に笑った。
【おお……、魔導の叡智を受け継ぐ者たちよ。再び我に立ち向かうか――】
「アンデットが!! 覚悟!」
外套の一団はそれぞれに魔導術を唱え始め――、そして、無数の攻撃魔法がその骸骨を襲ったのである。
【くくく……、まさか、それで我を傷つけるつもりであるか?】
攻撃魔法を受けても――、傷一つなく佇むその骸骨に顔を歪ませる外套の一団。
それに対し嘲笑うかのような声音で骸骨が言った。
【無駄であるぞ? 我には一定ランク以下の魔導はその効果を発揮せぬ。防御したのではなく――、そもそも無効なのだ】
そういう骸骨の背後から、無数の矢が飛んできた。
【ははは……愚かな】
しかし、その矢は骸骨に命中する前に反転して、元きた方向へと飛んでいったのである。その向こうから無数の悲鳴が上がった。
【はははは……、矢返し程度、予想できぬとはな……、愚かの極みよ】
そう言葉を発した骸骨は一回手を横に振った。その動きに呼応するように膨大な瘴気が周囲に広がった。
「う……」
瘴気に巻き込まれた人々が次々に倒れる。そのままその者達は二度と起き上がることはなかった。
【うむ……美味であるな。人の魂をこのまま喰らい続ければ……、今の空腹もすぐになくなろう】
そう言って進む先に、首都カーデンの街門が見えてきた。
【ん?】
不意に骸骨がその場に立ち止まる。その視線の先――、街門の前には100人程度の集団が立っていたのである。
【今更……どういうつもりだ? その数で我に対抗すると?】
その言葉にその集団の誰も答えない。ただその先頭に立つ将軍エルダーだけが真剣な表情で剣を天に掲げたのである。
「ここが正念場だ!! 命をかけて門を死守せよ!! 民の――未来を守り抜け!!」
「おう!!」
そのもの達の雄叫びが門前に響き渡る。それは意志ある言葉として骸骨の存在しない耳に届いた。
【ククク……よいぞ。これまでの連中とは違う様子だな? 我が瘴気に対する防御魔法も備えて――、対アンデット用の攻撃補助も得ておるのか】
「覚悟!!」
【だが……甘い――、ただのアンデッドであれば。それでなんとかなったであろうが、我は死霊の最高位【魔導死霊王】であるそ?】
骸骨のその口から瘴気が吐き出される。その中を意志ある瞳で突き進んでゆくエルダー達。
「いけええええええ!!」
そう叫びながら骸骨の周囲に殺到するエルダー達。そして――、
【[Boot up: Death Banquet]】
その瞬間、骸骨の周囲に無数の魔法陣が展開した。その光を浴びたエルダー達は、そのまま声もあげずに倒れたのである。
「……」
その光景を、後方で支援魔法を準備していた者が驚きの目で見る。
【くくく……うまい。実にうまい――、かの英雄ほどではないが、なかなかに美味かったぞ】
一瞬で、100人からなる精鋭が30人程度まで減らされていた。それでも、彼らは勇気を振り絞って立ち向かう。しかし――、
【ふむ……、もっと遊びたいところだが。ここまでにしようか? 門の向こうに我の好物の匂いがするのでな】
瘴気が空間を支配し、すべからく死を与えてゆく。そうして残った30人余りもその身を地に伏したのである。
そうして、その場に倒れ伏す人々を無視してそのまま門へと歩みゆく骸骨。もはや首都カーデンは風前の灯に思えた。
――と、不意にどこからか鉄騎馬のエンジン音が響いてくる。それに気付いた骸骨は音のする方向を見た。
「――全力で急いで……なんとか到着っす! ……って、これはかなりの犠牲者?!」
そう叫ぶのは猫耳をつけた少女ルナ。その横のサイドカーには酒瓶を持った男バルディが座っている。
【なんだ? 貴様は――】
そう言って見つめる骸骨を無視して、男はサイドカーから立ち上がって、倒れ伏す人々の前まで歩いてきた。
「この目――、最後まで戦おうとする意志の強い目……。本当に必死だったんだろうな」
そうバルディは呟き、その見開かれた瞳を閉じさせた。
「ふむ……。俺みたいなろくでなしは、そんな必死に戦ってきた英雄たちの代わりにはなれんが――。少なくとも彼らが望んだ結果を示すことだけは出来る」
【ほう――、貴様、我に立ち向かうつもりか?】
「立ち向かう? いや違うな――」
その言葉に骸骨は微かに首を傾げる。バルディは無表情で呟いた。
「お前が、俺に立ち向かうんだよ――。たかが死霊ごときが……」
【死霊ごときだと?】
「ああ……、死の恐怖に抗えず、短い命を捨てた愚か者よ。俺がお前に捨てた死に代わるものを与えてやる」
その言葉に一瞬黙り込んだ骸骨は――、すぐに大きな声で笑い始めた。
【ははははは……、我が生を捨てたのは叡智を得るため。そもそも短い命を捨てることが”愚か”だと?】
「ああ愚かだな――、失えばそこにあるのは”無意味”だ、命を捨てた貴様は永遠に”命”の本質を知る機会を失った」
【――我が無知となっただと?】
「そうだ……、痛みを知らぬものには、永遠に痛みは理解できない。叡智を得たいなら命を捨てるべきではなかったな」
バルディは懐から一丁のリボルバー拳銃を取り出す。それの銃口を骸骨にむけた。
【は……、命の意味など――、価値など、我にはどうでもよいもの。そもそも、そんな豆鉄砲で我を倒すつもりであるか?】
その瞬間、口から膨大な瘴気が吐き出され始める。そして――、
【貴様も――我が糧となるがいい。[Boot up: Death Banquet]】
その瞬間――、バルディの身がゆらりと揺れる。
【――?】
だがバルディは倒れなかった。ニヤリと笑ってその場に立ち続けたのである。
【どういう事だ?! 我が魔導が効かない?! いや――これは……】
すぐに骸骨は、その時のバルディが行ったことに思い至る。それは――、
【我が術式を展開した瞬間――、それを読み取って崩壊させたのか!】
それは【魔導死霊王】にして信じられないことであった。
【まさか――、お前、あの一瞬で我がプログラムの全てを理解したと?!】
「まあ――な、天才である俺には造作もないことだ」
その言葉にしばらく黙っていた骸骨は――、
【……ふふ……ははははは!! まさか、このような事を出来る者がいるとは……。要するに貴様に対しては、あらゆる魔法が無意味であると言うことか!!】
「まあ――、あらゆる魔法ってわけでもないが」
【そうだな――、所詮人間の脳には物理的な限界がある。それを越えることは出来ない――と?】
「――そうだ」
そのバルディの言葉を聞いて骸骨はさらに笑い始めた。
【はははは!! 愚かよな――、ならば我の勝ちではないか】
「ん? なんでだ?」
【当然――、我がこの身を欲した理由こそ、その限界を超えるためであるからだ】
その瞬間、骸骨の周囲に無数の魔法陣が展開し始める。
【さあ――見るがいい。これこそ――、かつて五万人の軍勢を一瞬で滅ぼした破滅の霧――、我が二つ名でもある大魔導【魔導死霊王】だ!!】
骸骨の周囲に広がる魔法陣群が天空へと広がり、そして周囲数十キロほどまで広がってゆく。
【この魔法は、我が精神の約30%を使用する程度の――、我が魔法の中では下位に位置する魔法ではあるが――、生きた人間が行えば精神崩壊を引き起こしたうえで発動もしないものである。当然――貴様が人である限り読み取ることは不可能】
「そうか――」
骸骨の嘲笑に無表情で答えるバルディ。それを見て骸骨はさらに笑みを深くして嘲笑った。
【さあ死に絶えろ!! [Boot up: Tyrant of Death]】
その瞬間、バルディは空に銃口を向けて引き金を絞った。
(英雄たちよ――、お前たちの力……借りるぞ?)
[Release code: Overlink]
バルディは一瞬にして膨大な量の意識容量を獲得する。それは先程死んだ人々の意識容量を借り受けたものであり――、
[Boot up: Cracking]
そして、その増強された意識によって、かの大魔導を読み取ったバルディは、その術式を組み換え無意味なものへと変化させた。
そして――、大魔導【魔導死霊王】は発動することなく立ち消えた。
【――!! 馬鹿な――、なぜ――】
「お前は犠牲者を出しすぎたな――、そうでなければ俺も、別の方法を使わざるおえなかったが」
【――……】
さすがの死霊王も呆然とバルディを見つめる。
【貴様――、何者だ……】
「ただのろくでなし魔導学者だ――」
バルディはそう言ってその手のリボルバー拳銃の銃口を骸骨に向ける。
「そしてこれは――、かつての戦いの記録を参考にして開発された対アンデット用の崩壊弾だ。お前専用に俺が調整したものだぞ?」
【!!】
そのままバルディはトリガーを引いた。
ドン!
炸裂音とともに魔法陣が展開して光弾が骸骨へと向かい飛翔する。そしてそれは――、正確にかの骸骨の心臓部を貫いたのである。
【ああああああああああ!!】
その瞬間、その骸骨の全身がドロドロと溶けて液体へと変化してゆく。夜の闇に死霊王の悲鳴だけが響いた。
「――ふう、これで終わりだ死霊王。死を超越せしもの……よ、これは”死”ではない。お前は死ぬことはないからな。だがその代わりに貴様の身は崩壊し”無意味”と化す。お前らしい最後だな――」
バルディはそう言って天を仰いで笑ったのである。
◇◆◇
O.E.1780年――、エストニア共和国は首都カーデンを襲った災厄は、多くの英雄たちの奮闘によって回避された、――とされた。
その英雄達の中で唯一の生き残りとされた魔導学者は、名を告げずにそのままどこかへと去ったのだという。
その鉄騎馬に乗るのは、歳の頃は十代後半と思われる頭に猫耳を持った少女であり、横ハネの金髪を短く切りそろえて赤い瞳をもって整ったプロポーションをしている。
サイドカーには二十代前半と思われる、長い銀色の髪に少女と同じような赤い瞳をもった優男が酒瓶片手に居眠りをしていた。
不意に少女が男に語りかける。
「ご主人――、もうすぐエストニア共和国の首都カーデンっすよ? 起きてくださいっす」
「うん? うるさいな……、静かにしないと眠れんだろ?」
その男の言葉に、少女は苦笑いしつつ答えた。
「眠らないでくださいっす! エストニアの――、カーデンの滅亡の危機なんっすから!!」
「……ぐう」
男は酒瓶を抱えて目を瞑っている。それを見て少女は――、
「ご主人!!」
「む……」
流石に大きな声を出して男を起こした。
「……お前な――うるさい」
「無論、うるさいっすよ。そのように声を出したっすから」
「……」
男は一息ため息を付くと少女に言った。
「別に――、人間の生き死になど【原龍種】のお前には関係ないだろ?」
「むう……、ソレはそのとおりっすが――、私も今までの生活で心を入れ替えたっすよ。何より命をむやみに奪う者を見過ごせないっす」
「ふん――、変われば変わるもんだな【金邪竜ルナー】」
その言葉に少女は苦笑いして男に言葉を返した。
「今の私は、ご主人の使い魔である【ルナ】っす! 間違えないでくださいっす」
「ふむ――、でも……、別に俺はこの仕事がめんどくさいとか、そういうこととじゃないぞ?」
「そうなんっすか?」
今から半日前――、エストニア共和国の辺境にある【ゲルゲベシュ禁忌墳墓】内に賊が侵入、その最深部にあった最上級アンデット【魔導死霊王】の封印を解いてしまったのである。
かの死霊は、かのアルマニア帝国時代に生きたとある魔導学者の成れの果てであり、その叡智を欲するあまり限界のある人の肉体を捨ててアンデットと化した者である。
その後、自らの魔導を極めるためにアルマニア帝国内を荒らし回り、それに対抗するべく結成された5万人規模の軍勢を一瞬にして滅ぼしたとされている。
それでも、時の英雄によって辛くも封じられた彼は、そのまま【ゲルゲベシュ禁忌墳墓】の最深部で永遠の眠りについているはずであったが――、
「ひでえ話だ――、欲をかいて財宝を求めたバカが、気の迷いで大災厄の封印を解くとは」
「そうっすね……、まあその賊も、すでに死霊王に食われてるでしょうが」
男の言葉にルナがそう言ってため息を付いた。男は話を続ける。
「でも……だ、その程度の奴は、お前一人でどうとでもなろう?」
「……いや、ダメっすよ! 【原龍種】が生きてることがバレたら、ご主人もご主人の祖国も人類の敵と見なされる可能性があるっすよ?」
「めんどくさいな」
男はつまらなそうに口をとがらせた。それを見て少女は苦笑いしつつ男に答えた。
「今回は――ご主人が、人としてかの死霊王を倒さなければならないっす」
「ふん……、無論わかっているとも。人々は、人知を超えた化け物は際限なく恐れるが、人間である俺なら【ただの天才】――、かつての英雄のように叡智を結集して勝利を得たと信じてくれる」
「だから――、お酒はそのくらいで……」
その少女の言葉に、男はニヤリと笑って答えた。
「気にするなルナ……、酒を飲んでるこの状態でも、――相手が魔導を扱うものである限り――、俺は負けることはありえない」
「ご主人――、その自信はどこからくるっすか」
「ん? ただの事実だぞ? この俺――、バルディ・ムーアは、この小さな世界一つで収まるつもりはないからな」
そうして、その男――、バルディ・ムーアは一口酒をあおったのである。
◇◆◇
その時、エストニア共和国の首都カーデンは未曾有の大混乱の中にあった。
人口二万人を越える首都にあって、半日にも満たない時間で全員を避難させることは不可能であり、さらにはどこからか伝わった【魔導死霊王】復活の噂が人々を恐慌状態にしたのである。
もはや共和国軍が動いてすら、その大混乱を収めることが出来ず、その状況ではかの死霊王の迎撃態勢を作ることすら困難を極めた。
この時点になって、共和国は他の国家の協力を要請し、それに呼応するように各国の軍隊が首都へと向かっていたが――、
「……このままでは間に合いません。援軍が到着する前に、首都は【魔導死霊王】の襲撃を受けることになります」
共和国軍の参謀官が、共和国軍の将軍エルダーにそう答える。エルダーは苦虫を噛み潰したような表情で天を仰いだ。
「く……、これは運命だとでも言うのか?! こうして滅びるのが我が国の運命であると?」
かの死霊王が復活してから、共和国軍は幾度も軍を派遣してかのアンデットを討伐しようとした。しかし、それはことごとく失敗し――、そしてそれらの死がかの死霊王の養分となって、さらなる被害を共和国にもたらしたのである。
もはや現在ある軍勢では敗北は必至であり――、歴戦の勇士である彼だからこそ、その果てにある滅亡が手に取るように見えていた。
「――もはや、避難も間に合わぬ。今の軍勢では対抗できぬ――、このままあのアンデッドの養分と成り果てる……か」
エルダーはそう言って目を瞑る。しかし――、
「参謀官――、精鋭をここに集めよ。それは共和国の兵士だけでなく……、この国を想う者――、ダイバーズギルドや魔導法学院からも……だ」
「それは……」
「我らは――、共和国に生きるすべての民のために最後の抵抗を行う。それで……、一人でも多くの民を逃がすのだ!」
将軍の言葉に、参謀官は決意の表情で頷き――、そして走り去った。
エルダーはその背後を見送った後、遥か【魔導死霊王】がいるであろう東を睨んだのである。
◇◆◇
その力はまさに圧倒的であった――。
首都カーデンの東の森にゆっくり歩む一体のボロの法衣を着た骸骨がいた。
それはひと目見ただけで只者ではないと思わせる、膨大な量の瘴気を周囲に放ち、その一歩ごとに周囲のあらゆる生命の魂を刈り取っていた。
周囲のどこからか外套を着た一団が現れる。それを見て骸骨は――、明確に笑った。
【おお……、魔導の叡智を受け継ぐ者たちよ。再び我に立ち向かうか――】
「アンデットが!! 覚悟!」
外套の一団はそれぞれに魔導術を唱え始め――、そして、無数の攻撃魔法がその骸骨を襲ったのである。
【くくく……、まさか、それで我を傷つけるつもりであるか?】
攻撃魔法を受けても――、傷一つなく佇むその骸骨に顔を歪ませる外套の一団。
それに対し嘲笑うかのような声音で骸骨が言った。
【無駄であるぞ? 我には一定ランク以下の魔導はその効果を発揮せぬ。防御したのではなく――、そもそも無効なのだ】
そういう骸骨の背後から、無数の矢が飛んできた。
【ははは……愚かな】
しかし、その矢は骸骨に命中する前に反転して、元きた方向へと飛んでいったのである。その向こうから無数の悲鳴が上がった。
【はははは……、矢返し程度、予想できぬとはな……、愚かの極みよ】
そう言葉を発した骸骨は一回手を横に振った。その動きに呼応するように膨大な瘴気が周囲に広がった。
「う……」
瘴気に巻き込まれた人々が次々に倒れる。そのままその者達は二度と起き上がることはなかった。
【うむ……美味であるな。人の魂をこのまま喰らい続ければ……、今の空腹もすぐになくなろう】
そう言って進む先に、首都カーデンの街門が見えてきた。
【ん?】
不意に骸骨がその場に立ち止まる。その視線の先――、街門の前には100人程度の集団が立っていたのである。
【今更……どういうつもりだ? その数で我に対抗すると?】
その言葉にその集団の誰も答えない。ただその先頭に立つ将軍エルダーだけが真剣な表情で剣を天に掲げたのである。
「ここが正念場だ!! 命をかけて門を死守せよ!! 民の――未来を守り抜け!!」
「おう!!」
そのもの達の雄叫びが門前に響き渡る。それは意志ある言葉として骸骨の存在しない耳に届いた。
【ククク……よいぞ。これまでの連中とは違う様子だな? 我が瘴気に対する防御魔法も備えて――、対アンデット用の攻撃補助も得ておるのか】
「覚悟!!」
【だが……甘い――、ただのアンデッドであれば。それでなんとかなったであろうが、我は死霊の最高位【魔導死霊王】であるそ?】
骸骨のその口から瘴気が吐き出される。その中を意志ある瞳で突き進んでゆくエルダー達。
「いけええええええ!!」
そう叫びながら骸骨の周囲に殺到するエルダー達。そして――、
【[Boot up: Death Banquet]】
その瞬間、骸骨の周囲に無数の魔法陣が展開した。その光を浴びたエルダー達は、そのまま声もあげずに倒れたのである。
「……」
その光景を、後方で支援魔法を準備していた者が驚きの目で見る。
【くくく……うまい。実にうまい――、かの英雄ほどではないが、なかなかに美味かったぞ】
一瞬で、100人からなる精鋭が30人程度まで減らされていた。それでも、彼らは勇気を振り絞って立ち向かう。しかし――、
【ふむ……、もっと遊びたいところだが。ここまでにしようか? 門の向こうに我の好物の匂いがするのでな】
瘴気が空間を支配し、すべからく死を与えてゆく。そうして残った30人余りもその身を地に伏したのである。
そうして、その場に倒れ伏す人々を無視してそのまま門へと歩みゆく骸骨。もはや首都カーデンは風前の灯に思えた。
――と、不意にどこからか鉄騎馬のエンジン音が響いてくる。それに気付いた骸骨は音のする方向を見た。
「――全力で急いで……なんとか到着っす! ……って、これはかなりの犠牲者?!」
そう叫ぶのは猫耳をつけた少女ルナ。その横のサイドカーには酒瓶を持った男バルディが座っている。
【なんだ? 貴様は――】
そう言って見つめる骸骨を無視して、男はサイドカーから立ち上がって、倒れ伏す人々の前まで歩いてきた。
「この目――、最後まで戦おうとする意志の強い目……。本当に必死だったんだろうな」
そうバルディは呟き、その見開かれた瞳を閉じさせた。
「ふむ……。俺みたいなろくでなしは、そんな必死に戦ってきた英雄たちの代わりにはなれんが――。少なくとも彼らが望んだ結果を示すことだけは出来る」
【ほう――、貴様、我に立ち向かうつもりか?】
「立ち向かう? いや違うな――」
その言葉に骸骨は微かに首を傾げる。バルディは無表情で呟いた。
「お前が、俺に立ち向かうんだよ――。たかが死霊ごときが……」
【死霊ごときだと?】
「ああ……、死の恐怖に抗えず、短い命を捨てた愚か者よ。俺がお前に捨てた死に代わるものを与えてやる」
その言葉に一瞬黙り込んだ骸骨は――、すぐに大きな声で笑い始めた。
【ははははは……、我が生を捨てたのは叡智を得るため。そもそも短い命を捨てることが”愚か”だと?】
「ああ愚かだな――、失えばそこにあるのは”無意味”だ、命を捨てた貴様は永遠に”命”の本質を知る機会を失った」
【――我が無知となっただと?】
「そうだ……、痛みを知らぬものには、永遠に痛みは理解できない。叡智を得たいなら命を捨てるべきではなかったな」
バルディは懐から一丁のリボルバー拳銃を取り出す。それの銃口を骸骨にむけた。
【は……、命の意味など――、価値など、我にはどうでもよいもの。そもそも、そんな豆鉄砲で我を倒すつもりであるか?】
その瞬間、口から膨大な瘴気が吐き出され始める。そして――、
【貴様も――我が糧となるがいい。[Boot up: Death Banquet]】
その瞬間――、バルディの身がゆらりと揺れる。
【――?】
だがバルディは倒れなかった。ニヤリと笑ってその場に立ち続けたのである。
【どういう事だ?! 我が魔導が効かない?! いや――これは……】
すぐに骸骨は、その時のバルディが行ったことに思い至る。それは――、
【我が術式を展開した瞬間――、それを読み取って崩壊させたのか!】
それは【魔導死霊王】にして信じられないことであった。
【まさか――、お前、あの一瞬で我がプログラムの全てを理解したと?!】
「まあ――な、天才である俺には造作もないことだ」
その言葉にしばらく黙っていた骸骨は――、
【……ふふ……ははははは!! まさか、このような事を出来る者がいるとは……。要するに貴様に対しては、あらゆる魔法が無意味であると言うことか!!】
「まあ――、あらゆる魔法ってわけでもないが」
【そうだな――、所詮人間の脳には物理的な限界がある。それを越えることは出来ない――と?】
「――そうだ」
そのバルディの言葉を聞いて骸骨はさらに笑い始めた。
【はははは!! 愚かよな――、ならば我の勝ちではないか】
「ん? なんでだ?」
【当然――、我がこの身を欲した理由こそ、その限界を超えるためであるからだ】
その瞬間、骸骨の周囲に無数の魔法陣が展開し始める。
【さあ――見るがいい。これこそ――、かつて五万人の軍勢を一瞬で滅ぼした破滅の霧――、我が二つ名でもある大魔導【魔導死霊王】だ!!】
骸骨の周囲に広がる魔法陣群が天空へと広がり、そして周囲数十キロほどまで広がってゆく。
【この魔法は、我が精神の約30%を使用する程度の――、我が魔法の中では下位に位置する魔法ではあるが――、生きた人間が行えば精神崩壊を引き起こしたうえで発動もしないものである。当然――貴様が人である限り読み取ることは不可能】
「そうか――」
骸骨の嘲笑に無表情で答えるバルディ。それを見て骸骨はさらに笑みを深くして嘲笑った。
【さあ死に絶えろ!! [Boot up: Tyrant of Death]】
その瞬間、バルディは空に銃口を向けて引き金を絞った。
(英雄たちよ――、お前たちの力……借りるぞ?)
[Release code: Overlink]
バルディは一瞬にして膨大な量の意識容量を獲得する。それは先程死んだ人々の意識容量を借り受けたものであり――、
[Boot up: Cracking]
そして、その増強された意識によって、かの大魔導を読み取ったバルディは、その術式を組み換え無意味なものへと変化させた。
そして――、大魔導【魔導死霊王】は発動することなく立ち消えた。
【――!! 馬鹿な――、なぜ――】
「お前は犠牲者を出しすぎたな――、そうでなければ俺も、別の方法を使わざるおえなかったが」
【――……】
さすがの死霊王も呆然とバルディを見つめる。
【貴様――、何者だ……】
「ただのろくでなし魔導学者だ――」
バルディはそう言ってその手のリボルバー拳銃の銃口を骸骨に向ける。
「そしてこれは――、かつての戦いの記録を参考にして開発された対アンデット用の崩壊弾だ。お前専用に俺が調整したものだぞ?」
【!!】
そのままバルディはトリガーを引いた。
ドン!
炸裂音とともに魔法陣が展開して光弾が骸骨へと向かい飛翔する。そしてそれは――、正確にかの骸骨の心臓部を貫いたのである。
【ああああああああああ!!】
その瞬間、その骸骨の全身がドロドロと溶けて液体へと変化してゆく。夜の闇に死霊王の悲鳴だけが響いた。
「――ふう、これで終わりだ死霊王。死を超越せしもの……よ、これは”死”ではない。お前は死ぬことはないからな。だがその代わりに貴様の身は崩壊し”無意味”と化す。お前らしい最後だな――」
バルディはそう言って天を仰いで笑ったのである。
◇◆◇
O.E.1780年――、エストニア共和国は首都カーデンを襲った災厄は、多くの英雄たちの奮闘によって回避された、――とされた。
その英雄達の中で唯一の生き残りとされた魔導学者は、名を告げずにそのままどこかへと去ったのだという。
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