45 / 57
Episode 2 聖バリス教会の脅威
Chapter 14 絶望の中で希望を唱える者
しおりを挟む
聖バリス教会によって滅びた村アーロニー。
今そこでは聖バリス教会の兵士達と、異形の化け物との戦いが起こっていた。
「弓だ! 矢を放て!」
「長槍兵前進! 化け物を近づけるな!」
一見、聖バリス教会は統率がとれて、化け物相手に、有利に戦っているように見える。
「お前たち! 司祭様の仇を討つんだ!」
しかし、後方で叫ぶ指揮官を尻目に、前線の兵士達は明らかに怯えて逃げ腰になっている。
「ガアアアアア!!」
相対する化け物――.ラギルスが咆吼して、両腕の刃を振るう。
それが一振りされる毎に、数人の兵士達がバラバラの肉塊になって吹き飛んだ。兵士達は、その血を頭から被り、その度に表情が恐怖に染まっていく。そして、ついに、化け物に背を向けて逃げ出す者が出始めた。
「あ! こら逃げるな! 敵前逃亡は死刑……」
聖バリス教会の指揮官は、それ以上口に出す事が出来なかった。何故なら、化け物が疾風の如く駆けて目前に迫って来たからである。
化け物は、駆けながら両腕の刃を振るい、逃げる兵士達を皆殺しにしていく。その光景に肝を潰された聖バリス教会の指揮官は、慌てて我先にと逃げ出す。
しかし――、
「ガアアアアア!」
咆吼と共に刃がその指揮官を頭から真っ二つにする。さらに、別の刃で逃げ惑う兵士達を切り刻んで、その場を血の海へと変えていった。
それは、悪辣非道な聖バリス教会の兵士達とはいえ、あまりに悲惨な光景であった。
◆◇◆
その光景をアスト達は呆然と眺めている。
その中にあって、ただ一人バルディは、ラギルスに向かって手をかざし、邪神迎撃弾の魔法陣を維持しつつ、アストに向かって叫んだ。
「アスト! 決断しろ! 神格の闘争心に支配されたあの男は、もはや昔のお前の仲間ではない!」
「でも……」
黙っているアストに代わってリディアが口を開く。
「ラギルスさんを助ける方法はないんですか?!」
リディアが、バルディに涙ながらに訴える。それに対してバルディは怒りのこもった目で答えた。
「そんな、都合のいい事があると思うか? 元々、あの男……ラギルスは死んでいたんだ。そして、その死体を利用された」
「でも、さっき私達に話しかけてきて……」
「それは、彼の肉体……脳に残された自我の片鱗に過ぎない。よほど、意志の強い人物だったんだろう。本来なら、付与された神格に自我が塗り替えられるところを、あそこまで残っていた」
リディアは悲痛な表情で叫ぶ。
「そんな! それじゃラギルスさんは?!」
「残念だが、そこの娘を逃がした後に、すでに死んでいたんだ」
その言葉を聞いたジェラがビクリと身体を震わせる。そのまま、涙を流しながら突っ伏した。
「ジェラさん…….」
リディアはジェラの肩を抱いて泣き崩れる。
――と、その時、アスト達の耳にラギルスの咆吼が聞こえてきた。
バルディは、苦虫を噛み潰したような顔で、咆吼の主を見る。
「どうやら、虐殺は終わったようだな……」
その通り、もはやこの場には、生きた聖バリス教会兵士は一人も居なかった。
それまで黙って俯いていたアストがバルディに問いかける。
「希望は……ないんですか……」
「……」
バルディは黙ってアストを見つめる。
「結局、俺達はラギルスさんを殺すしかないんですか?」
「お兄ちゃん……」
リディアがアストを見つめて呟く。
「希望を消して捨てるな! それを叫ぶべき俺達が! 結局、仲間ひとり救えないんですか!」
アストはバルディに向かって叫ぶ。
バルディは、一瞬目を瞑った後、その慟哭に答えを返した。
「現実はこんなもんだ、世の中ってのは非情なもんさ……」
「でも!」
「でも? お前は何もかも上手くいく、作り話の主人公か? 現実を見ろ。お前は非情な世界に生きているんだ」
「なら……、希望なんて無いって言うんですか?」
アストは消え入りそうな口調で言う。
バルディはそんなアストに無表情で答える。
「希望……いい言葉だな……。でも、それが砕かれた瞬間、希望は絶望へと代わってしまう」
「……」
「現実の前では、どんなに希望を唱えても、絶望のうちに死ぬ者はいなくはならない」
「だから……無意味だと?」
バルディは、アストのその言葉に、少し笑って答えた。
「無意味なら俺達は生きてはいないさ……」
「え?」
「希望ってのはな……、非情な現実を自由に塗り替えれるチートじゃない。絶望を前に、それでも足掻く者が、その心を奮い立たせ、絶望に立ち向かう力を与える魔法の言葉なのさ」
アストはバルディの顔を見つめる。バルディは頷く。
「アスト……、呪文を唱えろ……。絶望に立ち向かうんだ」
バルディは咆吼するラギルスを見つめる。
「ラギルスを人喰いの化け物のまま放置していいのか? ラギルスと言う男は、それを望む男だったのか?」
「!!」
バルディの言葉に、やっとアストの目に力が戻った。
アストは刀を手に立ち上がる。
不意に、アストの後方から狼の遠吠えが響く。アストのもとにゲイルが駆けつけてきた。アストはその鬣を掴むと、決意の表情でゲイルにまたがる。そして、
「俺にはやらなければいけない事がありました」
そう言って刀をラギルスに向けた。
「ラギルスさん……貴方を救う……」
そしてアストはラギルスに向けてゲイルを走らせたのである。
ラギルスに向かって駆けるアストをフィリスが見つめる。そして、
【ヴァタールヴォウ……ソーディアン……】
フィリスは心の中で祈る。
(この非情な現実……絶望に立ち向かわんとする勇者に、神の加護を与えたまえ……)
呪文の効果はすぐに発揮されて、アストとゲイルの周囲に防御の皮膜が展開された。
ラギルスは、自身に向かい駆けてくるアストを確認すると、咆吼上げて刃を振るう。
次の瞬間、両者の刃がガチ合った。
カキキキキキ!!
アストの刀から魔力の火花か散る。
アストはラギルスの刃を後方に流しつつ、ラギルスの脇を駆け抜ける。
「ガアア?!」
ラギルスから、初めて悲鳴らしき声が上がる。ラギルスの脇腹がざっくりと切り裂かれていた。
(こちらの攻撃が通用する!)
それをはっきり確認したアストは、ラギルスの後方からさらに追撃をかける。
「ガアアアアア!」
次の瞬間、ラギルスが振り向きつつ、両腕の刃を横凪に振り抜いた。
「くお!」
アスト達はそれを何とかジャンプして躱す。そして、
「この!」
アストの叫びと共に、ラギルスの脇腹が切り裂かれて鮮血が飛ぶ。ふたたびラギルスは悲鳴のような咆吼を上げた。
(あの刃は危険だ。このままゲイルのスピードで翻弄して……)
アストがそう心の中で考えていた時、アストの後方にいたはずのラギルスがかき消える。
「?!」
ラギルスは、一瞬にしてアストの横に現れた。そして、その刃を疾風の如く一線したのである。
(やられる!!)
アストの反応が一瞬遅れる。
それは、まさに絶望的な一瞬であり、アスト達はその刃の斬撃をまともに受けてしまった。
「うわあああ!」
アスト達はまとめて横に吹っ飛ぶ。
しかし、アスト達が受けた傷は比較的浅いものだった。
(フィリスさんの魔法の加護がなかったら、今の一撃で死んでた)
アストは、そう心の中で呟きつつ、体勢を立て直す。そこにラギルスがかっ飛んできた。
「クソ!」
ガキン! ガキン! ガキン!
ラギルスの両腕の刃と、アストの刀が激しく何度も交錯する。
ラギルスの刃の猛攻を、何とか刀で逸らしていくアスト。しかし、アストは明らかにラギルスに押され、全身に無数の傷がついていく。
(なんて、斬撃だ! 以前の、あの司祭に操られていた時とは明らかに違う! 両腕の刃の動きが、ラギルスさんの双剣の動きと同じだ!)
その巨体とパワー、ラギルスの剣技を合わせた斬撃の猛攻は、一瞬にしてアストの周囲の魔力の皮膜を削りきる。
その瞬間、フィリスが悲鳴をあげた。
「アスト! 防御障壁が壊れる! 一旦下がって!」
「……!」
そのフィリスの叫びにアストは答えられなかった。余りに猛攻が激しく、後に引くことすら叶わなかったのである。
そして、とうとう、防御障壁の輝きが完全に失われてしまう。
そのアストに向けて、ラギルスの刃が一閃された。
「アスト!!」
フィリス達は絶望のこもった悲鳴をあけた。
◆◇◆
アストが絶望的な一撃を受けるしばらく前、リディアはジェラと共に項垂れていた。
「ああ、ラギルス……」
ただ、涙を流し突っ伏すジェラ。リディアはそのジェラにかける言葉が見つからなかった。
「ジェラさん……」
現実は非情……。そんなことは、家族を失った子供の頃から理解していた。
アストと出会ってから、久しく忘れていた、絶望がリディアの心に広がっていく。
「うわあああ!」
――と、その時、アストの叫びがリディアの耳に届いた。
リディアは顔を上げて、ラギルスに立ち向かうアストを見つめる。
(そうだ……、今は呆けてる時じゃない。お兄ちゃんが立ち向かっているのに)
リディアは足に力を込めて立ち上がる。
そして、ジェラに向かって言った。
「ジェラさん、なんでラギルスさんが、私達をここに導いたか、やっと分かったよ」
「え?」
リディアの言葉にジェラが顔を上げる。
「アレを見て」
リディアがラギルスの獣の様に変化した
頭部を指差した。
「あ……」
それは、変形した頭部にあって、唯一昔と同じラギルスの瞳。その瞳から涙がこぼれていた。
「ラギルスさん泣いてるよ……。俺を止めてくれって……、ジェラさんに助けを求めているんだ」
「ラギルス……」
「ラギルスさんは、自分を、そして自分をこんなにした実験を止めて欲しいんだよ。だから、ここまで私達を導いた」
それは、リディアの憶測でしかない。しかし、ジェラにはラギルスのその想いが痛いほど理解できた。
「止めなきゃ……」
「うん」
ジェラのその言葉にリディアが頷く。リディアは真言を詠唱し始めた。
【ヴァタールヴォウ……ヘルネイア……、神槍を持つ者よ……、悪しき者を引き裂く黒き女神よ……、凶星に抗う戦士に雷の加護を与えたまえ……、ヴァズダー】
<雷神戦身>
その効果は、絶望的な一撃を受けようとしたアストに発揮された。
◆◇◆
その瞬間、アスト達は閃光の如きスピードで、ラギルスの刃を回避した。それは、もはや人智を超える、まさしく電光石火の動きであった。
アストの刀が無数の閃光と共に閃く。
「ガアアアアア!!」
「とった!」
次の瞬間、ラギルスの右腕が斬り飛ばされ、宙を舞った。
「ラギルスさん! 今助けます!」
さらに、無数の閃光か閃く。今度はラギルスの足が宙を舞う。
ラギルスは片足を失い、その場に突っ伏した。
「ガアアアアア……」
地面に刃を突き立て、何とか立ち上がろうとするラギルス。そこにジェラが歩いてきた。
「ラギルス」
「ガアア……」
「もう、おやすみ……」
そのまま、手にした短剣をラギルスの胸に突き立てたのである。
その時、ジェラの頬に冷たいものが落ちてくる。それは、ラギルスの目からこぼれた涙であった。
「ラギルス」
ジェラはそのラギルスの頬を優しく撫でる。
「ジェラ……」
ラギルスは口から大量の血を吐きながら、ジェラの名を呼ぶ。
「なんだいラギルス」
「あ……りがとう……」
「いいよ、別に、あんたとあたしの仲だろ?」
ジェラの涙とラギルスの涙が混ざって落ちる。
「オレの……子供……たのむ……」
「ああ、大丈夫さ、あんたとの子供だから、元気に育つさ」
最後にラギルスは片手でジェラを抱きしめた。
「愛してる……ジェラ」
「ああ、分かってる、いつも言ってくれるだろ?」
そして、ラギルスは――。
「ラギルスさん」
アスト達はただただ目の前の恋人達を見つめる。
こうして、獅子の牙ラギルスは、この世を去ったのである。
◆◇◆
それを目前に見ていたフィリスは、心の中である決断を下していた。
たとえ、その決断がソーディアン大陸に新たな争いを呼ぶ事になろうと――。
今そこでは聖バリス教会の兵士達と、異形の化け物との戦いが起こっていた。
「弓だ! 矢を放て!」
「長槍兵前進! 化け物を近づけるな!」
一見、聖バリス教会は統率がとれて、化け物相手に、有利に戦っているように見える。
「お前たち! 司祭様の仇を討つんだ!」
しかし、後方で叫ぶ指揮官を尻目に、前線の兵士達は明らかに怯えて逃げ腰になっている。
「ガアアアアア!!」
相対する化け物――.ラギルスが咆吼して、両腕の刃を振るう。
それが一振りされる毎に、数人の兵士達がバラバラの肉塊になって吹き飛んだ。兵士達は、その血を頭から被り、その度に表情が恐怖に染まっていく。そして、ついに、化け物に背を向けて逃げ出す者が出始めた。
「あ! こら逃げるな! 敵前逃亡は死刑……」
聖バリス教会の指揮官は、それ以上口に出す事が出来なかった。何故なら、化け物が疾風の如く駆けて目前に迫って来たからである。
化け物は、駆けながら両腕の刃を振るい、逃げる兵士達を皆殺しにしていく。その光景に肝を潰された聖バリス教会の指揮官は、慌てて我先にと逃げ出す。
しかし――、
「ガアアアアア!」
咆吼と共に刃がその指揮官を頭から真っ二つにする。さらに、別の刃で逃げ惑う兵士達を切り刻んで、その場を血の海へと変えていった。
それは、悪辣非道な聖バリス教会の兵士達とはいえ、あまりに悲惨な光景であった。
◆◇◆
その光景をアスト達は呆然と眺めている。
その中にあって、ただ一人バルディは、ラギルスに向かって手をかざし、邪神迎撃弾の魔法陣を維持しつつ、アストに向かって叫んだ。
「アスト! 決断しろ! 神格の闘争心に支配されたあの男は、もはや昔のお前の仲間ではない!」
「でも……」
黙っているアストに代わってリディアが口を開く。
「ラギルスさんを助ける方法はないんですか?!」
リディアが、バルディに涙ながらに訴える。それに対してバルディは怒りのこもった目で答えた。
「そんな、都合のいい事があると思うか? 元々、あの男……ラギルスは死んでいたんだ。そして、その死体を利用された」
「でも、さっき私達に話しかけてきて……」
「それは、彼の肉体……脳に残された自我の片鱗に過ぎない。よほど、意志の強い人物だったんだろう。本来なら、付与された神格に自我が塗り替えられるところを、あそこまで残っていた」
リディアは悲痛な表情で叫ぶ。
「そんな! それじゃラギルスさんは?!」
「残念だが、そこの娘を逃がした後に、すでに死んでいたんだ」
その言葉を聞いたジェラがビクリと身体を震わせる。そのまま、涙を流しながら突っ伏した。
「ジェラさん…….」
リディアはジェラの肩を抱いて泣き崩れる。
――と、その時、アスト達の耳にラギルスの咆吼が聞こえてきた。
バルディは、苦虫を噛み潰したような顔で、咆吼の主を見る。
「どうやら、虐殺は終わったようだな……」
その通り、もはやこの場には、生きた聖バリス教会兵士は一人も居なかった。
それまで黙って俯いていたアストがバルディに問いかける。
「希望は……ないんですか……」
「……」
バルディは黙ってアストを見つめる。
「結局、俺達はラギルスさんを殺すしかないんですか?」
「お兄ちゃん……」
リディアがアストを見つめて呟く。
「希望を消して捨てるな! それを叫ぶべき俺達が! 結局、仲間ひとり救えないんですか!」
アストはバルディに向かって叫ぶ。
バルディは、一瞬目を瞑った後、その慟哭に答えを返した。
「現実はこんなもんだ、世の中ってのは非情なもんさ……」
「でも!」
「でも? お前は何もかも上手くいく、作り話の主人公か? 現実を見ろ。お前は非情な世界に生きているんだ」
「なら……、希望なんて無いって言うんですか?」
アストは消え入りそうな口調で言う。
バルディはそんなアストに無表情で答える。
「希望……いい言葉だな……。でも、それが砕かれた瞬間、希望は絶望へと代わってしまう」
「……」
「現実の前では、どんなに希望を唱えても、絶望のうちに死ぬ者はいなくはならない」
「だから……無意味だと?」
バルディは、アストのその言葉に、少し笑って答えた。
「無意味なら俺達は生きてはいないさ……」
「え?」
「希望ってのはな……、非情な現実を自由に塗り替えれるチートじゃない。絶望を前に、それでも足掻く者が、その心を奮い立たせ、絶望に立ち向かう力を与える魔法の言葉なのさ」
アストはバルディの顔を見つめる。バルディは頷く。
「アスト……、呪文を唱えろ……。絶望に立ち向かうんだ」
バルディは咆吼するラギルスを見つめる。
「ラギルスを人喰いの化け物のまま放置していいのか? ラギルスと言う男は、それを望む男だったのか?」
「!!」
バルディの言葉に、やっとアストの目に力が戻った。
アストは刀を手に立ち上がる。
不意に、アストの後方から狼の遠吠えが響く。アストのもとにゲイルが駆けつけてきた。アストはその鬣を掴むと、決意の表情でゲイルにまたがる。そして、
「俺にはやらなければいけない事がありました」
そう言って刀をラギルスに向けた。
「ラギルスさん……貴方を救う……」
そしてアストはラギルスに向けてゲイルを走らせたのである。
ラギルスに向かって駆けるアストをフィリスが見つめる。そして、
【ヴァタールヴォウ……ソーディアン……】
フィリスは心の中で祈る。
(この非情な現実……絶望に立ち向かわんとする勇者に、神の加護を与えたまえ……)
呪文の効果はすぐに発揮されて、アストとゲイルの周囲に防御の皮膜が展開された。
ラギルスは、自身に向かい駆けてくるアストを確認すると、咆吼上げて刃を振るう。
次の瞬間、両者の刃がガチ合った。
カキキキキキ!!
アストの刀から魔力の火花か散る。
アストはラギルスの刃を後方に流しつつ、ラギルスの脇を駆け抜ける。
「ガアア?!」
ラギルスから、初めて悲鳴らしき声が上がる。ラギルスの脇腹がざっくりと切り裂かれていた。
(こちらの攻撃が通用する!)
それをはっきり確認したアストは、ラギルスの後方からさらに追撃をかける。
「ガアアアアア!」
次の瞬間、ラギルスが振り向きつつ、両腕の刃を横凪に振り抜いた。
「くお!」
アスト達はそれを何とかジャンプして躱す。そして、
「この!」
アストの叫びと共に、ラギルスの脇腹が切り裂かれて鮮血が飛ぶ。ふたたびラギルスは悲鳴のような咆吼を上げた。
(あの刃は危険だ。このままゲイルのスピードで翻弄して……)
アストがそう心の中で考えていた時、アストの後方にいたはずのラギルスがかき消える。
「?!」
ラギルスは、一瞬にしてアストの横に現れた。そして、その刃を疾風の如く一線したのである。
(やられる!!)
アストの反応が一瞬遅れる。
それは、まさに絶望的な一瞬であり、アスト達はその刃の斬撃をまともに受けてしまった。
「うわあああ!」
アスト達はまとめて横に吹っ飛ぶ。
しかし、アスト達が受けた傷は比較的浅いものだった。
(フィリスさんの魔法の加護がなかったら、今の一撃で死んでた)
アストは、そう心の中で呟きつつ、体勢を立て直す。そこにラギルスがかっ飛んできた。
「クソ!」
ガキン! ガキン! ガキン!
ラギルスの両腕の刃と、アストの刀が激しく何度も交錯する。
ラギルスの刃の猛攻を、何とか刀で逸らしていくアスト。しかし、アストは明らかにラギルスに押され、全身に無数の傷がついていく。
(なんて、斬撃だ! 以前の、あの司祭に操られていた時とは明らかに違う! 両腕の刃の動きが、ラギルスさんの双剣の動きと同じだ!)
その巨体とパワー、ラギルスの剣技を合わせた斬撃の猛攻は、一瞬にしてアストの周囲の魔力の皮膜を削りきる。
その瞬間、フィリスが悲鳴をあげた。
「アスト! 防御障壁が壊れる! 一旦下がって!」
「……!」
そのフィリスの叫びにアストは答えられなかった。余りに猛攻が激しく、後に引くことすら叶わなかったのである。
そして、とうとう、防御障壁の輝きが完全に失われてしまう。
そのアストに向けて、ラギルスの刃が一閃された。
「アスト!!」
フィリス達は絶望のこもった悲鳴をあけた。
◆◇◆
アストが絶望的な一撃を受けるしばらく前、リディアはジェラと共に項垂れていた。
「ああ、ラギルス……」
ただ、涙を流し突っ伏すジェラ。リディアはそのジェラにかける言葉が見つからなかった。
「ジェラさん……」
現実は非情……。そんなことは、家族を失った子供の頃から理解していた。
アストと出会ってから、久しく忘れていた、絶望がリディアの心に広がっていく。
「うわあああ!」
――と、その時、アストの叫びがリディアの耳に届いた。
リディアは顔を上げて、ラギルスに立ち向かうアストを見つめる。
(そうだ……、今は呆けてる時じゃない。お兄ちゃんが立ち向かっているのに)
リディアは足に力を込めて立ち上がる。
そして、ジェラに向かって言った。
「ジェラさん、なんでラギルスさんが、私達をここに導いたか、やっと分かったよ」
「え?」
リディアの言葉にジェラが顔を上げる。
「アレを見て」
リディアがラギルスの獣の様に変化した
頭部を指差した。
「あ……」
それは、変形した頭部にあって、唯一昔と同じラギルスの瞳。その瞳から涙がこぼれていた。
「ラギルスさん泣いてるよ……。俺を止めてくれって……、ジェラさんに助けを求めているんだ」
「ラギルス……」
「ラギルスさんは、自分を、そして自分をこんなにした実験を止めて欲しいんだよ。だから、ここまで私達を導いた」
それは、リディアの憶測でしかない。しかし、ジェラにはラギルスのその想いが痛いほど理解できた。
「止めなきゃ……」
「うん」
ジェラのその言葉にリディアが頷く。リディアは真言を詠唱し始めた。
【ヴァタールヴォウ……ヘルネイア……、神槍を持つ者よ……、悪しき者を引き裂く黒き女神よ……、凶星に抗う戦士に雷の加護を与えたまえ……、ヴァズダー】
<雷神戦身>
その効果は、絶望的な一撃を受けようとしたアストに発揮された。
◆◇◆
その瞬間、アスト達は閃光の如きスピードで、ラギルスの刃を回避した。それは、もはや人智を超える、まさしく電光石火の動きであった。
アストの刀が無数の閃光と共に閃く。
「ガアアアアア!!」
「とった!」
次の瞬間、ラギルスの右腕が斬り飛ばされ、宙を舞った。
「ラギルスさん! 今助けます!」
さらに、無数の閃光か閃く。今度はラギルスの足が宙を舞う。
ラギルスは片足を失い、その場に突っ伏した。
「ガアアアアア……」
地面に刃を突き立て、何とか立ち上がろうとするラギルス。そこにジェラが歩いてきた。
「ラギルス」
「ガアア……」
「もう、おやすみ……」
そのまま、手にした短剣をラギルスの胸に突き立てたのである。
その時、ジェラの頬に冷たいものが落ちてくる。それは、ラギルスの目からこぼれた涙であった。
「ラギルス」
ジェラはそのラギルスの頬を優しく撫でる。
「ジェラ……」
ラギルスは口から大量の血を吐きながら、ジェラの名を呼ぶ。
「なんだいラギルス」
「あ……りがとう……」
「いいよ、別に、あんたとあたしの仲だろ?」
ジェラの涙とラギルスの涙が混ざって落ちる。
「オレの……子供……たのむ……」
「ああ、大丈夫さ、あんたとの子供だから、元気に育つさ」
最後にラギルスは片手でジェラを抱きしめた。
「愛してる……ジェラ」
「ああ、分かってる、いつも言ってくれるだろ?」
そして、ラギルスは――。
「ラギルスさん」
アスト達はただただ目の前の恋人達を見つめる。
こうして、獅子の牙ラギルスは、この世を去ったのである。
◆◇◆
それを目前に見ていたフィリスは、心の中である決断を下していた。
たとえ、その決断がソーディアン大陸に新たな争いを呼ぶ事になろうと――。
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説
11 Girl's Trials~幼馴染の美少女と共に目指すハーレム!~
武無由乃
ファンタジー
スケベで馬鹿な高校生の少年―――人呼んで”土下座司郎”が、神社で出会った女神様。
その女神様に”11人の美少女たちの絶望”に関わることのできる能力を与えられ、幼馴染の美少女と共にそれを救うべく奔走する。
美少女を救えばその娘はハーレム入り! ―――しかし、失敗すれば―――問答無用で”死亡”?!
命がけの”11の試練”が襲い来る! 果たして少年は生き延びられるのか?!
土下座してる場合じゃないぞ司郎!
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。突然足元に魔法陣が現れると、気付けば目の前には神を名乗る存在が居た。
そこで神は異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。
あれ?これもしかして頑張ったらもっと貰えるパターンでは?
そこで彼は思った――もっと欲しい!
欲をかいた少年は神様に賭けをしないかと提案した。
神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
鑑定能力で恩を返す
KBT
ファンタジー
どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。
彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。
そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。
この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。
帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。
そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。
そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
チート幼女とSSSランク冒険者
紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】
三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が
過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。
神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。
目を開けると日本人の男女の顔があった。
転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・
他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・
転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。
そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語
※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。
狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。
街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。
彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる