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Episode 2 聖バリス教会の脅威

Chapter 14 絶望の中で希望を唱える者

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 聖バリス教会によって滅びた村アーロニー。
 今そこでは聖バリス教会の兵士達と、異形の化け物との戦いが起こっていた。

「弓だ! 矢を放て!」
「長槍兵前進! 化け物を近づけるな!」

 一見、聖バリス教会は統率がとれて、化け物相手に、有利に戦っているように見える。

「お前たち! 司祭様の仇を討つんだ!」

 しかし、後方で叫ぶ指揮官を尻目に、前線の兵士達は明らかに怯えて逃げ腰になっている。

「ガアアアアア!!」

 相対する化け物――.ラギルスが咆吼して、両腕の刃を振るう。
 それが一振りされる毎に、数人の兵士達がバラバラの肉塊になって吹き飛んだ。兵士達は、その血を頭から被り、その度に表情が恐怖に染まっていく。そして、ついに、化け物に背を向けて逃げ出す者が出始めた。

「あ! こら逃げるな! 敵前逃亡は死刑……」

 聖バリス教会の指揮官は、それ以上口に出す事が出来なかった。何故なら、化け物が疾風の如く駆けて目前に迫って来たからである。
 化け物は、駆けながら両腕の刃を振るい、逃げる兵士達を皆殺しにしていく。その光景に肝を潰された聖バリス教会の指揮官は、慌てて我先にと逃げ出す。
 しかし――、

「ガアアアアア!」

 咆吼と共に刃がその指揮官を頭から真っ二つにする。さらに、別の刃で逃げ惑う兵士達を切り刻んで、その場を血の海へと変えていった。
 それは、悪辣非道な聖バリス教会の兵士達とはいえ、あまりに悲惨な光景であった。


◆◇◆


 その光景をアスト達は呆然と眺めている。
 その中にあって、ただ一人バルディは、ラギルスに向かって手をかざし、邪神迎撃弾の魔法陣を維持しつつ、アストに向かって叫んだ。

「アスト! 決断しろ! 神格の闘争心に支配されたあの男は、もはや昔のお前の仲間ではない!」
「でも……」

 黙っているアストに代わってリディアが口を開く。

「ラギルスさんを助ける方法はないんですか?!」

 リディアが、バルディに涙ながらに訴える。それに対してバルディは怒りのこもった目で答えた。

「そんな、都合のいい事があると思うか? 元々、あの男……ラギルスは死んでいたんだ。そして、その死体を利用された」
「でも、さっき私達に話しかけてきて……」
「それは、彼の肉体……脳に残された自我の片鱗に過ぎない。よほど、意志の強い人物だったんだろう。本来なら、付与された神格に自我が塗り替えられるところを、あそこまで残っていた」

 リディアは悲痛な表情で叫ぶ。

「そんな! それじゃラギルスさんは?!」
「残念だが、そこの娘を逃がした後に、すでに死んでいたんだ」

 その言葉を聞いたジェラがビクリと身体を震わせる。そのまま、涙を流しながら突っ伏した。

「ジェラさん…….」

 リディアはジェラの肩を抱いて泣き崩れる。
 ――と、その時、アスト達の耳にラギルスの咆吼が聞こえてきた。
 バルディは、苦虫を噛み潰したような顔で、咆吼の主を見る。

「どうやら、虐殺は終わったようだな……」

 その通り、もはやこの場には、生きた聖バリス教会兵士は一人も居なかった。
 それまで黙って俯いていたアストがバルディに問いかける。

「希望は……ないんですか……」
「……」

 バルディは黙ってアストを見つめる。

「結局、俺達はラギルスさんを殺すしかないんですか?」
「お兄ちゃん……」

 リディアがアストを見つめて呟く。

「希望を消して捨てるな! それを叫ぶべき俺達が! 結局、仲間ひとり救えないんですか!」

 アストはバルディに向かって叫ぶ。
 バルディは、一瞬目を瞑った後、その慟哭に答えを返した。

「現実はこんなもんだ、世の中ってのは非情なもんさ……」
「でも!」
「でも? お前は何もかも上手くいく、作り話の主人公か? 現実を見ろ。お前は非情な世界に生きているんだ」
「なら……、希望なんて無いって言うんですか?」

 アストは消え入りそうな口調で言う。
 バルディはそんなアストに無表情で答える。

「希望……いい言葉だな……。でも、それが砕かれた瞬間、希望は絶望へと代わってしまう」
「……」
「現実の前では、どんなに希望を唱えても、絶望のうちに死ぬ者はいなくはならない」
「だから……無意味だと?」

 バルディは、アストのその言葉に、少し笑って答えた。

「無意味なら俺達は生きてはいないさ……」
「え?」
「希望ってのはな……、非情な現実を自由に塗り替えれるチートじゃない。絶望を前に、それでも足掻く者が、その心を奮い立たせ、絶望に立ち向かう力を与える魔法の言葉なのさ」

 アストはバルディの顔を見つめる。バルディは頷く。

「アスト……、呪文を唱えろ……。絶望に立ち向かうんだ」

 バルディは咆吼するラギルスを見つめる。

「ラギルスを人喰いの化け物のまま放置していいのか? ラギルスと言う男は、それを望む男だったのか?」
「!!」

 バルディの言葉に、やっとアストの目に力が戻った。
 アストは刀を手に立ち上がる。

 不意に、アストの後方から狼の遠吠えが響く。アストのもとにゲイルが駆けつけてきた。アストはその鬣を掴むと、決意の表情でゲイルにまたがる。そして、

「俺にはやらなければいけない事がありました」

 そう言って刀をラギルスに向けた。

「ラギルスさん……貴方を救う……」

 そしてアストはラギルスに向けてゲイルを走らせたのである。
 ラギルスに向かって駆けるアストをフィリスが見つめる。そして、

【ヴァタールヴォウ……ソーディアン……】

 フィリスは心の中で祈る。

(この非情な現実……絶望に立ち向かわんとする勇者に、神の加護を与えたまえ……)

 呪文の効果はすぐに発揮されて、アストとゲイルの周囲に防御の皮膜が展開された。

 ラギルスは、自身に向かい駆けてくるアストを確認すると、咆吼上げて刃を振るう。
 次の瞬間、両者の刃がガチ合った。

 カキキキキキ!!

 アストの刀から魔力の火花か散る。
 アストはラギルスの刃を後方に流しつつ、ラギルスの脇を駆け抜ける。

「ガアア?!」

 ラギルスから、初めて悲鳴らしき声が上がる。ラギルスの脇腹がざっくりと切り裂かれていた。

(こちらの攻撃が通用する!)

 それをはっきり確認したアストは、ラギルスの後方からさらに追撃をかける。

「ガアアアアア!」

 次の瞬間、ラギルスが振り向きつつ、両腕の刃を横凪に振り抜いた。

「くお!」

 アスト達はそれを何とかジャンプして躱す。そして、

「この!」

 アストの叫びと共に、ラギルスの脇腹が切り裂かれて鮮血が飛ぶ。ふたたびラギルスは悲鳴のような咆吼を上げた。

(あの刃は危険だ。このままゲイルのスピードで翻弄して……)

 アストがそう心の中で考えていた時、アストの後方にいたはずのラギルスがかき消える。

「?!」

 ラギルスは、一瞬にしてアストの横に現れた。そして、その刃を疾風の如く一線したのである。

(やられる!!)

 アストの反応が一瞬遅れる。
 それは、まさに絶望的な一瞬であり、アスト達はその刃の斬撃をまともに受けてしまった。

「うわあああ!」

 アスト達はまとめて横に吹っ飛ぶ。
 しかし、アスト達が受けた傷は比較的浅いものだった。

(フィリスさんの魔法の加護がなかったら、今の一撃で死んでた)

 アストは、そう心の中で呟きつつ、体勢を立て直す。そこにラギルスがかっ飛んできた。

「クソ!」

 ガキン! ガキン! ガキン!

 ラギルスの両腕の刃と、アストの刀が激しく何度も交錯する。
 ラギルスの刃の猛攻を、何とか刀で逸らしていくアスト。しかし、アストは明らかにラギルスに押され、全身に無数の傷がついていく。

(なんて、斬撃だ! 以前の、あの司祭に操られていた時とは明らかに違う! 両腕の刃の動きが、ラギルスさんの双剣の動きと同じだ!)

 その巨体とパワー、ラギルスの剣技を合わせた斬撃の猛攻は、一瞬にしてアストの周囲の魔力の皮膜を削りきる。
 その瞬間、フィリスが悲鳴をあげた。

「アスト! 防御障壁が壊れる! 一旦下がって!」
「……!」

 そのフィリスの叫びにアストは答えられなかった。余りに猛攻が激しく、後に引くことすら叶わなかったのである。
 そして、とうとう、防御障壁の輝きが完全に失われてしまう。
 そのアストに向けて、ラギルスの刃が一閃された。

「アスト!!」

 フィリス達は絶望のこもった悲鳴をあけた。


◆◇◆


 アストが絶望的な一撃を受けるしばらく前、リディアはジェラと共に項垂れていた。

「ああ、ラギルス……」

 ただ、涙を流し突っ伏すジェラ。リディアはそのジェラにかける言葉が見つからなかった。

「ジェラさん……」

 現実は非情……。そんなことは、家族を失った子供の頃から理解していた。
 アストと出会ってから、久しく忘れていた、絶望がリディアの心に広がっていく。

「うわあああ!」

 ――と、その時、アストの叫びがリディアの耳に届いた。
 リディアは顔を上げて、ラギルスに立ち向かうアストを見つめる。

(そうだ……、今は呆けてる時じゃない。お兄ちゃんが立ち向かっているのに)

 リディアは足に力を込めて立ち上がる。
 そして、ジェラに向かって言った。

「ジェラさん、なんでラギルスさんが、私達をここに導いたか、やっと分かったよ」
「え?」

 リディアの言葉にジェラが顔を上げる。

「アレを見て」

 リディアがラギルスの獣の様に変化した
 頭部を指差した。

「あ……」

 それは、変形した頭部にあって、唯一昔と同じラギルスの瞳。その瞳から涙がこぼれていた。

「ラギルスさん泣いてるよ……。俺を止めてくれって……、ジェラさんに助けを求めているんだ」
「ラギルス……」
「ラギルスさんは、自分を、そして自分をこんなにした実験を止めて欲しいんだよ。だから、ここまで私達を導いた」

 それは、リディアの憶測でしかない。しかし、ジェラにはラギルスのその想いが痛いほど理解できた。

「止めなきゃ……」
「うん」

 ジェラのその言葉にリディアが頷く。リディアは真言を詠唱し始めた。

【ヴァタールヴォウ……ヘルネイア……、神槍を持つ者よ……、悪しき者を引き裂く黒き女神よ……、凶星に抗う戦士に雷の加護を与えたまえ……、ヴァズダー】

雷神戦身グレートヘイスト

 その効果は、絶望的な一撃を受けようとしたアストに発揮された。


◆◇◆


 その瞬間、アスト達は閃光の如きスピードで、ラギルスの刃を回避した。それは、もはや人智を超える、まさしく電光石火の動きであった。
 アストの刀が無数の閃光と共に閃く。

「ガアアアアア!!」
「とった!」

 次の瞬間、ラギルスの右腕が斬り飛ばされ、宙を舞った。

「ラギルスさん! 今助けます!」

 さらに、無数の閃光か閃く。今度はラギルスの足が宙を舞う。
 ラギルスは片足を失い、その場に突っ伏した。

「ガアアアアア……」

 地面に刃を突き立て、何とか立ち上がろうとするラギルス。そこにジェラが歩いてきた。

「ラギルス」
「ガアア……」
「もう、おやすみ……」

 そのまま、手にした短剣をラギルスの胸に突き立てたのである。

 その時、ジェラの頬に冷たいものが落ちてくる。それは、ラギルスの目からこぼれた涙であった。

「ラギルス」

 ジェラはそのラギルスの頬を優しく撫でる。

「ジェラ……」

 ラギルスは口から大量の血を吐きながら、ジェラの名を呼ぶ。

「なんだいラギルス」
「あ……りがとう……」
「いいよ、別に、あんたとあたしの仲だろ?」

 ジェラの涙とラギルスの涙が混ざって落ちる。

「オレの……子供……たのむ……」
「ああ、大丈夫さ、あんたとの子供だから、元気に育つさ」

 最後にラギルスは片手でジェラを抱きしめた。

「愛してる……ジェラ」
「ああ、分かってる、いつも言ってくれるだろ?」

 そして、ラギルスは――。

「ラギルスさん」

 アスト達はただただ目の前の恋人達を見つめる。
 こうして、獅子の牙ラギルスは、この世を去ったのである。


◆◇◆


 それを目前に見ていたフィリスは、心の中である決断を下していた。
 たとえ、その決断がソーディアン大陸に新たな争いを呼ぶ事になろうと――。

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