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Episode 2 聖バリス教会の脅威
Chapter 5 希望を持つ者たち
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太陽も傾いて夕方に近づいたころ、その前線でいつもとは違う戦況が展開しつつあった。いつもならデンバート軍を圧倒している強化甲殻兵が後方に下がり始め、デンバート軍が砦の門前にまで攻め込んだのである。
デンバート軍は早速砦の周囲を囲んで敵軍の封じ込めにかかる。
しかし、それは同時に前線が前に伸びて、後方との距離が伸びきった事を示していた。
◆◇◆
グウィリムはソーニャの手伝いをしつつ考え事をしていた。
(もしわしの考えが正しければ、今最も危険なのは……)
グウィリムは懐から何かを取り出す。それは小さな笛であった。
(これはやはり……)
その笛を再び懐にしまったグウィリムは決意の表情で砦の方を睨んだ。
――と、その時、後方支援部隊が展開する簡易拠点の一角で騒ぎが発生する。いくつもの悲鳴と怒号が起こったのである。
「なに?」
突然のことにソーニャが治療の手を止める。グウィリムが懐に手を入れたまま苦しげな顔をした。
「やはり来たか!!」
「来たって……まさか……」
「ああ……、おそらく強化甲殻兵じゃ……。今までの戦闘で、敵の強化甲殻兵の活動限界が短いことはわかった。前線で長くこちらの兵を留める役には立たなくなった。だから……、奴らは奇襲攻撃に切り替えたのだろう」
「それって……」
「活動限界が短かろうが、敵に奇襲を仕掛けて活動限界前に離脱すれば、随伴兵と行動を共にする必要もない……という理屈じゃな」
グウィリムは騒ぎの起こっているらしき方向を睨みながらソーニャに語る。
懐から笛を取り出して、一気に息を吹き込んだ。その笛からは音が出ることはなかった。
と、その時、簡易拠点に設置されたテントの向こうから、高速でフルプレートメイルの兵が駆け込んできた。それは、明らかにデンバート軍の兵ではなかった。
グウィリムが叫ぶ。
「ソーニャ!! 下がれ!!」
「え?!」
慌ててソーニャがグウィリムの背後に隠れる。グウィリムは真言を唱え始めた。
『ヴァダールヴォウ……カルスト……』
グウィリムの呪文が完成するのと、敵強化甲殻兵の長竿武器振るわれるのは同時であった。
<魔力短剣>
グウィリムの周囲に展開した魔力の短剣が、一斉に強化甲殻兵に突き刺さる。
それで何とか敵の動きは止まった。しかし――、
「グウィリムさん!!」
ソーニャがグウィリムに向かって叫ぶ。
当のグウィリムは、敵の長竿武器の一撃を喰らって、右腕を飛ばされてしまっていたのである。
「ぐが……」
グウィリムが血を吐いてその場に倒れる、傷口からは止めどもなく血が溢れてきた。
「グウィリムさん!!」
ソーニャは慌てグウィリムの治療に入る。しかし、
「ソーニャ……逃げろ……」
グウィリムがかすれた声でソーニャに語る。
「お前や……ここの守備兵では……奴らに対抗できん……。逃げろ」
「でも!!」
「早く!!」
グウィリムは血を吐きながら叫ぶ。
活動限界を考えなければ強化甲殻兵は最強の歩兵である。このままでは後方支援部隊は壊滅必死なのだ。
その時、再び周囲で騒ぎが起きる。再び別の強化甲殻兵が現れて、治療士たちを襲い始めたのである。
「そんな!!」
ソーニャはあまりの状況に呆然とした。
そんな瞬間にも多くの治療士たちが、強化甲殻兵の長竿武器の犠牲となっていく。
そのうちの一体がソーニャに狙いを定める。そして、信じられない速度で襲い掛かってきた。
「ああ……」
もはやソーニャの足では逃げることは叶わなかった。
ソーニャは死を覚悟した。
「そうはさせるか!!」
不意にソーニャの背後から数人の兵士が躍り出てきた。
彼らは槍を武器に強化甲殻兵に立ち向かう。
「ソーニャさんを守れ!!」
「ここを絶対通すな!!」
それは、先ほどソーニャ自身が治療した兵士たちであった。
「ソーニャさん!! ここは任せて逃げて!!」
「貴方は我々が守る!!」
兵士たちは武器を手に強化甲殻兵に躍りかかっていく。しかし、
ザク!! ドス!!
強化甲殻兵が手にした長竿武器を振るうたびに、兵士たちは真っ二つになり千切れ絶命した。
「ああ!!」
あまりの光景にソーニャは涙を流す。
「貴方達こそ逃げて!! 私はただの足手まとい、私のためなんかで命を捨てないで!!」
ソーニャのその叫びを聞いてか聞かずか、兵士たちはまた一人、一人と命を散らしていく。
ソーニャは慟哭に近い叫びをあげる。
「そんな事のために貴方達を治療したんじゃないよ!!」
ソーニャのその叫びに答える声があった。
「違うぞソーニャ……。『そんな事』じゃない」
「グウィリムさん?!!」
声を発したのはグウィリムであった。グウィリムは優し気な目でソーニャを見つめる。
「彼らにとってお前は恩人なんだ……。それを救うのにためらう者はここにはいない」
「でも……」
「でも、ではない……」
グウィリムは血の溢れる口でにやりと笑う。
そして、傷口から血があふれるのも構わず立ち上がった。
「何より、命を救うことが『そんな事』であってたまるか……。それは、希少なる魔龍討伐士であるお前が一番よく知っているはずだ」
「!!」
その言葉にソーニャは理解する。
彼ら兵士もまた自分達と同じであると言うことに。
「今から逃げても、我々の足では助からんな……」
「……そうですね」
グウィリムの言葉にソーニャが答える。
「でも……希望を捨てるな……」
「はい……」
「それこそが、我らがこの暗黒時代を生き抜くための……、最後の砦なのだ……」
ソーニャはそのグウィリムの言葉に頷く。そして……
『ヴァダールヴォウ……フラウ……』
ソーニャはしっかり両足で立ち上がって真言を唱える。
いま彼女にできることは、それしかないのだから。
「これは……!!」
その場にいる兵士たちが驚嘆の声をあげる。
敵から受けた傷がみるまに治療されていく。たとえそれは、腕の一本を飛ばされた者であろうと。
「ソーニャよ!! 生き抜くぞ!!」
「はい!!」
腕が元通りになったグウィリムは、再び真言を唱え始める。今度は兵士たちを強化する為に――。
強大な力を持つ強化甲殻兵に対する、最後の抵抗が始まった。
◆◇◆
そうしたソーニャたちの必死の抵抗によって、後方支援部隊はなんと一瞬での壊滅を遅らせることに成功した。
しかし、彼らの戦力では強化に対応しきれないことは明白であり全滅も目前と思われた。
だが、その抵抗は一つの奇跡を呼び込む。
前線に展開していた部隊が、突然後方へと引き返し始めたのである。伝令で後方の危機を知ったわけでもなく突然に――である。
◆◇◆
ソーニャ達は決死の抵抗を続けていた。
しかし、それも終わりに近づいていた。ソーニャの精神力は尽き、もはや治療が出来ないほどに疲れ切っていた。グウィリムも補助魔法や攻撃魔法を使い切って疲れ果てていた。また一人デンバートの兵が倒れる。
戦況は絶望的であった。しかし――
「あきらめない……。希望を捨てない……。私は……」
ソーニャは最後の精神力で治療魔法を展開する。
たとえそれで力尽きても構わないと言うように。
「アストさん……リディアさん……リックルさん」
ソーニャは今は別行動の仲間のことを思う。
彼らとの旅は、決して楽しいことだけではなかったが、それでもかけがえのない思い出であった。
「私は……」
――と、とうとうソーニャの精神力が尽き、立っているのもままならなくなる。
ソーニャはその場によろけて倒れそうになった。
ボス……
不意に暖かい何かがソーニャを支える。
朦朧とする瞳でその存在を確かめてみた。それは――、
「大銀狼? ゲイル?」
そう――それは確かにアストの騎獣であるゲイルであった。
「よく頑張ったなソーニャ……」
優しげな男性の声がソーニャの心に響く。
それはよく知る男性の声であり――。
「後は俺たちに任せろ……」
「アスト……さん?」
そう、それは確かにアストであった。
アストはソーニャの傍らで強化甲殻兵を睨み付ける。
「お前ら……覚悟しろ……。ここからは決して帰さん……」
その眼光は、強固な鎧すら貫き通すほどであった。
デンバート軍は早速砦の周囲を囲んで敵軍の封じ込めにかかる。
しかし、それは同時に前線が前に伸びて、後方との距離が伸びきった事を示していた。
◆◇◆
グウィリムはソーニャの手伝いをしつつ考え事をしていた。
(もしわしの考えが正しければ、今最も危険なのは……)
グウィリムは懐から何かを取り出す。それは小さな笛であった。
(これはやはり……)
その笛を再び懐にしまったグウィリムは決意の表情で砦の方を睨んだ。
――と、その時、後方支援部隊が展開する簡易拠点の一角で騒ぎが発生する。いくつもの悲鳴と怒号が起こったのである。
「なに?」
突然のことにソーニャが治療の手を止める。グウィリムが懐に手を入れたまま苦しげな顔をした。
「やはり来たか!!」
「来たって……まさか……」
「ああ……、おそらく強化甲殻兵じゃ……。今までの戦闘で、敵の強化甲殻兵の活動限界が短いことはわかった。前線で長くこちらの兵を留める役には立たなくなった。だから……、奴らは奇襲攻撃に切り替えたのだろう」
「それって……」
「活動限界が短かろうが、敵に奇襲を仕掛けて活動限界前に離脱すれば、随伴兵と行動を共にする必要もない……という理屈じゃな」
グウィリムは騒ぎの起こっているらしき方向を睨みながらソーニャに語る。
懐から笛を取り出して、一気に息を吹き込んだ。その笛からは音が出ることはなかった。
と、その時、簡易拠点に設置されたテントの向こうから、高速でフルプレートメイルの兵が駆け込んできた。それは、明らかにデンバート軍の兵ではなかった。
グウィリムが叫ぶ。
「ソーニャ!! 下がれ!!」
「え?!」
慌ててソーニャがグウィリムの背後に隠れる。グウィリムは真言を唱え始めた。
『ヴァダールヴォウ……カルスト……』
グウィリムの呪文が完成するのと、敵強化甲殻兵の長竿武器振るわれるのは同時であった。
<魔力短剣>
グウィリムの周囲に展開した魔力の短剣が、一斉に強化甲殻兵に突き刺さる。
それで何とか敵の動きは止まった。しかし――、
「グウィリムさん!!」
ソーニャがグウィリムに向かって叫ぶ。
当のグウィリムは、敵の長竿武器の一撃を喰らって、右腕を飛ばされてしまっていたのである。
「ぐが……」
グウィリムが血を吐いてその場に倒れる、傷口からは止めどもなく血が溢れてきた。
「グウィリムさん!!」
ソーニャは慌てグウィリムの治療に入る。しかし、
「ソーニャ……逃げろ……」
グウィリムがかすれた声でソーニャに語る。
「お前や……ここの守備兵では……奴らに対抗できん……。逃げろ」
「でも!!」
「早く!!」
グウィリムは血を吐きながら叫ぶ。
活動限界を考えなければ強化甲殻兵は最強の歩兵である。このままでは後方支援部隊は壊滅必死なのだ。
その時、再び周囲で騒ぎが起きる。再び別の強化甲殻兵が現れて、治療士たちを襲い始めたのである。
「そんな!!」
ソーニャはあまりの状況に呆然とした。
そんな瞬間にも多くの治療士たちが、強化甲殻兵の長竿武器の犠牲となっていく。
そのうちの一体がソーニャに狙いを定める。そして、信じられない速度で襲い掛かってきた。
「ああ……」
もはやソーニャの足では逃げることは叶わなかった。
ソーニャは死を覚悟した。
「そうはさせるか!!」
不意にソーニャの背後から数人の兵士が躍り出てきた。
彼らは槍を武器に強化甲殻兵に立ち向かう。
「ソーニャさんを守れ!!」
「ここを絶対通すな!!」
それは、先ほどソーニャ自身が治療した兵士たちであった。
「ソーニャさん!! ここは任せて逃げて!!」
「貴方は我々が守る!!」
兵士たちは武器を手に強化甲殻兵に躍りかかっていく。しかし、
ザク!! ドス!!
強化甲殻兵が手にした長竿武器を振るうたびに、兵士たちは真っ二つになり千切れ絶命した。
「ああ!!」
あまりの光景にソーニャは涙を流す。
「貴方達こそ逃げて!! 私はただの足手まとい、私のためなんかで命を捨てないで!!」
ソーニャのその叫びを聞いてか聞かずか、兵士たちはまた一人、一人と命を散らしていく。
ソーニャは慟哭に近い叫びをあげる。
「そんな事のために貴方達を治療したんじゃないよ!!」
ソーニャのその叫びに答える声があった。
「違うぞソーニャ……。『そんな事』じゃない」
「グウィリムさん?!!」
声を発したのはグウィリムであった。グウィリムは優し気な目でソーニャを見つめる。
「彼らにとってお前は恩人なんだ……。それを救うのにためらう者はここにはいない」
「でも……」
「でも、ではない……」
グウィリムは血の溢れる口でにやりと笑う。
そして、傷口から血があふれるのも構わず立ち上がった。
「何より、命を救うことが『そんな事』であってたまるか……。それは、希少なる魔龍討伐士であるお前が一番よく知っているはずだ」
「!!」
その言葉にソーニャは理解する。
彼ら兵士もまた自分達と同じであると言うことに。
「今から逃げても、我々の足では助からんな……」
「……そうですね」
グウィリムの言葉にソーニャが答える。
「でも……希望を捨てるな……」
「はい……」
「それこそが、我らがこの暗黒時代を生き抜くための……、最後の砦なのだ……」
ソーニャはそのグウィリムの言葉に頷く。そして……
『ヴァダールヴォウ……フラウ……』
ソーニャはしっかり両足で立ち上がって真言を唱える。
いま彼女にできることは、それしかないのだから。
「これは……!!」
その場にいる兵士たちが驚嘆の声をあげる。
敵から受けた傷がみるまに治療されていく。たとえそれは、腕の一本を飛ばされた者であろうと。
「ソーニャよ!! 生き抜くぞ!!」
「はい!!」
腕が元通りになったグウィリムは、再び真言を唱え始める。今度は兵士たちを強化する為に――。
強大な力を持つ強化甲殻兵に対する、最後の抵抗が始まった。
◆◇◆
そうしたソーニャたちの必死の抵抗によって、後方支援部隊はなんと一瞬での壊滅を遅らせることに成功した。
しかし、彼らの戦力では強化に対応しきれないことは明白であり全滅も目前と思われた。
だが、その抵抗は一つの奇跡を呼び込む。
前線に展開していた部隊が、突然後方へと引き返し始めたのである。伝令で後方の危機を知ったわけでもなく突然に――である。
◆◇◆
ソーニャ達は決死の抵抗を続けていた。
しかし、それも終わりに近づいていた。ソーニャの精神力は尽き、もはや治療が出来ないほどに疲れ切っていた。グウィリムも補助魔法や攻撃魔法を使い切って疲れ果てていた。また一人デンバートの兵が倒れる。
戦況は絶望的であった。しかし――
「あきらめない……。希望を捨てない……。私は……」
ソーニャは最後の精神力で治療魔法を展開する。
たとえそれで力尽きても構わないと言うように。
「アストさん……リディアさん……リックルさん」
ソーニャは今は別行動の仲間のことを思う。
彼らとの旅は、決して楽しいことだけではなかったが、それでもかけがえのない思い出であった。
「私は……」
――と、とうとうソーニャの精神力が尽き、立っているのもままならなくなる。
ソーニャはその場によろけて倒れそうになった。
ボス……
不意に暖かい何かがソーニャを支える。
朦朧とする瞳でその存在を確かめてみた。それは――、
「大銀狼? ゲイル?」
そう――それは確かにアストの騎獣であるゲイルであった。
「よく頑張ったなソーニャ……」
優しげな男性の声がソーニャの心に響く。
それはよく知る男性の声であり――。
「後は俺たちに任せろ……」
「アスト……さん?」
そう、それは確かにアストであった。
アストはソーニャの傍らで強化甲殻兵を睨み付ける。
「お前ら……覚悟しろ……。ここからは決して帰さん……」
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