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ステファンとマリリン
しおりを挟む「まったくマリリンはかわいいなー」
ステファンが笑いながら言うと、マリリンの頬がポっと赤くなった。
そんなことがあった翌日。
「ステファンさん! あたし、ステファンさんのお嫁さんになります!」
と、マリリンが言い出したので、ステファンは言葉を失った。
マリリンはかわいい。だがマリリンがかわいいのはステファンだけではない。
使用人全員がマリリンをかわいいと思っているし、主人であるオデルやジュリエットももちろんだ。
他の誰でもマリリンを『かわいい』と口に出して言っている。
しかしマリリンは一日考え、満面の笑顔でステファンに言いに来た。
マリリンと結婚?
「ちょっと……待ってくれる? まだそこまでは、そのー……早いかなー……。展開が……」
ステファンは今まで一度もマリリンを恋愛対象に見たことはない。
一緒に働くメイドのモリーやケイトと同じように思い、接してきたつもりだ。
いや、少しマリリンには優しくしたかもしれない。かわいがってもいた。
しかしそれは他の使用人たちも同じだ。
このガロポロ邸でマリリンは特別な存在だ。
皆の愛すべき小動物。いやハムスター。エルフ。皆のアイドル。皆のマリリン。
ステファンだけが特別にマリリンに優しいわけではない。
それが、マリリンはステファンだけに考えて返事をしてきたのだ。
勘違いの返事を。
ステファンの言葉にマリリンはキョトンとした茶色の大きな瞳を見開いた。
思っていた返しと違ったのだろう。
そりゃそうだ。マリリンの勘違いなのだからいきなり『お嫁さん』には答えられない。
「どうしたらいいんだよ!」
「どうしたらもこうしたらもないよ。結婚しなよ。マリリンかわいいじゃん。いいこだよ?」
ステファンが真剣に悩み相談を持ち掛けているというのに、下僕のジョージは無責任に面白がっている。
「どっちにしても傷つけるのは無しだ。マリリン泣かせたら皆でステフを殺すよ?」
物騒なことを言って来たのはマイケルだ。
しかし冗談ではない。マリリンを傷付けたらステファンはガロポロ邸の使用人たちに殺されかねない。
「僕だって傷つけたくないよ! だからどうしたらいいか相談してるんじゃないか! マリリンはかわいいよ。本当に。でもそれって皆もそうだろ? 僕もそれと同じ意味でかわいいんだよ。それが嫁ってなると……どうしたらいいよ……」
ステファンは真剣だ。マリリンを傷付けたくはないが、恋愛感情もなく結婚なんて出来ない。
「マリリンだめなの?」
「かわいい奥さんになるよきっと」
結局どう答えたらいいかわからないマイケルもジョージも他人事だ。
「なんだよ! じゃあお前たちはマリリンを奥さんに出来るのか?」
出来るわけがない。マリリンと恋愛なんて想像の遥か彼方だ。皆の妹で娘なのだから。
「ステファンも悪いよ? ケイトやモリーにもだけどさー、すぐ頭撫でたりかわいいって言ったりするじゃん。マリリンなんかいつもだから、そりゃ気があるのかな? って思っちゃうんじゃない?」
「そうだよ。もしかしたらケイトやモリーもマリリンみたいに思ってるかもしれないって。こないだだってモリーの肩抱いてただろ? あれ家族とか恋人じゃなきゃしちゃだめなんじゃん?」
マイケルとジョージの言葉にステファンは唖然とした。
「だって! 家族みたいなもんだろ!」
ケイトだってモリーだって、ステファンにしてみたら妹だ。
「ってかさ、ケイトとモリーに相談してみたら? この手の話は女の子の得意分野だよ。なんならマリリンをなんとかしてくれるかもしれないし」
マイケルに言われまったく頼りにならない男兄弟を後にして、ステファンは大きなため息と共にケイトとモリーの元へ向かった。
*****
「ちょっと! なにしてくれてんのよステフ!」
「なにマリリン誑かしてくれてんじゃい!」
ケイトとモリーが眉を吊り上げステファンの肩を掴みかかっている。
ステファンは掴まれるまま身体を揺さぶられるがままに、首を後ろにがっくり落として天を見上げ心の中で呟いた。
あぁ、失敗した……と。
ガロポロ邸の使用人は女性の方が断然強いのだ。
ケイトとモリーの激怒に、怒られるようなことにひとつも責任のないステファンは泣きたい気分だった。
故意にマリリンに思わせぶりなことをしたわけでもなければ、告白は青天の霹靂だったのにこの扱いを受けなくてはならないとは。
「誑かしてなんかいないよ……。本当に相談したいから落ち着いて……」
ステファンが眉を下げて頼むと、ふたりはピタリと止め、落ち着いて向かい合った。
「いやー。一応これはやっとかないとなーと思って」
「通過儀礼って言うか。わたしたちのかわいいマリリンを奪っていく男にはしとかないとね」
ふたりは先ほどの怒りは何だったのかというほどの落ち着きぶりで、微笑みまで浮かべている。
「奪わないよ。マリリンはみんなのものだよ。だからどうしたらいいか相談したいんだよ」
ふたりの様子に引っ掛かりながらも言うと、さも当たり前のような顔と声で返答される。
「相談って。結婚しなさいよ」
「嫁にもらいなさいよ。幸せにしてやりなさいよ」
「ちょっ!! なんでそうなるんだよ! そんなの無理でしょ?!」
ステファンは思わず叫んだ。
そんな答えは違うのだ。マリリンを傷つけずに結婚しない方向にするアドバイスが欲しいのだ。
「なによ? マリリンのなにが不満なの?」
「あんなかわいい子奥さんに出来るなんて、ステフは幸せだよ?」
「マリリンはかわいいよ。マリリンの旦那さんになる男は幸せだよね。僕もそう思うよ。でもそれは僕じゃない。マリリンはかわいい妹なんだよ、ケイトとモリーと同じだよ。三人ともかわいい妹のようなものだから、結婚とかさ……」
ここで、ステファンはふたりから違和感を感じる。
最初こそ荒ぶったが、落ち着きすぎている。
「あのさ。もしかしてマリリンから、なにか聞いてたりした?」
「うん。ステフの嫁になるって聞いた」
「すごく嬉しそうだった」
ステファンは頭を抱えた。
このふたりはダメだ。マリリンと結婚させようとしている。
ステファンは頭を振って席を立った。
*****
「なんだって? マリリンと結婚するのか?」
「しないですよ! しないけどマリリンがしたいって言うのをどうしたらいいのか相談したいんですよ!」
驚くリーブスにステファンは心底どうしたらいいのかわからない事を伝えたが、リーブスもまったく役に立ちそうがない。
口を開けて固まって。そのままだ。
「マリリンを傷付けたくないんですよ。それは本当に。でも結婚は……マリリンのことは大好きだけど、いきなり結婚は……」
それでも助け欲しいと訴えると、リーブスがやっと口を閉じ。そして開いた。
「奥様に相談しよう」
*****
「マリリンを呼んできて」
リーブスと一緒にジュリエットの元へ行ったステファンが事の次第を話すと、ジュリエットは一言発して目の前に立つふたりを黙らせた。
リーブスがマリリンを呼びに行ってもジュリエットはステファンに何も聞かず、いつものことだが無表情のままだった。
臨月の腹が大きく出っ張り、カウチにくつろぐジュリエットを煩わせることがステファンは心底申し訳ないと思った。が、万が一にもジュリエットに結婚を認められたらどうしようと頭の中はグルグルと回っていた。
そこにリズミカルな足音が聞こえて振り向くと、オデルとマリリンの姿が見え、その後ろにリーブスがいた。
身重のジュリエットを煩わせていることをオデルが怒るだろうか? と一瞬思ったが、オデルはそんなことはしない。
無表情で不愛想だが、理不尽に怒ったりはしないのだ。
もちろん、ジュリエットの心配はしているはずだが。
マリリンが目の前に立つと、ジュリエットはじっとニコニコしているマリリンの顔を見てから。
「結婚はまだ早いわ」
と言った。
「だめですか?」
「お前が必要なの」
「奥様ー! わかりました!」
あれ? 解決した?
「ステファンさん、ごめんなさい。お嫁に行くのはまだ出来ません」
「あ、あぁ。そうだね。そうだよね。旦那様たちのお子様が、優先だよ……」
あれれ? フラれたのかな?
マリリンは大きく頷いてから軽快な足取りで部屋を出て行った。
ジュリエットと隣に座ったオデルを見ても、ふたりは変わらない無表情なのでなにを思い考えているのかはわからない。
リーブスを見ると……。
あぁ……。絶対に使用人食堂でネタにするって顔してる……。
ステファンはがっくりと肩を落としてオデルとジュリエットに礼をすると背を向けた。
しかし、ここでジュリエットに呼び止められる。
「ステファン」
「はい……奥様」
「あと三年待ってあげてね」
「え? あ、その……。いや、僕とマリリンは……」
「あなたなら、安心です」
ステファンはジュリエットの言葉にもうなにも返すことは出来なかった。
礼をして部屋を出ると、待ち構えていたリーブスがにっこりと揶揄うような笑みを浮かべている。
ステファンは苦い顔をして見せたが、ジュリエットの言葉を頭の中で考えた。
三年。三年経てばマリリンは十八歳。
どんな風に成長するだろうか? きっとかわいらしい女の子であることは変わらないだろう。
もしかしたらそのときには今と違う関係になる、かもしれない。
そう思うと少し楽しみになってくるのは、悪いことじゃない。
ま、そんな先のことより。これから向かう使用人食堂でからかわれるだろうことが、まず対処しなくてはならないことだ。
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