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しおりを挟むシャロンに連れられコーデリアの自室へ案内される。
ガブリエルは心を構えた。
直接もう必要ないと告げられても動揺しないように。
「ここがコーデリアの部屋よ。中で待っているわ。コーデリア逢って、気持ちを確かめて」
シャロンはガブリエルの背中を擦ってから部屋をノックして去った。
「はい」
ドアの奥から返事が聞こえ、ガブリエルは深呼吸をひとつしてノブに手を掛けた。
中に入ると広いスペースに円卓と椅子が置かれてあり、その奥にソファーセット。更に奥に執務用のデスクがありコーデリアはそこに立っていた。
戴冠式のマントを外したドレス姿で、結い上げられた髪もそのままだ。
ガブリエルは戴冠式の時のように再び息を呑んだ。
もうこの美しい女性がコーデリアだとはわかっている。間違いなくコーデリアだ。
しかしそれでも疑いたくなる。
ガブリエルの知っているコーデリアではないのだ。
「ガブリエル」
名前を呼ばれ、胸が詰まった。
知っている声。何度も呼ばれたことのある呼び方。
同じはずなのに、なぜこんなに鼓動が早くなり苦しいのか。
「見ていてくれた? わたし、ちゃんと出来ていた?」
コーデリアの声は明るく、無邪気だった。
「戴冠式が滞りなく終えられましたことを心からお祝い申し上げたく存じます。素晴らしい式でございました。本当にご立派になられたのだと嬉しく、感動致しました」
ガブリエルは女王に対する礼でコーデリアに答えた。
しかしそれがコーデリアの顔を曇らせた。
「なんでそんな言い方するの? 普通にして。前みたいにして。『お前』って、呼んでよ……」
言ってから机に置かれていた先ほど受け継いだ王冠を持ち上げた。
「見て、王冠だよ。ほら、似合う?」
頭に乗せて見せ、コーデリアは必死で無邪気を装った。
ガブリエルに以前のような笑顔を見せて欲しかった。ガブリエルに女王扱いをされたくなかった。
やっと逢えて、これが終わったらまたいつかわからない。また逢える時までコーデリアは堪えなくてはならなのだ。
せめてこの時間をどんな形でも愛されていることを実感して終わりたい。
ガブリエルの笑顔を見て、暖かさを感じて別れたい。
馬鹿みたいだとはわかっているが、ふざけて見せてガブリエルとの距離を縮めたかった。
ガブリエルは戸惑っていた。
無邪気に見せようとするコーデリアに答えて昔のようにしていいのか。
地位が違う。もうすでにガブリエルとコーデリアの関係は変わってしまっている。
「お願い。そんな顔しないで。似合うって言って。褒めてくれる約束でしょ? ガブリエルの言葉で、ちゃんと褒めて……」
ふざけて見せてもガブリエルが戸惑うような顔をして笑顔を見せてくれないことに悲しくなった。
名前を呼んで、『お前』と言って。
コーデリアを愛するガブリエルを見せて欲しい。
切なげに眉を顰めたコーデリアを見て、ガブリエルは決めた。
コーデリアにそんな顔をさせるために来たのではないのだ。
コーデリアの望むようにしてやろう。間違っているとしても、コーデリアを悲しませることの方が罪だ。
「ああ、約束を果たしに来た。お前がどれほど頑張ったのかがわかった。本当に立派になった。お前の姿を誇らしく思った」
微笑み、精一杯で褒めてやると、コーデリアに笑顔が戻った。
「よかった。ガブリエルに褒めてもらうためだけに頑張ったんだから」
「そうか」
「そうだよ」
コーデリアは胸がいっぱいだった。
机に腰を寄り掛からせ立っていたが、本当は足を動かさないよう必死に努力していた。
ずっとガブリエルだけのために努力し、ガブリエルに逢えるのを夢見ていたのだ。少しでも油断すれば胸に飛び込んでしまいそうだった。
互いに続く言葉が出て来ず、沈黙がふたりの間に落ちる。
ガブリエルは必死に言葉を探した。
「これからも、お前が賢い女王となっていくのを見守っている」
コーデリアはガブリエルの言葉にもう時間は終わりなのかと、三年間夢見ていた対面はこれで終わってしまうのかと怯えた。
まだ少し。もう少しでいい。
ガブリエルといたい。ガブリエルに見つめられたい。ガブリエルを見つめていたい。
「次は……いつ、逢えるかな……?」
次の約束をして、またそこまで頑張り続けるよすがが欲しい。
「お前が望んでくれるのなら、いつでも来る」
ガブリエルにコーデリアの瞳が潤み始めているのが見えた。
苦しいのだと訴えかけられているような切なさがガブリエルの胸を突き刺す。
コーデリアに必要とされていないと思ったのは間違いだったと気が付いた。
コーデリアは今でもガブリエルを愛している。でなければこんなに涙に堪えたりはしないだろうと。
少女が大人になり、様々な人たちのなかで成長してもなおガブリエルが全てだと訴えられていることを感じ、堪らなくなった。
締め付けられた胸の痛みはあの頃と違っていると感じる。
愛する娘に求められた時に感じたものではない、愛する女性に求められている喜びが確実にガブリエルのなかに存在している。
「望んでくれるかコーデリア、オレにまた逢いたいと」
堪えきれなくなったコーデリアの瞳からは、はらはらと涙が零れてしまっている。
「うん。望む。逢いたいって望むから。その時は逢いにき……」
とうとう言葉を発するのも難しくなるほどにこみ上げた想いがコーデリアの呼吸まで苦しくさせた。
望むだけなら毎日だって望んでいる。ガブリエルを想わない日はないのだから。
ガブリエルはコーデリアの側まで近寄り、頬に触れ涙を受け止めた。
ガブリエルに頬を触れられ、もう限界だった。
溢れ出した想いが止め処ない。
またガブリエルを困らせる。これを言ったらもう次すらなくなってしまうかもしれなかったが、三年間膨らみ続けた想いが弾けて溢れた。
仕方のないことだ。コーデリアが世界で一番愛する男が目の前にいて、頬に触れられているのだ。
屋敷を出た最後の日にもう二度と言わないと言った約束をコーデリアは破った。
「ごめんなさい……、わたしは、しつこい……。ガブリエルがだい、すきなのを、やめられていない……。もう言わないって言った、のに。ごめんなさい……」
ガブリエルは俯くコーデリアの顔を頬に当てた手で上げさせた。
グレーの瞳が切なくガブリエルを見つめ返す。
途端に反射のような衝動でコーデリアがガブリエルの胸に飛び込んで来た。
「ガブリエル……わたしはまだ娘なの? あなたを愛するただの女には見えないの……?」
ガブリエルはしがみつくコーデリアを優しく抱き留め、背中を擦った。
コーデリアの切実な想いがガブリエルの中にしみ込んでくる。
「お前はただの女ではない。女王だ」
「あなたの前ではただの女だよ。あなたがいなければ、わたしは……」
「お前に『あなた』と呼ばれると堪らなくなる。俺の愛した小さなコーデリアはもういないのだな」
「いない。ここにいるのはあなたを愛する女だよ。お願いよガブリエル、わたしを受け止めて……」
息も絶え絶えにガブリエルに自分の願いを伝えた。
コーデリアはこれ以上はないくらいの切実さでガブリエルを求めた。
ガブリエルは全身を包む甘い苦しみに、コーデリアの身体を離した。
「お前に俺は必要なんだな? オレが欲しいか?」
「欲しい。ガブリエルが欲しい」
「それならコーデリア、おれに求婚してくれ」
ガブリエルが心を決めた。
コーデリアが、この目の前にいる愛しい女性が求めるすべてを捧げようと。
ガブリエルがコーデリアの前に跪いた。
コーデリアは息を呑み目の前の光景が現実なのかと疑いそうになったが、夢でもかまわなかった。ガブリエルを受け取れるなら。
「ガブリエル、わたしと結婚して。支えて。導いて。わたしにあなたのすべてをください」
ガブリエルの頭に言葉を落とすと、ガブリエルは愛しさを映し出す瞳でコーデリアを見上げた。
「女王陛下の仰せのままに。わたしを捧げます」
コーデリアは立っていられず、膝が崩れ床に座り込んだ。
落ちて来たコーデリアをガブリエルが手を伸ばして支えると、コーデリアが力の入らない腕を伸ばしガブリエルに抱き寄せられるまま身体をあずけた。
「オレはお前のものだコーデリア」
「ガブリエル、わたしの天使」
コーデリアはもし明日、母のように目が覚めなくても構わないとさえ思った。
ガブリエルが受け容れてくれた、コーデリアのものだと言ってくれた。
夢に見ることも出来なかった夢のような現実が起きている。
苦い痛みが甘い喜びに変わり、眩暈がするほど幸せを全身に受けている。
ガブリエルはコーデリアを抱きしめながら思った。
とっくにこの娘に囚われていたのだと。とっくにこの娘がガブリエルの運命も決めていたのだと。
こんなにも胸を甘く締め付ける喜びは初めての経験だった。
コーデリアでなければ、これを経験出来なかったのだと。
コーデリアの涙を拭うと、本当に幸せだというグレーの瞳がガブリエルに向けられる。
ガブリエルはその瞳を見続けていたかったが無理だった。
無意識のうちその瞳を閉じさせてしまったからだ。
ガブリエルの鼻がコーデリアの鼻を擦ったのでコーデリアは瞼を閉じた。
甘いくちづけがコーデリアを溶かして愛を伝えてきたからだ。
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