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最後にガブリエルに抱きしめられて、コーデリアは部屋を出てから階段で泣いた。
コーデリアは心を決めて来た。ガブリエルの答えは想像通りだったし、決めた通りのことをきちんと言えた。
それでもやっぱりガブリエルにとって自分は娘でしかない事を確認して切なくなってしまった。
ガブリエルは約束したから部屋にいてくれるはずだ。
コーデリアは誰もいない階段で声を殺して泣いた。この屋敷での最後の涙だ。
こんなに苦しいのにどうしてガブリエルを以前のように思えないのだろうか。どうして男性として愛してしまったのだろうか。
自分でどうにか出来ないのが恋なのかもしれないが、ガブリエルをこんな風に愛さなかったらよかったのにと思ってしまう。
そうしたらこんなに苦しくなかった。
しかしガブリエルを愛さなかったら王女として宮廷に行こうと決められなかったのではないかとも思う。
コーデリアは自分がなりたくて行くわけではない。
ガブリエルのために行くと決めた。
ガブリエルのいるこの国を守る。ガブリエルがその為にコーデリアを育てたことを無駄にしないために行く。
ガブリエルが出会わせてくれたコーデリアの愛するひとたちのために行くと決めた。
母がそう願ったかを今となってはわからないコーデリアには、他に行く理由が見つからなかったからだ。
ひとしきり泣いて、顔を擦ってコーデリアは笑顔を作った。
リビングに行くとダイアナとシャロンが待っていた。
ダイアナにはシャロンからコーデリアが決めたと話を聞いていたのだろう。立ち上がってコーデリアの手を握った。
「コーデリア、よく決めてくれたわ」
「はい。行きます。よろしくお願いします」
ダイアナに自らも返事をして、みんなに挨拶してくると使用人の食堂に向かった。
モーガンに抱きつくと、同じ力で抱き返してくれた。彼もコーデリアを娘のように育ててくれたひとだ。
「もうたべものくださいって言えないのが寂しい」
「わたしも寂しいです」
他の使用人たちも泣きながらコーデリアと抱き合い別れを惜しんだ。
「もうりんごはいらなくなってしまいます」
「わたしの代わりにエミリーが食べて。でもりんごは一日一個しか食べたらだめなんだよ?」
全員に別れを告げ、コーデリアは四年間を過ごし小動物から人間に成長したこの愛しい屋敷を後にした。
もう二度と来ることは出来ないと思いながら、馬車の中でシャロンの胸を借りてまた泣いてしまった。
*****
ダイアナに連れられてシャロンと初めての王都ワイエスに着いても、コーデリアの心はひとつもときめかなかった。
初めて見る街にもなにも感じなかった。
世界で一番素晴らしい場所はジーリにあるアディンセル侯爵領のガブリエルの屋敷だ。
そこよりも素晴らしいところなどコーデリアには存在しない。
宮廷の豪華な装飾も、自室だと言われた広く煌びやかな部屋もひとつも落ち着かない。
コーデリアの落ち着ける場所はガブリエルと過ごしたあの屋敷だけだ。
シャロンはコーデリアが取り繕った笑顔でいることに切なくなったが、必死にそうしているコーデリアの努力を無駄にしないように黙っていた。
シャロンの部屋も用意されていたが、コーデリアをひとりにはしておけず暫くの間コーデリアと共に眠った。
「シャロンと眠ると安心する」
「大丈夫よ。側にいるわ」
コーデリアの安らぎはシャロンと、ラリサからガブリエルに託されたと渡されたロザリオだけだった。
ラビーも双眼鏡もパールも。ガブリエルから貰った物はすべて持って来ているが、ロザリオは常に身に着けていられる。
肌身離さず胸に下げて、ガブリエルを感じていた。
余計なことを考えないように勉強に集中した。
難しいことばかりなうえに理不尽も多かった。
自分のために生きることよりも、国のために生きる教育なので仕方がない。
母もこんな風に学び思っていたのかと思った。
父はこんな風に生きたひとだったのかとわかった。
ガブリエルはコーデリアにこうして生きて欲しいと願ったのだと、堪えた。
宮廷の庭を散歩出来るようになり、着飾った大人がコーデリアの前では膝を折る。年上のひとたちがコーデリアを『王女様』と呼び、最上級の礼を尽くす。
マイルスとダイアナ、シャロン以外はコーデリアを普通の女の子のようには扱わない。これが地位でこれが権力なのだと肌で知る。
ダイアナに連れられて行った茶会ではコーデリアは何もしなくても絶賛される。
こんなことの為に母と自分は地獄に落とされたのかと思うと、夜中に悲しくなって泣いてしまうことも何度もあった。
その度に窓の外にある暗闇に広がる空を見た。
ここに来てから外でブランケットを広げてゆっくり空を眺めることも出来ていない。
空はガブリエルの屋敷に繋がっている。この空を飛んでガブリエルの屋敷に戻りたいと何とも思った。
屋敷に戻ってガブリエルの胸に飛び込んで抱きしめられたい。腕に縋って眠りたい。
ガブリエルの笑顔が見たい。ガブリエルの怒った顔でもいい。
「逢いたいよー……」
ガブリエルのロザリオを握りしめて暗闇の空につぶやいても返事は返ってこない。
ガブリエルに恋をしなかったら、もしかしたらここにいてくれたかもしれない。
今だって逢いに来て欲しいと言えば、逢いに来てくれるだろうと思う。
でもそうしたら絶対にまた苦しくなる。また欲しくなる。
どうしてコーデリアの欲しい形で愛してくれないのかと、ガブリエルを苦しめる。
ガブリエルを苦しめるのはいやだから……。
コーデリアはひたすら空を見て堪えた。
ガブリエルが誇れる自分にならなくてはいけない。
ガブリエルを愛しているから、出来るのはそれだけだ。
*****
不平も不満を言わず、ひたすらダイアナに従って勉強し毎日を過ごした。
半年が過ぎ、一年が過ぎ。もうすぐ十九歳に成ろうとしていた頃、コーデリアが倒れた。
この一年間貯め続けた疲労がコーデリアの身体を限界にしたのだ。
「コーデリア、大丈夫?」
シャロンが心配して付きっきりで看病した。
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ」
「ガブリエルに、連絡しようか? 無理することはないのよ」
「ううん。ガブリエルには絶対に知らせないでね。心配かけたくないから……」
「こんな時にそんなこと気にしなくていいのよ」
「本当にいいんだもん……」
コーデリアは布団のなかでガブリエルのロザリオを握った。
シャロンはコーデリアが哀れで仕方なくなった。
ガブリエルに逢いたいに決まっている。そこまで堪えなくていいと言ってあげたい。
それでも言えないのはコーデリアの気持ちがわかっているからだ。
逢う方が切ない気持ちが痛いほどわかる。
自分も、愛しているひとに逢いたくても逢わない辛さを経験で知っているからだ。
ガブリエルがコーデリアを女性として愛せたら。あれほどコーデリアを大事に思い、コーデリアを深く愛している人はいないのに。
コーデリアの願いを聞き入れシャロンはガブリエルにこの事を手紙で報告しなかった。
更に。シャロンは賭けのようにガブリエルへの手紙を書くのをやめた。
ラリサにも、書かないで欲しいと伝えた。
これがいい方法なのかはわからなかった。しかしやってみようと決めた。
ガブリエルがコーデリアを忘れるようなことがあるとは思わない。知らせが来なければガブリエルならコーデリアを心配し、コーデリアを想い続けるだろう。コーデリアが気になって仕方なくなるはずだ。
コーデリアと離れている今こそがチャンスなのかもしれないと思ったのだ。
女性のこの年頃の三年は変わる。逢わない間にコーデリアは確実に変わる。
大人の女性になったガブリエルの知らないコーデリアに出会うその時まで、コーデリアへの想いが募るようにしたかったのだ。
娘でなくなったコーデリアを見る時こそ、コーデリアにとっても最初で最後のチャンスだ。
もう子供ではない事を、見て知り意識させることが出来るチャンス。
可能性はあるだろうか?難しいかもしれないということはシャロンにもわかっている。
しかしひとつだけ確実なことはある。ガブリエルはシャロンも含め女性を本気で愛したことはない。
愛しているのはコーデリアだけだ。コーデリアはガブリエルにとって特別なのだ。
その特別が恋にかわることは、コーデリアの気持ちに答えることは出来ないだろうか。
シャロンはガブリエルのその特別な想いに賭けた。
そしてコーデリアの想いを信じた。
コーデリアが運命に翻弄されてきたのなら、運命はいつかコーデリアを報いるはずだ。
コーデリアの想いが運命を動かしガブリエルの心を動かすことに賭ける。
手紙を書いて成長過程を知らせたりしない。どれほど成長したかを知るのは、本当に子供じゃなくなったと知るのは、戴冠式で逢った時だ。
コーデリアを今まで以上に大人の女性に替えて見せる。ガブリエルが息を呑むほどに。
確証がひとつもなくても、シャロンに出来ることはこれしかなかった。
コーデリアは一週間を寝込んでやっと起き上がれるようになった。
ダイアナもマイルスもコーデリアを心配して何度も見舞いに来た。
「シャロン、ガブリエルには今回のことは知らせたの?」
「いいえ、コーデリアが知らせないで欲しいと言うので」
「そう。コーデリアを支えられるガブリエルが必要なのに」
「ガブリエルはコーデリアを遠くからでも支えていますよ。ガブリエルのロザリオがコーデリアのお守りになっています」
「ガブリエルがコーデリアを受け入れられたら、コーデリアもこの国も安泰なのに」
「女王配のことを言っています?」
「そうよ。でも娘のように思っているから無理だと言われたわ」
ダイアナはため息をついてガブリエルの愚痴をこぼした。
シャロンは安堵した。ダイアナがそう思っているなら、もう邪魔なのはガブリエルのコーデリアに対する親心だけだ。
コーデリアは自分が変わっていくのがわかっていた。
十九歳に成れば当たり前のことだが、胸は膨らみ、ドレスも昔とは違う大人のものになっている。
化粧もシャロンがしてくれるし、仕草もシャロンのおかげで女らしくなってきていると思う。
しかしそれが不安だった。
ガブリエルの知らない自分になることが不安だった。
それをシャロンに言うと。
「女は変わるものだもの。それでいいのよ」
返ってきた答えは不安を消すものではなかった。
知識が増え、宮殿の貴族たちから挨拶を受けても抵抗がなくなった。
マイルスから即位の日を決められ、女王になることも決定してしまった。
あと一年で即位する。そうしたらガブリエルに逢える。
逢ったからと言ってどうにもならないし、きっとその時だけでまた逢えなくなってしまうのはわかっていた。
しかしガブリエルに逢えるその日だけを夢見るしかコーデリアにはない。
即位したいわけではないのだ。
でもその日にガブリエルに逢えるということがなければなにも出来ない。その日にだけガブリエルに逢えることをよすがに必死で今を堪えているのだ。
それが終わったら、また次にガブリエルに逢えることを夢見てがんばる。
それを繰り返すことで生きて行くしかコーデリアには出来ない。
コーデリアはガブリエルのためにだけしか生きられないのだ。
コーデリアは心を決めて来た。ガブリエルの答えは想像通りだったし、決めた通りのことをきちんと言えた。
それでもやっぱりガブリエルにとって自分は娘でしかない事を確認して切なくなってしまった。
ガブリエルは約束したから部屋にいてくれるはずだ。
コーデリアは誰もいない階段で声を殺して泣いた。この屋敷での最後の涙だ。
こんなに苦しいのにどうしてガブリエルを以前のように思えないのだろうか。どうして男性として愛してしまったのだろうか。
自分でどうにか出来ないのが恋なのかもしれないが、ガブリエルをこんな風に愛さなかったらよかったのにと思ってしまう。
そうしたらこんなに苦しくなかった。
しかしガブリエルを愛さなかったら王女として宮廷に行こうと決められなかったのではないかとも思う。
コーデリアは自分がなりたくて行くわけではない。
ガブリエルのために行くと決めた。
ガブリエルのいるこの国を守る。ガブリエルがその為にコーデリアを育てたことを無駄にしないために行く。
ガブリエルが出会わせてくれたコーデリアの愛するひとたちのために行くと決めた。
母がそう願ったかを今となってはわからないコーデリアには、他に行く理由が見つからなかったからだ。
ひとしきり泣いて、顔を擦ってコーデリアは笑顔を作った。
リビングに行くとダイアナとシャロンが待っていた。
ダイアナにはシャロンからコーデリアが決めたと話を聞いていたのだろう。立ち上がってコーデリアの手を握った。
「コーデリア、よく決めてくれたわ」
「はい。行きます。よろしくお願いします」
ダイアナに自らも返事をして、みんなに挨拶してくると使用人の食堂に向かった。
モーガンに抱きつくと、同じ力で抱き返してくれた。彼もコーデリアを娘のように育ててくれたひとだ。
「もうたべものくださいって言えないのが寂しい」
「わたしも寂しいです」
他の使用人たちも泣きながらコーデリアと抱き合い別れを惜しんだ。
「もうりんごはいらなくなってしまいます」
「わたしの代わりにエミリーが食べて。でもりんごは一日一個しか食べたらだめなんだよ?」
全員に別れを告げ、コーデリアは四年間を過ごし小動物から人間に成長したこの愛しい屋敷を後にした。
もう二度と来ることは出来ないと思いながら、馬車の中でシャロンの胸を借りてまた泣いてしまった。
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ダイアナに連れられてシャロンと初めての王都ワイエスに着いても、コーデリアの心はひとつもときめかなかった。
初めて見る街にもなにも感じなかった。
世界で一番素晴らしい場所はジーリにあるアディンセル侯爵領のガブリエルの屋敷だ。
そこよりも素晴らしいところなどコーデリアには存在しない。
宮廷の豪華な装飾も、自室だと言われた広く煌びやかな部屋もひとつも落ち着かない。
コーデリアの落ち着ける場所はガブリエルと過ごしたあの屋敷だけだ。
シャロンはコーデリアが取り繕った笑顔でいることに切なくなったが、必死にそうしているコーデリアの努力を無駄にしないように黙っていた。
シャロンの部屋も用意されていたが、コーデリアをひとりにはしておけず暫くの間コーデリアと共に眠った。
「シャロンと眠ると安心する」
「大丈夫よ。側にいるわ」
コーデリアの安らぎはシャロンと、ラリサからガブリエルに託されたと渡されたロザリオだけだった。
ラビーも双眼鏡もパールも。ガブリエルから貰った物はすべて持って来ているが、ロザリオは常に身に着けていられる。
肌身離さず胸に下げて、ガブリエルを感じていた。
余計なことを考えないように勉強に集中した。
難しいことばかりなうえに理不尽も多かった。
自分のために生きることよりも、国のために生きる教育なので仕方がない。
母もこんな風に学び思っていたのかと思った。
父はこんな風に生きたひとだったのかとわかった。
ガブリエルはコーデリアにこうして生きて欲しいと願ったのだと、堪えた。
宮廷の庭を散歩出来るようになり、着飾った大人がコーデリアの前では膝を折る。年上のひとたちがコーデリアを『王女様』と呼び、最上級の礼を尽くす。
マイルスとダイアナ、シャロン以外はコーデリアを普通の女の子のようには扱わない。これが地位でこれが権力なのだと肌で知る。
ダイアナに連れられて行った茶会ではコーデリアは何もしなくても絶賛される。
こんなことの為に母と自分は地獄に落とされたのかと思うと、夜中に悲しくなって泣いてしまうことも何度もあった。
その度に窓の外にある暗闇に広がる空を見た。
ここに来てから外でブランケットを広げてゆっくり空を眺めることも出来ていない。
空はガブリエルの屋敷に繋がっている。この空を飛んでガブリエルの屋敷に戻りたいと何とも思った。
屋敷に戻ってガブリエルの胸に飛び込んで抱きしめられたい。腕に縋って眠りたい。
ガブリエルの笑顔が見たい。ガブリエルの怒った顔でもいい。
「逢いたいよー……」
ガブリエルのロザリオを握りしめて暗闇の空につぶやいても返事は返ってこない。
ガブリエルに恋をしなかったら、もしかしたらここにいてくれたかもしれない。
今だって逢いに来て欲しいと言えば、逢いに来てくれるだろうと思う。
でもそうしたら絶対にまた苦しくなる。また欲しくなる。
どうしてコーデリアの欲しい形で愛してくれないのかと、ガブリエルを苦しめる。
ガブリエルを苦しめるのはいやだから……。
コーデリアはひたすら空を見て堪えた。
ガブリエルが誇れる自分にならなくてはいけない。
ガブリエルを愛しているから、出来るのはそれだけだ。
*****
不平も不満を言わず、ひたすらダイアナに従って勉強し毎日を過ごした。
半年が過ぎ、一年が過ぎ。もうすぐ十九歳に成ろうとしていた頃、コーデリアが倒れた。
この一年間貯め続けた疲労がコーデリアの身体を限界にしたのだ。
「コーデリア、大丈夫?」
シャロンが心配して付きっきりで看病した。
「大丈夫だよ。ちょっと疲れただけ」
「ガブリエルに、連絡しようか? 無理することはないのよ」
「ううん。ガブリエルには絶対に知らせないでね。心配かけたくないから……」
「こんな時にそんなこと気にしなくていいのよ」
「本当にいいんだもん……」
コーデリアは布団のなかでガブリエルのロザリオを握った。
シャロンはコーデリアが哀れで仕方なくなった。
ガブリエルに逢いたいに決まっている。そこまで堪えなくていいと言ってあげたい。
それでも言えないのはコーデリアの気持ちがわかっているからだ。
逢う方が切ない気持ちが痛いほどわかる。
自分も、愛しているひとに逢いたくても逢わない辛さを経験で知っているからだ。
ガブリエルがコーデリアを女性として愛せたら。あれほどコーデリアを大事に思い、コーデリアを深く愛している人はいないのに。
コーデリアの願いを聞き入れシャロンはガブリエルにこの事を手紙で報告しなかった。
更に。シャロンは賭けのようにガブリエルへの手紙を書くのをやめた。
ラリサにも、書かないで欲しいと伝えた。
これがいい方法なのかはわからなかった。しかしやってみようと決めた。
ガブリエルがコーデリアを忘れるようなことがあるとは思わない。知らせが来なければガブリエルならコーデリアを心配し、コーデリアを想い続けるだろう。コーデリアが気になって仕方なくなるはずだ。
コーデリアと離れている今こそがチャンスなのかもしれないと思ったのだ。
女性のこの年頃の三年は変わる。逢わない間にコーデリアは確実に変わる。
大人の女性になったガブリエルの知らないコーデリアに出会うその時まで、コーデリアへの想いが募るようにしたかったのだ。
娘でなくなったコーデリアを見る時こそ、コーデリアにとっても最初で最後のチャンスだ。
もう子供ではない事を、見て知り意識させることが出来るチャンス。
可能性はあるだろうか?難しいかもしれないということはシャロンにもわかっている。
しかしひとつだけ確実なことはある。ガブリエルはシャロンも含め女性を本気で愛したことはない。
愛しているのはコーデリアだけだ。コーデリアはガブリエルにとって特別なのだ。
その特別が恋にかわることは、コーデリアの気持ちに答えることは出来ないだろうか。
シャロンはガブリエルのその特別な想いに賭けた。
そしてコーデリアの想いを信じた。
コーデリアが運命に翻弄されてきたのなら、運命はいつかコーデリアを報いるはずだ。
コーデリアの想いが運命を動かしガブリエルの心を動かすことに賭ける。
手紙を書いて成長過程を知らせたりしない。どれほど成長したかを知るのは、本当に子供じゃなくなったと知るのは、戴冠式で逢った時だ。
コーデリアを今まで以上に大人の女性に替えて見せる。ガブリエルが息を呑むほどに。
確証がひとつもなくても、シャロンに出来ることはこれしかなかった。
コーデリアは一週間を寝込んでやっと起き上がれるようになった。
ダイアナもマイルスもコーデリアを心配して何度も見舞いに来た。
「シャロン、ガブリエルには今回のことは知らせたの?」
「いいえ、コーデリアが知らせないで欲しいと言うので」
「そう。コーデリアを支えられるガブリエルが必要なのに」
「ガブリエルはコーデリアを遠くからでも支えていますよ。ガブリエルのロザリオがコーデリアのお守りになっています」
「ガブリエルがコーデリアを受け入れられたら、コーデリアもこの国も安泰なのに」
「女王配のことを言っています?」
「そうよ。でも娘のように思っているから無理だと言われたわ」
ダイアナはため息をついてガブリエルの愚痴をこぼした。
シャロンは安堵した。ダイアナがそう思っているなら、もう邪魔なのはガブリエルのコーデリアに対する親心だけだ。
コーデリアは自分が変わっていくのがわかっていた。
十九歳に成れば当たり前のことだが、胸は膨らみ、ドレスも昔とは違う大人のものになっている。
化粧もシャロンがしてくれるし、仕草もシャロンのおかげで女らしくなってきていると思う。
しかしそれが不安だった。
ガブリエルの知らない自分になることが不安だった。
それをシャロンに言うと。
「女は変わるものだもの。それでいいのよ」
返ってきた答えは不安を消すものではなかった。
知識が増え、宮殿の貴族たちから挨拶を受けても抵抗がなくなった。
マイルスから即位の日を決められ、女王になることも決定してしまった。
あと一年で即位する。そうしたらガブリエルに逢える。
逢ったからと言ってどうにもならないし、きっとその時だけでまた逢えなくなってしまうのはわかっていた。
しかしガブリエルに逢えるその日だけを夢見るしかコーデリアにはない。
即位したいわけではないのだ。
でもその日にガブリエルに逢えるということがなければなにも出来ない。その日にだけガブリエルに逢えることをよすがに必死で今を堪えているのだ。
それが終わったら、また次にガブリエルに逢えることを夢見てがんばる。
それを繰り返すことで生きて行くしかコーデリアには出来ない。
コーデリアはガブリエルのためにだけしか生きられないのだ。
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