牢獄王女の恋

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 コーデリアとの関係が修復されないまま、時間だけが過ぎて行く。
 シャロンもコーデリアの変化には口を閉ざしガブリエルに何も言わない。
 少し前のように抱きついてきたりもしないし、ベッドに忍び込んでくる事もなくなった。
 ガブリエルはコーデリアに訪れている思春期なのかとも思った。
 それならば成長を喜ばねばならないが、少し寂しさを感じるのは父親の感慨だろうか。
 コーデリアの疑問に何も答えられなかったことを引きずっているのかもしれないが、コーデリアならガブリエルのことを信じてくれているとも、信じている。
 教育も順調に進んでいる。最近は特に熱心に講義を受けているとも聞く。
 今習っていることはコーデリアの根幹となっていくものだ。
 王女として。そして女王になった時のために必要な教養だ。
 ここを間違えたり理解出来なくなったりしてしまうと、コーデリアが立場を受け入れられなくなってしまう可能性がある。
 自分も教えを受けた信頼できる人物であるジュリアンに家庭教師を頼んだ。
 コーデリアの生い立ちや出生のことは一切話していないが、ジュリアンなら望む通りの教育をしてくれると信じて託している。
 気まずい空気はあるが、よく勉強し同じ毎日が過ぎている中でガブリエルにマイルスから手紙が届いた。
 読んですぐガブリエルはモーガンにシャロンを呼ぶよう頼み、従者のレイルに旅の支度をさせた。
 シャロンが到着するとモーガン、ラリサを前にして暫くワイエスの宮廷に行くことを告げた。

「少しかかるかもしれない。戻って来るまで頼む。客が来ても屋敷には絶対に入れるな。コーデリアも屋敷の外には出すな。庭に出るときは必ず誰かが一緒に居てくれ。それからジュリアン先生にも頼んでおいて欲しいのだが、新聞記事や時事の情報をコーデリアには見聞きさせないように」

 いつもならここまでは言わないガブリエルだったが、今回は誰もコーデリアと接触しないよう頼んだ。
 シャロンたちは驚いていたが、了解したと返事をした。
 ガブリエルは支度をしてコーデリアの部屋に向かった。

「コーデリア、少しいいか?」

 声を掛けるとドアが開かれ、予定を聞いていなかったガブリエルの支度を見て出かけるのだということだけはすぐにわかった。

「暫く留守にする。ワイエスに行ってくる」
「暫くって、どれくらい?」
「二~三週間。もっと長くなるかもしれん。その間お前はきちんと勉強をしてシャロンやモーガンの言うことを聞かなくてはいけない」

 ガブリエルが子供に話すように言うので、コーデリアの顔が曇る。
 ガブリエルはそれを見て眉を下げた。

「お前のことはちゃんと信頼している。子供扱いしているわけではないが、オレが戻るまでひとりで外出してはいけない。子供じゃないのだから守れるな?」

 子供じゃないと言いながら完全に子供扱いしている。もちろん理由も説明はしない。
 説明出来るはずがない。コーデリアには知られてはならないことが今ワイエスで起こっている。この国で起こっているのだ。

「なんで外出してはいけないの?」
「お前を心配しているからでは駄目か?」

 ガブリエルがコーデリアの頭を撫でた。
 コーデリアは俯いてしまう。
 最近はずっとこうだ。
 ガブリエルが撫でると目を輝かせて見上げてきたコーデリアはもう見られないかもしれないとガブリエルは思った。
 コーデリアの頭からそっと手を放し、俯いた顔を覗き込むようにガブリエルは身体を屈めた。
 コーデリアは口をギュッと結んで、瞳は揺れている。

「そんな顔をするな。お前にそんな顔をされてはオレはどうしていいかわからない」

 ガブリエルの下がった眉と作った笑みに、コーデリアも切ない笑みを作って顔を上げた。

「ちゃんと言うことをききます。ガブリエルに心配かけないように」

 ガブリエルはもう一度頭を撫でてやりたかったがそれを堪えた。
 かわいいコーデリアがまた俯いてしまわないように。

「では行ってくる」
「行ってらっしゃい。気を付けて」




 *****




 アディンセル侯爵領地のあるジーリから王都ワイエスまで三日かかる道程を二日で到着したガブリエルは、真っすぐに宮廷に住むマイルスのところへ行った。

「叔父上、どうなっていますか?」
「とんでもないことになったぞ。高位貴族を招集した。コーデリアの存在を明らかにする時が来た」

 手紙では簡潔過ぎて詳しい現状がわかっていないガブリエルはマイルスの話に全身の肌が泡立つような感覚を覚えた。

 マイルスの話はこうだ。
 コースリーと繋がって軍事情報を流している謀反人の調査の段階で秘密裏に捕まえた二人の男のうち一人と取引をした。
 関わっているとわかっている者の名前を白状すれば死刑だけは免れるよう計らってやる。家族の追放もしない。証拠を見つけ出すことが出来れば、更なる恩赦もあり得るだろうと。
 その男は自分の上司でありこの策略に巻き込んだ本人である国境警備隊の小隊長の家を探りコースリーとのやり取りが記された手紙を入手しマイルスに渡した。
 その後正式に軍隊を派遣し小隊長の家宅捜査が行われ、その男からコースリーとだけではなく国軍司令の直属の部下であった男の関与が公になった。
 国軍司令の部下であれば機密情報は筒抜けだ。当然拷問にかけられ、男の家も捜査された。
 そこで出てきたのが前国王グレッグの側室イーリスのブローチだった。
 そのブローチはグレッグのご用達であった宝石商が作ったもので、裏にグレッグと宝石商の刻印がある。
 宝石商に確認を取りそれがイーリスの物だと判明してからすぐにその証拠を突きつけると、男はそれを売って金にしていいとイーリスから貰ったことを厳しい拷問で白状したのだ。
 すぐにイーリスを自室に軟禁し裁判への出廷を約束させたが、その情報を知ったイーリスの実家であるカモクト男爵の一家が行方不明となったのだ。
 イーリスの側近たちは親族で固められていたため、その者たちもすべて消えてしまった。
 急いでコースリー帝国との国境付近の警備を強化しカモクト男爵一家を指名手配したが、今現在に至っても男爵一家は見つかっていない。
 イーリスは家族親族に捨てられ絶望したのか。コースリーとの関係、遡ってコーデリアの母エロイーズを嵌めたことが明るみになればエロイーズと同じ投獄程度では済まされないことを悟ったのか。ガブリエルがジーリを出発した日、一昨日の夜に息子のハドリーを残して自害した。
 現在イーリス派だった貴族たちが息を潜めてハドリーを担ぐのかマイルス派閥へ寝返るのかを画策しているような状態だと言う。
 宮廷中がひっくり返っている状態でエロイーズの釈放の話まで出ているらしいが、それは時すでに遅しだ。

「五日後高位貴族が招集され貴族会議を開くことになった。そこでエロイーズ様のこととコーデリアの存在を明らかにする。今は安全な場所で保護してあると言い、十八歳になったら王女として宮廷へ迎え二十歳を目標に即位させるつもりだと宣言する。貴族会議で決定すれば議会も反対は出来ない。なによりコーデリアは正当な王位継承権一位、グレッグ王の娘だ。裁判ですべてが明るみに出てエロイーズ様の名誉も回復されるだろう。そうなれば首謀者であるイーリスの息子ハドリーを押すことは無理だろう」
「わたしのところに居ると明かすのは……」
「ガブリエルの名前は出さない。宮廷に入るまでは万全を期して隠すつもりだ」

 ガブリエルは安堵した。
 ガブリエルの家にいるとなればハドリーを王座に押すものから命を狙われる危険もあるし、権力を求めるものがコーデリアがまだ子供なのをいいことに自分を売り込みに来ないとも限らない。
 十八歳になり宮廷に入ったらコーデリアはマイルスが守るだろうが、自由がなくなるそれまでの後残り少ない時間はガブリエルのそばで安心して暮らさせてあげたい。

「しかし、イーリスが自害するとは」
「権力のためにエロイーズ様を嵌めたことはコースリーと繋がっていたこと以上に罪深い。投獄では許されないかもしれないと思ったのかもしれん。ギロチンの恐怖が堪えられなかったのだろう」

 マイルスはため息交じりだが同情してはいなかった。
 王妃を結果的に死に追いやり国を売ろうとしたのだ。
 コースリーに国を売り傀儡の王に息子を据えてどうするつもりだったのかは今となってはわからないが、悪事がばれそうになった瞬間に家族に捨てられたのを見るとイーリスも操られていたのかもしれない。
 正当な後継者でなければ立てない場所を奪おうとしたことから始まった悲劇だ。
 だからこそコーデリアが女王にならなくてはならない。
 正当な後継者が立ってこそ、この悲劇が終わる。
 誰にも変わることのできない正当な直系の血筋を持つコーデリアが在るべき王家の姿に戻すのだ。
 二度と下賤な野望を持つものが狙うことなど出来ないように。
 そうすることで国は揺るがず、国民も納得のもとで安心して暮らしていけるのだ。

「ハドリーはどうするつもりですか」
「廃嫡は当然だが、彼に罪があるわけではない。計画もどの程度知っていたかもわからない。ただ高位の爵位を持たせることは出来ない。困らない程度の資産を用意してやることが精いっぱいだ。あとは自分で身を立てなくてはならない」

 彼がひとりで身を立てるなど無理だ。イーリス派の誰かが後見人になってくれたらいいが、裁判次第ではそれも難しい。
 どれほどのことをしたのかが明るみになれば、彼を庇うことは自滅にもなりかねない。
 同情はするがコーデリアが送ってきた牢獄での日々を思えば、少なくとも自力で何とか出来る選択肢があるだけ温情だ。
 コーデリアは母親と共になんの罪もなく貶められ、自力で出来ることが一切なく生まれ育ったのだから。

「コーデリアはどうしている。順調か?」
「ああ、もう少しで十七になる、あと一年と少ししかないと思うとそろそろ話すタイミングを考えなくてはなりません」

 ガブリエルは手で顔を覆い擦った。
 コーデリアの知りたがっている自分の過去を知る時が来るのだ。これで疑問は解決される。
 その時コーデリアは苦しまなくてはならないのだろうと考えると、ガブリエルも苦しくなる。

「時々あの娘をこのまま我が家で自由にさせてやりたくなります。叔父上には信じられないでしょうが、わたしはコーデリアが本当にかわいくて、愛おしいんです」

 マイルスは驚かなかった。
 たびたび届くガブリエルからコーデリアの様子を知らせる手紙には、コーデリアへの愛情が溢れていたからだ。

「宮廷に入ってからもあの子を支えてやれ」
「もちろんそのつもりです。あの娘の伴侶になる男はわたしが見極めます」
「すっかり父親だなガブリエル」
「そうなってしまいました。あの娘の幸せを見届けるまでは、わたしは結婚も出来ませんよ」

 ガブリエルは笑いながら言ったが決して冗談ではなかった。
 愛するコーデリアの幸せを必ず見届けると決めている。
 これほどコーデリアを愛するとは思っていなかったガブリエルだったが、注いだ愛情ではまだ足りないと思うくらいだ。

「お前に本物の娘が出来たら、きっといい父親になれることが証明されたな」

 マイルスも笑って言ったが本気でそう思っていたし、想像以上にコーデリアを愛し育てたガブリエルに感謝していた。



 貴族会議ではあっけないほど簡単にマイルスの宣言が受け入れられた。
 もちろんコーデリアの存在に驚きはあったが、今更ハドリーを担ぐ気のあるものはひとりもいなかったからだ。
 ハドリーの処遇については長年グレッグ王に仕えてきたことで参加が許されていた貴族会議の末席に座るアーマンド子爵が後見人を申し出た。子爵はマイルス派でもあり信頼できる人物だ。
 母親は置いてもグレッグ王の血を引くハドリーを何の加護もなしに放り出すことは出来ないと、グレッグ王への忠誠として面倒を引き受けるため申し出たのだ。
 これでハドリーは少なくとも酷いことになはならいことが約束され、イーリス派だった者たちの罪悪感も救われた。

「で、現在王女はどこにいるのかは明かせないのですかワディンガム侯爵」
「それは出来かねる。王女の安全のためだ。摂政として彼女が即位するまでは国も彼女も必ずわたしが守らねばならない」
「まさか甥のアディンセル侯爵のところにいるとか……?」
「わたしが子供の面倒を見られるとお思いですか? 女性を呼べなくなるではないですか」

 ガブリエルが冗談めかして言うと、笑いが起こった。
 失礼な話ではあるが、ガブリエルが女性に好まれることは誰でも知っている。
 コーデリアを預かるどころか、以前からマイルスの仕事を隠密に手伝っていたことは誰も知らないことである。
 ガブリエルは眉を上げて微笑んで見せ、コーデリアを匿っていることを自然に疑わせなかった。

 数日間隠居した義母の屋敷に滞在し、再びマイルスのところで数日を過ごし裁判の行方を逐一報告してほしいと頼んでからガブリエルは帰路についた。
 五年でも間に合わないかもしれないと思っていた事態がもう整ってしまった。
 コーデリアの受け入れる準備もほぼ整ったと言える。
 ダイアナが一年かけてコーデリアの住まいを支度すると言い、ガブリエルはタイミングを計る準備に取り掛からなくてはならない。




 *****




 帰宅すると神妙な顔をしたシャロンに迎えられた。
 宮廷でのニュースはもうこの地方都市ジーリにも届いているようだ。

「お疲れ様、大変だったわね。関係者が三十人も投獄されたと記事で読んだわ」
「投獄されているのは今はまだその半分程度だ。カモクト男爵一家が逃亡して、イーリスは自害した」

 隠しても無駄なことだ。ガブリエルが話した事実も数日後には国中の知るところとなるだろう。

「ガブリエル、エロイーズ妃の娘が存在するっていう記事を読んだわ」

 シャロンの顔は真剣だ。コーデリアの真相を察している。

「そうか」

 ガブリエルは答えなかった。モーガンや使用人も、もしかしたら気が付いているだろうとは思ったが沈黙すると決めた。
 シャロンは何も言わず頷いただけだった。
 察しのいいシャロンのことだ、ガブリエルがまだ言えないことも理解して聞かないでくれていることに感謝した。

「コーデリアは。留守の間何事もなかったか?」
「何事もなかったわ。もう迷子にもならないし男の子と手を繋いで歩いたりする子供じゃないのよ」
「わかっている」
「ちゃんと大人扱いしてあげて」
「君も出来ていないだろ?」

 シャロンはガブリエルの言葉に黙るしかなかった。
 実際コーデリアを大人扱い出来ていないからだ。
 しかしコーデリアの気持ちを知っているシャロンは、ガブリエルがコーデリアを見る目を変えてあげたい。
 それが難しいガブリエルの気持ちがわかっていても。



 ガブリエルは勉強をしているというコーデリアの部屋へ行った。
 少し前なら勉強をしていても何をしていても、ガブリエルが帰ってきたら階段から転げ落ちる勢いで玄関に走ってきて胸に飛び込んで来た。
 今日だけではなく、最近はもうリビングにいる時しか玄関に迎えに出ない。
 ドアをノックしてから開ける。
 気まずそうな顔で椅子に座ったままでコーデリアはガブリエルを迎えた。

「おかえりなさいガブリエル。出迎えなくてごめんなさい。勉強していたから……」

 二週間以上ぶりだというのに、出かけた時とまるで変わらない態度だった。

「いいんだ。帰ったから顔が見たくて来たのだが、邪魔をしたな」

 やはり胸には飛び込んでこないコーデリアにがっかりした気持ちを隠して、ガブリエルは微笑んだ。
 コーデリアは立ち上がり、必死で作っているだろう笑顔を向けた。

「おみやげはある?」
「ああ、あるぞ。勉強が終わったら降りてきなさい。シャロンとリビングでお茶をしている」
「今、行こうかな……」
「それならおいで」

 ガブリエルがドアを開けると、前を通り抜けて部屋を出て階下へ向かった。
 コーデリアなりにガブリエルとの距離を縮める努力はしているようだ。
 また明るい笑顔を見せてくれるようになるだろうか。
 ただ、その時にはもう話をしなくてはならない時期になってしまうかもしれないとガブリエルは思った。
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