牢獄王女の恋

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 ガブリエルが名前を付けてともだちにしろといって人形をくれた。
 耳の長いこの人形がうさぎという生き物だと知ったのは翌日絵本でガブリエルが教えてくれたからだ。
 名前を付けろと言われても、どうつけていいのかコーデリアにはわからない。
 ひとの名前の種類をあまり知らないし、天使や聖母・聖人の名前は勝手に付けていいのかわからない。かといってラリサやエイミーの名前を勝手に付けてもいいかわからない。
 なかなか名前を付けられずにいると、シャロンがやってきた。
 シャロンに名前を教えなきゃいけないのに、名前はまだない。
 するとガブリエルがシャロンに付けて貰えと言う。さすが天使は頭がいい。シャロンに付けて貰えるならそれがいい。
 コーデリアはシャロンが来てくれるのをずっと待っていた。
 シャロンに早く逢いたかったが、いいこにしていれば来てくれるというのでコーデリアはいいこにしていたつもりだった。しかしそんなにいいこではなかったからなかなか来てくれなかったのかもしれない。
 ガブリエルと一緒に眠るのはあったかくて好きだが、シャロンはまた別だ。
 母のように背中をトントンしてくれる。擦ってくれる。頭を撫でてくれる。
 なによりふわふわの乳房を持っている。あれに顔を埋めると何とも言えない気分になるのだ。
 さすが天使が顔を埋めたくなるほどのものだ。天使の友達だと言うし、シャロンもガブリエルと同じ天使の仲間なのだとコーデリアは思った。
 笑顔も沢山くれる。優しい声が母の声と少し似ている気もする。その声で大丈夫といっぱい言ってくれた。
 大丈夫と言われると胸が落ち着く。
 シャロンにまた逢いたいからいい子にしていたけど、やっと逢えて本当に嬉しい。
 やっぱり声は母に似ているし、またトントンしてもらいながら眠りたい。もちろん乳房に顔を埋めて。
 シャロンは人形にラビーと名付けてくれた、それはかわいい名前だという。ガブリエルも頷いていた。
 名前が付くとこの人形がすごく特別に思える。天使がくれて、天使の仲間が名付けてくれたコーデリアの友達ラビー。ほら、特別っぽい。
 食事の後で一緒に寝たいことを伝えたら、シャロンはすぐに一緒に寝てくれると言ってくれた。
 ラビーと一緒にベッドで待っていると、本当にシャロンは来てくれた。
 嬉しくて乳房に飛びついた。トントンもしてくれた。

「ガブリエルは優しくしてくれている? 大変なことはない?」
「ガブリエルは色々教えてくれます。ここにいたいからガブリエルと勉強します」
「何もしなくてもここに居られるけど、ガブリエルはあなたのために勉強が必要だと言っているのよ」
「ガブリエルは天使だからわたしによいことをしてくれます」
「ガブリエルが天使?」
「ガブリエルだから」
「あぁ、そっか。名前がね。そうね、あなたの天使ね」
「はい……」

 シャロンと喋っていたのに途中から記憶がないのは眠ってしまったからだ。
 シャロンがトントンして撫でてくれるから気持ちが良くて起きていられなかった。



 翌朝起きてもシャロンはいた。
 一緒に朝食を食べているとシャロンがこれから時々来てマナーを教えてくれると言う。
 シャロンといっぱい一緒にいられるのは楽しい。嬉しい。
 天使と天使の友達が一緒にコーデリアに必要なことをしてくれるという。



 外にも出ていいことになった。
 敷かれている草は芝生と言う。これが緑という色だとも知った。裸足で歩くと足の裏がチクチクするけど気持ちがいい。
 家の中でも風はいっぱい入って来たが、外に出ると全身にフワーっと吹いてすごく面白い。
 髪の毛が風に飛ばされると身体も浮くような気持になる。
 牢獄にいた頃は重くて痒いだけのものだったのに、今は軽くて痒くなくて、風が吹くとラリサが編んでくれた髪がフワっと浮くのが楽しい。
 ブランケットを敷いて貰ってそこから空を見上げると真上いっぱいが全部空になって、最初は落ちてきそうで怖かったけど、落ちてはこない。
 大きな雲がゆっくり進んで鳥が雲を追いかけたり突き抜けたりするのが面白くて何時間でも見ていられる。
 ガブリエルには風邪をひくから何時間も外にいてはいけないと言われたが、見ているとあっという間に時間が過ぎて長い時間いた気がしない。
 牢獄にいた時は空を見てもまったく時間は過ぎなかった。小さい空と大きな空では時間の過ぎ方が違うと知った。
 裏のりんごの木がいっぱいのところにエミリーが連れて行ってくれた。
 りんごをくれたので食べていいかをガブリエルに聞く。

「りんごは一日一個だからな」
「はい」
「よし。じゃあ食べてもいい」
「はい!」

 一個なら食べてもいいと言ってくれた。
 二個持っていて一個はガブリエルにあげようと思って持ってきたので渡すと、ガブリエルは片方の眉を上げたが一緒に食べてくれた。
 天使の一口は大きい。コーデリアの二口分がガブリエルの一口で面白かった。

「本当はこんな風に齧ってはいけない」
「かじってはいけない」
「でも今日は特別だ」
「今日はとくべつ」

 特別は面白い。特別なことは楽しい。
 ガブリエルと一緒にりんごを食べると特別だから特別に美味しい。
 しかし特別はまだ先の日にあるらしい。
 クリスマスという特別の日のために家を飾ると言う。
 大きな木、もみの木といういい匂いのする木が玄関の広いところに立てられてそれに飾りつけをするという。
 シャロンとラリサ、エミリーも一緒に飾るからコーデリアも手伝えと言われた。
 丸かったり、変な丸いのだったり。信じられないが星の形だというものや、雪の形だというものもあって、それを木にくっ付けて行く。
 シャロンはリボンをいっぱい結んでいた。とてもかわいかった。
 クリスマスの日になったらこの木の下にプレゼントというものを置くのだと言う。
 シャロンから欲しいものはあるかと言われたが、欲しいものをコーデリアは考えたことがない。
 欲しいものはいつももらっている。
 モーガンに「たべものください」と言えばちゃんともらえるのだ。だからもらえないものでほしいものはない。
 シャロンに言うと笑われた。でも本当にいつもほしいものはもらっている。
 ガブリエルになにかプレゼントを考えようとシャロンに言われたが、天使のほしいものは神のみぞ知ることだ。コーデリアでは知りようもないし、それをプレゼント出来るようなことはない。
 そう言うと、シャロンはまた笑ってから。

「では手紙を書きましょう。ガブリエルが教えてくれたことをちゃんと出来るようになっているよっていうことを手紙で見せたら、ガブリエルはきっと喜ぶわ」

 手紙とはなにかと聞いたら、言いたいことを紙に書くのだと言う。
 ガブリエルに言いたいこと。

「食べ物くださいとかは……まーそれも面白い気はするけど、コーデリアがここに来てどんな気持ちなのか、ガブリエルをどう思っているのかを正直に書くの。それが書けるっていうのがガブリエルの喜ぶことだから、内容は難しくなくていいのよ」

 ガブリエルが喜んでくれることなのだろうか?と思ったが、シャロンが言うなら間違いはないだろう。
 それにそれをしたらシャロンも喜ぶかもしれない。だってとっても楽しそうに話しているから。
 ガブリエルが喜んでシャロンが楽しいなら手紙を書いてみよう。
 ガブリエルとシャロンと、モーガンとラリサと、エミリーたちにも書いてみよう。
 コーデリアは面白くなってきた。
 空を見ているのだけでも楽しいが、何かをしようとすると胸になにか不思議なものが込み上げてくる。
 そわそわ落ち着かない気持ちになるのに、それが全然いやじゃない。
 すぐしたくてガブリエルがコーデリアの為に部屋に置いた机の上に紙を広げた。
 早く書きたいのにどう書こうか考えてその字の綴りを思い出したり、思い出せなかったりでなかなかすんなりは出来なかった。
 机の前で唸っているとラリサが少し教えてくれた。更にリボンをくれて、手紙に巻いたらプレゼントになるとやってくれた。
 早く渡したくなったが、クリスマスの日にあげるとこが大事だというのでラリサが箱に入れてベッドの下に隠した。
 シャロンには書けたかと聞かれたが、クリスマスまで内緒なので内緒と言った。
 シャロンが笑うので、コーデリアも釣られて笑った。
 最近気が付いたが、笑うととても気持ちがいい。
 笑うととても楽しくなってお腹の中はほかほかするし、笑うとシャロンもモーガンもラリサも笑ってくれる。
 ガブリエルもたまに笑う。ガブリエルが笑うと他の誰が笑うよりもお腹も胸もホカホカしてくる。ガブリエルが笑顔をくれると本当に嬉しい。天使の笑顔は特別だ。
 ガブリエルがシャロンの言うように喜んでくれたらすごく嬉しくなると思うから、クリスマスが本当に楽しみだ。



 
 *****




 クリスマスの朝はまずもみの木の下にあるプレゼントを確認しなくてはいけないとシャロンに教わった。
 ラリサに起こされて支度をしながら、コーデリアは早くシャロンの言っていたもみの木を見に行きたかった。

「コーデリア、おはよう」
「シャロン、おはようございます。もみの木見に行くの?」
「見に行きましょう」

 部屋までシャロンが迎えに来てくれて、コーデリアは一緒に玄関ホールにあるもみの木を見に行った。

 昨日の夜まではなかったリボンの付いた箱はいくつも置いてある。

「コーデリアおはよう」
「ガブリエルおはようございます」
「リボンに『コーデリア』と書いてあるのがお前のプレゼントだ。開けていいぞ」

 先に起きていたガブリエルがもみの木の下の箱のなかにコーデリアのプレゼントがあることを教えた。
 自分の名前の綴りはもちろんわかっている。
 コーデリアは名前の書かれたリボンをみっつ見つけた。
 シャロンもひとつの箱を拾い上げた。
 コーデリアは三つの箱を順番に開けた。
 ひとつの箱にはチェック柄の新しいブランケットが入っていた。

「それは使用人一同からですよコーデリア様。お外に出来る時に羽織ってください」

 モーガンが教えてくれた。使用人一同はモーガンやラリサたち皆からと言うことだとわかった。

「ありがとうございますモーガン、ラリサ」
「どういたしまして」

 お礼を言うとモーガンもラリサも笑顔を返してくれた。

「あとで下へ行きみんなにも礼をいいなさい」
「はい!」

 ガブリエルに言われて、必ずそうしようと思った。
 ここに来た時と比べて外はすごく寒い日もあって、息を吐くと白い煙が出ることもある。これはあたたかそうだから身体に巻いていれば外でもきっと暖かい。
 もうひとつの箱を開けると、そこにはいっていたのは小さな小さなワンピースだった。小さすぎるのでいくらなんでもコーデリアには着られない。
 
「それはわたしから。ラビーの新しいお洋服よ。着せ替えて遊んでね」

 シャロンからのプレゼントだった。
 ラビーに新しい服が貰えるなんて思ってもみなかった。そうか、ラビーは服を着ているから着替えが必要だったのだと新しい服を見て気が付いた。これはいいものを貰った。

「シャロン、ありがとうございます!」
「どういたしまして」

 シャロンも笑顔をくれたので、コーデリアの腹の中はほかほかしてきた。

「最後のはオレからだ」

 残った箱はガブリエルからのプレゼントだという。少し重い箱をコーデリアはワクワクしながら開けた。
 出てきたのは皮の硬い丸い筒がふたつくっついたコーデリアにはなんだかわからないものだった。

「それは双眼鏡と言うものだ。小さいレンズ……細い方から中を見るんだ、こうやって」

 ガブリエルがコーデリアの背中に回り屈んで、コーデリアの身体を包むようにしてプレゼントのそれを目の前に持って中を覗かせた。

「ひぁー……」

 コーデリアがおかしな声を上げたので、その場にいた誰もが吹き出してしまった。
 ガブリエルはコーデリアの目からそれを外し、そしてまた目に着けて覗かせる。
 
「なんだこれー……」
 
 ガブリエルが後ろから持ってコーデリアにそれを覗かせるとドアのノブが大きくなって目の前に迫ってくるのに、それを外すとまた遠くになる。

「これがあれば遠くのものが近くにあるように大きく見えるんだ。お前は鳥を見るのが好きだから、これで観察するといい」

 首を動かすとそれに合わせてガブリエルがその双眼鏡というものをコーデリアの目の前で支えてくれる。
 覗いていると離れているのにシャロンの茶色い瞳が目の前に巨大に映る。

「ひゃあー。すごいー……」

 コーデリアは口を開けてその双眼鏡に映るものに魅入った。閉じるのを忘れたせいでよだれが垂れてしまったが、そんなこと気にしていられなかった。
 こんな不思議ですごいものをくれるなんて。さすが天使は神業でこんなものが作れるのだ。

「気に入ったか?」

 ハンカチでコーデリアのよだれを拭きながらガブリエルが聞くので、コーデリアは双眼鏡から目を離して振り返った。
 ガブリエルの腕の中にいたのですぐ近くに微笑むガブリエルの顔があって、感動で興奮していたコーデリアはそのままガブリエルに抱きついた。
 首にしがみついているとコーデリアの身体がふわりと浮いた。ガブリエルが抱き上げたからだ。
 牢獄から連れ出してくれたときのように、腕にコーデリアを座らせるようにして双眼鏡を持った手で支えてくれている。

「気に入ったのならよかった。悩んだ甲斐があったというものだ」

 ガブリエルが優しい声で言い微笑むので、胸の奥がギュウっとなった。
 ここにいたい。ガブリエルといたい。シャロンといたい。ラリサやモーガンといたい。
 あそこには絶対に。もう絶対に戻りたくない。ひとりはいやだ。ひとりになりたくない。
 少し前までは暗闇に慣れていたのにこの屋敷にきてからそれが怖くて眠れなくなってガブリエルのベッドに忍び込んでしまうのは、突然襲ってくるあの牢屋のなかにいた頃の錯覚だ。
 フカフカのベッドで広く清潔な場所にいてさっきまでラリサやモーガンもいたのに、ふと襲い掛かるような暗闇にあの牢獄が頭の中に浮かび上がってくる。
 知らないから過ごせたが、知ってしまった今ではもうひとりきりはいやだ。
 ラリサやモーガンがコーデリアの為に暖かいブランケットをくれた。シャロンが人形の服をくれた。
 ガブリエルがコーデリアの喜ぶものを悩んで選んでくれた。
 母以外で、母がいなくなってからは誰もコーデリアにそんなことをしてくれたことも、コーデリアのことを考えてくれたこともない。
 知らない環境に新しいことが次から次へと起こっていたせいで毎日が夢中で過ぎて気が付いていなかった。考えることもなかったし考えたくなくてわからないまま放置していた感情が込み上げる。
 ひとりきりはいやだ。あそこへは戻りたくない。
 みんなのいるここに居たい。
 コーデリアはガブリエルに強い力でしがみついた。

「うぅぅ……」

 気が付いたらおいおいと声を出して泣いてしまった。
 コーデリアがこんな風に泣いてしまったのは初めてのことだった。
 ガブリエルがコーデリアをしっかりと抱き締め返してくれたので、余計に涙が止まらない。
 背中を撫でてくれているのはきっとシャロンだ。手が暖かい。

「ここがコーデリアの家でみんなあなたが大好きよ。天使はあなたを絶対にはなさないから安心していいのよ。あなたをどこにも行かせないわ」

 シャロンが背中にキスしてくれた。ガブリエルも頭にキスしてくれた。
 コーデリアは泣き続けて、ガブリエルはその間ずっと抱いていてくれた。



 シャロンのプレゼントの箱には靴が入っていた。ガブリエルからのプレゼントだったようで、シャロンは喜んでいた。
 朝食の時にガブリエルやシャロンに手紙を渡した。
 プレゼントとして用意していた手紙だ。
 『ガブリエルはわたしのてんしです。ずっといっしょにいたいです。』という手紙をガブリエルに渡すと、読んでからコーデリアを見て微笑んで頷いたのでコーデリアも頷き返した。
 シャロンは自分にもあるのかと驚いていたが、『トントンしてくれて、いっしょににねてくれてありがとう』と書いた手紙をとても嬉しそうにして笑顔をくれた。
 ラリサにはもう知られてしまっていたが渡して、モーガンにも渡した。『いつもほんをよんでくれてありがとう』『たべものをくれてありがとう』と書いたものを喜んでくれた。
 食後地下の食堂にモーガンと行ってブランケットのありがとうを伝えてから、みんなにも書いた手紙を渡した。
 みんなに笑顔を貰えてコーデリアは嬉しかった。
 エミリーから手紙のお礼と言ってりんごをもらった。
 ガブリエルに食べてもいいか確認すると、いいと言ってくれたので食べたら甘かった。
 クリスマスは本当に特別な日だ。
 神様が産まれた日だと言うので、それならば特別で当たり前だ。

「胸がね、ギュウっとなって。足がね、ふわふわしてね。身体がホカホカなの」
「それはね。幸せっていうのよ」
「しあわせ?」
「嬉しいことで胸がギュウってなって、楽しくて足がふわふわして、全身が暖かく包まれていることを『幸せ』というの」

 シャロンに今の自分の事を話すと、それが幸せだというものだと教えてくれた。

「わたし、しあわせだぁ」

 口に出してみたら、更に胸の中に熱い茶を飲んだ時のようなじんわりとあたたかいなにかが広がった。
 コーデリアは生まれて初めて安心と幸せを手に入れた。
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