5 / 28
5
しおりを挟む
コーデリアは闇で生まれ闇で育った。
狭く汚く、寒く薄暗い半地下がコーデリアの世界のすべてだった。
母と、日に二度食事を運んでくる看守。数週間に一度来る神父だけがコーデリアの知る人のすべてだ。
それが八歳にもう少しでなろうという頃に母親が目を醒まさなかった。
コーデリアの為に僅かな食事も少ししか取らず、栄養失調で死んだのだ。
朝コーデリアが目が覚めても母が動かず、何度呼んでも起きない。
骨と皮だけの身体に縋ってゆすって泣き喚いたが、起きなかった。
食事を運んできた看守が確認し、そのまま連れて行った。
コーデリアは小さな牢獄の中でひとりきりになった。
ひとりきりになって寂しくて朝夕関わらず泣いて過ごしたが、ここに居ることが不幸だとは感じたことはなかった。
外の世界を知らないコーデリアは他と比べようがなかったからだ。
神父も来なくなった牢獄の中でひたすら窓から見える空を見て、窓を横切る鳥を待つだけの毎日だった。
考えることもないし、感じるものもない。
母が教えてくれた聖書の話や言葉を思い出しては、繰り返し口に出してみたりした。
そうするとまた母を想って泣いて。しかし泣いてもなにも起こらないまま時間が過ぎていく。
そんな毎日がコーデリアのすべてだった。
それが突然。黒いマントの男が現れた。
神の言葉を伝える使者、ガブリエルと名乗る男だ。
天使が迎えに来たと本気で思った。
神がどうして天使を遣わし自分に何を伝えようというのだろうと、その天使をまじまじと見つめた。
すると男は、名前は天使と同じだが天使ではないと言う。
しかしコーデリアの名を呼び暖かいマントで身体を包み抱きかかえて、いとも簡単にこのコーデリアの世界のすべてだった牢獄から連れ出した。
出たいとも出られるとも思っていなかったこの世界から連れ出し、今まで吸ったことの無い空気を吸わせてくれた。
なにがなんだかわからないうちに箱の中に入れられ、大きな動物がその箱を引いて走り出し、見たこともない景色は呆気にとられるほど神秘的だった。
自分はこれからどうなるのだろうか? どこに連れていかれるのだろうか? 疑問はあるが、天使の名前を持つこのニコリとも笑わない男ガブリエルからは、あの牢獄の中にあった荒んだ雰囲気がひとつもしないことで恐怖を感じなかった。
こんなに美味しい空気を吸わせてくれたことだけでもコーデリアには奇跡のようなことだ。それをガブリエルが与えてくれているものならガブリエルはやはり天使だ。神の御業でもなければこんなことは出来るはずがない。
なにがなにやらわからないが、ただあの牢獄の中にいて同じ毎日を繰り返すのなら、こうして新鮮な空気を吸えただけで他の事はどうでもいいと思いながら天使ガブリエルに従った。
天国のような明るく綺麗なものだらけの暖かい場所に連れていかれ、知らない男女に舐めるように見つめられ。話しは何を言っているのかひとつも理解が出来なかった。
ガブリエルしか縋れるもののないこの場で、自分のためにこの人間たちがいることを理解しろと言われても簡単には理解出来なかった。
母に教えられた『明日のことを思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう』という言葉を思い出し、この言葉は今のような状況のことを言っているのかと思った。
天使がいるからか不思議と不安な感じはしていない。急な事態すぎてそれを感じる余裕もなかったからかもしれない。
先の恐れを考えるより今は天使の言うことを聞こうと思ったのだが、天使のいないところでの初めての経験はすんなり受け入れられなかった。
身体が入るほど大きなバケツの中にふわふわした雲みたいなものから煙が出ていて、その中から溢れた水が熱くて驚いた。
その中に入れと言われたが、濡れるし嫌だと感じた。
すると今度は女が髪を切ると言い出し、指に填めたもので変な音を出して髪を切ったので背筋がゾッとした。
これはきっと痛いことになる! そんな感じがする! と部屋の角に逃げた。
もうひとりの女も来て『大丈夫だ』と何度も繰り返すのだが、嫌な物は嫌だ。本能が受け容れることを拒否した。
天使ならなんとかしてくれるとガブリエルを呼んで欲しいと言うと来てくれた。
自らでかいバケツの中に入り一緒に入るから大丈夫だと言う。確かに中に入っているのに痛そうでも熱そうでもない。
伸ばされた手を掴むと、天使の手だからなのかフッと恐怖が消えた。導かれてバケツに入れられると、言っていた通り痛くも熱くもなく、暖かかった。
ジャキジャキという音には背筋がゾッとしたが、これも痛くなかった。
後のことはコーデリアが大人にならないとガブリエルでは出来ないということで最初の女に変わったが、ガブリエルが大丈夫だと言うのでなんとか受け入れた。
女には体中をこすられて驚いたが、これほど爽快な気分になるのは生まれて初めてのことだ。
自分からいい匂いがして肌はすべすべになり、色まで変わってしまった。
自分はよっぽど汚れていたのだとやっと気が付いた。
牢獄ではバケツを渡されるたびに母から教えられた通りに身体や髪を拭いていたが、それだけでは清潔になれなかったのだ。
痒くて鬱陶しかった髪は腰まで切られて、絡まってばかりだったのに触るとすべすべして指まで通る。
洗ったのはラリサという女だったが、怖くないと証明してくれたガブリエルのおかげだ。
ガブリエルはやはり母が神に頼んで遣わした天使に間違いないと証明された。
少し寝たら別の場所へ行かなくてはならないと言われた。
ガブリエルがそこへコーデリアを連れて行くという。
あの元の場所に戻ることを考えたら、それだけはいやだと本能的に思った。
こんな場所があることを知ってしまったら、もうあそこへ戻るのは恐怖に近い。
もうすでにコーデリアの選択肢は大天使ガブリエルに付いて行くことしかない。
本物の白というのを初めて見たが、汚れがひとつもないふわふわのベッドで寝ていいと言われてやっぱり天使が連れて来てくれたところはちがう! と思った。
座ってみると身体が沈んで、転がってもどこにも硬さを感じない。
ラリサがかけてくれる布団も湿っておらずふわふわと軽くて柔らかくて、なんだこれは! と、この世のものかと疑った。
風呂に入ったせいで身体は人生で初めて体験する暖かさに保たれ、フカフカの上の気持ち良さもあって瞼がすぐに落ちた。
目が覚めて元の場所に戻るくらいならこのまま一生目を醒ましたくないと思って意識を失ったが、目が覚めてももとの場所には戻っていなくて本当によかった。
しかも身体の痛みで目が覚めたのではなく、優しいラリサの声で起こされた。
ベッドの上で暖かくて柔らかいパンと、初めての熱い飲み物を貰った。
飲み物はあまりの熱さに驚いたが、飲むと身体の中に熱が染みわたった。
こんなものがこの世に存在するとは。夢中で食べて夢中で飲んだ。
着替えると言われたが、着て来たものではなくいい匂いのする新しい服を与えられた。
見たことの無い色も付いていて、こんなものを自分が着ていいのかと不安になった。
ガブリエルが姿を見せたのでほっとした。よかった天使は天に戻っていなかった、本当に自分を元の場所ではないどこかへ連れて行ってくれるのだ。
また箱の中、馬車というものに入れられ、ガブリエルとラリサでガブリエルの言う本当の家というところに行くらしい。天使の住処に連れて行ってもらえるということだ。
あの場所から遠くに離れられるのは大歓迎だ。昨夜も思ったが、もう絶対にあそこには戻りたくなかった。
揺れる馬車の中から外を見た。夜と違って明るいからよく見える。
歩いている人もいて、母やコーデリアと同じ格好しているものはひとりもいなかった。
見たことのない服や、今コーデリアがしているような恰好で歩いている。
不思議だった。誰もが当たり前のように過ごしている。
こんなに明るくて美味しい空気の中にいるのに、誰もそれを全身で感じていない。
こんな広い世界にいて喜びを感じていない。
コーデリアは目に映るすべてに感動してしまうし、自分のいた世界の狭さに驚愕した。
時々止まっては出される食べ物は柔らかくて、信じられないような甘いものまであった。
夢中で食べる度にガブリエルが『落ち着け』と言うのだが、これを口にして落ち着くのは無理だ。
天使の食べ物は人間にとってはごちそうだとガブリエルは知らないようだ。自分は天使に仕えたことのない人間なのでラリサのようにこの食べ物に慣れていないのだから仕方ない。
興奮は次から次へと訪れ、それが止め処ない。
これはなんだ。あれは何をしているのか。それはどうなっているのか。なにかを知りたいと思うこともコーデリアには初めてだ。
あの元の場所では知りたいことは何もなかったし、疑問を持つこともなかった。
許容を超えた思考がパンクしそうだったが、頭より先に腹が壊れた。
あの元の場所でも何度か経験したことのある痛みが、腹の中をキリキリとグニョグニョと暴れまわる。
痛みに加えて下痢と嘔吐で身体の力が奪われていく。
ラリサが口も尻も拭いてくれて水も飲ませてくれるが、それはまた下痢と嘔吐で出て行く。
意識が朦朧としてきたところでガブリエルが来て背中を撫でてくれた。
痛みはあるし気分も悪いのだが、天使が来て撫でてくれ楽になったような錯覚があった。
もちろんそれは錯覚だったので、楽になった気がして油断した途端にガブリエルの膝に吐いてしまった。
そこからはあまり記憶がないが、一晩中暖かい手が側にあって、それに縋っていいと言われている気がした。
握ると握り返してくれたし、優しかった。
次の日も同じようにしてくれたので嬉しくなった。
腹の痛みもなくなり、本当の家に向かって再び馬車に乗って走った。
「ここがお前が当分の間住む家だ」
ここに着く途中も何度か見た草というものが敷かれたただただ広い空間に、天使の住処だと言う建物があった。
白くて飾りがいっぱい付いた建物に入れられると、中も当然広い。
足元はフカフカが敷き詰められ、綺麗なものや不思議なものも沢山置いてある。
人間や知らない場所の大きな絵画というものもいっぱいあって、目がチカチカした。
これからはここで寝起きするという部屋も、あの元居た場所の何倍も大きくて、フカフカのベッドはガブリエルと最初に逢った時に泊まったベッドと同じで大きくて白かった。
当分の間とはどれくらいのことだろうかと思ったが、『明日のことを思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう』だ。
天使に従うしか、今はない。
狭く汚く、寒く薄暗い半地下がコーデリアの世界のすべてだった。
母と、日に二度食事を運んでくる看守。数週間に一度来る神父だけがコーデリアの知る人のすべてだ。
それが八歳にもう少しでなろうという頃に母親が目を醒まさなかった。
コーデリアの為に僅かな食事も少ししか取らず、栄養失調で死んだのだ。
朝コーデリアが目が覚めても母が動かず、何度呼んでも起きない。
骨と皮だけの身体に縋ってゆすって泣き喚いたが、起きなかった。
食事を運んできた看守が確認し、そのまま連れて行った。
コーデリアは小さな牢獄の中でひとりきりになった。
ひとりきりになって寂しくて朝夕関わらず泣いて過ごしたが、ここに居ることが不幸だとは感じたことはなかった。
外の世界を知らないコーデリアは他と比べようがなかったからだ。
神父も来なくなった牢獄の中でひたすら窓から見える空を見て、窓を横切る鳥を待つだけの毎日だった。
考えることもないし、感じるものもない。
母が教えてくれた聖書の話や言葉を思い出しては、繰り返し口に出してみたりした。
そうするとまた母を想って泣いて。しかし泣いてもなにも起こらないまま時間が過ぎていく。
そんな毎日がコーデリアのすべてだった。
それが突然。黒いマントの男が現れた。
神の言葉を伝える使者、ガブリエルと名乗る男だ。
天使が迎えに来たと本気で思った。
神がどうして天使を遣わし自分に何を伝えようというのだろうと、その天使をまじまじと見つめた。
すると男は、名前は天使と同じだが天使ではないと言う。
しかしコーデリアの名を呼び暖かいマントで身体を包み抱きかかえて、いとも簡単にこのコーデリアの世界のすべてだった牢獄から連れ出した。
出たいとも出られるとも思っていなかったこの世界から連れ出し、今まで吸ったことの無い空気を吸わせてくれた。
なにがなんだかわからないうちに箱の中に入れられ、大きな動物がその箱を引いて走り出し、見たこともない景色は呆気にとられるほど神秘的だった。
自分はこれからどうなるのだろうか? どこに連れていかれるのだろうか? 疑問はあるが、天使の名前を持つこのニコリとも笑わない男ガブリエルからは、あの牢獄の中にあった荒んだ雰囲気がひとつもしないことで恐怖を感じなかった。
こんなに美味しい空気を吸わせてくれたことだけでもコーデリアには奇跡のようなことだ。それをガブリエルが与えてくれているものならガブリエルはやはり天使だ。神の御業でもなければこんなことは出来るはずがない。
なにがなにやらわからないが、ただあの牢獄の中にいて同じ毎日を繰り返すのなら、こうして新鮮な空気を吸えただけで他の事はどうでもいいと思いながら天使ガブリエルに従った。
天国のような明るく綺麗なものだらけの暖かい場所に連れていかれ、知らない男女に舐めるように見つめられ。話しは何を言っているのかひとつも理解が出来なかった。
ガブリエルしか縋れるもののないこの場で、自分のためにこの人間たちがいることを理解しろと言われても簡単には理解出来なかった。
母に教えられた『明日のことを思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう』という言葉を思い出し、この言葉は今のような状況のことを言っているのかと思った。
天使がいるからか不思議と不安な感じはしていない。急な事態すぎてそれを感じる余裕もなかったからかもしれない。
先の恐れを考えるより今は天使の言うことを聞こうと思ったのだが、天使のいないところでの初めての経験はすんなり受け入れられなかった。
身体が入るほど大きなバケツの中にふわふわした雲みたいなものから煙が出ていて、その中から溢れた水が熱くて驚いた。
その中に入れと言われたが、濡れるし嫌だと感じた。
すると今度は女が髪を切ると言い出し、指に填めたもので変な音を出して髪を切ったので背筋がゾッとした。
これはきっと痛いことになる! そんな感じがする! と部屋の角に逃げた。
もうひとりの女も来て『大丈夫だ』と何度も繰り返すのだが、嫌な物は嫌だ。本能が受け容れることを拒否した。
天使ならなんとかしてくれるとガブリエルを呼んで欲しいと言うと来てくれた。
自らでかいバケツの中に入り一緒に入るから大丈夫だと言う。確かに中に入っているのに痛そうでも熱そうでもない。
伸ばされた手を掴むと、天使の手だからなのかフッと恐怖が消えた。導かれてバケツに入れられると、言っていた通り痛くも熱くもなく、暖かかった。
ジャキジャキという音には背筋がゾッとしたが、これも痛くなかった。
後のことはコーデリアが大人にならないとガブリエルでは出来ないということで最初の女に変わったが、ガブリエルが大丈夫だと言うのでなんとか受け入れた。
女には体中をこすられて驚いたが、これほど爽快な気分になるのは生まれて初めてのことだ。
自分からいい匂いがして肌はすべすべになり、色まで変わってしまった。
自分はよっぽど汚れていたのだとやっと気が付いた。
牢獄ではバケツを渡されるたびに母から教えられた通りに身体や髪を拭いていたが、それだけでは清潔になれなかったのだ。
痒くて鬱陶しかった髪は腰まで切られて、絡まってばかりだったのに触るとすべすべして指まで通る。
洗ったのはラリサという女だったが、怖くないと証明してくれたガブリエルのおかげだ。
ガブリエルはやはり母が神に頼んで遣わした天使に間違いないと証明された。
少し寝たら別の場所へ行かなくてはならないと言われた。
ガブリエルがそこへコーデリアを連れて行くという。
あの元の場所に戻ることを考えたら、それだけはいやだと本能的に思った。
こんな場所があることを知ってしまったら、もうあそこへ戻るのは恐怖に近い。
もうすでにコーデリアの選択肢は大天使ガブリエルに付いて行くことしかない。
本物の白というのを初めて見たが、汚れがひとつもないふわふわのベッドで寝ていいと言われてやっぱり天使が連れて来てくれたところはちがう! と思った。
座ってみると身体が沈んで、転がってもどこにも硬さを感じない。
ラリサがかけてくれる布団も湿っておらずふわふわと軽くて柔らかくて、なんだこれは! と、この世のものかと疑った。
風呂に入ったせいで身体は人生で初めて体験する暖かさに保たれ、フカフカの上の気持ち良さもあって瞼がすぐに落ちた。
目が覚めて元の場所に戻るくらいならこのまま一生目を醒ましたくないと思って意識を失ったが、目が覚めてももとの場所には戻っていなくて本当によかった。
しかも身体の痛みで目が覚めたのではなく、優しいラリサの声で起こされた。
ベッドの上で暖かくて柔らかいパンと、初めての熱い飲み物を貰った。
飲み物はあまりの熱さに驚いたが、飲むと身体の中に熱が染みわたった。
こんなものがこの世に存在するとは。夢中で食べて夢中で飲んだ。
着替えると言われたが、着て来たものではなくいい匂いのする新しい服を与えられた。
見たことの無い色も付いていて、こんなものを自分が着ていいのかと不安になった。
ガブリエルが姿を見せたのでほっとした。よかった天使は天に戻っていなかった、本当に自分を元の場所ではないどこかへ連れて行ってくれるのだ。
また箱の中、馬車というものに入れられ、ガブリエルとラリサでガブリエルの言う本当の家というところに行くらしい。天使の住処に連れて行ってもらえるということだ。
あの場所から遠くに離れられるのは大歓迎だ。昨夜も思ったが、もう絶対にあそこには戻りたくなかった。
揺れる馬車の中から外を見た。夜と違って明るいからよく見える。
歩いている人もいて、母やコーデリアと同じ格好しているものはひとりもいなかった。
見たことのない服や、今コーデリアがしているような恰好で歩いている。
不思議だった。誰もが当たり前のように過ごしている。
こんなに明るくて美味しい空気の中にいるのに、誰もそれを全身で感じていない。
こんな広い世界にいて喜びを感じていない。
コーデリアは目に映るすべてに感動してしまうし、自分のいた世界の狭さに驚愕した。
時々止まっては出される食べ物は柔らかくて、信じられないような甘いものまであった。
夢中で食べる度にガブリエルが『落ち着け』と言うのだが、これを口にして落ち着くのは無理だ。
天使の食べ物は人間にとってはごちそうだとガブリエルは知らないようだ。自分は天使に仕えたことのない人間なのでラリサのようにこの食べ物に慣れていないのだから仕方ない。
興奮は次から次へと訪れ、それが止め処ない。
これはなんだ。あれは何をしているのか。それはどうなっているのか。なにかを知りたいと思うこともコーデリアには初めてだ。
あの元の場所では知りたいことは何もなかったし、疑問を持つこともなかった。
許容を超えた思考がパンクしそうだったが、頭より先に腹が壊れた。
あの元の場所でも何度か経験したことのある痛みが、腹の中をキリキリとグニョグニョと暴れまわる。
痛みに加えて下痢と嘔吐で身体の力が奪われていく。
ラリサが口も尻も拭いてくれて水も飲ませてくれるが、それはまた下痢と嘔吐で出て行く。
意識が朦朧としてきたところでガブリエルが来て背中を撫でてくれた。
痛みはあるし気分も悪いのだが、天使が来て撫でてくれ楽になったような錯覚があった。
もちろんそれは錯覚だったので、楽になった気がして油断した途端にガブリエルの膝に吐いてしまった。
そこからはあまり記憶がないが、一晩中暖かい手が側にあって、それに縋っていいと言われている気がした。
握ると握り返してくれたし、優しかった。
次の日も同じようにしてくれたので嬉しくなった。
腹の痛みもなくなり、本当の家に向かって再び馬車に乗って走った。
「ここがお前が当分の間住む家だ」
ここに着く途中も何度か見た草というものが敷かれたただただ広い空間に、天使の住処だと言う建物があった。
白くて飾りがいっぱい付いた建物に入れられると、中も当然広い。
足元はフカフカが敷き詰められ、綺麗なものや不思議なものも沢山置いてある。
人間や知らない場所の大きな絵画というものもいっぱいあって、目がチカチカした。
これからはここで寝起きするという部屋も、あの元居た場所の何倍も大きくて、フカフカのベッドはガブリエルと最初に逢った時に泊まったベッドと同じで大きくて白かった。
当分の間とはどれくらいのことだろうかと思ったが、『明日のことを思いわずらうな。明日のことは、明日自身が思いわずらうであろう』だ。
天使に従うしか、今はない。
0
お気に入りに追加
518
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

ルミエール・ヴェールの輝き―キャンディ職人と彫刻家の物語―
ねむたん
恋愛
芸術を愛する街、ルミエール・ヴェール。
そこで飴細工工房を営むメリー・フロレンティーナは、心に響く美しい作品を作ることを夢見る繊細な職人だ。
彼女が挑戦を決意したのは、街の芸術祭の目玉「光と影」をテーマにしたアートコンテスト。だが、その審査員は冷徹な美の天才彫刻家、セシル・ルーヴェルだった。
厳しい評価に怯えるメリーだが、実はセシルは密かに彼女の飴細工に魅了されていた。

好きだった人 〜二度目の恋は本物か〜
ぐう
恋愛
アンジェラ編
幼い頃から大好だった。彼も優しく会いに来てくれていたけれど…
彼が選んだのは噂の王女様だった。
初恋とさよならしたアンジェラ、失恋したはずがいつのまにか…
ミラ編
婚約者とその恋人に陥れられて婚約破棄されたミラ。冤罪で全て捨てたはずのミラ。意外なところからいつのまにか…
ミラ編の方がアンジェラ編より過去から始まります。登場人物はリンクしています。
小説家になろうに投稿していたミラ編の分岐部分を改稿したものを投稿します。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
【完結】私の望み通り婚約を解消しようと言うけど、そもそも半年間も嫌だと言い続けたのは貴方でしょう?〜初恋は終わりました。
るんた
恋愛
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
色とりどりの春の花が咲き誇る我が伯爵家の庭園で、沈痛な面持ちで目の前に座る男の言葉を、私は内心冷ややかに受け止める。
……ほんとに屑だわ。
結果はうまくいかないけど、初恋と学園生活をそれなりに真面目にがんばる主人公のお話です。
彼はイケメンだけど、あれ?何か残念だな……。という感じを目指してます。そう思っていただけたら嬉しいです。
彼女視点(side A)と彼視点(side J)を交互にあげていきます。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

結婚式をボイコットした王女
椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。
しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。
※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※
1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。
1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる