亡国の公女の恋

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 ルカはふたりの寝息が聞こえるまで待ってから身体を拭くために水辺に向かった。
 上半身を脱いで拭いていると後ろで動く気配がした。
 咄嗟に振り返るとアクサナが起き上がってルカの事を見ていた。
 男なので裸を見られることは何でもないが、急いでシャツを羽織ってスヴェトラーナの隣に戻った。
 なんとなくアクサナの視線が引っかかったのだ。
 濡らした布で頭を拭きながら黙って座るルカをスヴェトラーナを挟んだ向こうのアクサナがじっと見ている。
 なんだか嫌な視線だと感じ忙しなくシャツの前を閉めコートを羽織っていると、アクサナがスヴェトラーナを起こさないように回り込んでルカの隣まで来て座った。

「ねえ、妹と旅なんて寂しくないの?」

 ルカはアクサナの言っていることが解らなかった。

「寂しくは、ないよ」

 実際には妹ではないし、寂しいという感情はこの旅では感じる間もない。

「そうなの? 人肌恋しくならないの?」
「ならないよ」

 アクサナがルカの正面に顔を出して覗き込んでくる。
 ルカは視線から逃れながら俯いて、横に置いた剣を足の間に置き肩に立て掛け抱えた。

「妹のためにそんなの持って守ってあげてるの? いいお兄さんだね」
「そんなことないよ」

 アクサナがルカの肩に身体を当て、剣を抱える腕を撫でた。
 近さに戸惑いながら、ルカは身体を反らして迫るアクサナから距離を取ろうとした。
 アクサナの意図がこの時はまだわかっていなかった。
 まさかそんなことをしてくるなど想像もしなかった。

「ルカってハンサムだし、身体もいいしー、優しいしー。私いいかなーって思って」

 ルカの反らした顔を追ってアクサナの顔が迫ってくる。
 嫌な視線がルカの顔をジロジロと見る。

「アクサナ、ちょっと離れて」
「いいじゃない、スヴィ寝てるし。ねぇ、向こう行く?温めてあげるよ」
「アクサナやめてくれ」
「どうして? ルカだって溜まってるでしょ? 妹と一緒じゃ女買えないしさ」
「そ、そういうことはいらない、頼むから離れて……」

 ルカは動揺した。
 アクサナはルカを誘っている。
 この状況でそんなことをする神経がルカには信じられない。

「別に金取ったりしないよー。商売なし。ルカすっごい好みの顔してるからサービスしちゃう」
「ちょっと……! 本当にやめてくれ」

 アクサナは男に身体で商売をしていた女性だったのだ。
 それならば彼女にルカの倫理観など通用するはずがない。
 ルカはアクサナの迫る身体を腕で止めた。
 しかし遠慮しないアクサナはグイグイと迫り、ルカの頬に鼻を擦りつけて来た。
 焦ったルカは腕に力を込めてアクサナの身体を押して離そうとしたのだが、その腕にアクサナは自分の腕を絡め胸を押し付けて来た。

「スヴィは起きないって。ねえ、ルカ……」
「アクサナっ」

 ルカは迫ってくるアクサナの顔を避けようと顰めた顔を反らした。
 スヴェトラーナの姿が見えた。
 眠っているはずのスヴェトラーナがルカのマントに包って身体を固くさせ、目をギュウっと閉じているのが見えた。

 起きている! 起きてこの事態を聞いていた!

 スヴェトラーナはアクサナがルカの元へ動く時に気配で目が覚めていたのだ。
 自分も起き上がろうかと思ったが、会話が始まり起きられなくなった。
 こんなの盗み聞きになってしまうと思ったが、ルカにアクサナが迫っているのだと気が付きどうしていいかわからずにいた。
 身体を丸めて固め、目をきつく閉じ、顔を真っ赤にして心の中で叫んでいた。

 ルカ! お願いです! やめてください!

 スヴェトラーナが起きていることに気が付いたルカは咄嗟に立ち上がった。
 アクサナが跳ね除けられ驚いて見上げたが、ルカはアクサナを無視して荷物を背負うと丸まって固まるスヴェトラーナをマントに包んだまま片手で抱え上げ枕にしていた荷物を拾った。
 驚きに目を見開いたスヴェトラーナはルカの顔を見た。
 口を引き結び、顔も耳も首も真っ赤になっている。
 ルカは軽々と片手で丸まったままのスヴェトラーナを抱えたまま馬に飛び乗り腹を蹴った。

「ちょっと! ルカ?」

 アクサナの声が後ろから聞こえたが、ルカはスヴェトラーナを抱えたまま馬を走らせ振り返らなかった。
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