人質王女の恋

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 コースリーがクロフスを吸収し、戦争が終結してから三年。
 今日はグルシスタ王国の国王オーギュストの誕生日。
 王城の門が開かれ、広場には参賀に訪れる民衆で埋め尽くされていた。
 オーギュストはバルコニーから大歓声で誕生日を祝う民衆に感謝を述べ、ひとりひとりの顔を確認するようにゆっくりと見渡し手を振る。
 隣に並ぶ王妃カトリーヌと左右には王子アルベール。アルベールの妹で第二王女のアンヌもいて、にこやかに感謝を込めて手を振っていた。
 グルシスタでは王の誕生日と新年の年二回、このバルコニーから一家がそろって国民に姿を見せる。
 それを楽しみにしている国民は多く、祝日となるため遠方から寝ずに馬車を走らせ来るものも多い。
 王や王妃の姿だけでなく、年々成長する王子や王女の姿が見られるのも楽しみのひとつであった。
 しかし。一昨年昨年に続き今年も第一王女ミシェルの姿がないことに国民は少なからず落胆した。
 三年前の慰問の際、負傷兵をかばって怪我をしたミシェルは国民に人気が高い。
 オーギュストがバルコニーを去った後『国民の前に姿を見せることが出来ず申し訳なく思う』と言うミシェルからのコメントが大臣から読み上げられると、集まった民衆は静まり返り皆一様に隣に立つ者と手をつなぎ静かに祈りをささげた。
 どうか我らが王の娘をお癒しください。民の前にお返しくださいと。
 その祈りに、オーギュストは心で感謝した。



 *****



 ミシェルは神殿で祈りを捧げていた。
 父王オーギュストの健康と、国民が健やかにいられますように。
 長い時間を祈りに捧げやっと立ち上がる後姿に待ちかねたように声がかかる。

「姉さま、おわった?」

 ミシェルの祈りが終わるまで待っていたのは第二王女のアンヌだった。
 ミシェルより明るいキャラメル色の髪を弾ませ、同じヘイゼルの瞳を持つが大きく表情豊かなそれは愛らしく、屈託がない。
 三つ年下のアンヌは同じ年の頃のミシェルに比べてもだいぶ無邪気で子供に見える。

「一般参賀は終わったの? みんな喜んでいた?」
「ええ。でもやっぱり姉さまの姿も見たかったと思うわ。今年も皆、祈ってくれていたわ」
「そう……」

 ミシェルは申し訳なさそうに目を伏せたが、アンヌにはその表情はわからなかった。
 それはミシェルの顔の上半分鼻先までが、頭からすっぽりとかぶったベールで隠れているからだった。
 三年前の事故の怪我で顔の左側、額から目の周りをぐるりと頬骨まで真っ黒な痣が残ってしまい、以来寝室以外では必ずモスリンを重ねたベールをかぶっている。
 グルシスタではとっくに女性の婚期を超える二十歳になっていたミシェルだが、この痣のある顔で結婚など出来るはずもないと諦め毎日を神殿で祈ることや国の名産品でもある織物をして過ごしている。
 国や民のために祈ることや、貿易に使える織物をすることで少しでも役に立てればそれは幸せなことだと思っていた。
 王族は民のために存在する。民を愛し、民に尽くし、敬われる。民を思うこと以外に王族の仕事はない。
 王族のすることは、すべて民の為でなくてはならない。民をないがしろにする王族に存在価値はない。
 そう教えてくれたのは王妃カトリーヌの弟で、王子・王女の教育係をしてくれたモロー公だった。
 王子も二人の王女も幼いころからこれを王族としての心得としていた。
 クロフスとの戦争が終わっても、コースリーはまた西の国と戦争を起こしていると聞く。
 どうか再びコースリーの戦に巻き込まれることなくグルシスタに平和が続きますように。
 姿を見せられないのは申し訳ない気持ちになるが、ミシェルは祈りで国や民に尽くした。

「父さまのお祝いを一緒に渡しに行きましょう! 今年は二人で作ったから大作だもの。きっと喜んでくださるわ」

 アンヌは父親の喜ぶ姿を想像し、待ちきれない様子でミシェルの腕を引いた。
 かわいいアンヌ。
 幼い子供のようになついてミシェルの心を明るくする。

「そうね。二人で半年かけたホワイトキルトのベットカバーだもの。絶対に喜んでくださるわ」
「楽しみね! 姉さま!」
「そうね」




 オーギュストは二人の娘からプレゼントを心から喜んだ。
 細かく丁寧に刺された模様はとても美しく、王妃のカトリーヌも感嘆の声を上げた。
 王子アルベールからは王城の南にある湖を描いた絵をプレゼントされ、私室に飾る約束をした。
 普通の王族であれば、盛大な晩餐会や舞踏会が開かれるだろう王の誕生日だが。
 オーギュストは家族のみでのいつもと変わらぬ夕食で過ごした。
 終戦から三年経っても元々苦しかったグルシスタの財政は復旧しておらず、慎ましく過ごす国民と同じように過ごしているからだ。
 盛大な祝いの会などなくとも国民が笑顔で祝ってくれた。子供たちが贅沢をせず、手作りでプレゼントを作ってくれた。王妃がともに喜んでくれた。
 それで十分だった。
 しかし。
 翌日にはその幸せが壊されてしまうのだった。




「陛下! コースリーが国境付近に軍を集めています! 我が国に攻め込む用意が整えられております!」
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