涅槃に行けない僧侶サマと極楽浄土で戯れを

ささゆき細雪

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そこは極楽浄土

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 気怠い身体を持ち上げれば、愛しい妻はすでに起床して障子の向こうにある作業机に座っていた。
 青臭い情事の名残を引きずりながら、彫刻刀を片手に木を削るマヒナは、キヨミネが起きたことに気づくこともなく、夢中になって作業をつづけている。
 木工作家・合川真雛。
 キヨミネが愛する唯一の女性は結婚してからその名を界隈に轟かせるようになっていった。いままではカトラリーを中心とした素朴な彫刻が売りだったものが、キヨミネと結婚してからは手のひらサイズの彫像も手がけるようになったからだ。
 マヒナがひとつひとつ想いを込めて形造られた彫像は縁結びや家内安全のお守りとして寺院で売られている。見た目の愛らしさはもちろん、現地で職人が作製しているという縁起物として評価が高く、季節によっては生産が追い付かなくなるほどだ。
 才能を開花させたつもりはないが、マヒナはキヨミネに抱かれることで、新たなインスピレーションをいただいているのだと口にしていた。ときに菩薩のように、観音さまのように。彼女は想いを彫像しながら生きていく。その姿はさながら解脱。
 マヒナのすべてを自分だけのものにしたいと思っていても、彼女がやりたいことをキヨミネは奪えない。
 もどかしいと思いながらも、彼女が夢中になる姿を独り占めしているのは自分だけだと納得させて、キヨミネは彼女の傍へ身体を寄せる。

「……起きたの、ですか」
「あんまり根を詰めるんじゃないよ。身体は大丈夫か?」
「ええ」

 作業のときの彼女がそっけないのはいつものことだ。けれど正月三が日を布団の中で共にした翌朝の反応としては、すこし冷淡な気もする。
 キヨミネは残念そうに顔を背け、マヒナからはなれようとする。

「キヨミネさん」
「邪魔して悪かった。食事の用意をしてくる」

 この三日間はお重に入れられたおせち料理をつまみながら、ときに日本酒を口移ししながら、ずっと布団のあるこの部屋でふたり過ごしていた。さすがにお重の中身も少なくなり、なますや栗きんとんばかりになっているため、主食となるものを台所から取ってこようとキヨミネが伝えると、彼女はそうじゃないのと首を横に振る。

「なんだい?」
「あの……ね」

 カリカリカリと削っていた木片には、武将姿が宿っていた。珍しいと目を見開くキヨミネに、マヒナは囁く。

執金剛神しゅこんごうじんだよ」
「仁王像じゃなくて?」
「仁王さんは二人でひとつじゃない。執金剛神、インドだとヴァジュラパーニだっけ……は金剛力士像の仲間で、ギリシャ神話のヘラクレスがモデルとも言われている武将さん。キヨミネさんみたいでしょ?」
「俺?」
「うん。ほんとうは仏の智慧を武器にする金剛杵を持たせるんだけど、まだ持ってないから」
「持たせたらどうなるの?」
「煩悩を打破しちゃう」

 そう言って、マヒナは作りかけの彫像を撫でながらくすくす笑う。

「それは困りましたね」
「この三日間、ずっとお布団で怠惰に過ごしていたからお灸をすえないといけないかな、って思ったんだけど……から」
「マヒナ」

 マヒナは「極楽浄土にいるみたいだった」とこの三日間を反芻して、顔を真っ赤に染めて俯いている。なんて可愛いんだ、とキヨミネは思わず彼女を背後から抱きしめてしまう。

「俺が煩悩まみれの生臭坊主でもいいの?」
「わ、わたしだけ、だってキヨミネさん、言ってたから」
「そんなこと言うと、いまから抱くけど?」
「いま!? ここで!?」

 ぎょっとするマヒナの胸を服越しに揉みながら、キヨミネは嬉しそうに笑う。布越しだというのに、彼女の乳首は期待しているかのように勃ちあがっている。恥ずかしそうに身体をくねらせる彼女をひょいと抱き上げ、お布団へ転がして、キヨミネは慣れた手つきで服を脱がしていく。だめ、と弱々しくつぶやく彼女を無視して、キヨミネは身体中に刻まれたキスマークを撫でていく。

「キヨミネ、さぁん……」
「昨日の余韻が残ってるね。まだ物足りなかったんじゃないの? マヒナも淫乱になったなあ」
「ちが、ぁあんっ……」
「ちがわない。もっともっと気持ちよくしてあげる。どうせ今日も仕事の予定はな……あ」
「キヨミネさん?」

 ハッ、と我に却ってキヨミネは「向原のじいさんの通夜!」と立ち上がる。そういえば年末に息を引き取ったから年明けに葬儀を執り行うって……思い出したマヒナも「あー!」と声をあげる。すっかり忘れていた。
 慌ててマヒナの服を直してキヨミネは「このつづきは明日の夜な!」とバタバタと本堂へつながる廊下を走っていく。気怠い疼きと熱を中途半端に残されてしまったマヒナは「もう!」と呆れながら作業机に戻る。

 ――煩悩を打破したところで、わたしたちはもう、涅槃に行けそうにないですね。

「困った僧侶サマ……生臭坊主でも、愛してますよ」

 彼を模した執金剛神像を撫でながら、マヒナはこっそり、夫への愛をこぼすのだった。




“A monk full of worldly desires cannot go to Nirvana”――fin.
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感想 3

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みんなの感想(3件)

すなぎ もりこ

完結おめでとうございます!!
専門的な仏像の知識で場が引き締まったところで、生臭夫が煩悩を放出。
この振り幅が良い!
始終煩悩まみれの僧侶が性癖に刺さりました。
エロありがとうございます。

2022.01.13 ささゆき細雪

すなぎもりこさま
完結までお読みいただきありがとうございますm(_ _)m
どこまでも懲りない絶倫僧侶と、なんだかんだで丸め込まれちゃう年下嫁の姫初め、楽しんでいただけたのなら嬉しいです。
連載中から感想をありがとうございました!

解除
すなぎ もりこ

読了しました!
専門的な仏像の知識で場が引き締まったところに、懲りない生臭い夫が煩悩を放出。
その振り幅の広さが、魅力です。
エロ楽しかったです!

2022.01.13 ささゆき細雪

すなぎもりこさま
またまたありがとうございます(*^^*)
生臭な夫は懲りませんねw
真面目なはなしをしながらアホエロをする器用な夫婦です。

解除
すなぎ もりこ

煩悩にまみれた僧侶…ぐっときます。
エロさが倍増(*>∀<*)
更新楽しみにしています!

2022.01.12 ささゆき細雪

すなぎもりこさま
感想ありがとうございますヾ(*´∀`*)ノ
煩悩まみれの生臭坊主のおはなし、楽しんでいただけると嬉しいです〜。

解除

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