春嵐に黄金の花咲く

ささゆき細雪

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忠三郎の告白

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 そのまま、忠三郎に手を引かれて城と町を結ぶ門の傍まで下りた帆波が目にしたのは、ぽっかりと赤みがかった月が浮かぶ、自分の紺碧の瞳よりも濃く、深い、夜の帳が降りた空だった。
 鋭い刀のような銀朱の月に照らされた門からすこし離れた緑溢れる場所。その、ちいさな庭院にわのおおきな岩に、忠三郎はひょいと腰を下ろし、隣へ帆波を座らせた。夜風に乗って香るのは花菖蒲だろうか。鼻孔に届く甘い香りが、帆波の緊張を緩めてくれる。
 ふだんは城下町の喧騒が聞こえる門前にある庭先も、夜だからか、とても静かだ。帆波はさっきまでの指の震えがいつのまにか治まっていることに気づき、ハッとする。

 ――もしかして、忠三郎は。

「見てろって言ってただろ」

 ぼそりと呟く声は、ふだんより大人びていて、帆波の耳にやすやすと侵入していく。

「お前が何を抱えているのか、おれは冬姫からきいていないからわからない。だが、あのルイスとやらと話してからのお前はおかしいぞ? なんでもないようにふるまってはいるが、見ていればわかる」

 そう言って、帆波の沈んだ瞳を真正面から見つめて、淋しそうに笑う。

「そんな状態で冬姫の傍にいたら迷惑だ。あやつも困っておっただろうに」

 ああ見えても彼女はまだ十一歳なのだ。余計な心配はかけさせたくないと、忠三郎はぽつりと呟く。

「……てっきり宣教師と一緒に出ていけって言うと思ったわ」

 悔し紛れに帆波が応えると、忠三郎もまた素直に頷く。

「いっそのことそうしてやろうかとも思ったが、冬姫が悲しむようなことはしたくない」
「それで、困っている冬姫さまに代わって、忠三郎さまがあたしのことを慰めてくださるってわけ?」

 刺々しい帆波の言葉にも、忠三郎は当然のように口を開く。

「話をきいてやることくらいはできるだろ」

 そして、帆波の黄金色のまっすぐな髪をやさしく撫ではじめる。そんな風にされると、心がざわついてしまうというのに、帆波はこの場から逃げることができずにいる。

「おれのことは岩とでも思え。どうしても無理なら異国の言葉で捲し立てても構わない」

 目を丸くして、帆波はおそるおそる声をだす。自分を間諜ではないかと疑っているはずの彼が、そんなことを言うなんて思わなかったから。

「なんで……?」

「お前は我慢しすぎている。この城に来てから、ずっと肩肘を張って歩いていたようなものだろうに。誰が敵で味方かもわからない場所で、冬姫の侍女として認められようと必死になっている姿を垣間見ているおれとしては、どうにか息抜きさせられないかと思ったんだが」

 逆効果だったか、と苦笑する。

「――まさか」

 彼が突っかかって喧嘩を売っていたのは、自分を疑っていたからではなかったのか。
 顔に出た帆波の気持ちを、忠三郎は掬いとり、穏やかな表情でつづける。

「最初は信長さまに付け入ろうとした諸国の忍びかとも考えたが、その容姿では隠れて行動することも難しかろう。それに冬姫もお前が京都で宣教師たちと行動を共にしていた通詞だと言っていたからな」
「ああ……」

 忠三郎は自分の出自までは知らないのだろう。ただ、京都で宣教師の通詞をしていた少女が物珍しくて信長さまが連れ帰ったのだとそう思っているに違いない。
 帆波は黙って忠三郎の言葉に耳を傾ける。

「男同士なら刀剣を交わせばすぐに仲良くなれるものだが、お前に一戦挑むわけにもいかなかったし、口でやりあうほかないだろう?」

 ひとりぼっちになってしまった帆波に、すこしでも淋しいという気持ちを起こさないために。そして、それに気づいた信長と冬姫も、忠三郎の共犯者となったのだ。だから城の人間は誰も、ふたりの言い合いを本気に取らなかったのだろう。


「……じゃあ、あの接吻は」


 挑むような口づけは、宣戦布告ではなかったのか。
 思わず小声になる帆波に、忠三郎はぽん、と頭を撫でる。


「お前に惚れたからだよ」
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