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番外編 すれちがい、やりなおし
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桜の花はついに音を上げたのか、少しずつ花を散らしていく。もうすぐ五月。そろそろ八重桜が満開になる。
「あれ? 今日は何も貼られてないね」
昼休み。
いつものように購買から帰ってきた菜花の背中を、理沙がチェックする。
「嘘。先輩の姿、あったのに」
「忘れられたんじゃないの?」
「えー」
「今日の株式市場はお休みってことで」
「つまんない」
「じゃあ、聞いてくれば?」
理沙が、当然のように菜花に提案する。
「聞いてくる?」
* * *
二年生の教室は三階にある。
赤いシューズの新一年生が珍しいのか、至る所で部活動の勧誘をされる菜花。
「部活入った? え、まだなの? よかったら女子バレー部入らない? 背、伸びるわよ」
……失礼な。チビであることを自覚している菜花にとって、その言葉は禁忌なのだ。
「水泳部なんかどう? え、泳げない? 大丈夫だって、優しくてマッチョな先輩たちが手取り足取り教えてくれるよ!」
泳げなくたって生きていける、と、開き直って、マッチョな先輩の魔手から脱け出す。
「運動部のような野蛮な活動、君には似合わないよ。どうだい、僕らの考古学研究会で大河ドラマのような歴史探訪の旅に出かけようじゃないか」
ごめんなさい、あたし日本史のテストで八代将軍吉宗を本気で暴れん坊将軍だと今まで思っていたの……
階段を下りて、廊下の端から端に歩くまで、五つくらい、勧誘されてしまった菜花は、最初の目的をすっかり忘れて。
「うわー、すっごいですね! これ、全部手作りですか?」
「まぁね。東京周辺のジオラマなんて簡単簡単、初心者でもコツさえ覚えればすぐにできちゃう。よかったら放課後もおいで~」
――と、模型同好会で足を止めてしまったのであった。
* * *
「んで、油井センパイっていうんだけど、女の人なのに模型作るの上手で」
「……あんた、最初の目的と結果が随分と異なってないかい?」
放課後。
掃除当番の理沙に、模型同好会に仮入部することを告げて、一人二年生の教室へ向かう菜花。
「失礼しま……」
ガラリ、扉を開く。
「嘘から出た誠」
「飛んで火にいる夏の虫」
菜花、困って扉を閉めようとする。
「した」
「こら一年生、扉閉めない帰らない」
「だ、だってなんでいるんですかセンパイ!」
菜花の目の前には、昼休みに説明してくれた油井先輩と、もう一人、男の先輩……菜花の背中に値札を毎日貼ってる張本人がいた。
しかもなぜか教室の中で二人、ことわざ慣用句のしりとりをしている。
菜花が戸惑うのも当然である。
「し、渋皮が剥ける。って、俺がいちゃ悪いの?」
「いえそんなことありません。それより『る』が頭につくことわざ慣用句なんてありましたっけ」
「ない。ケースケ、お前の負け。校庭三周」
「そんな藪から棒に言われても」
「あ、あの……」
二人きりの世界を作られているような、そうでないような、部外者の菜花は困って二人の顔を見比べてしまう。
紅を塗っていないのに艶やかで、つんと上を向いた唇、桜の花びらみたいに透明感のある頬、肩まで伸ばしっぱなしの黒髪、誰をも魅了するようなつぶらな瞳……彼女、油井彰子が模型同好会部長だなんて、この見た目では考えられない。隣にいるぬぼーっとした感じで佇んでいる男の先輩の方がそれっぽいのになあと菜花は不思議に思う。思わず。
「お二人は、付き合ってるんですか?」
「「まさか冗談じゃねぇよ」」
尋ねたところ、即答。二人の声がぴったり重なる。しかも怒ってる。
怒られるようなことを聞いたかなぁと戸惑う菜花。
だけど、心の奥底で、ホッと安堵している自分も、確かにいた……
そんな菜花を見て、強張った顔を元に戻して、油井がくすり、微笑む。
今までの醜態は見なかったことにしろ、と、暗に脅して。
「あのね、佐谷さん」
「菜花でいいですよ~」
「よくないわよ、ねぇ、ケースケ君」
「……ユイさん、なんでいちいちつっかかってくるんですか」
桂輔の質問をいなして、油井は「よいせ」と立ち上がる。
「あたしちょっと公衆電話行って来る」
「え、油井センパイ?」
「横にいるでっかいのが君のラスボスだ。誠意を持って戦いに臨め」
「勝手にラスボスにしないでください!」
「なんでラスボスがでてくるの? ここ模型愛好会ですよね?」
菜花がまじまじと桂輔の顔を見つめる。
桂輔、菜花に直接見つめられて顔が真っ赤になってしまう。
それを楽しそうに見送り。
「アディオス!」
横開きの扉の向こうへ逃げる油井。
残された桂輔と菜花、お互い、気まずそうに視線を泳がせる。
「おーいユイさぁん……」
強制的に二人きりにさせられてしまった桂輔と菜花は。
「らすぼす?」
互いに状況を理解していない。
「あれ? 今日は何も貼られてないね」
昼休み。
いつものように購買から帰ってきた菜花の背中を、理沙がチェックする。
「嘘。先輩の姿、あったのに」
「忘れられたんじゃないの?」
「えー」
「今日の株式市場はお休みってことで」
「つまんない」
「じゃあ、聞いてくれば?」
理沙が、当然のように菜花に提案する。
「聞いてくる?」
* * *
二年生の教室は三階にある。
赤いシューズの新一年生が珍しいのか、至る所で部活動の勧誘をされる菜花。
「部活入った? え、まだなの? よかったら女子バレー部入らない? 背、伸びるわよ」
……失礼な。チビであることを自覚している菜花にとって、その言葉は禁忌なのだ。
「水泳部なんかどう? え、泳げない? 大丈夫だって、優しくてマッチョな先輩たちが手取り足取り教えてくれるよ!」
泳げなくたって生きていける、と、開き直って、マッチョな先輩の魔手から脱け出す。
「運動部のような野蛮な活動、君には似合わないよ。どうだい、僕らの考古学研究会で大河ドラマのような歴史探訪の旅に出かけようじゃないか」
ごめんなさい、あたし日本史のテストで八代将軍吉宗を本気で暴れん坊将軍だと今まで思っていたの……
階段を下りて、廊下の端から端に歩くまで、五つくらい、勧誘されてしまった菜花は、最初の目的をすっかり忘れて。
「うわー、すっごいですね! これ、全部手作りですか?」
「まぁね。東京周辺のジオラマなんて簡単簡単、初心者でもコツさえ覚えればすぐにできちゃう。よかったら放課後もおいで~」
――と、模型同好会で足を止めてしまったのであった。
* * *
「んで、油井センパイっていうんだけど、女の人なのに模型作るの上手で」
「……あんた、最初の目的と結果が随分と異なってないかい?」
放課後。
掃除当番の理沙に、模型同好会に仮入部することを告げて、一人二年生の教室へ向かう菜花。
「失礼しま……」
ガラリ、扉を開く。
「嘘から出た誠」
「飛んで火にいる夏の虫」
菜花、困って扉を閉めようとする。
「した」
「こら一年生、扉閉めない帰らない」
「だ、だってなんでいるんですかセンパイ!」
菜花の目の前には、昼休みに説明してくれた油井先輩と、もう一人、男の先輩……菜花の背中に値札を毎日貼ってる張本人がいた。
しかもなぜか教室の中で二人、ことわざ慣用句のしりとりをしている。
菜花が戸惑うのも当然である。
「し、渋皮が剥ける。って、俺がいちゃ悪いの?」
「いえそんなことありません。それより『る』が頭につくことわざ慣用句なんてありましたっけ」
「ない。ケースケ、お前の負け。校庭三周」
「そんな藪から棒に言われても」
「あ、あの……」
二人きりの世界を作られているような、そうでないような、部外者の菜花は困って二人の顔を見比べてしまう。
紅を塗っていないのに艶やかで、つんと上を向いた唇、桜の花びらみたいに透明感のある頬、肩まで伸ばしっぱなしの黒髪、誰をも魅了するようなつぶらな瞳……彼女、油井彰子が模型同好会部長だなんて、この見た目では考えられない。隣にいるぬぼーっとした感じで佇んでいる男の先輩の方がそれっぽいのになあと菜花は不思議に思う。思わず。
「お二人は、付き合ってるんですか?」
「「まさか冗談じゃねぇよ」」
尋ねたところ、即答。二人の声がぴったり重なる。しかも怒ってる。
怒られるようなことを聞いたかなぁと戸惑う菜花。
だけど、心の奥底で、ホッと安堵している自分も、確かにいた……
そんな菜花を見て、強張った顔を元に戻して、油井がくすり、微笑む。
今までの醜態は見なかったことにしろ、と、暗に脅して。
「あのね、佐谷さん」
「菜花でいいですよ~」
「よくないわよ、ねぇ、ケースケ君」
「……ユイさん、なんでいちいちつっかかってくるんですか」
桂輔の質問をいなして、油井は「よいせ」と立ち上がる。
「あたしちょっと公衆電話行って来る」
「え、油井センパイ?」
「横にいるでっかいのが君のラスボスだ。誠意を持って戦いに臨め」
「勝手にラスボスにしないでください!」
「なんでラスボスがでてくるの? ここ模型愛好会ですよね?」
菜花がまじまじと桂輔の顔を見つめる。
桂輔、菜花に直接見つめられて顔が真っ赤になってしまう。
それを楽しそうに見送り。
「アディオス!」
横開きの扉の向こうへ逃げる油井。
残された桂輔と菜花、お互い、気まずそうに視線を泳がせる。
「おーいユイさぁん……」
強制的に二人きりにさせられてしまった桂輔と菜花は。
「らすぼす?」
互いに状況を理解していない。
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