ハルゲルツ

ささゆき細雪

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番外編 すれちがい、やりなおし

* 4 *

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 桜の花はまだまだ咲き乱れている。
 今年の春は開花が遅かったこともあって、下手をすると五月上旬まで花を楽しめるのではないだろうか、と、桂輔は思う。

「桜の木の下で、たそがれているケースケ君」
「ユイさん」

「人生最大の屈辱を晴らすんでしょ? つきあってあげるよ」
「屈辱って……そんな大仰な」
「君が高校入ったばかりのときに言ったじゃない。俺は中学の卒業式で気になっていた後輩の女の子に告白されて喜んだのもつかの間、人違いでしたごめんなさい、って言われて物凄い屈辱を受けたんだ! って」
「……よく覚えてるな」

 俺は忘れてたぞ、そんなこと、と、心の中で毒づくが、言われてみれば、言っていたかもしれない。
 目の前の残念美少女に不本意ながら恋をしている間に人知れず終わった中学時代の初恋なんか忘れていたというのに、彼女はしっかり覚えていたようだ。

「だから、どういう因果か、佐谷菜花だっけ、彼女がうちの高校に入ってきたって知って、君はふたたび恋煩いをしてしまったというわけだよ」
「なんでそうなる」

「ん。君のことずっと見てたから」
「……それ、一歩間違えれば告白の言葉だぞ」

「何勘違いしてんの。ハルゲルツがいるの知ってるくせに。あたしゃ君のことを友人として好いてるんだぞ」

 昨年の秋に彼氏がいるにも関わらず彼女に気持ちをぶつけて玉砕した桂輔はかつての恋敵ハルゲルツの名を聞いてあーはいはいとため息をつく。

「単に面白がられてる気がする」
「だって面白いし。他人の恋路だよ?」

 即答されて、がっくり、桂輔は頭を垂れる。

「あーあ。俺ってなんてかわいそうな奴なんだ」
「自分で言うな」

 やれやれ、と言いたそうな表情で、油井はそっと、不憫な男友達の頭を、撫でた。


   * * *


 菜花が背中に値札を貼られて、数日。

「今日は70円だよ」
「……値下げされた?」

 たぶん、黒砂糖パンを食べているのだろう、あの先輩は。
 菜花は特に気にすることなく、毎日昼休みになると購買へパンを買いに行く。そして当然のように背中に値札をくっつけて帰ってくる。

 最初のうちは不審に思ってた理沙も、今では面白がって「今日は九十円だからチョコチップメロンパンだ」なんて言う。

 悪意のない悪戯だから、だろう。これが渋谷なんかで背中に貼り付けられる風俗のピンクチラシだったらここまで寛大になれない。


「でもさぁ、どうしてこんなことするんだろう?」


   * * *


 一週間経過。

 毎日言葉を交わすわけでもなく、菜花は名前も知らない一年年上の先輩から背中に購買の値札をつけてもらうだけ。はたから見たらとても変な関係だ。

 菜花たちの高校の制服であるライトブルーとアッシュグレイのチェックのベストに、いつも値札は貼られる。値段はその日によってマチマチ。

「その先輩も暇人だよね。毎日毎日ナノハナの背中に値札貼り付けにくるなんて」
「確かに、そうかも」
「何、あんた何も感じてなかった?」
「うん。日常の儀式みたいな感じ」
「どんな儀式よ」

 呆れて溜め息をつく理沙を見て、菜花は不思議そうに首を傾ける。

 そんな日々が二週間くらい続いて。やがて。
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