ハルゲルツ

ささゆき細雪

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番外編 すれちがい、やりなおし

* 1 *

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   これは「ハルゲルツ」から半年後。

   菜の花が咲いて春が来て、桜が咲いて散る間際。

   遅れて芽生えた、もうひとつの「ハルゲルツ」。



   * * *


 桜の木の下では、多くのドラマが生まれる、と、菜花なのはなは思う。
 出会いと別れを繰り返す、不思議な空間。それが、桜の木の下。

 入学式から卒業式までの三年間。
 桜は今まで、どのくらい生徒たちの成長を見守っているのだろう? きっと、あたしが生まれるずっと前からなんだろうけど……
 ぼんやり窓際の席で、授業中に、これでもか、と、咲き誇っている桜の木々を眺めながら、考える。

 そしてこれから。
 菜花も、この桜の木々に見守られながら高校生活を送るのだ。

 四階の窓から見える淡いピンクの絨毯は、高校一年生になったばかりの菜花たちを祝福してくれているのだろう。が。

 過去、卒業式に憧れの先輩から第二ボタンを貰い損ねた佐谷さたに菜花にとって、桜の木の下は、はっきりいって、禁域に等しかったりする。


  * * *


 それは憧れの先輩が卒業する日。菜花は、当時中学二年生だった。
 菜花は卒業式の祝辞を脱け出して、卒業生たちが式を終えてから集う広場で待ち伏せをしていた。
 だって、奥井先輩の第二ボタンを奪取しようと目論んでいるのは、菜花だけじゃないから。

 ライバルたちを出し抜いて、とっとと第二ボタンをもらっちゃおう、と考えた菜花だったが、桜の木の下に、先客がいた。
 誰だろう、訝しげに菜花は人影に近づく。どうやらこの学校の生徒のようだ。黒の学ランを着ている。
 まだ、桜は少ししか花開いていない。膨らみきった桜の蕾はめいっぱいの自己主張をしている。これから、桜の季節が始まるのだ。

 菜花に気づかず、少年は桜の蕾を見つめている。
 今年の桜は気が長いのかなぁ、そんな風に、遠くの空を見つめている。
 学ランのポケットには、「卒業おめでとう」と記された赤い花のコサージュ。どうやら卒業生らしい。
 近づくにつれて、菜花の鼓動が大きくなる。

 ……まさか、先輩?

 背中でわかる。毎日見つめていた大きな大きな背中。
 汗びっしょりで、輝いていた背中から滲み出すオーラを菜花は、感じ取る。
 元バスケットボール部キャプテン、奥井孝義たかよしセンパイだ。そうだそうにちがいない!

 ラッキー! とりまきのお姉さまも、後輩たちも誰もいないっ、きっと先回りしたあたしを驚かそうと、神様が悪戯したのね!

 心の中でうんうん頷いて、菜花、すぅっと深呼吸。
 緊張でどっくんどっくん言い始めた心臓の上にそっと手を乗せて、今がチャンスだ告っちゃえ!
 と、頭の中で、自分の背中をどん、と思い切り押してみる。

「卒業おめでとうございますっ、センパイ。佐谷です、ずっと前から好きでした……だ、第二ボタンくださいっ!」

 一気に言い切った菜花。
 ようやく、この気持ちを本人に伝えることができた、これで思い残すことはない……ハズだった。
 舞い上がっていた菜花。
 自分が、思い込みの激しい気性の持ち主であることを、このとき、すっかり忘れていた。

 有頂天になっている菜花を他所に、突然告白された少年……菜花が奥井義孝だと思い込んでいる人物……は、驚いて、振り向く。

「え、俺?」

 振り向いた顔を見て、愕然とする菜花。

 違う。
 奥井センパイじゃ、ない!

 それからの菜花、顔から火を噴いたような、真っ赤な顔して、申し訳なさそうな表情で、その少年に前言撤回をする。

「ごめんなさい、人違いでした。今のなかったことにしてくださいぃ!」

 そして、逃げ出した。
 これ以上ここにはいられない。恥ずかしすぎる。

「……そこまで言っておいて人違いかよ!」

 だから、少年の困惑した表情を、菜花は見ていない。
 桜の木の下でのちょっとした出来事は、十四年来生きてきた菜花にとって、一生の不覚となった。
 菜花はそのことを覚えているが、人違いの少年が誰だったか、忘れてしまった。

 皮肉なことに、その少年が、菜花のことを以前から気にしていたなんて、菜花は知る由もない。
 本当に奥井センパイに似ていたのか、ただ単に菜花がそうであってほしいと思い込んでいたのか……それすら今ではわからない。

 とどのつまり、失意のどん底にあった菜花、奥井センパイの第二ボタンを手に入れることは、残念ながら叶わなかったのである。
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