ハルゲルツ

ささゆき細雪

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11. だから君はハルゲルツ a

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 春継がいなかった。
 素晴らしき男友達と友情を再確認したことを自慢しようと朝からはりきっていた彰子は、出鼻を挫かれて機嫌が悪い。

「おーいユイさん?」
「おはよ。ケースケ」
「朝からしみったれた表情してるけど何かありました?」
「……あいつ、いなかった」
「あいつって?」

 意地悪そうに問う桂輔。わかってるくせにと思いつつ、彰子は口を開く。


「ハルゲルツ」


 桂輔が想像した単語ではなかったが、それが同一人物を示していることに違いはなさそうだ。

「……まぁた意味不明なネーミングを」

「意味あるもん。ハルツグって言いづらいんだもん。それでも呼び捨てろって言うから頑張ってここまで妥協したんだよ昨日の夜いっぱいいっぱい考えてあたしだけの呼び名を。ねぇわかるかいケースケこの愛情が」

「あーはいはい失恋したばっかの人間にノロけないでください」

 それでも蹴りがついたのだろう、桂輔は何事もなかったかのように、飄々とした顔で、いつものように彰子の傍にいる。傍にいることを心地よいと改めて実感している。たとえ自分が恋愛対象に至らなくても。彰子が大切なことに変わりはないのだから。

「でもそのハルゲルツがいなかったのー」

 机に突っ伏して手足をじたばたさせる彰子、それを楽しそうに見つめる桂輔。そして。

「あっ」

 すっかり忘れてたと由海が携帯電話を取り出す。突然慌てはじめた由海を見て、彰子が首を傾げる。

「ユーミ、どした?」
「昨日、ユイさんの彼氏さんから電話の着信があったんだけど……言うの忘れちゃった」
「なんで?」

 なんで由海の携帯に? 彰子が首を傾げる。

「ユイさんに慌てて連絡したいことがあったんじゃないの?」
「そう、なのかな」

 由海に携帯を借りて、春継の番号を押す。

「……留守番電話だ」

 彰子は、ピーという発信音の後に。


   * * *


 入院二日目。春継は車椅子の練習をしている。携帯電話は病室に置いてきた。総合病院だと電源を切れとうるさいだろうが、ここは病気で入院している患者が殆どいない、怪我人しかいない外科病院なので雰囲気は合宿所のような感じなのだ。

「ん。着信一件?」

 病棟内を車椅子で一回りして自分の病室に戻り、携帯電話をのぞくと、由海の番号が。
 留守電に入っていたメッセージは想像した通り、彰子のもの。だが。

「……あいつ」

 慌てて由海の番号にかける。授業中だろうが知ったこっちゃない。
 彰子の声が聞きたい。

 一日しか離れていないのにこんなに恋しくなるなんて。


   * * *


 現に授業中だった。

 しんと静まりかえった教室で展開される因数分解。彰子は机の上で突っ伏している。眠っているのかもしれない。
 由海は自分の携帯がぶるぶる震えていることに気づき、困惑する。

 ……どうしようユイさんの彼氏さんからの電話だよねやっぱり取り次いであげた方がいいよね授業中だけど。

 先生が黒板で公式を説明しているうちに斜め後ろの席にいる桂輔に渡せば大丈夫だろうと、由海は桂輔に向けて携帯を投げる。
 一部の級友が何事かと空中を見つめる。桂輔は由海から投げつけられた携帯をさっと受け取る。ナイスキャッチ! だが着信が切れる前に彰子に渡さなくては。
 桂輔は隣の席で気持ちよさそうに睡眠を貪っている彰子の机を揺らし、彼女を起こす。
 寝ぼけた表情の彼女に「電話電話」と桂輔が呼びかけると、授業中だというのに彰子は。


「もしもし? え、整形外科? 何、首にテニスボール当ててコルセットしてんの?」


 ……数学教師に叱られたのは言うまでもない。
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