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白鳥とアプリコット・ムーン 本編

烏座の副団長とローザベルと双子座の幼馴染

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 ラーウスの古民族のなかで、ノーザンクロスの白鳥から分かたれた魔法を失った黒き烏。それが、スワンレイク王国憲兵団副団長マイケルの生家、コルブスの一族だ。

 スワンレイク王国建国当初に宮廷魔術師としてアルヴスの人間に従ったアイーダ・ノーザンクロスに失望したマイケルの祖父は、スワンレイク王国の繁栄を複雑な目で見つめていた。もし、自分たちの一族に娘がいたら、“愛”を捧げて王国の重鎮の座に就いたのは自分たちかもしれないと。

 初代国王マーマデュークが死んで現国王アイカラスが玉座についたときも、恨めしそうに男であるマイケルを見つめるだけだった。あいにくマイケルは“星詠み”のようなちからもつかえない、精霊を見極めるくらいしか能のない、力技のほうが得意なふつうの男だ。

 だが、アイカラスが戴冠した際に、ノーザンクロスの一族は“愛”を通じた契約を交わさなかった。そこへしゃしゃり出てきたのが、双子座のジェミナイだ。

 アイカラスは宮廷魔術師、という役名を宰相というものへ改め、すこしずつ廃れゆく魔法と訣別するための未来を探り出した。この動きは、ノーザンクロスの分家筋でありながらちからを持てずにいたコルブスの一族に希望と焦りをもたらした。これからの時代は、魔法など必要ないのだ、古代魔術にすがるほかの古民族と自分たちコルブスは違う、けれど自分たちから魔法を奪ったら何が残るのだろう、と。

 アイカラスが第一皇太子としたフェリックスもまた、魔法嫌いの王子として知られ、彼が跡を継ぐ頃には、アルヴス同様にラーウスでも魔法が絶滅するのではないかと囁かれるまでになる。おまけに彼は天秤座のリヴラの娘と結婚してしまった。旧きものと新しきものを天秤で公平に扱うというフェリックスの決意に、失望してしまったのは否めない。

 その一方で、第二皇太子ゴドウィンは魔法の存在を容認することで、古民族の存在を受け入れていた。彼自身、宮廷魔術師だったアイーダから古代魔術の理論を学んでおり、自身は魔法を扱えないものの理解がある。マイケルの祖父などはフェリックスを王にするよりも自分たちに利益があるのではないか、うまくすれば傀儡として操れるのではないかと思うようになっていた。

 そんなことつゆ知らず、成人したマイケルは王国憲兵団に入団し、国王アイカラスに仕えるようになる。二代目国王アイカラスはマイケルの実家があの烏座だときいても態度を変えることなく、彼自身を評価してくれた恩人である。実家にうるさく言われようが、アイカラスが玉座に座っている間は彼に忠誠を誓おうと、マイケルは心に決めた。

 折しも世間が怪盗アプリコット・ムーンに踊らされはじめた頃である。上司にあたる憲兵団長ウィルバー・スワンレイクは自分よりふたつ年上で妻帯もしているというのに、どこか頼りない飄々とした男だった。国民からもスワンレイク王家の恥さらしと呼ばれても反論することなく、静かに国王に従う姿には胸を打たれたが、怪盗とやりあうときだけは子どもみたいにがむしゃらで、しょっちゅう間抜けな姿を部下たちに見せていた。
 こんなことで国家を愚弄する怪盗を捕まえることができるのだろうかと不安になったものだ。

 一方で、マイケルは怪盗アプリコット・ムーンが古代魔術をつかうと知り、また、国家転覆組織の一員だという疑いから、自分の一族が関係しているのではないかと危惧を抱いていた。年頃の魔女は烏座のなかにはいない。だが、“稀なる石”を集めて時間干渉の大魔法を扱える人物なら、該当者がひとりいる。

 ――ローザベル・ノーザンクロス。

 まさか、憲兵団長ウィルバーの妻である彼女が、怪盗アプリコット・ムーンなのか?
 マイケルが疑問を抱いたのとほぼ同時期に、国王アイカラスがウィルバーへ王命を下す。
『花の離宮の神殿跡地に残された美しき監獄に、怪盗アプリコット・ムーンをつなげ』と。

 その後、神殿跡地で“やりなおしの魔法”が発動し、憲兵団長は愛する妻のことを忘れて、捕らえた怪盗アプリコット・ムーンに執着するようになる。
 マイケルもまたノーザンクロスの一族にアイーダの後継と目される姫君がいたという記憶を失っていた。
 だが、この神殿跡地には魔力が凝っている。皮肉にもマイケルは任務のために毎日を花の離宮で過ごすようになり、多大な魔力干渉を受けた結果、彼女の存在を思い出してしまったのである。
 その頃には怪盗アプリコット・ムーンはもともとの夫であるウィルバーの手によって快楽堕ちさせられつつあった。このまま自白させれば一件落着、怪盗アプリコット・ムーンの処遇は王に委ねられ、平穏な日常に戻るだろう……
 そう思った矢先に、マイケルはアイカラスが退位しようとしていることを知ってしまう。仕えるべき相手がいなくなることで、マイケルは今後の目的を失ってしまった。
 そこに現れ甘言で釣ってきたのが、ウィルバーの様子を見に来た第二皇太子ゴドウィンと。

「カレブ・コルブスのせがれはお前のことか?」

 ――悪魔のような男、タイタス・スケイルだ。


   * * *


「……無様ね、ローザベル・ノーザンクロス」
「なんだかこのやりとり、花の離宮でもした気がするわよ? ジェイニー・ジェミナイ」

 マイケルに運ばれてスプレンデンス城の地下牢に放り込まれたローザベルは、憲兵の姿を借りて降りてきた幼馴染を前に呆れたように声を漏らす。
 王城の地下牢は花の離宮の神殿跡地に造られていた監獄とくらべてコンパクトで、檻と檻の間隔も狭い。いまはローザベルだけが檻のなかに入れられているため、声が反響していても気にすることなくふたりは会話をつづけている。

「花の離宮では怪盗アプリコット・ムーンと呼んでいたはずだが?」
「そうね。言っておくけど今回は濡れ衣よ。わたしが国王陛下を弑することなど」
「知っているよ。あと、陛下は死んでない」
「……なんですって?」

 きっぱり告げるジェイニーを前に、ローザベルは甲高い声をあげてしまう。だ、だってマイケルは国王暗殺容疑で自分とウィルバーを王城へ連行するって言っていたのに……?

「こうでもしないと憲兵団長と囚われの怪盗アプリコット・ムーンを花の離宮から王城に連れてくることはできなかっただろう? 夫婦水入らずな時間を過ごせと王も言っていたみたいだけど、さすがに四日もしっぽりされると他の業務に支障が」
「あの、ジェイニー……?」

 完全にローザベルの存在を思い出してぶつぶつ呟く幼馴染を不気味そうに見つめれば、彼女は「ううん、なんでもない」とにこやかに誤魔化す。ぜったいなんでもなくないやつだとうんざりした表情をすれば、お得意の透視術で勝手に心の声を読み上げ、くすりと笑う。

「まぁ、無事に旦那さんと仲直りできたみたいでなにより。よかったよかった。だけど未来視のちからで、自分が王殺しになって火刑に処されるところを視ちゃったのか。生きながらにして人肉を焼いていくのを夢に見るのはエグい……っと、睨むな睨むな」
「嫌がらせにしか聞こえないわよ、もう」

 こっちはようやくウィルバーさまと心を通わせることが叶ったというのに、こんな形でふたたび引き離されるなんて……
 きっとこの心の声もジェイニーには筒抜けのはずだ。けれど彼女は茶化すことなく、真面目な顔でローザベルに告げる。

「そのことについてだが、ウィルバーが国王暗殺の実行犯として憲兵団に拘束されている」
「ちょっと!?」
「話は最後まで聞けってんだよ。憲兵団の取り調べで、鞄のなかから複数の薬が出てきた。そのうちの幾つかは怪盗アプリコット・ムーンを自白に追い込むために使われた媚薬だが、ひとつ、黒い丸薬の入った瓶が見つかったのだよ」
「……へ」

 ウィルバーが怪盗アプリコット・ムーンに使った媚薬は王城の東の塔で皇太子妃オリヴィアによって調剤されたものだ。
 結婚初夜につかう香油に、同じ香りの桃色の液体に、依存性が高く強力な自白剤……それ以外に、ウィルバーの鞄のなかから毒薬が見つかったのだとジェイニーは声を潜ませ、ここからが重要だぞとローザベルに伝える。

「その薬の不思議なところは、王城で作られた薬ではない、ってことなんだ」

 どういうことか理解できるかい? と目線で訴えられ、ローザベルは弱々しく応える。

「ウィルバーさまは、嵌められたのよ……あの、マイケル・コルブスに」
「そう考えるのが妥当だよな。だけど、その例の毒薬を調剤できる人間は、限られている。オリヴィア・リヴラもまた、容疑者候補として名を連ねている」
「そんな……オリヴィアが陛下を殺そうとするなんてありえない!」
「そこで、だ。今回の事態を受けて皇太子フェリックスさまが動き出した。愛する妻の無実を証明するため、そして古代魔術の貴重な知識を悪用しようとしている輩を成敗するため」
「……?」

 犯人の目星などとっくについているのだとジェイニーは不敵に笑う。けれどそのためには犯人を炙りだす必要がある。
 そこで、ローザベルとウィルバーに協力してほしいのだとジェイニーは懇願する。


「このようなことを頼むのは心苦しいが。ローザベル・スワンレイク……もういちどだけ、怪盗アプリコット・ムーンになって、“稀なる石”を盗んでくれないか?」
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