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monologue,2

初恋を拗らせたシューベルト + 2 +

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 俺の母親は自分で言うのもなんだが変わり者である。天真爛漫で誰からも好かれる術を持っていて、若い頃は多くの男性と関係を持っていた。俺のほんとうの父親が誰なのか生きているのか死んでいるのかもわからない。俺が面倒を見ていた年の離れた双子の弟たちとも父親は異なっている。俺は母親に似ることなく、双子の方が人たらしな母親に似た。

 幼い頃に気まぐれで彼女が買ってきた玩具のピアノは双子の父親が俺に買ってきたものだ。いま思えば結婚していたのかも定かではない、ほんの数年間一緒に暮らした男。母親に暴力をあげることはなかったが、ギャンブルから抜け出せず、借金を肩代わりさせられそうになったから子どもたちの面倒を見る代わりに縁を切ったのだとからから笑いながら話す彼女を見るのが俺は嫌いだった。その後も自分の店の常連客や、バイトの子、下手をすると俺と同年代の年下のホストまで巻き込んで、彼女は本能のままに生きていた。

「どうしてお袋はいろんな男の人と関係を持つんだ?」と、素朴な疑問をする俺に、母はつまらなそうに応えて、俺を呆れさせたものだ。

 ――ん、いつか本物の王子様に出逢うためかしら。

 けれど、男を取っ替え引っ替えしながら子ども三人を育てている母親は、俺が金策のために高校を中退した翌年に信じられないがその夢を叶えてしまった。
 国内屈指の不動産会社である紫葉不動産のトップに、見初められてしまったのだ。
 真っ先に俺は結婚詐欺だと疑ったのだが、本気で彼女を娶りたいと俺と双子の三人の息子たちにあたまを下げた紫葉章介の姿を見て、別の意味で取り返しがつかないことになったと痛感するのだった。

 なるべくかかわらないようにしよう、と思っていたのに、結局は義父に出してもらった養育費で調律師の資格を取得していた。フリーランスの調律師として活動するのは難しいからと紫葉グループの子会社の仕事も与えられた。いま思えばはじめから義父は俺を会社組織の重要ポジションに置こうと考えていたのだろう。何を考えているかわからない後妻の息子として遠巻きに見られていたはずが、双子の弟たちにはない慎重さと堅実さなどをいつの間にか評価され、社内で文句を言われることもなくなったのだから。

 ――だけど俺は、会社組織の歯車になるのはゴメンだ。すべてはネメにふさわしい男になるために選択したにすぎないんだ。

 義姉の秘書だけが、俺の本意を理解してくれた。誰にも言えなかった初恋を叶えることが俺の原動力になっていることを、彼は認めてくれた。
 けれども、よくよく考えると俺の行動は母親の夢見がちな行動と似ていたらしい。
 双子の弟たちにそのことを指摘され、愕然とした。

 ――アキフミおにいちゃんは、たったひとりのお姫様しか興味がないんでしょう? 王子様を探していたおかあさんとなんら変わらないじゃん。

 俺たちは可愛い女の子なら全員お姫様扱いしちゃうけどね、という双子の言葉は聞こえなかったふりをして、俺は素直に受け止め、言い返したのだ。


「何をわかりきったことを。俺はネメしかいらないんだよ」と。
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