春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

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   * * *


「そうか、鞠子がそのようなことを」
「女の勘は小さくても鋭いですからね」

 泉次郎は上機嫌な公暁とともに、執権北条義時のもとを辞したところだ。鎌倉に戻ってきた当初は北条氏から危険因子とされていた公暁だったが、唯子が実朝を選んだことで、考えを改めたらしい。泉次郎はそんな都合よく乗り換えられるわけないでしょうと反発するが、唯子を失った公暁にその声は届かない。

「失ったのなら取り返せばいい」

 あっさり言いのけた執権の言葉に、魅入られてしまったから。

「だって泉次郎、あの男さえいなければ、唯子はおれの元へ戻ってくる。もうすぐ京都からこの鎌倉へ帰ってくるんだ。そうしたら、今度こそ逃がさない」

 相手が将軍だろうが叔父だろうが関係ない。執権は独断で京都へ行き右大臣の位を手にした実朝を見限ったのだ。傀儡にできない人形なら必要ないと、いっそのことお前が次の将軍になって北条を立ててくれとまで言ったから、公暁もだんだんその気になってきたのだ。

「そなたの愛しいひと、唯子姫と言ったな。将軍の地位を奪い取れば、迎えることなど簡単ではないか」

 執権は豪快に笑って言った。将軍の地位などそう簡単に奪い取れるわけがない、だというのに公暁は本気だ。そのうえ。

「お前の父、頼家を殺したのはあの男さ。誰も真実は言わぬが、十三歳で兄を殺し、のうのうと将軍の椅子にふんぞり返っている。他人のものを欲しがるのさ。現に、そなたが愛した娘も妻にしようとしているだろう?」

 実朝の毒牙は将軍位にとどまらず、唯子にまで向けられている。自分がこの鎌倉を手に入れ、将軍になれば、唯子はそのことに気づいて感謝すらする。義時の言葉は巧みで、公暁でなく泉次郎ですら絡め取られそうになる。

「公暁……」
「おれは、親の仇を討たなきゃならない」

 唯子の実父である頼家を殺めたのが実朝だというのが事実なら、公暁は――義唯は彼をけして許さない。

「泉次郎。おれはもう、こうするしかないんだ」
「それで、彼女は――暁子・・は喜ぶのか?」

 思わず泉次郎は幼いころの彼女の名を口にしていた。けれど、公暁は気づかない。

「悲しむだろうが、それは一瞬のことさ。真実がわかれば……親の仇を討ったのだとわかれば、彼女はきっと」
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