春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

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「それに、彼女だって、自分が結婚できるわけがないと思っているふしがある。そんなことはない、大丈夫だって納得させてあげないと……」

 その前にもっと自分が動かなくちゃいけないんでしょうね、面倒くさいなぁと笑う実朝を、水は怪訝そうな表情で見守っている。
 鎌倉三代将軍源実朝はお飾りの将軍、北条氏の傀儡でしかないと御家人たちは陰口を叩く。けれど、ほんとうは彼がそうするように仕向けているだけで、彼はめっぽう頭が回る。だから水は彼を鎌倉の一番上に立つ人間だと認め、動いている。
 だが、こんな風にひとりの女性に興味を抱くようなことが、いままであっただろうか? 三年間も、誰のものにもならないようこっそり見守りつづけ、今なお彼女に気持ちを伝えることなく密やかに想いつづける姿は、正室と清らかな関係のまま男色に耽っていた彼からは想像もつかない。
 しかも、いまになって鎌倉を滅ぼすという因縁を持つ忌み姫を妻にしようだなんて……
 何も言わない水に、実朝は笑い声をあげる。

「いまだからですよ。公暁くんが母上に呼ばれ、鎌倉へ戻って来たでしょう? 彼もまた、彼女を求めている」

 猶子とした公暁との再会はあっさりとしたものだった。僧になるのか、の問いかけに、彼は首を傾げただけで何も応えず、三浦邸へ行ってしまったのだ。叔父が唯子を気にかけていることを知らない彼は、人目をはばかることなく唯子に逢いに屋敷を行き来する。乳兄妹として幼なじみとして育ったというふたりの姿を思い起こし、嫉妬してしまったのも事実だ。

「公暁くんが還俗し、忌み姫と噂される彼女を娶ったら、執権どのは彼を生かしてはおかないよ。彼女はそれを知って、慌てているんでしょう。このままだと、北条氏によって公暁くんは鎌倉に仇なす逆賊にされてしまう」

 鎌倉を滅ぼすと畏れられている彼女が、公暁によって幸せになれるのなら、それでもいい。けれど、いまのままでは彼は鎌倉を滅ぼす側に位置付けられてしまう。だから実朝は、それを止めるため動くのだと水に告げる。

「ぼくが彼女を側室に求めれば、誰も文句を言えない。北条の人間には嫌がられるだろうけど……それでも、彼女を危険から護ることは可能です」
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