春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

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 けれど、その行く先を遮られてしまう。バサリと衣被きで覆われて、足元が不安定になったところを受け止められ、唯子は息を切らせながら恨めしそうに相手を睨みつける。
 睨まれているというのに彼は飄々とした仕草を壊すことなく、唯子にだけ笑顔を見せる。

「姫はずいぶんと朝早くからおでかけなんですね」
「そこをどいてください実朝さま!」
「慌てなくてもいいではありませんか。最近冷たいですよあなた」

 せっかく仕事の合間を縫って逢いに来てあげているのにと言いたそうに実朝は頬を膨らませる。いつもなら嬉しく思うが、いまはそれどころではないのだと息巻いて唯子は叫ぶ。

「慌てます! 急いでいるんです! ひとの生命かかってるんです! 早くあの莫迦僧侶の髪剃って還俗させて寺に幽閉しなくちゃ駄目絶対!」

 何を言っているのか支離滅裂だが、唯子が必死なのだと理解すると、実朝はあっさり衣被きを外し、唯子を解放してくれた。

「わかりましたよ、幼なじみの甥っことの先約があるわけですね。行ってらっしゃい」
「わかってくださるのですね! ありがとうございます! では失礼します!」

 唯子は実朝の方を見ることなく走り去っていく。

「……相変わらず、元気ですね」
「申し訳ございません、実朝さま」
「いや、構わないよ。きみも大変だね」
「あたしはどっちかというと、楽しんでいるんで――っと。では、失礼しまっす!」

 唯子を追いかけるように、眉子が走っていく。眉子の姿を見送った実朝は、眩しそうに瞳を伏せ、衣被きで顔を覆ってから静かに名を呼ぶ。

スイ
「はい」
「やっぱり、欲しいな」
「実朝さま?」

 唐突な言葉に、水と呼ばれた少年は思わず裏返った声で彼の名を口にしていた。
 戸惑いを隠せない小姓の声音を、実朝は面白そうに受け入れ、ああと頷く。

「今日は嫌われてしまいましたけどね」
「本気ですか? 彼女は忌み姫ですよ?」
「水まで例の神託を気にするのですか。あれは源氏に授けられたもの、三浦氏には関係ないでしょうに。それにいますぐというわけにもいきませんよ。ぼくが新たに妻を迎えたいなんて我儘言い出したら北条氏が慌てるに決まってるからね。三浦氏はいますぐにでも受け付けてくれそうですが、早くても今年の冬か、年が明けてから、ですかね……」
「つ、妻……」

 饒舌になる主を前に、水は絶句している。
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