春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

文字の大きさ
上 下
11 / 37

+ 8 +

しおりを挟む

 だから唯子は誰とも結婚しない。たとえ父、義村に命じられても……

「唯子さまってば!」
「……あ、眉子」

 いつの間にか髪を梳き終えていたらしい。唯子は櫛を片づける眉子の姿を見て、自分が思考に耽っていたことを痛感する。

「久々に公暁さまにお会いできたのが、嬉しかったんですか?」

 神託によって立場を入れ替えた唯子の事情を知らない眉子は、純粋に唯子のことを三浦家の姫君だと思い込んでいる。それはいまも変わらない。
 唯子が黙って俯いているのを肯定ととったのか、眉子はうっとりした様子で言葉を紡ぐ。

「たしかに公暁さま、美しかったですよね~」

 彼女は浜辺を歩く唯子と公暁を遠くから見守っていたひとりだ。ふたりが何を話していたかまではわかっていないだろうが、遠くからでも親しげに笑い合う様子は確認できたに違いない。
 昨日のことを指摘され、唯子はホッとしたように言葉を返す。

「……眉子は昔の彼を知らないものね。あのときはわたしのほうが頭ひとつぶん高かったのよ」

 それなのに、いつの間に彼は成長したのだろう。がっしりとした体躯に、艶を帯びた低い声、あれがあのときの義唯……公暁だなんて、最初に垣間見たときは唯子ですら信じられなかったのだ。

「えぇ、そうなんですか? 信じられません」

 長身の唯子に負けず劣らずおおきい公暁の姿に、眉子は圧倒されたようだ。幼いころの唯子と公暁の姿が想像できないと、眉子はぺろりと舌を出す。

「ほんとうよ。あの小さな善哉は泣き虫で怖がりで、いつもわたしの傍にいたんだから」

 整った顔立ちは女の子のようにも見えた。だから義村は自分の庶子を女と偽り、頼家の娘と立場を取り替えることが難なく行えたのだ。

「だから僧になられたのですか?」
「――っ」

 眉子の悪意のない問いかけに、唯子は言葉を詰まらせる。

 三浦家の庶子でありながら二代将軍頼家の息子にさせられた彼は武に秀でた父に厳しい鍛錬をいやいやさせられた過去を持つ。護身という名目で一緒に稽古をつけてもらった唯子の方が筋がいいと褒められてしまったほどだ。それゆえ御家人たちから彼は争いを好まない温厚な性格だと思われている。祖母の政子によって他の息子たち同様に寺へ入れられたのは身を護るためとも言えるが、本人が素直に受け入れたのを考えると、他にも理由があったのかもしれない。

「それも、理由のひとつ、でしょうね」

 淋しそうに唯子が笑うと、眉子は気まずそうに視線をそらす。主の機嫌を損ねてしまったと、理解したのだろう。
 唯子は優しく笑みを浮かべ、ぽつりと呟く。

「でも、未だに剃髪されてないところを見ると、僧にはならないのかもしれないわ」
「還俗される、ってことですか?」
「知らないわよ」

 興味津々と言った表情で瞳を輝かせる眉子に、唯子は苦笑で返す。ただ、公暁は政子に呼び戻され鶴岡八幡宮の別当となるため鎌倉へ戻ってきただけ。それ以外に意味などないはずだ、たぶん。

「でも、そうなったら唯子さま、大変ですね」
「何が?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】女神は推考する

仲 奈華 (nakanaka)
歴史・時代
父や夫、兄弟を相次いで失った太后は途方にくれた。 直系の男子が相次いて死亡し、残っているのは幼い皇子か血筋が遠いものしかいない。 強欲な叔父から持ち掛けられたのは、女である私が即位するというものだった。 まだ幼い息子を想い決心する。子孫の為、夫の為、家の為私の役目を果たさなければならない。 今までは子供を産む事が役割だった。だけど、これからは亡き夫に変わり、残された私が守る必要がある。 これは、大王となる私の守る為の物語。 額田部姫(ヌカタベヒメ) 主人公。母が蘇我一族。皇女。 穴穂部皇子(アナホベノミコ) 主人公の従弟。 他田皇子(オサダノオオジ) 皇太子。主人公より16歳年上。後の大王。 広姫(ヒロヒメ) 他田皇子の正妻。他田皇子との間に3人の子供がいる。 彦人皇子(ヒコヒトノミコ) 他田大王と広姫の嫡子。 大兄皇子(オオエノミコ) 主人公の同母兄。 厩戸皇子(ウマヤドノミコ) 大兄皇子の嫡子。主人公の甥。 ※飛鳥時代、推古天皇が主人公の小説です。 ※歴史的に年齢が分かっていない人物については、推定年齢を記載しています。※異母兄弟についての明記をさけ、母方の親類表記にしています。 ※名前については、できるだけ本名を記載するようにしています。(馴染みが無い呼び方かもしれません。) ※史実や事実と異なる表現があります。 ※主人公が大王になった後の話を、第2部として追加する可能性があります。その時は完結→連載へ設定変更いたします。  

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

大江戸美人揃

沢藤南湘
歴史・時代
江戸三大美人の半生です。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

ナポレオンの妊活・立会い出産・子育て

せりもも
歴史・時代
帝国の皇子に必要なのは、高貴なる青き血。40歳を過ぎた皇帝ナポレオンは、早急に子宮と結婚する必要があった。だがその前に、彼は、既婚者だった……。ローマ王(ナポレオン2世 ライヒシュタット公)の両親の結婚から、彼がウィーンへ幽閉されるまでを、史実に忠実に描きます。 カクヨムから、一部転載

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

処理中です...