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壱
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水たまる 池のつつみのさし柳 この春雨に もえ出でにけり
〈池のまわりの堤に植えた柳の挿木が、この春雨に、芽生えはじめた〉
雨中柳という表題を付けられたこの和歌は、唯子にとって特別なもの。和歌そのものはよくある自然の営みを詠んだものだが、春の雨に出逢い、芽ぐみはじめた柳のように、唯子は彼に出逢い、恋を芽吹かせたのだ。
「このような場所にいると濡れて風邪を召してしまいますよ?」
絹糸のように細い春の気まぐれな雨が、灰色の雲間から降り注ぐのを、小袖が濡れるのも気にせず見上げていた唯子にかけられたのは、穏やかで、低い男声。
「かまわないわ」
父、義村と些細なことで喧嘩をして屋敷から飛び出していた唯子は投げやりな口調で背後に向けて言い返す。
「どうせ、嫁にも出せないわたしのようなお荷物、風邪をこじらせてくたばってしまえばいいとでも思っているのよ」
「三浦どのはそのようなこと、思ってないはずですよ」
聞いたことのない声だ。京都の典雅ささえ彷彿させる落ち着いた声音は武人らしくない。きっと鎌倉の人間ではないのだろう。だから好き勝手憶測することができるのだ。
「知ったようなこと言わないで!」
自分が誰だか知れば、そんな余計なお節介をする気も失せるはず。唯子は涙と雨に濡れたぐしゃぐしゃの顔で振り返り、反発する。
「知ったような、ではなく、ぼくは知っているんですよ。あなたが何者で、どういった立場にあるのか、をね」
その瞬間、バサリ、と唯子の頭上が衣被ぎに覆われる。降り注ぐ春雨を遮ると同時に、唯子は茄子紺色の衣被きのなかにいた男性の正体を知り、顔を真っ赤にする。
「――うそ」
「そしてあなたも知っているでしょう。ぼくが何者で、どういう立場にあるのかを」
優しい雨音を耳にしながら、薄暗い衣被きのなかで、ふたりは見つめ合う。唯子の漆黒の瞳に映るのは、ところどころに黒みを帯びた白い顔。
そして黒いのは、焼け爛れた病の痕跡。
「……疱瘡」
顔に残された疱瘡の痕の無残さに、唯子は言葉をなくす。太陽の下で見たら、白い肌に浮かぶ赤黒い刻印の異質さに悲鳴を上げていたかもしれない。
けれど、唯子は瞳を背けることもなく、彼の顔を凝視していた。なぜだか、醜いとは感じられなかったのだ。
唯子が黙っているのを見て、青年は苦笑する。
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