春暁に紅緋の華散る ~はるあかつきにくれなひのはなちる~

ささゆき細雪

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 三浦義村によって自分の名が由比ガ浜の「ゆい」からつけられたのは数えで十を迎えたあたりの頃だった。それまでの呼び名は「あき」、暁の子を意味しているのだと亡き母が教えてくれた。
 唯子にとって父親は三浦義村、そして母親は自分を育ててくれた乳母ひとりだ。いくら鎌倉どのの血を引いていようが、生まれてそうそう引き離されてしまった彼女からすれば、彼らは遠い世界の人間になってしまう。それも、自分の存在が鎌倉を滅ぼすなどという不吉な予言のせいで虐げられたのだから、愛しく思えという方が無理な話だ。

 ――払暁に生まれた女児が鎌倉を滅ぼす、なんていいかげんな神託にどうして鎌倉どのも躍らされていたのかしら。

 自分の幼名が「暁」であることにはじめのうちは憤りすら感じていた。けれど、ともに育った乳兄で唯子のかわりに源頼家の三男としての立場を演じることになった御家人三浦義村の庶子、善哉がその名を褒めてくれてから、唯子は自分の名が嫌ではなくなった。
 けれど、周囲の人間は相変わらず唯子のことを忌わしい姫君、忌み姫だと噂し、畏れつづけていた。そのため、義村が名を改めさせてくれたのだ。

 唯子、と。
 それは彼のほんとうの息子である善哉が僧となるため鎌倉から西国へと旅立つ寸前のこと。

 時を同じくして生を受けたふたりは、乳兄妹としてともにいた。その間に二代将軍源頼家は暗殺され、三代将軍に彼の弟の実朝が立った。実朝は頼家が遺した子どもたちを自分の猶子としたが、それでも渦巻く陰謀にからめとられるように、男児たちは生命を狙われ、奪われ、追い詰められていた。
 その状況を悲観した政子によって、善哉もまた京都へ送られることになり、唯子は彼と離ればなれになることになったのだ。

 ――もう二度とお逢いすることはないかもしれません。

 源氏の姫君を護れ。そう命じられたから自分はずっと傍にいたのだと、できればこのまま結婚してでも傍にいたかったと口惜しそうに告げて善哉は去った。
 残された唯子は、自分の代わりに男として源氏の名を背負うことになりながら自分のことを想ってくれた彼のことを申し訳なく思いながらも、三浦家の姫君として源氏の目の届く大倉御所内の武家屋敷で隠れて暮らしていた。結婚など考えられないと怠惰な日々に溺れ、そして。

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