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壱
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しおりを挟む安産祈願のために妻とともに参ったはずが、そこで受けたのは滅亡の言の葉だった。
しゃらん、しゃららんと奏でられる鈴の音に重なるように、神がかった巫女の言葉が境内から響き渡る。
「――曰く、産み落とされし払暁の女児、鎌倉を滅ぼすであろう」
鶴岡八幡宮にて簡潔かつ明確な予言を受けた当時の鎌倉二代将軍源頼家は、命と引き換えに妻が産み落とした女児を男児と偽り、乳母の息子を自分の息子であるように神仏へ捧げた。
明け方に生を受けた女児は「暁」という名を与えられ、乳母の娘として育てられることとなる。だが、将軍家の不吉な予言の後に暁という幼名を授けられた女児の存在はさまざまな憶測を呼び、いつしか頼家の隠し子ではないか、秘された忌わしき姫ではないかとの噂がでてしまう。
しかし、頼家のもとに鞠子という姫が生まれたこと、乳母の夫である三浦義村がその娘の名を「唯子」と改めたことによって、その噂は消えていった。
だが、婚期を迎えても唯子には結婚の話がひとつも出てこない。鎌倉の御家人たちは彼女が生まれた際に拡がった鶴岡八幡宮の巫女の神託を思い出し、彼女が暁に生まれた忌わしき姫君、忌み姫だから婿になりたがる男がいないのだと再び噂している。
それに唯子の外見は背が高くて痩せぎすで、顔つきも鋭く目つきも良いとは言い難いため、ふくよかな体格と柔らかな表情の女性を求める男性からすると、さほど魅力的ではない。
けれど公暁は鎌倉へ戻って再会した彼女を見ても、落胆することはなかった。それどころか凛とした佇まいやきりっとした表情に改めて惹かれてしまった。目の前にいる鞠子も彼女と同じ頼家の血を継いではいるが、背の高さは標準的だし、顔立ちも幼いため唯子のような凛々しさを見出すことは難しい。
鞠子は自分の兄である公暁とともに時を過ごした唯子が自分の姉であることを知らない。けれど、鎌倉を滅ぼす予言とともに生まれた彼女が忌み姫なのだという噂が、公暁を苦しめるのではないかと気が気ではない。だからつい、必要以上に唯子のことを悪く言っているのだ。せっかく僧として平穏な暮らしを手に入れるものだと思っていたのに、彼は未だ不吉な姫君に心を奪われていたのだから、と。
「考えすぎだよ、鞠子」
「でも、お兄さまは唯子さまのことを……」
「そりゃ、すきだよ。一緒に育った妹みたいなものだし、できればずっと傍にいたい」
鞠子と同じで唯子も自分の妹みたいなものなのだと公暁は笑顔で応える。誰もが素直に頷きそうな晴れやかな微笑みに、鞠子は思わず頬を赤らめ、慌ててぶんっと首を振る。
「そ、そんな風に誤魔化したってそうはいかないんだからっ!」
「なんだい? 鞠子は俺が唯子と一緒に家庭を持った方がいいとでも考えていたのかい?」
「まさかそんなわけないでしょう! 源氏の一族に仕える鶴岡八幡宮の巫女の神託とともに生まれたお兄さまと唯子さまはけして相容れてはいけないの。そんなことしたらほんとうに鎌倉が滅んじゃうかもしれないじゃない。それに……太陽のようなお兄さまに、月のような唯子さまは似合わないわ」
太陽と月に例えられ、公暁は笑みを浮かべていた表情を一瞬でなくし、まじまじと鞠子を見つめる。
「太陽と月か……」
「……なによ」
きょとんとした表情で、鞠子は兄の顔色をうかがう。公暁はそんな鞠子を見て、何事もなかったかのように呟く。
「いや、月なのはおれの方かもしれないなって」
どこか淋しそうな公暁の横顔が、それ以上追及するなと拒んでいるかのようで、鞠子はただ、彼を黙って見つめることしかできずにいる。
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