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chapter,11 (2)
しおりを挟む「んじゃ、一連の事件の流れから説明するか。十五年前、現財閥当主の妻、紗枝が精神的に追い詰められて心中未遂を起こした。その理由はたぶん、翠子の娘の父親が夕起久だったことを知ってしまったからだろう。とまぁ、ここまでは鈴代邸で暮らす人間なら誰もが知っている、そして隠匿している事実だ」
きょとんとした表情でいるのは豊だけで、あとの人間は口を真一文字にきつく結んでいる。小松がその滑稽な光景を見て頬を緩ませているのを、氏家が睨みつけている。
「翠子は当時、スズシロ……泉観、美弦、そして自分の娘の夕凪、三人の赤子の世話をしていた。事件当日、翠子は泉観がぐずるからとぐっすり眠っている美弦を夕凪のベビーベッドで眠らせて、夕凪を連れて外へ出たんだろう。事件後に死んだのは夕凪だと周囲に信じ込ませているところからして、すりかえ自体、意図的なものかそうでないのかよくわからないけど、彼女が紗枝から娘を引き離すためにそう言い切った可能性は高いな」
そして夕凪……美弦と呼ばれるようになった翠子の娘は殺された本物の美弦の母親、美琴に養われるようになる。
翠子は、現財閥当主との不貞を近淡海家に糾弾され、離縁させられ天涯孤独の身となる。
しかし、唯一の味方がいた。
「それが、小堂」
彼はたとえ不貞の子であろうが、大切な主人の後継ぎ候補であることに違いはないと、翠子と随時連絡を取りつづけ、夕凪の面倒を自ら買っていたのだ。
小堂と美琴の間で金銭のやりとりがされていたことから、美琴は美弦が夕凪であることを知っていたと考えられる。知っていた上で、美琴は美弦を育てたのだろう、彼女が次期財閥当主として権力を持つ可能性が少なからず存在していることを知っていたから、小堂から二人で暮らすには充分すぎるほどの金銭を甘受していたのだ。
もしかしたら、そのことすら翠子が手配したのかもしれない。
「まぁ、ここまでが今回の事件の背景になる部分……冬将軍に該当するのかな」
翠子は今の事件には直接関わっていない。彼女はただ、知らず知らずのうちに冬将軍として殺人者を作りだしていただけ。紗枝の妄言が生み出した言葉にしては、リアリティがあるなと平井は改めて頷く。
「で、冬将軍が呼び寄せた殺人者。要するに人殺しの魔女の話を次にしようと思うんだけど……スズシロ」
「呪われた人殺しの魔女から、人殺しの魔女という由縁について説明しろってことね」
上城の言いたいことを察して、とっとと鈴代は口を開く。嫌なことは後回しにせず、済ませてしまった方がいいとの判断なのだろう。が。
「そこで新たな登場人物が現れます。それが、東金円……私立クレーマ学園の問題児です」
またも美弦が鈴代の出鼻を挫くような発言をする。鈴代は、彼女に邪魔されて頬を膨らませている。
「その通り。彼女が、わたしを呪われた人殺しの魔女と呼ぶようになったから」
怒った表情を残したまま、鈴代は説明をはじめる。半年前に起こった、不幸な事故と処理された事件の真相を。
* * *
東金円を屋上から突き落としたのは夕凪だと、上城は静かに告げる。
「円がどのような方法で知ったのかはわからないが、彼女は夕凪が日常生活で美弦と呼ばれていることに気づいていた。彼女はおとなしくて、存在感のない、要するにいるのかいないのかよくわからない生徒だった……もともと不登校気味だったことも彼女を標的にした理由になったのかもしれない。それともただ単に気に食わなくてつっかかってきたのかそれは彼女が死んだ今じゃわからないけど」
遠藤夕凪という本名で過ごすことを、彼女は最小限にとどめようとしたのだろう。だから学校では友達を作ることなく、一人でいることを選んでいた……それがまた、円の癇に障ったのかもしれない。
「スズシロがいじめにあう前に、夕凪がいじめられていた。クラスメイトに確認したら、『えんち』とか『うなちゃん』なんて嘲られていたって話だ。遠藤の『えん』、夕凪の『うな』と考えていいだろう……」
夕凪の笑みが崩れる。それを見て、上城は話題を変える。
「中三の冬。養母の美琴が肺炎で死んだことで、彼女の運命は一変することになる」
美琴は死の間際に、明起久を頼れと告げたのだろう。明起久は彼女を住み込みのメイドとして雇うことにする。通っていた学校は退学することになる。
「二月の終わりに事故は起こった。夕凪が不登校になって、学校をやめるようだと聞いた円は次の標的を定めた。それが、スズシロ」
円は鈴代の過去を暴いた。だが、それは真実とは似ていて非なるものだ。鈴代の母親が乳母の子どもを殺したことを知らない円は、鈴代の母親が彼女のせいで狂気に犯されたと独自に判断して、鈴代を罵っただけなのだから。
「彼女は人殺しの魔女だとあからさまに罵られた。夕凪と異なり、スズシロは彼女の言うことを無視し続けていたこともあって、暴力も受けている。円の暴力はエスカレートしていき、そして」
沈丁花が咲き開く早春。屋上に呼び出された鈴代は円に突き落とされそうになる。妖精にしてあげる、処刑してあげると言われて。
「人殺しの魔女は、魔法を使って妖精のように空を駆けることもできるのよね……それが、わたしが意識を失う前に聞いた、円の言葉」
鈴代は、苦虫を噛むような表情で、小声で呟く。
……恍惚とした表情で、円は鈴代を殴る。気絶した彼女を引きずって、屋上の柵の前で。
聞こえてきた誰かの靴音。足音。ローファーの硬い革靴がコンクリートとぶつかり合う音。闇色に染まる意識の淵を彷徨う物音。
上城は、それが夕凪であると断言する。
「……でも。足音だけで判断できるの? それに、そのときには彼女は学校をやめているんじゃないの」
不審に思ったのか、豊が上城に問う。上城は、豊の質問の答をあっさり告げる。
「事件の日に、夕凪は退学届を出している」
クレーマ学園の職員室は、最上階にある。つまり、屋上と壁ひとつ隔てた場所にあるのだ。
だが、生徒が進入禁止の屋上にいるとは考えられなかったのだろう。要するに屋上という空間は教師ですら目を向けない死角になっていた……それが、いじめの舞台として成立していた理由だ。
退学届を提出した夕凪は、屋上でいじめの現場を偶然、見てしまった。そして、激昂した円が、気絶した鈴代よりも先に、いじめやすい夕凪を消そうとしたのだろう。
「いじめの現場を見たことは、認めているようだからな」
夕凪に向けて、上城は確認を取る。
「でも、それだけでは私が泉観をいじめている円を殺したという決定打にはなりませんね」
「そうだな」
これまたあっさり頷いた上城。夕凪は想定外の彼の反応に、首を傾げる。
「貴女が事件に関わったか否か。それは別の方向から事件を洗えばいいだけのことさ。その辺のことは警察が詳しく調べてくれたみたいだからね」
上城は平井に目配せをする。平井は円の葬儀について、感情を交えずに語りだす。
「円の葬儀では記憶混濁の作用を持つラベンダーの線香だけが使われていた。また、葬儀の手配をしたのは鈴代邸の執事、小堂の独断だという。なぜここで小堂が勝手な行動を取ったのか、彼は殺されてしまったから想像でしか判断できないが、不幸な事故として円の死を処理してしまおうとしたのだろう。それはなぜか」
言葉を濁すことなく、夕凪を指さす。
「遠藤夕凪という存在を隠すためだ」
そこで、小堂が翠子と関係を絶つことなく動いていたことが関係してくる。小堂だけが夕凪が鈴代と同じ学校で生活を送っていることを知っていた。そしてまた、事件のあったときに夕凪の傍にいたのも。
夕凪は黒いセーラー服を着て、平然と焼香をしていたのだから。
泣いた振りをしていた少女たちの中に、夕凪が混ざっていたことを、鈴代は語る。
「泣かなかったのはわたしだけだと、豊は言って責めたけど、実際は、みんなが泣いた振りをしていただけ。その、泣いた振りの先導が、夕凪。彼女」
そして彼女の傍で、小堂が落ち着きなく周囲を見回していたことも、告げる。
「あのときは、彼が葬儀を準備したなんて知らなかったけど……よく考えると彼があそこまで神経をつかっていた理由が見当たらないのよね。だから、彼が事件に関与してると考えたの……夕凪の共犯者として」
事件の現場に彼はいなかっただろう。もしかしたら事態に気づいた小堂が夕凪に脅されていたのかもしれない。事実を隠匿せよと。だから、葬儀を一人で準備したのだ……事件を事故に見せかけるために。
「小堂が殺された理由を考えればいい。彼は鈴代邸の執事として、召使をまとめていた。だが、美弦が来たことで、彼は彼女をどう扱えばいいか苦悩したんだろう。なぜなら、彼だけが、美弦が鈴代邸の時期財閥当主にもなりうる血筋の娘、そしてかつて級友を殺した夕凪であることを知っていたからだ。口封じと考えれば簡単だろ?」
上城が鈴代の言葉を繋げる。小堂が殺されたのは偶然ではなく必然だったのだと、心の中で言い訳のようにうそぶきながら。
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