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chapter,10 (3)

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「東金円の両親から確認が取れた。円の葬儀を鈴代家の執事に手助けしてもらったそうだ」

 東金円が屋上から転落死したことについて調べなおしてみると、意外なことが判明していく。
 鈴代邸を後にした上城は、藍色の夜空を見上げながら、受話器の向こうの声を聞く。

「でも、スズシロはそのことを知らないって」
「鈴代賢季も知らなかったようだ。小堂が無断で行っていたものだろう、もしかしたら自分のポケットマネーを使ったのかもしれない」

 平井のテノールが耳元に心地よく響く。

「……そう、ですね」

 情報交換を始めたのは賢季を連れ戻してからだ。一人では把握しきれない事件を、実際に担当している刑事から聞きだすことで、上城はパズルのピースを埋めていた。鈴代には内緒で。

「こっちも、彼女がずっと隠していた事実を聞き出せました」
「東金円が死んだときのことだな」

 平井の鋭い声。彼はまだ鈴代を疑っているのだろうか。

「そうです……どうやら」

 鈴代に罪悪感を持ちつつも、事件を解決させたいがために、上城は平井に情報を渡してしまう。

「東金円が、鈴代泉観を殺そうとしていたようです」
「ぶっ」

 何かを噴出す音が聞こえた。緑茶でも啜っていたのだろうか。

「失礼……で、今のは冗談じゃないよな」
「冗談だとしたら、たちが悪いですよ」

 苦虫を噛むように、上城が言い返す。

「一歩間違えていれば、命を落としていたのはスズシロかもしれないんです。彼女は事件当日、現場で東金円から暴行を受け、意識を失ったと。その間にどうやら東金円が転落したと考えられます」

 感情的にならないよう、言葉を選び、上城は説明を続ける。

「鈴代泉観はそのことを隠していたのか」
「もしかしたら朦朧とした意識で東金円を突き落としたかもしれない、とまで言ってます」

 カタン、と物音が響く。受話器を落としたのだろう、慌てて平井の咳払いが聞こえた。

「……上城くんは、どう思う?」

 つまり、鈴代が円を突き落としたということか。ばからしいと上城は鼻を鳴らす。

「犯人は別にいますよ」
「どういうことだ?」

 驚きを隠さず上城に詰め寄る平井の声。受話器の向こうの反応を満足そうに受け取る上城。そして。

「明日の夕方までに調べてもらいたいことがあるんです。東金円転落死事件当日の学園の動きと、小堂が関係した金銭のやりとりについて。俺もクラスメイトに確認を取るつもりですが」
「構わないが……それが一連の事件に関係あるとでも?」
「ありますよ。人殺しの魔女の呪いを、根元から断つことができるんですから」

 きっぱり言い放つ上城。平井はわかったと頷く。そして、確認を取る。

「明日の夜だな」
「そうです、明日の夜に、事件の関係者全員を集めてください。鈴代邸のエントランスホールで充分でしょう。そちらにいる賢季さんも、入院中の現当主も、できれば連れてきていただきたいのですが」
「わかった。でも、翠子はいいのか?」
「彼女は事件の元凶を作った人物かもしれませんが、人を殺してはいません。裁かれるのは冬将軍ではありません、人殺しの魔女です」

 夜空に、星が落ちたような気がした。
 挨拶をして、電話を切る。上城は携帯電話を鞄にしまいこみ、頻闇を睨みつける。
 ……あと、ひとつ。

「それさえわかれば、呪いは解ける」


   * * *


 鏡の向こうに見えた人影に、鈴代はそっと囁く。

「花言葉の話をするわ」

 メイド服姿の豊は、鈴代が何を言おうとしているの理解できず、戸惑いの声をあげる。

「え」
「一連の事件の呪いは、明日の夜、愚者によって解かれるから」

 ベッドを整えながら、豊は鈴代の話に耳を傾ける。

「あなたの妹、東金円が死んだのは、沈丁花が咲き誇る初春。沈丁花の花言葉は」

 妖精になって空を駆けるの。そう言って歪んだ微笑を浮かべた円。鈴代は淡々とした表情で、語っていく。

「不滅。わたしに対して呪われた人殺しの魔女という呼び名が今も続いているのは、沈丁花のせいかもしれないわね」

 嘲りを隠さず、鈴代は続ける。

「彼女の葬儀でラベンダーの線香が使われていたというけど……ラベンダーの花言葉は」

 たくさんあるけど、あえてあげるなら。

「沈黙かな。小堂は、事件を公にしたくなかっただけみたいだから」
「……何が、言いたいの?」

 訝しげに、豊は鈴代の顔を見つめる。鈴代は、彼女に向けて柔らかな、天使のような微笑を見せ、宥める。

「それから約半年、季節は秋になって、金木犀と銀木犀が花開くようになった。屋敷のまわりで咲いていた銀木犀の花言葉」

 あなたと賢季さんはそこで出会ったのよね。

「唯一の恋」

 それは、わたしとカミジョにも当てはまるのかもしれない。

「そして、桂花とも呼ばれる金木犀」

 一連の事件を、知るために必要な。

「花言葉は、真実」

 呪いという非現実的な現象を、事件の謎に置き換えて、真実を追い求めろと、上城に誘われて、鈴代はその手をとった。
 断言する鈴代の凛とした表情に、豊は畏れを感じる。彼女の聡明さを誤解していた。ただのお嬢様じゃなかった……だから、円は彼女を憎んだのかもしれない。その聡明さが仇になることも、わかっていたのだろう、だから彼女は愚者の後ろで護られることを選び、彼に審判を委ねたのだろう。自分で犯人を追い詰めることはできないからと。

「鈴代泉観……最後に一つだけ聞くわ」
「最後?」
「あたしは呪いなんか信じてないわ。ただ、円は殺されたと信じている。だからあえて聞くの」

 睨みつけて、言い切る。

「円を殺したのは、あんたじゃないんだ」

 その瞳は、優しさを湛えていた。
 照れたように俯く鈴代を、はじめてかわいいと、豊は思った。
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