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chapter,9 (2)
しおりを挟む賢季が警察に留置されたことによって、事態は解決したかのように思われた。
翌日。日曜日ということもあって、上城は朝から鈴代の家にお邪魔していた。二人の仲はすでに公認のものとされている。
「でも、本質的なことは何も解決していないね」
上城に言われて、鈴代も頷く。
「翠子さんに会って、何かわかったの?」
鈴代は上城が翠子と一対一で話をしてきたことを知って、呆れている。賢季を信じろと言いつつ、警察と彼を追い詰めた上城に対して、多少、憤りも感じているのだろう、不貞腐れた表情で、彼の瞳を見つめている。
じっと見つめられて、上城はたじろぎつつも、正直に、応える。
「嘘が下手だ」
「……は?」
「賢季さんは彼女の言うことを盲目的に信じていたところがあるから、気づかなかったんだと思う、けど」
翠子と話しているとき。彼女は嘘をつくときに、必ずある動作をしていることに、上城は気づいていた。
「桜色の爪を自分の膝の上で滑らせる癖があったんだ。些細なことだし、表情に変化はなかったから気づけない人の方が多いだろうけど。彼女ですら無意識なんだと思う。けど、そのときに話したことは」
「何が嘘だったの?」
遮るように、鈴代が口を開く。
待ってましたとばかりに、格好つけながら上城が得意げに語りだす。
「ひとつアディーン。賢季さんに異母妹がいる、その母親が自分であること」
「美弦のことね」
「知ってるの?」
「わたしと同い年の使用人よ。美しい弦って書く女の子……そうね、翠子さんなら彼女のことも覚えているでしょうね」
……使用人の名前か。
だから聞き覚えがあったんだ、と上城は心の中で納得する。鈴代はそんな上城を見ながら、美弦のことを考える。
美弦が美琴の死によって鈴代邸に引き取られた経緯、玉貴が美弦を悪い子じゃないけど好きになれないと取る態度、ときどき叔父である明起久が美弦に向ける舐めるような視線……それらを見れば、彼女がどういう立場の人間なのか、理解できないわけがない。
彼女と自分がほんの数年、翠子によって育てられたことをおぼろげながら覚えていた鈴代は、美弦が自分の一族に仕えるようになったのを不思議な面持ちで聞いていた。母親が違うだけで、賢季とは異なる境遇に陥った美弦。もし、紗枝による心中未遂が起こらなければ、今のようなぎくしゃくした主従関係ではなく、仲の良い姉妹のような関係でいられたのではないだろうか……賢季と自分のような。でも、それが甘い空想でしかないことくらい鈴代は理解している。
それなのに、賢季は死んだ翠子の娘が、自分の異母妹だと思い込んでいる。翠子がついた嘘に、躍らされている。美弦のことは、あくまで一族に仕える使用人だからと、彼が緑子以外の使用人と距離を保っていたことも、原因になるのかもしれないけれど。
鈴代の反応を見て、満足そうに頷きながら、翠子の嘘を暴いていく上城。
「ふたつドヴァー。彼女の娘……ゆうな、と観念したように搾り出した名前は、どうやら偽りのものであるということ」
ゆうな?
鈴代は首を傾げる。そんな名前だったっけ。死んだ翠子の娘の名前なんか、覚えていない。ただ、彼女の父親が自分と同じだったから、紗枝に殺されてしまったんだろうなぁとは思っている。確信なんかないけど。
そう、上城に伝えると、安堵したような表情で教えてくれた。
「翠子さんは、スズシロが自分の娘の父親が夕起久であることをたぶん、知っているだろうって言ってたけど……確信はしていなかったんだね。本当のこと、だよ」
「たぶん、玉貴さんに聞けば教えてくれると思う。彼女の名前……」
言葉数の減った鈴代を見て、今はこれ以上この話題を引きずることができないなと上城は話を切る。そして。
「みっつトリー……翠子さんは、被害者じゃない」
賢季から翠子の話を聞いたとき、上城は紗枝に自分の子どもを殺された哀れな被害者だと思っていた。だけど。実際に会って、彼女が紗枝を追い詰めるようなことをしていて、それが原因で近淡海家の恥だと離縁させられたことを、知ってしまった。
翠子が、鈴代の父親と関係を持って、女児を産んでいた事実を、本人の口から聞いてしまったから。近親相姦ではないが、既婚者の夫を寝取るという不貞を犯した彼女が、賢季の言う聖母とはかけ離れていた……それが、ショックだった。
だから、上城は気づいた。彼女が現在進行形で、罪を償う形を取りながら、
「彼女は、聖母という呼称を利用して、やってはいけないこと、を、した」
暴かれなかったもう一つの罪が、人殺しの魔女によっていつか花開くよう、願っていたことに。
「……彼女なのね」
鈴代の、悔しそうな声が、零れ落ちる。
「冬将軍は」
殺人者を呼び寄せる冬将軍。紗枝の戯言だと誰も気にしなかった。警察ですら、人殺しの魔女とか冬将軍とか呪いとかいう非現実的な現象だと真に受けていなかった。平井という物好きな刑事をのぞいて。
「姫将軍か」
男装の美女。神殿で会った翠子は、賢季の言う聖母ではなく、人を殺すことも厭わない姫将軍のようにも、見えた。
冬将軍だから、男だとばかり思っていた。きっと、賢季もそう考えたかったのだろう。自分の初恋の人が、隠れて罪を犯していたことを信じたくなくて。
「……でも、彼女は殺していないのよね」
鈴代が、唇を噛んで、悔しそうに唸る。
「そうだな。彼女はこの事件の元凶になる罪を犯してはいるし、間接的に人を殺したとも言えなくもないけど……」
小堂が殺された時点で気づくべきだった。一族から見放された彼女を最後まで見捨てることなくこっそり面倒を見ていた彼が殺された時点で。翠子が彼を必要としなくなったこと、もしくは。
何者かが、翠子についてほんとうのことを知っている人間を、消したがっていたことに。
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