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chapter,5 (5)
しおりを挟む豊と入れ替わりで入ってきた少女は、まだ幼さが残っていた。遠藤美弦。今年の春から高校を中退して鈴代邸に仕え始めたワケアリ少女だ。
「まさか、こんなことになるなんて」
今にも消え入りそうな声で話す姿は、初めて鈴代泉観を見た時の雰囲気……儚げでか弱い少女……に酷似している。だが、鈴代泉観にはそれだけでない凛とした佇まいがあるのに対して、美弦は常におどおどした態度をしている気がする。常に何かに怯えている。これはどういうことだろう。
平井が、ここには誰もいないから、言いたいことを言って構わない、と伝えると。
「それでは、私なりの見解をお伝えします」
更に小声で事件についての見解を、語りだす。見かけによらず、理路整然とした美弦の語り方に、平井は驚く。
「小堂は、私が鈴代邸に仕える以前からここにいました。房江さんと並ぶくらいの古株です。だから、私の知らないこともたくさん知っていたと思います。その、知らないことの中に、知ってはいけないことが入っていたんではないでしょうか。それを知った何者かが、口封じのために手をかけたのではないでしょうか」
「……口封じか」
「あくまで、私の考えです。実際は違うかもしれません……でも」
「でも?」
美弦は、躊躇った末に、口を開く。
「冬将軍ならやりかねません」
「冬将軍? それは、人殺しの」
「これ以上は言えません。ごめんなさい」
人殺しの魔女、と平井が口にしようとした瞬間、美弦は真っ青な顔で踵を返した。
その、あからさまな行為に、平井は首を傾げる。この屋敷のメイドたちは殺人者を人殺しの魔女だと疑って……いや、信じ込んでいるようだ。
それに、美弦が口にした「冬将軍」。何を暗示するのだろう。
* * *
物音を立てずに入ってきた鈴代を平井は何も言わずに迎える。形式どおりの事情聴取が始まる。
「鈴代泉観さん。次期財閥当主であるあなたにとって、今回の事件はどのような影響を及ぼすと考えていますか」
「意地悪な質問ですね」
平井を一瞥し、困惑した表情で、鈴代は言葉を続ける。
「たぶん、事情聴取をしているうちに、わたしが怪しいことに気づかれたと思いますが。刑事さんはわたしを人殺しの魔女だと罵りますか」
「まさか」
大げさでもなく、淡白でもない反応に、鈴代はふぅと溜め息をつく。
「殺人事件が屋敷内で起こったことは、まことに遺憾です。このことを知れば、親戚の連中はこぞってわたしを責めると思います。父親の殺人未遂がわたしの目の前で起きたことを知れば、更につけあがるでしょう」
淡々と語る鈴代を見て、ああ、美弦と似ているとつい比べてしまう自分がいたことに平井は驚く。たぶん、同い年だからだろう。二人の立場は主従関係のごとく異なっているが。
「以前お話したと思いますが、わたしの母、紗枝と叔母、玉貴の親戚……近淡海の人間はわたしが次期財閥当主に座ることを認めていません」
「つまり、玉貴さんは認めている、と」
「ええ。叔父夫婦は認めています」
「そうか。この事件が明るみに出れば、親類はあなたをバッシングするというんですね」
「ええ。人殺しの魔女という恐れ多い呼び名を使って」
「その言葉を……人殺しの魔女、という呼び名は誰が使い始めたのですか」
想像もしなかった平井の質問に、鈴代は眼を白黒させる。やがて、おそるおそる口を開く。
「……わかりません」
気づくと自分は人殺しの魔女だと呼ばれていた。目の前で人が死んだから。そのことを鈴代は明確に覚えているわけでもないのに。呪われた恐ろしい娘だと。実の母親に。そういえば、紗枝が……
「……殺したのはあなたのせいよ……」
「何か?」
突然、不安そうな表情になってぼそぼそ口ずさむ鈴代を見て、平井は自分が何かいけないことを言っただろうかとあたふたする。それを見て、鈴代は自分の表情が暗く沈んでいたことに気づき、慌てて浮上する。
「わたしの母、紗枝が狂ったのは、わたしのせいです。そういう意味で、わたしは自らの意志で生きていた人を……母を、殺しています。これは、殺人罪になるのでしょうか?」
上城にも言えない、本当のことを。平井に。
人形のように美しい顔が、くしゃりと歪んでいく。自分だって人間だ。人一人の人生をめちゃくちゃに狂わせたことに関して、罪悪感は、ある。彼女が自分を憎むのが愛情の裏返しであることも理解している。
だから、彼女を巻き込みたくなかったのに。
「刑事さん。わたしは呪われた人殺しの魔女です」
隠してしまったから、小堂は死んでしまったのではないか。
そう考えると、いてもたってもいられなくなる。自分が覚えていることだけでも、正確に彼に伝えるべきだと。真実を追い求めるのなら。
わたしは母親を狂わせた、呪われた魔女。
口にしたら、するりと空に溶けた。
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