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chapter,5 (1)

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 冬将軍に唆されて、魔女はついに動き出す。
 死神に選ばれたのは。選ばれたのは……


   * * *


「あなたが、第一発見者ですね」

 夕方六時四十五分。通報を受けた警察が駆けつけて、洋館の周囲をパトカーの赤い光が照らし出す。玄関に集う関係者たち。

「……そうです」

 平井に問われ、頷いたのは、鈴代一族とは無関係な綺麗な顔だちをした少年。鈴代泉観の肩を抱いていることから、どうやら次期財閥当主と親しい人間らしい。

「お名前は」
「上城春咲です」
「カミジョウ?」

 一瞬だけ、ざわめきが生まれる。だが、上城が口を開くと、そのざわめきは一蹴されたかのように消える。
 ……スザク?
 だが、上城という言葉に反応した人間だけではなかった。上城の名前を耳にして大きく眼を見開いた人間もいた。豊だ。
 ……賢季が言ってた「スザク」が、愚者なの?
 豊の表情の変化を見た賢季は、無表情のまま、彼女の様子を確認している。

「親父は、関係ないですよ」

 上城は困ったように平井を見つめる。
 鈴代は、叔父たちの困惑顔を見ても無表情だ。自分が彼のことを好きになったのだから。上城は、自分の父親を、彼らが個人的な理由でロシアへ遠ざけたことを、知っているのだろう。それでも、憎まれ口一つ叩くことなく、淡々と事情聴取に付き合っている。
 泉観の傍にいたのが、上城夏澄の一人息子だと理解していたのは、本人と賢季、それから彼を接待した女中やメイドたちだけだ……そして、すでにそのなかの一人が、亡き者になっている。


   * * *


 死体が見つかったのは玄関を抜けてすぐわきにある花台の下。橙色の金木犀がむせ返るような甘い香りを漂わせていた。だから血の匂いに気づけなかったのかもしれない。
 花台を飾っていた白いレース編みがされたテーブルクロスに、不似合いな赤い染みがあったことに、鈴代邸から帰ろうとした上城が気づいたのだ。そして、そのテーブルクロスを捲ると……身体を胎児のように丸めたまま絶命した男の滑稽な姿が、四足の机に囚われるように棄てられていた。
 男の首筋には、小さな果物ナイフが突き刺さっていた。流れ出た血だまりは、黒ずんだ床に池を作っていたが、薄暗い玄関で、すぐにそれを見つけることはできなかった。テーブルクロスが白かったからすぐに発見できたのだと上城は思っている。
 勿論そこには鈴代もいた。
 二人は、顔を見合わせて、絶叫した。
 無残な死体を見たのは、はじめてだったから。
 死体の主は顔を見てすぐに思い出せた。鈴代の家に入った際、笑顔で迎えてくれた執事……小堂雄二郎だった。だが、動かなくなった彼は、驚愕を湛えたままの姿。
 先に我に却ったのは上城だった。房江を呼び、警察に電話をしてもらう。彼女は鈴代夕起久の殺人未遂事件があった時にも警察に通報しているので、今回は要領よく内容を伝えられたようだ。すぐに警察がやって来て、そして……今に至る。
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