Springs -ハルタチ-

ささゆき細雪

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chapter,4 (5)

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「ようこそ、上城様」

 門下で鈴代と上城を迎えてくれたのはこの館の執事、小堂雄二郎だ。
 黒いスーツを着ている彼は、ダンディな伯父さんのようにも見える。だが、鈴代の親戚ではないらしい。

「わたくしめは夕起久様の傍に仕える人間ですから」

 鈴代家と小堂家は古くから交流があったらしい。小堂家の次男坊だった彼は、弟のような存在だった夕起久に仕えることを選んだという。上城はふぅん、と気の抜けた声を出す。

「お邪魔します」

 鈴代に連れられて、上城は彼女の部屋に向かう。すれ違いざまにメイドの緑子に挨拶される。つられて上城も礼を返す。鈴代は無視して階段を上っていく。
 二階の廊下へ出たところで、上城は思いがけない人間と再会を果たす。それは。
 メイド服を着こなし、雑巾片手に歩き回っている豊で。

「お、お前」
「……なんでこんなところに愚者が」

 鈴代は豊と上城が顔を見合わせ、互いに納得いかない表情をしているのを見ても無表情でいる。

「お前こそなんでここに」
「見てわからない? 鈴代邸で働いているの」
「この人よ。東金豊さん、一昨日から賢季さんに紹介されて働き出した人」

 鈴代の淡白な態度に、上城が豊から顔をそらす。

「そして」

 何か言いたそうな豊の前で、鈴代は冷酷にも、彼女が思っていることを、そのまんま口にする。

「わたしが殺したかもしれない人の、お姉さん」

 急激に温度が下がったような感覚に、上城は陥る。鈴代と豊の睨み合いは、それだけ生々しかった。
 真実を知らない同士の、真実を知るための戦い。まるでこの睨み合いが戦いの合図みたいだ。
 だが、鈴代の投げやりな態度が、上城には理解できない。だから。

「スズシロ」

 言い過ぎじゃないかと、上城が声をかけたその時。

「あんたがマドカを殺したの?」

 豊は声を荒げる。何度も何度も彼女に聞いたことを、もう一度口にする。
 鈴代は、それでも無表情のまま、首を左右に振る。殺したとは断定できない、だけど殺したかもしれない相手の姉に向けて。

「わたしの前で、彼女が死んだのは事実です。でも」
「人殺しの魔女であるあんたなら、傍にいるだけで人を殺せるんでしょ? だから円は毒気にやられるように屋上から飛び下りたんでしょ? あなたが傍にいたから円は死んだのよ、違う?」

 感情の起伏を見せない鈴代の言葉を遮り、憤った豊が言葉を並べる。それは呪詛の言葉のように憎しみで彩られている。
 上城は、その豊の言い方に、首を傾げる。

 ……なぜ、彼女はスズシロを人殺しの魔女だと信じきっているんだ?

 彼女の妹が、不審な死を遂げた、というのは鈴代から聞いている。だが、彼女が端的に鈴代を、鈴代だけを敵視している姿が、なんだか盲目的で、上城にとってみればこれは単なるあてつけのようにしか見えないのだ。
 それに。上城は怒りを露に鈴代と対峙する豊をじっと見つめる。彼女を紹介した、賢季のことが気になる。

 ……賢季さんは、スズシロの味方じゃなかったのか?

 豊の存在は、鈴代にとって不利になるだろう。ましてや、一週間前に彼女の父親が何者かによって殺されかけている。このことを豊は知っているのだろうか?

 ……この様子だとまだ何も知らないようだな。

 ひととおり、罵詈雑言を口にしてすっきりしたのか、豊がすたすたと応接室へ姿を消していく。その後姿を、鈴代は寂しそうに見つめている。

「カミジョ」

 豊の姿が見えなくなってから、鈴代は静かに口を開く。

「これで、わかったでしょ」

 豊との対立のことを意味するのだろう、上城は頷く。

「わたしが、人を殺したかもしれないってこと」

 慌てて上城が首を左右に振る。

「どうしてそういうこと言うの」

 豊の過剰すぎる言動の方が上城には信じられなかった。はじめて彼女に「愚者ね」と不躾に評価された時に彼女が人殺しの魔女に関することならなんでも知っているように思えたのは事実だ、自分の大切な妹がその場にいた人間によって殺されたかもしれないと考えたなら真っ先に鈴代を目の仇にしたのも仕方がないのかもしれない。でも。

「スズシロは誰も殺していない」

 目の前の弱々しい少女が、人を殺すなんて物騒なことができるだろうか。上城には、そのことの方が信じられない。

「でもわたしは呪われた人殺しの魔女で」
「違う!」

 尚も自分を責めようとする鈴代を、上城が抱きしめる。

「スズシロ。君は、誰も殺していないんだ」

 信じろ。本当のことを調べて、呪いを解くんだ。上城は必死になって鈴代をかき抱く。

「……カミジョ」

 上城のぬくもりを、鈴代は受け止めながら、そっと、名を呼ぶ。
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