23 / 57
chapter,4 (4)
しおりを挟む東金円。それが鈴代の前で命を絶ったクラスメイトの名前。上城が、知ろうとして知ることのできなかった過去の情報。
「でも、本当に何も覚えていないんだ」
鈴代は、わからないと、上城に告げる。
これで何度目だろう。彼女が自分の体験したであろう事柄を「わからない」と一言で放棄したのは。
本当に鈴代が何も覚えていないのか、それともあえて何も言わないのか、まだ、上城には理解できない。きっと、賢季も同じような状況なのだろう。だから上城は鈴代の漆黒の瞳を見て、頷く。
「そっか」
鈴代を追い詰めるような言葉をかけても、きっと彼女は同じ反応しかしないだろう。それなら、その東金豊という人間に話を聞いた方が何か新しいことがわかるかもしれない。
そう考えているのが推測できたのか、鈴代が誘う。
「なんなら今日、うちに来る?」
* * *
ブレザーのリボンタイをほどいて、ブラウスのボタンを一つ一つはずしていく。
制服からメイド服に着替える時間は五分強。最初の頃は十分以上戸惑っていたが、三日もすると慣れてきたのか、素早く準備することができるようになった。
両親には友人の紹介でハウスメイドのバイトを始めるとだけ言っておいた。もともと自分のことは自分で責任を持って行う豊を両親は信頼している。それに、放課後から夜九時までという限られた時間だったこともあり、特に文句も言われなかった。部活のある水曜日と金曜日は実質二時間ちょっとしか働けないのだが、それは仕方のないことだ。
学校から鈴代邸まで歩いて十分少々。バイトが禁止されているわけでもないので豊は制服で堂々と通っている。
この三日間でわかったことは、泉観の学校は授業の後に補講があるらしく、帰りはいつも五時前後だということ、部活には何も所属していないということ、改めて綺麗な女の子だということ……このくらいだろうか。
円の死について、いきなり問いただすわけにもいかない。自分が誰であるかばれないように行動しなければいけない。それは、ある意味スパイ行為に近いものかもしれない。
「無駄だと思うよ」
「なっ」
長い回廊をモップがけしながらぶつぶつ考え事をしていた豊に、賢季が声をかける。どこから現れたのか、神出鬼没な感も否めない彼を、豊は苦手だと認識する。
「泉観の方が君を観察する側に回る。ユタカはその裏をかくくらいしないと、彼女の正体を破ることはできない」
「つまり、あたしの正体はバレバレってこと?」
「だって、自分で自己紹介しただろ。東金豊です、って」
「……あ」
すっかり忘れていた。自分の身元はすでに敵方に知れ渡っているのだ。これではこっそりスパイ行為などできるわけがない。
「むしろ、殺された円の姉だということを知らしめて、本当に泉観が彼女を殺したのか堂々と調べに回った方が、僕としては安心できるし、今後の展開も変わってくると思うんだよね」
「……あんた、謀ったわね」
こっそり鈴代邸のメイドとして侵入して情報を集めてみないか、という提案は、嘘だったのだろう、賢季の楽しそうな、意地悪そうな態度を見ると。
「騙される方が悪いよ。それに」
賢季は窓の向こうから少女と少年がこちらへ向かってくるのを確認して、ほくそえむ。
「ここまできて、逃げ帰ることももう、できないだろ?」
その通りだ。引き返したら、もっと後悔するだろう。それなら、開き直って真実を追い求める方がいいに決まっている。
賢季の言いたいことを理解した豊は、負けじと笑顔を見せる。
「そうね。あたしが人殺しの魔女の謎を解いてやるんだから」
豊が諦めないと心に決めていることを、賢季は頼もしく、また、嬉しく思う。だから。
「それは頼もしい。ご褒美に面白いことを教えてあげよう」
賢季はちょっとした秘密を、誰にも教えるなよと、豊に託す。
豊は思いがけない情報に、眼を丸くする。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
泉田高校放課後事件禄
野村だんだら
ミステリー
連作短編形式の長編小説。人の死なないミステリです。
田舎にある泉田高校を舞台に、ちょっとした事件や謎を主人公の稲富くんが解き明かしていきます。
【第32回前期ファンタジア大賞一次選考通過作品を手直しした物になります】
この満ち足りた匣庭の中で 二章―Moon of miniature garden―
至堂文斗
ミステリー
それこそが、赤い満月へと至るのだろうか――
『満ち足りた暮らし』をコンセプトとして発展を遂げてきたニュータウン、満生台。
更なる発展を掲げ、電波塔計画が進められ……そして二〇一二年の八月、地図から消えた街。
鬼の伝承に浸食されていく混沌の街で、再び二週間の物語は幕を開ける。
古くより伝えられてきた、赤い満月が昇るその夜まで。
オートマティスム、鬼封じの池、『八〇二』の数字。
ムーンスパロー、周波数帯、デリンジャー現象。
ブラッドムーン、潮汐力、盈虧院……。
ほら、また頭の中に響いてくる鬼の声。
逃れられない惨劇へ向けて、私たちはただ日々を重ねていく――。
出題篇PV:https://www.youtube.com/watch?v=1mjjf9TY6Io

変な屋敷 ~悪役令嬢を育てた部屋~
aihara
ミステリー
侯爵家の変わり者次女・ヴィッツ・ロードンは博物館で建築物史の学術研究院をしている。
ある日彼女のもとに、婚約者とともに王都でタウンハウスを探している妹・ヤマカ・ロードンが「この屋敷とてもいいんだけど、変な部屋があるの…」と相談を持ち掛けてきた。
とある作品リスペクトの謎解きストーリー。
本編9話(プロローグ含む)、閑話1話の全10話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる