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prologue
しおりを挟む濃いグリーンのブレザーを身に纏った少年は、死体を見つけたのかと思った。
* * *
伽羅色の煉瓦が敷き詰められた学園の裏庭を慣れない革靴で、コツコツ、地面を鳴らしながら、歩く。
七月、期末試験を終えたからか、周囲はがらんと静まりかえっている。そういえば、終業式は一週間後だったかなぁと、他人事のように首を傾げ、事務室をあとにして……
迷った。
きょろきょろ、周囲を見まわす。駅に向かう西門を探していたのに、少年が発見したのは。
うっそうと繁ったヒースの森の中、羽毛のような手入れの行き届いた黄緑の芝生の上で横たわっている少女。
黒いセーラー服、雪のように仄白い透き通った肌、無造作にのばしっぱなしの黒髪。顔色が蒼白いからか、死体のようにも見える。が。
耳をそばだてると、すぅすぅ、小さな寝息が聞こえる。どうやら眠っているらしい。
少女のあどけない寝顔に、なぜか、惹かれる。
かわいい、美しいという言葉よりも先に、綺麗、という言葉が出てくる。例えるなら、天使というには美しすぎて、女神というには幼すぎる。要するに、人並みはずれた顔立ちをしているのだ、彼の前で無防備に眠っている少女は。
まさに、おとぎ話にでてくるような、眠り姫、だ。
魅入っていた少年を我に却らせたのは、その少女の「うーん」という鈴の鳴るようなか細い声。誰かが近くにいる気配に感づいたのか、少女は、ぱちくり、瞳を見開く。
「あ」
二人の視線が、絡まる。同時に、思いがけず口を開く。驚きを露見させて。
どちらからともなく互いの頬に、さっ、と朱が走る。
やがて少女は、じっ、と少年を見つめ、一言、歌うように。
「編入生、ね」
まるで、そこに彼が来ることを予知していたかのように、呟く。
瞳を見開いた少女に圧倒されて、少年は無言で肯定する。吸い込まれるような、漆黒の瞳は、まるで新月の夜空のよう。
そして、澄んだ空に溶け込むような落ち着いた声色に。起き上がり、俯く仕草に。引き寄せられる。無言でいる少年に対して、少女は再び口を開く。淋しそうに。まるで何かを諦めてしまったかのように。
「もう、そんな時期なの……」
哀しそうにひとりごちる少女に、少年はいてもたってもいられなくなる。そのまま、黙り込んだまま、二人は見つめ合う。鼓動が早まる。少女が懇願するような瞳を向ける。
……どうして、そんな眼で俺を見る?
少年に助けを求めるように、瞳潤ませる少女。これ以上、見つめていたら狂いそうだ。心拍音のざわめき、今にも緊張で止まりそうな呼吸、全てを断ち切るように。
「っ」
最初は触れるか触れないかわからないくらいに。少女が抵抗しないのを見て更に。
長い。長くて静謐な、それでいて濃厚な、キスをした。
誰にも渡したくない。それが、少年が少女に抱いた第一の感情、だったから。
* * *
欲しい。
自分の心の奥底に、こんなに淫らな感情が潜んでいるなんて考えられないまま、少女は少年の唇に舌を差し込む。熱い。舌を絡めたまま、閉じていた目蓋を開く。榛色の瞳が、少女の漆黒の瞳を見つける。驚きを隠さずに。甘い。やがて、どちらからともなく唇を離し、無言で見つめ合う。少女はきょとんとした表情を見せ、やがて上品に笑む。
「ル・カバリェ・ア・ジュヌ・エ・ルメルシェ・ヴォ・ダーム?」
「そういうこと言うと、また口塞ぐぞ」
「それは困りましたね」
ちっとも困ってなさそうな少女の表情を見て、少年は苦笑する。
「なんでロシア語で言うかな」
「あなたがロシアからの転入生だって知っていたから」
それは困った、と呟く少年の表情を見て、ちっとも困ってないと感じた少女はどうすれば彼を困らせられるか考える。そして即座に答えを導く。
「それとも、謎は謎のままで取っておいた方がいいのかしら?」
「貴女がそう望むなら」
しくじった、と思った。少年は勝ち誇った表情で、少女の唇を優しく、奪う。
顔を真っ赤にした少女を満足そうに見つめて、囁く。
「眠り姫のお嬢さんに、目覚めのくちづけは不要かい?」
「彼方は謎解きがお好きなようね。答えなどわかりきっているくせに」
戸惑いを隠して、少女は少年の唇に自分の人差し指を乗せる。そしてそのまま、呼ぶ。
「もっと」
求める。
ついばむように繰り返す。学校の裏庭で。初めて知り合ったばかりの異性と。
磁石が引き合うように、貪りあうように。二人、とろけるようなキスを、続ける。
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