姉と薔薇の日々

ささゆき細雪

文字の大きさ
上 下
14 / 17

じゃ、生きますか

しおりを挟む

   * * *

 爪を切る茉莉花。
 あたしは綺麗な彼女の爪が小さくなっていくのをじっと見ていた。

「……なんで、切っちゃうの?」

 彼女は言う。

「もう、必要ないから」

 あの時の彼女に、会いたい。
 会えないことはわかっているけど。
 それでも無性に会いたくなる。
 なぜ、爪だけを切ったのか。
 それだけは永遠の謎。
 時間が進む速度は変わらないのに。
 なぜ彼女が死んでから、歳を取るのが遅く感じられるのだろう?
 まるで、何かに束縛されているみたい。
 ふと、丸いあたしの爪を見る。

「もう、こんなに伸びたんだ……」

 ぼそりと呟く。
 あたしは彼女の命日の前に、また爪を切らなくてはならないようだ。
 もう、必要ないから……
 ツメキリを取り出して、左手の親指から、爪を切りはじめる。
 横にごみ箱を置いて。
 パッチン。

「どうして、必要じゃなくなっちゃったの? ねぇ、教えてよ、茉莉花……」

 はらはらと堕ちてゆく白い残滓。
 その白が血で染まることはない。
 白い花びらは、朽ちるだけで。
 あたしもまた、嗤うだけ。
 乾いた声が、いつまでも心のなかで響きわたる。自分自身に向けられた嘲笑。その中であたしは、彼女の後ろ姿を見つける。
 先頭に立った彼女。
 二十五人の殉死者と共に。
 彼女が先に両足を浮かばせる。続いて残りの二十五人が。
 駅に滑り込んできた特急に、突撃する。

 ―――神風特攻隊?

 あたしの脳裡にその言葉が響く。
 グシャ。
 飛び散るトマトジュース。
 真っ赤な薔薇の花びらのような血飛沫が、周囲を華やかに飾る。
 やがて、どこからともなく起こる悲鳴。
 その時、あたしはどこにいた?
 なぜ、こんな景色を覚えているの?
 ……あぁ、これは彼女が見たんだ。
 だって。
 あたしが爪を切りおわった途端に、その幻影は消えてしまったから……


   * * *


 覚えているから、なろうって思ったんだ。
 駅のホームに響きわたる悲鳴。
 救急車によって運び出された沢山の遭遇者たち。
 駆けつけた病院で。
 青いビニールシートに二十六人の成れの果てが積まれていた。
 彼女はすぐ見つかった。
 目をカッと見開いたまま、息途絶えていた……目は轢かれていたから四つに割れていたけど、それでも見開いていた。
 赤と黒だけが織りなす人間の成れの果て。
 肌なんか殆ど残っていない。飛び出した臓器が骨までも染めてしまった。
 あたしは全てを見た。逃げたくなかった。
 彼女の最期を見てやりたかった……
 その上で、せっせと働く看護師たち。
 大切な人を失ったことで痛感する、生きることの素晴らしさ。
 彼女は死んでしまったけど、ここには生きようとしている人たちがいる。
 あたしに出来ることはなんだろう?
 これからのあたしに。
 看護者に、なれるだろうか?
 ……家を飛び出したのは思い出に漬けられ続けるのが怖かっただけじゃなくて、自分のやりたいことを決めたからだ。
 だからあたしはがむしゃらになって生きてるんじゃない!
 ―――脳裡に浮かぶ真っ赤な彼女。
 彼女は薔薇の花に生まれ変わったんだ。きっと。
 授業が終わり、楓とあたし、大慌てで学校を飛び出す。
 予約しておいた数えきれない量の真っ赤な薔薇を近所の花屋で、買う。
 花屋にあった赤い薔薇のオブジェがなくなってしまった。
 あたしと楓は笑ってその店を出る。
 現実と過去が微妙に織り交ざっている気がする。
 それでもいい、と思った。
 むしろ、その方が素敵だ。

「じゃ、行きますか」

 ……じゃ、生きますか!
 これからの自分への応援歌エール
 楓の言葉に頷いて、あたしと楓、両手に抱えきれないほどの薔薇の花束と共に、駅へ急ぐ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

カンナの選択

にゃあ
ライト文芸
サクッと読めると思います。お暇な時にどうぞ。 ★ある特別な荷物の配達員であるカンナ。 日々の仕事にカンナは憂鬱を抱えている。 理不尽な社会に押し潰される小さな命を助けたいとの思いが強いのだ。 上司はそんなカンナを優しく見守ってくれているが、ルールだけは破るなと戒める。 しかし、カンナはある日規約を破ってしまい、獄に繋がれてしまう。 果たしてカンナの選択は? 表紙絵はノーコピーライトガール様よりお借りしました。 素敵なイラストがたくさんあります。 https://fromtheasia.com/illustration/nocopyrightgirl

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

金字塔の夏

阿波野治
ライト文芸
中学一年生のナツキは、一学期の終業式があった日の放課後、駅ビルの屋上から眺めた景色の中に一基のピラミッドを発見する。親友のチグサとともにピラミッドを見に行くことにしたが、様々な困難が二人の前に立ちはだかる。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

処理中です...