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じゃ、生きますか
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爪を切る茉莉花。
あたしは綺麗な彼女の爪が小さくなっていくのをじっと見ていた。
「……なんで、切っちゃうの?」
彼女は言う。
「もう、必要ないから」
あの時の彼女に、会いたい。
会えないことはわかっているけど。
それでも無性に会いたくなる。
なぜ、爪だけを切ったのか。
それだけは永遠の謎。
時間が進む速度は変わらないのに。
なぜ彼女が死んでから、歳を取るのが遅く感じられるのだろう?
まるで、何かに束縛されているみたい。
ふと、丸いあたしの爪を見る。
「もう、こんなに伸びたんだ……」
ぼそりと呟く。
あたしは彼女の命日の前に、また爪を切らなくてはならないようだ。
もう、必要ないから……
ツメキリを取り出して、左手の親指から、爪を切りはじめる。
横にごみ箱を置いて。
パッチン。
「どうして、必要じゃなくなっちゃったの? ねぇ、教えてよ、茉莉花……」
はらはらと堕ちてゆく白い残滓。
その白が血で染まることはない。
白い花びらは、朽ちるだけで。
あたしもまた、嗤うだけ。
乾いた声が、いつまでも心のなかで響きわたる。自分自身に向けられた嘲笑。その中であたしは、彼女の後ろ姿を見つける。
先頭に立った彼女。
二十五人の殉死者と共に。
彼女が先に両足を浮かばせる。続いて残りの二十五人が。
駅に滑り込んできた特急に、突撃する。
―――神風特攻隊?
あたしの脳裡にその言葉が響く。
グシャ。
飛び散るトマトジュース。
真っ赤な薔薇の花びらのような血飛沫が、周囲を華やかに飾る。
やがて、どこからともなく起こる悲鳴。
その時、あたしはどこにいた?
なぜ、こんな景色を覚えているの?
……あぁ、これは彼女が見たんだ。
だって。
あたしが爪を切りおわった途端に、その幻影は消えてしまったから……
* * *
覚えているから、なろうって思ったんだ。
駅のホームに響きわたる悲鳴。
救急車によって運び出された沢山の遭遇者たち。
駆けつけた病院で。
青いビニールシートに二十六人の成れの果てが積まれていた。
彼女はすぐ見つかった。
目をカッと見開いたまま、息途絶えていた……目は轢かれていたから四つに割れていたけど、それでも見開いていた。
赤と黒だけが織りなす人間の成れの果て。
肌なんか殆ど残っていない。飛び出した臓器が骨までも染めてしまった。
あたしは全てを見た。逃げたくなかった。
彼女の最期を見てやりたかった……
その上で、せっせと働く看護師たち。
大切な人を失ったことで痛感する、生きることの素晴らしさ。
彼女は死んでしまったけど、ここには生きようとしている人たちがいる。
あたしに出来ることはなんだろう?
これからのあたしに。
看護者に、なれるだろうか?
……家を飛び出したのは思い出に漬けられ続けるのが怖かっただけじゃなくて、自分のやりたいことを決めたからだ。
だからあたしはがむしゃらになって生きてるんじゃない!
―――脳裡に浮かぶ真っ赤な彼女。
彼女は薔薇の花に生まれ変わったんだ。きっと。
授業が終わり、楓とあたし、大慌てで学校を飛び出す。
予約しておいた数えきれない量の真っ赤な薔薇を近所の花屋で、買う。
花屋にあった赤い薔薇のオブジェがなくなってしまった。
あたしと楓は笑ってその店を出る。
現実と過去が微妙に織り交ざっている気がする。
それでもいい、と思った。
むしろ、その方が素敵だ。
「じゃ、行きますか」
……じゃ、生きますか!
これからの自分への応援歌。
楓の言葉に頷いて、あたしと楓、両手に抱えきれないほどの薔薇の花束と共に、駅へ急ぐ。
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