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ツメキリで自殺する方法
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「ツメキリある?」
「こんなんでいい?」
机の引出しの中で眠っていた小さなツメキリを楓から借りて、あたしは自分の爪に小さな銀刃を向ける。
「ツメキリで自殺した人って知ってる?」
「こんなちっぽけな道具で?」
「そう、どうしたんだと思う?」
パチン、パッチン。
看護婦を目指すあたしたちにツメキリは必須アイテムだ。
「よく先生に注意されなかったね」
「多分今日切ってなかったら、見つかってたと思うよ」
毎週水曜日に簡単な身体検査がある。
スカート丈よりも髪の毛や爪の長さが注意されるのは衛生を扱わなければならないあたしたちには仕方のないことかもしれない。
パチン、パチパチ。
「あ、わかった。それって、ツメキリを飲み込むんでしょ?」
「え?」
「だから、ツメキリで自殺する、って話」
足の爪を凝視しながらあたしは楓に言う。
「確かに、そのとおりね。ツメキリ飲み込めば、途中で詰まって呼吸困難になっちゃうもの」
バサバサバサ。
新聞紙の上に乗せられた爪の山を、ごみ箱の中へはたく。
黄色に近い白い爪は、ごみ箱の中でパッと散らばる。
桜の花びらがひらひら舞うように。
彼女たちが一斉に死に向かって飛び込んだみたいに。
* * *
爪を切っても彼女のことは理解できなかった……そのことはもうわかっていた。
あれから何度もツメキリで自分の爪を切っているのだから。
「でも、諫早が言うから……」
彼女が爪を切った時、何を思ったか?
そんなの、決まっているじゃない。
死、に対する決意。
あたしにわかったのは、それだけ。
あとは、何を思い詰めたとか、何に悩んだかなんて、知らない。
カタン。
白いカップが音を立てる。
「ほら、できたぞ」
真っ白いペアカップは、あたしの高校入学記念に諫早が買ってくれたものだ。大切に二人で使っているので、まだどこも欠けていない。
ベランダで育てられているローズマリーのお茶だ。
三月頃からペールブルーの花をつけているが、まだ花期が続いているようだ。梅雨に入りはじめたと天気予報が伝えていたが、小さな庭は曇り空の下でも華やかだ。
ベランダで花を育てようと提案したのはあたしだったが、今ではあたしよりも彼のほうがはまってしまったようだ。
今では「趣味は園芸です」と言い切るようになってしまった彼だ。大学で変わり者と言われるのも頷ける。
「そうそう、ダマスクローズに蕾ついてるんだよ、見る?」
「うん」
嬉々としている諫早の後を目で追うと、八重咲きの薔薇の蕾が膨らんでいた。
「……あんた、また苗増やしたでしょ」
「薔薇は去年買った奴だよ。その前にあるメコノプシスはこないだホームセンターに土買いに行ったときに衝動買いしちゃったんだけどね」
「は?」
めこの、ぷしす?
「セリカ知らないの?中国の山奥でこっそり咲いている今噂の貴重な伝説の青いケシのことだよ」
……ズズズ。
紅茶を啜りながら頷く。
「あぁ、図鑑で見たことある。でも、こんなに弱そうに見えたかな」
「だから、日本の湿度のある気候には慣れてないんだって。乾燥気味に管理するのがポイントなんだ」
そういえば、彼女も花が好きだった。
あたしが花を好きなのも彼女が影響を与えたのだろう。
大倉山の家の前の花壇はいつも花で溢れていた。彼女と母と一緒にしょっちゅう土いじりしていたのを今更のように思い出す。
春はビオラとパンジーと球根草花の競演。
夏はコニファーが主体で涼しげなサフィニアの配色とがマッチした緑色の庭。
秋はこれでもかと咲き誇るコスモスに囲まれ、冬は地味ながらインパクトの強いクリスマスローズが大輪の花をつける。
母は今も花壇を綺麗にしているだろうか?
色の薄いローズマリーティで喉を潤しながら、ベランダで水やりをしている諫早を眺める。
ショッキングピンクのぞうさんジョウロを片手に彼はぞうさんの鼻からシャワーを降らせる。
あたしだけが知っている光景。
「諫早ぁ、早くしないとお茶全部飲んじゃうよ」
「慌てさせるなよ。すぐ終わるから」
だが、彼の言う「すぐ」は、十分を軽く越えたのだった。
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