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主犯
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諫早が肺炎を起こして入院したのは彼女の死から丁度一年経った頃だった。
まさか彼が風邪をこじらせるとは思いもしなかったから、あたしが見舞いに行ったのは退院の一日前。
その時も確か、彼女の話題が出た。
白い病室で暇そうにしてる諫早。
同室の患者さんたちも小さなテレビを見たり、窓の外を眺めたりと……結論から言えば彼らは皆、暇そうにしていた。
彼が入院した当初、彼女が見舞いに来たと言っていた。
あたしは笑った。
まさか彼女がお見舞いに来るなんて、と。
でもその時の彼は笑ったあたしを見て、寂しそうな顔をしていた。
「本当だよ。未だに高校の制服を着て、意地悪そうに嘲笑ってた」
彼女は通学途中に駅のホームで飛び込み自殺した。
あたしは中学生だったから電車通学ではなかったが、授業開始直前に担任に呼ばれて大慌てで横浜駅まで急いだのを覚えている。
彼女の身体は粉々に砕かれ、臓器だか臓腑だかわからない蛙の死体のように生々しい肉片がそこらじゅうに散らばっていた。
諫早に言うと、彼は頷いた。
「だから、幽霊がお見舞いに来たんだよ」
足のない彼女。
入院して一番苦しんでいた時に、フッ、と現れたそうだ。
それが、彼が瞬間的に死の淵を彷徨っていたことだとわかったのは、退院の数日後だった。
同室のおじさんがあたしに教えてくれたことだ。
「もし、彼の精神力が弱かったら、その女の子に連れてかれただろうね」
彼女が諫早を連れていく?
……彼女ならするかもしれない。あたしの大切な人を奪うなんて、たやすいことだろうから。
でも、彼女は諫早をこの世界に止まらせてくれた。
多分、あたしに情けがあったのだろう。
そこまで考えて、身震いした。
彼女なら、なんだって出来るだろう。
事実、あんなにも恐ろしいことを行ったのだから。
* * *
「三年前、横浜駅であった飛び込み自殺の犠牲者、よね」
楓は日付で気づいたのだろう、三年前の秋の一日。
「姉よ」
姉と呼ぶにはまだ抵抗があるが、そうとしか楓に伝えられないのだから仕方がない。
「だって、セリカ、一人っ子だって……」
「その方が同情もなくていいじゃない。同情は中学校の中だけで沢山だったの。それに、あたしが彼女の妹だって知ったら、きっとあたしを恐れるだろうから」
彼女をあの人達が恐れたように。
「それって……」
カラン。
銀製の花瓶が墓石にぶつかり、軽やかな音を奏でる。
冷たい水を注いで、風に揺れている空色の飛燕草を生ける。
「彼女が、主犯なのよ」
ピンク色の霞草が風に薙ぐ。
音がなくなる。
周りが凍りついたかのように、風が止む。
* * *
被害者であり、加害者。
警察があたしに彼女の話を聞く。
あたしはあまりの非現実さに、呆然としていた。
もし彼女が飛び込み自殺を一人でしていたら、こんなにも驚かなかっただろう、あの彼女ならそれくらい平気で行うだろうから。
ただ、なぜ彼女はこんなにも多くの道連れと旅立ってしまったのだろう?
「この数日、お姉さんは不審な行動を取っていましたか?」
こんな質問、馬鹿らしいったらありゃしない。
あたしはにっこり微笑んで応える。
「今まで伸ばしていた爪を、無慈悲にも切ってました」
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