恋愛麻酔 ーLove Anesthesiaー

ささゆき細雪

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* simple work to look on in the two who are not saved / Reiko Katohgi

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 緑生い茂る雑木林で生命の限り鳴きつづけ、地面に堕ちた大量の蝉の死骸を一瞥しつつ、加藤木羚子はつまらなそうに言葉を紡ぐ。

「諸見里本家は“女神”の加護を奪われたから没落した? それは結果論でしかないわ。ウリュウ先生、あなたがコデマリにことを知っているんだけど、その理由をうかがってもよろしいかしら?」
「見当はついているだろうに」
「ですけど、先生の口から直接お聞きしたいんですよー」
「それを聞いてどうする」
「この膠着状態を打破するための道しるべを探ろうかと」

 先程まで無愛想だった表情に微笑みが浮かぶ。何か良からぬことを考えている加藤木の言葉の前で、赤根雨龍はふん、と鼻を鳴らす。

「確かに俺は亜桜小手毬の担当医として一番近い場所にいる。だが、彼女が“女神”の“器”として覚醒し、審判の日を迎えるまでは手を出すつもりはない」
「審判の日?」
「ああ、継承と称した方がわかりやすいか。諸神信仰では女神の血筋と彼女を器にする権力者の結び付きを深め、神降ろしを行う祭りというか、儀式のようなものがある。その日を彼らは審判の日と呼んでいる」
「まるで因習村ね」
「似たようなものだ。地方都市でも隠された伝承や信仰は残っているし、そういったものにすがろうとする人間がいるのはいまに限ったことではない」
「赤根一族に、諸見里、ほかにもコデマリちゃんを狙っている輩がいるってこと?」
「いや。“器”が不安定ゆえに“女神”はまだその存在を秘匿されている。旧知の諸見里と亜桜家を生み出した桜庭、あとは一部の赤根の四季たちだ」
「ふうん。いまのうちに囲い込みしようってわけ」
「だろうな。諸見里本家が亜桜雛菊の件で女神にこっぴどく裏切られているから」

 そのことなら加藤木も調査済みだ。“亜桜雛菊”という名の先の“器”――小手毬を産んで以来、姿を消した偉大なる“女神”の“巫”――彼女は一度、諸見里の家に嫁いだにも関わらず、桜庭雪之丞のもとへと走ったのだ。そのときに産んだ男児を置き去りにして。
 その男児が、分家に引き取られた――諸見里自由だ。
 加藤木は女神に裏切られて没落の道を辿っている諸見里本家からあえて離れた分家に入れられた彼が、亡き祖父にたいそう可愛がられていたという情報を手にしている。“諸神信仰”を幼い頃から肌で感じていた彼は、自分が女神の落とし子であることを知らないまま、成長したのだ。
 けれど、小手毬に出逢ったことで――……

「……ジユウくんは彼女に執着してる」
「実の妹なのに?」
「ええ」

 さらっと問われたことに驚くことなく加藤木は頷く。雨龍は口角を上げる。
 加藤木羚子。地域医療センターから茜里第二病院へ出向を命じられた亜桜小手毬のリハビリ担当医。小手毬の話相手くらいにしか認識していなかった雨龍は、得体のしれない女医の言動を興味深そうに見つめ、ため息をつく。
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