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* I know that I must do what’s right / Hiduru Narashino *
chapter,3 + 7 +
しおりを挟む小手毬が転院してからの自由は早咲の元で脳神経外科の指導を受けていた。仕事で忙しい早咲と、彼の子を妊娠中の優璃は入籍だけ済ませている。結婚式を行うのかと自由が問えば「そのつもりはありません」とあっさり返された。結婚資金を貯めていた優璃が小手毬のために償ったことを知っているだけに、自由はそれ以上何も言えなくなる。
「そういう君は、亜桜さんとなにか約束でもされていたのですか」
「……約束、ですかね」
小手毬は自由のお嫁さんになりたいと幼い頃に言ってくれたが、いまもそう思っていてくれるだろうか。
事故によって記憶が混濁していた彼女は、治療の結果、十六歳の夏に戻ってきた。身体はもうすぐ十九歳の誕生日を迎えようとしているけれど。
「早咲先生は」
「患者のプライバシーに関わることは言いませんよ」
「でも、知ってらした。桜庭雪之丞――小手毬のほんとうの父親のことを」
MRIの画像を確認しながら、自由は反芻する。
ユキノジョーのおじさん、と小手毬は言っていたが、彼は彼女の父親だ。
諸見里本家とは土地を巡って衝突しあっていた桜庭一族は、この土地から生まれた怪物だと祖父がこぼしていた。
なかでも雪之丞は、赤根の四季から零れ落ちた冬の異端者だ。
彼はこの土地で細々と伝承されていた“諸神”に目をつけ、巫である亜桜家に接触した。
信仰を金儲けの道具にした雪之丞は、はじめのうち渋っていた亜桜家を金によって懐柔していく。
かつては諸見里の人間に不思議なちからを与え、栄華に導いていたという亜桜家は、いつしか赤根家の四季に囲われていた。
「そもそも“諸神”は、土着神でもなんでもない、八百万のどこにでもいる神様のこととして受け継がれています。けれど、“諸見里”がかかわる“諸神”はそれとは別の、特殊な存在なんです」
「ほう」
「亜桜家はその、氏神のような“諸神”を顕現させることができる巫の一族として、界隈では知られています」
政治と宗教の話はタブーだ、という古くからの慣習で、自由もふだん自分の親戚にそのような人間がいることを口にしない。医師として成功している諸見里の人間がこぞって得たいの知れない“諸神”を信仰しているなど、公にするのは危険だからだ。
だが、桜庭雪之丞は逆だった。
自分はこの土地に古来から存在している“諸神”によって成功したのだと、喧伝した。その結果、亜桜家は宗教法人を設立、救いを求める信者へ雪之丞とともに大金をお布施として納めさせるようになったのだ。
「亜桜家の裏家業、って揶揄されますけど、現実には宗教法人の方が表で、裏が巫による呪術なんですよ」
雪之丞が死んだことで、彼の正妻である蘭子は隠し子の存在と、この金のカラクリを知った。スピリチュアルに傾倒していた夫を快く思っていなかった蘭子は、宗教で金稼ぎをしていた亜桜家を嫌悪し、養女小手毬の医療費をこれ以上出すことを拒んだ。亜桜家から手を引いたことで桜庭一族は宗教法人と関与することもなくなり、健全な財政へ戻っていくだろう。だから蘭子の判断は正しいと自由も思っている。小手毬を傷つけたのは許せないけれど。
「どこまで信じるかは先生次第です。ただ、俺はこの異常な家庭環境でずっと生きてきたので……諸神はいると、信じてます」
自由の弱々しい発言に、早咲は何も言わなかった。
もしここにいるのが陸奥だったら、なんと返されただろう。
小手毬は転院先で、陸奥とうまくやっていけているのだろうか。茜里病院なら、小手毬を粗雑に扱うことはないはずだが。
「あと、承知かもしれませんが。小手毬も亜桜家の血を引いてます。だから“諸神”を宿していた雪之丞が死んだことで、次代の守護を選ぶ巫として神を宿す“器”になったとされます。だから彼らはいまもなお、必死になって彼女を生かそうとしているんです」
ふふ、と自嘲するような笑みを浮かべて自由は呟く。雪之丞が死んだことで、小手毬は死ねなくなってしまった。けれど自由には好都合だ。
彼女が生きていれば、“諸神”を手元に呼び寄せることができる。“器”を覚醒させるためには、あることをしないといけないが……
「そうか」
早咲は気の毒そうに自由を一瞥してから、部屋を出ていった。でもそれは医療者である自分には関係のないはなしだと、暗に言い捨てて。
自由はですよね、と苦笑しながら、ひとりごちる。
「彼女は女神になんか、なりたくなかったんですよ」
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