50 / 84
* I know that I must do what’s right / Hiduru Narashino *
chapter,3 + 7 +
しおりを挟む小手毬が転院してからの自由は早咲の元で脳神経外科の指導を受けていた。仕事で忙しい早咲と、彼の子を妊娠中の優璃は入籍だけ済ませている。結婚式を行うのかと自由が問えば「そのつもりはありません」とあっさり返された。結婚資金を貯めていた優璃が小手毬のために償ったことを知っているだけに、自由はそれ以上何も言えなくなる。
「そういう君は、亜桜さんとなにか約束でもされていたのですか」
「……約束、ですかね」
小手毬は自由のお嫁さんになりたいと幼い頃に言ってくれたが、いまもそう思っていてくれるだろうか。
事故によって記憶が混濁していた彼女は、治療の結果、十六歳の夏に戻ってきた。身体はもうすぐ十九歳の誕生日を迎えようとしているけれど。
「早咲先生は」
「患者のプライバシーに関わることは言いませんよ」
「でも、知ってらした。桜庭雪之丞――小手毬のほんとうの父親のことを」
MRIの画像を確認しながら、自由は反芻する。
ユキノジョーのおじさん、と小手毬は言っていたが、彼は彼女の父親だ。
諸見里本家とは土地を巡って衝突しあっていた桜庭一族は、この土地から生まれた怪物だと祖父がこぼしていた。
なかでも雪之丞は、赤根の四季から零れ落ちた冬の異端者だ。
彼はこの土地で細々と伝承されていた“諸神”に目をつけ、巫である亜桜家に接触した。
信仰を金儲けの道具にした雪之丞は、はじめのうち渋っていた亜桜家を金によって懐柔していく。
かつては諸見里の人間に不思議なちからを与え、栄華に導いていたという亜桜家は、いつしか赤根家の四季に囲われていた。
「そもそも“諸神”は、土着神でもなんでもない、八百万のどこにでもいる神様のこととして受け継がれています。けれど、“諸見里”がかかわる“諸神”はそれとは別の、特殊な存在なんです」
「ほう」
「亜桜家はその、氏神のような“諸神”を顕現させることができる巫の一族として、界隈では知られています」
政治と宗教の話はタブーだ、という古くからの慣習で、自由もふだん自分の親戚にそのような人間がいることを口にしない。医師として成功している諸見里の人間がこぞって得たいの知れない“諸神”を信仰しているなど、公にするのは危険だからだ。
だが、桜庭雪之丞は逆だった。
自分はこの土地に古来から存在している“諸神”によって成功したのだと、喧伝した。その結果、亜桜家は宗教法人を設立、救いを求める信者へ雪之丞とともに大金をお布施として納めさせるようになったのだ。
「亜桜家の裏家業、って揶揄されますけど、現実には宗教法人の方が表で、裏が巫による呪術なんですよ」
雪之丞が死んだことで、彼の正妻である蘭子は隠し子の存在と、この金のカラクリを知った。スピリチュアルに傾倒していた夫を快く思っていなかった蘭子は、宗教で金稼ぎをしていた亜桜家を嫌悪し、養女小手毬の医療費をこれ以上出すことを拒んだ。亜桜家から手を引いたことで桜庭一族は宗教法人と関与することもなくなり、健全な財政へ戻っていくだろう。だから蘭子の判断は正しいと自由も思っている。小手毬を傷つけたのは許せないけれど。
「どこまで信じるかは先生次第です。ただ、俺はこの異常な家庭環境でずっと生きてきたので……諸神はいると、信じてます」
自由の弱々しい発言に、早咲は何も言わなかった。
もしここにいるのが陸奥だったら、なんと返されただろう。
小手毬は転院先で、陸奥とうまくやっていけているのだろうか。茜里病院なら、小手毬を粗雑に扱うことはないはずだが。
「あと、承知かもしれませんが。小手毬も亜桜家の血を引いてます。だから“諸神”を宿していた雪之丞が死んだことで、次代の守護を選ぶ巫として神を宿す“器”になったとされます。だから彼らはいまもなお、必死になって彼女を生かそうとしているんです」
ふふ、と自嘲するような笑みを浮かべて自由は呟く。雪之丞が死んだことで、小手毬は死ねなくなってしまった。けれど自由には好都合だ。
彼女が生きていれば、“諸神”を手元に呼び寄せることができる。“器”を覚醒させるためには、あることをしないといけないが……
「そうか」
早咲は気の毒そうに自由を一瞥してから、部屋を出ていった。でもそれは医療者である自分には関係のないはなしだと、暗に言い捨てて。
自由はですよね、と苦笑しながら、ひとりごちる。
「彼女は女神になんか、なりたくなかったんですよ」
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる